20.中二病戦乙女と失翼の使い
轟音。鳴り響く轟音。一級悪魔デゼスポワールと戦うドロシーとエインは、率直に言って、苦戦していた。
「はぁっ!」
ドロシー・フォン・ヴァルキュリアが剣を振り下ろす。しかし、その攻撃がデゼスポワールの腕を切り落とすことはなく、”彼女”が生み出した魔法陣によって防がれてしまう。
デゼスポワールは、人間の女体のような姿をしていた。ただ、形だけだ。その背中からは翼が生え、皮膚には鱗のようなものが付き、頭からは角が生えている。天使たちの返り血が、彼女の赤黒い肌をさらに赤く染めていた。
「魔導大槍ッ!」
天束エインが魔法を放つ。それもまた、防がれる。今度は、デゼスポワールの腕が変質した”剣”によって。──そう。つまり、この悪魔は。
「……。人の技の真似はやめてもらえない? 不快だわ」
彼女たちの使う技を、コピーしていた。デゼスポワールは、得意げな顔で笑い、手も足も出ない天使たちを嘲笑う。
「はっ、お笑いだねぇ。さっきまでの威勢はどうした? 天使ちゃん達?」
そのエインとドロシーは、未だ作戦を決めかねていた。
「……ドロシー、通用しそうな技は?」
悪魔へ剣を構えながら、エインの質問に答える戦乙女。
「悔しいが……。後は一閃ぐらいだ。攻撃の強度が読まれている。それに合わせた強さの魔法陣で防がれるせいで、どうしようもない」
「……そうね。私も同じ。残りは魔導砲ぐらいしか思いつかない。……さすが、一級悪魔と名乗るだけはあるわ」
彼女たちは、最悪な想像をしていた。──もし、自分の力のすべてを撃ち込んだとしても、それすら防がれるのではないか──と。一閃も、魔導砲も、そうおいそれと多用できる技ではない。
「一閃、何回いける?」
ドロシーは、眉間に皺を寄せる。
「何回でも……、と言いたいところだが、おそらく、あと一度が限度だと思う」
「一回きりの大技か……」
天束エインにとっても、同じだった。デゼスポワールを倒せる技は、一度きりしか使えない。
「──ドロシー、私のことを信じられる?」
突然何だ、と思う戦乙女だったが、銀髪の天使の神妙な面持ちを見て、答える。
「……盟友が信じた天使だ。今更疑問を持とうとも思わんさ」
「……ありがとう、ヴァルキリー」
苦しく、厳しい場面だ。もう彼女たちには後がない。しかし──天束エインは、自信満々の顔で笑みを浮かべていた。それはきっと──彼女の力が、逆境にあってこそ真価を発揮するから──だろう。
「……お話は終わったかなぁ? 天使?」
デゼスポワールは、わざとらしく、まるで”待ってやった”といわんばかりに礼をしてみせる。それは、明らかな挑発だ。
「えぇ、おかげさまで。律儀に待つなんて悪魔らしくもないわね」
「あァ、そうだろう? 強者とは、得てして余裕を見せるものだ。 獲物に対して、お前を殺すことなど暇つぶしに過ぎない、と示すためにねぇ?」
それを聞いた天束エインは、ニヤリと微笑み、
「そう。──獲物に逐一余裕を見せつけるなんて、随分と強がりな強者なのね」
返された悪魔は、全身をふるふると震わせる。
「楽しみだよぉ、天束エイン。キミを殺して、その生意気な舌を剥ぐ瞬間がッ!」
先に動いたのは──デゼスポワールだった。悪魔は右手を剣、左手に魔法を”纏い”、天使たちを殺そうとする。
「……それじゃあドロシー、頼むわよ」
「もちろんだ。このドロシー・フォン・ヴァルキュリアに任せておけ。我は断罪の戦乙女にして……」
お決まりの名乗りを喋っているところに、デゼスポワールが斬りかかる。その衝撃で土埃が舞い、何がどうなったのかを、飛び退いた天束エインは確認することができない。
「ドロシーっ!」
銀髪の天使が叫ぶと同時に、視界が明瞭になっていく。戦乙女は──その剣で、悪魔の一太刀を受け止めていた。
「我の剣技の猿真似で……我を斬れるわけがないだろう」
「チッ!」
ドロシーは、すかさず受け止めた剣を受け流し、二撃目を悪魔へ打ち込もうとするが、もちろんデゼスポワールも、それに反応して、魔法陣を生み出す。
「これで終わりねェ! ヴァルキリーッ!」
デゼスポワールは、魔法陣を生み出した反対の手を剣の姿に変え、ドロシーを斬ろうとする。戦乙女の剣が弾かれる一瞬の隙を狙ってのことだ。が。
「!?」
悪魔の剣が振られた先には、ただ虚空があるのみで、そこにドロシーは居なかった。では、どこに行ったのか。それを確認しようとした悪魔のもとへ、
「──魔導大槍」
天使の──天束エインの魔法が飛んできた。本来なら、悪魔の魔法陣で弾き返すことができる魔法だ。しかし、今回は違った。
「ぐっ……うっ……くっ!」
その大槍は、一瞬の判断が遅れ、魔法陣の生成が間に合わなかった悪魔の腕を、そのまま空中に浮かせた。残った腕の部位が、地面に転がる。
「……相手を弱者だと思って油断するからよ」
エインは、悪魔を見ながら、ぱっぱっ、と手を払った。穴開きグローブについた埃が宙に舞う。
「ドロシー、終わらせるわ……よ──」
天束エインが、腹部に違和感を感じた。重く、鋭い感触。そして、沸騰しそうなほど熱くなる体温が、彼女の神経に伝わる。
「なっ……。嘘、でしょ……」
彼女が、ドロシーを呼ぶため、一瞬だけ振り向こうとした時、デゼスポワールはまだ痛みに耐えて動けない状態だった。ならば、誰の何が、彼女の腹部を貫通したのか?
「──油断したのはそちらだったようだなァ? 失翼の使い」
エインの視線の先にあったのは、切り落とされたはずのデゼスポワールの腕から、自分の体を貫く剣が生まれている光景だった。
「くっ!」
銀髪の天使の体から、剣が消える。デゼスポワールが二撃目を準備していることは明白だった。最初は腹部だったが、次は頭か、あるいは胸か、どちらにせよ、急所を狙ってくる。
「まず……いっ!」
再び生まれた剣が、天束エインの頭を目がけて伸びていく。しかし。
「何をしている? 我が認めた天使なら、立ち上がってみせるがよい」
すんでのところで、戦乙女が割り込んだ。彼女は剣ではなく、傘を開いた状態を盾にし、デゼスポワールからの攻撃に耐えていた。
「はあっ……感謝するわ……ドロシー」
「礼はいらぬ。それより、策は浮かんだのか? 我の力を持ってしても、そろそろ時間稼ぎも厳しいぞ」
天束エインは、自分の傷に治癒魔法をかけながら、答える。
「あなたが私と戦った時のこと……覚えている?」
ヴァルキリーは、ばつが悪そうな顔をした。
「……逆に、忘れられるとでも? この傘だって長くは持たない。簡潔に言って」
それなら、と銀髪の天使は口を開く。
「……魔導砲と、一閃を反応させる。もう一度、最大限の力で、アレを再現できれば、ヤツも耐えられないはず」
不満そうな顔のドロシー。
「はず? 不確かなことに命を懸けろ、と?」
呆れたといったジェスチャーをしながら、はぁ、とため息をつくエイン。
「なら、こう言えば良いのかしら? ──この作戦で、私達は必ず勝つ。天使と戦乙女の力を合わせれば、絶対に」
それを聞いたヴァルキリーはニコリと笑い、
「……フッ。それでいい」
「なら、今から私の言うことに従って。いい? まずは……」
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「臆病者共め。未だその盾に隠れ続けるか」
デゼスポワールの予想に反して──戦乙女の盾は、案外強度が高かった。しかし、天使たちは、待てど暮せど、一向に反撃どころか、盾の裏から出てくる気配すらない。
悪魔の技を多用し、昂ぶる彼女の苛つきが溜まっていく。
「あの隠れた赤髪の天使を先に殺しても良いけどぉ……。……あ?」
悪魔の足元──だけではない。辺り一面を、天使の生み出した魔法陣が一瞬の内に、埋め尽くしていた。
「やっと来たのねぇ……!」
「……魔導大槍・陣形」
姿を隠したエインがそう唱えると、無数の巨大な槍が地面から生まれる。それは消えることなく、さながら柱のように、その場に残り続けていた。
「学習しないなぁ、エインちゃんもッ!」
デゼスポワールは、いとも簡単に、その”柱”を破壊していく。次々と生み出される槍だったが、赤子の手をひねるように破壊する悪魔の前には、さして効果がない。
──だが、効果が無くても問題はない。
「あん……?」
幾層にも重なった柱の間。そのわずかな隙間に、悪魔は”何か”を見つけた。目を凝らしてみると、それは、
「あァ……。そこに居たんだねぇ、天束エイン」
何やら、腕を前に出し、悪魔へ向けて何かをしようとしているエインの姿だった。彼女の腕に光の紋様が現れる。
「バレバレなんだよッ! エインフィールドッ!」
悪魔は右手を剣に変え、一瞬で銀髪の天使との距離を詰めようとする。だが、何かが、おかしい。そのことに、デゼスポワールはようやく気がついた。
待て。あの戦乙女はどこへ行ったんだ、と。そんな悪魔がエインを見ると、彼女は──笑った。
「──上かッ!」
デゼスポワールが空を見る。巨大な槍の影に、”何か”が居る。剣を頭の上に構え、今にも振り下ろそうとしている、ドロシーの姿が──。
「一閃ッ─!」
「魔導砲っ!」
その声が悪魔の耳に入ったのは、同時だった。だが、もはやデゼスポワールには、その声の出処を探すこともできないし、反撃もできないだろう。
二人の天使の技が着弾し、爆発的に高まったエネルギー。その中心にいた悪魔は──。
「……」
塵も残らず、消え去っていた。
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「や、やった……!」
天束エインは静かに、だが、心底嬉しそうに、手をぐっと握りしめる。
「終わったか……」
対して、ドロシーも、同じように顔には笑みを浮かべていた。そんな彼女を一瞥したエインは、
「……なかなかやるわね、ドロシー。……ありがとう」
戦乙女は照れくさそうな顔をする。
「と、当然のことをしたまでだ。それに、我のしたことを思えば、この程度……」
そう言ったドロシーの口を、エインはまた人差し指で塞ぐ。
「それ、言わない約束よ。……私はもういいと思ってる。あなたも申し訳ないと思ってる。なら、もう解決したようなものでしょう」
「……貴公がそう言うのであれば、そう思うことにしょう」
そんな彼女たちのもとへ、あの天使の声が聞こえてくる。
「エインさーん! ドロシーちゃーん!」
エインとドロシーは、自分たちのもとへ走ってくる彼女の姿を見て、顔を合わせて笑った。
「あ! エ、エインさん! 怪我してるじゃないですか!」
近寄ってきた天使──アンジュは、エインの傷跡を見つけるなり、まるで大怪我をした病人でも見るかのような慌て方をする。
「ど、ドロシーちゃん! エインさんを黒居さんのところで直してもらうから! 一緒に来て!」
「な、なんで我も」
アンジュは、ドロシーへ言う。
「だって私達、もう仲間、でしょ?」
「~!」
一瞬、顔を赤くするドロシーだが、さっと後ろを振り向き平静を装っている。
「エインさん? ドロシーちゃん、どうしたんでしょう」
彼女は苦笑いしながら、それに答える。
「さぁね。……力はあっても、中身はまだ照れ屋な子供、か……」
「わ、わわわ、わ、我をばかにするな~!」
黒居の家へ向かい、歩きだす天使達。凸凹な者たちだが、やる時はやる。
──天使たちは、歩み始める。何が待ち受けるかは分からない。だが彼女たちは──決して、諦めることはないだろう。
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──数時間前。ドロシー・フォン・ヴァルキュリアと天束エインが、絶望のデゼスポワールと戦っている最中、黒居の家には、ある者が訪れていた。
「はぁ……。いや、アタシにはちょっと分からない……ですかね」
彼が居間に通したのは、少女だった。水色の髪に、緑色の瞳。標準的な背丈で、至って健康な少女だ。しかし。
「──何回も言わせないで。エインフィールド……天束エインは、どこ?」
茶を啜りながら、天束エインの名を、いや、エインフィールドの名を口にした彼女は、そう尋ねる。
「いや、本当にわからないんですってば。嘘じゃないですよ」
嘘だ、と少女は思った。だが、黒居にのらりくらり躱し続けられるのにも、その少女は疲れたようで。
「はぁ……。なるほど。あなたに答える気がないのだけは理解した。もう帰るわ」
「あら、分かってくれたようで」
少女は、正座を崩し、居間の座布団から立つ。そして──。
「なら、彼女が来た時に伝えて。──四大天使ガブリエルが、あなたを探していた、と」
黒居は、眉をひそめる。
「……まぁ、その方が誰かは存じ上げませんが、本当にいらしたら伝えますよ」
頼むわよ、と言い残した少女──ガブリエルは、その場を去る。背中に巨大な純白の翼を生やし、飛びながら。
「何やら……面倒な事になってきましたねぇ。……エインさん?」
黒居は、飛び去る彼女の後ろ姿を見ながら、そんなことを考えていた。




