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19.運命巡りて死は退く

「どこ行っちゃたんでしょう……。ドロシーちゃん」


「さぁね」


 放課後。夕日が差し込む橙色の教室で、天束エインとアンジュ・ド・ルミエールは話し込んでいた。

 

「でもっ! 私、ドロシーちゃんに伝えたい事があるのに……」


 天束エインの机に座るアンジュは、肩を落とし、机に突っ伏せる。そんな彼女の横で、腕を組みながら窓にもたれ掛かっている銀髪の天使は。

 

「……どこに行ったにせよ、きっと天界には戻れないでしょうね。ここら辺を歩いてれば、そのうちふらっと現れるわよ」


 不器用な言葉で、アンジュを元気づけようとしていた。

 

「はぁ……。ドロシーちゃん……どこ?」


 虚空を見つめてため息をつく彼女だった。しかし、彼女たちが楽観できるような状況に、ドロシー・フォン・ヴァルキュリアは置かれていなかった。

 

 今となっては、その体は、戦乙女の物ではなく、悪魔──デゼスポワールが支配権を握っていたからだ。

 

 場面は変わり、街中のビルの上。そこの柵に座り、足を外に向けながら、デゼスポワールは独り言を呟いていた。

 

「……あーあ。つまんないのぉ。ヴァルキリーちゃんは無反応だしぃ? ベリアル様からの指令も面倒だしぃ? 人間の世界なんて来るもんじゃないわねぇ、全く」


 悪魔は退屈そうな顔で髪をいじりながら、足をぶらぶらさせている。

 

「……赤色の髪の天使と銀髪の天使って、ベリアル様も適当よねぇ。もうちょっと情報をくださっても良いとは思わない? ねぇ、天使ちゃん?」


 デゼスポワールは首を傾け、自分の中の天使に問う。

 

「……どういうこと」


「どうって……何が~?」


「それは私が……私が倒せと命令された天使達よ……。どうして、貴様のような悪魔が……」


 慌てて口を人差し指で閉じる悪魔。

 

「おっとっと。またベリアル様に怒られるところだったよ」


 彼女は、口元をニコリとして、

 

「おしゃべりなところが、お前の短所だ、ってねぇ。うふふっ」



 翌日。天束エインとアンジュ・ド・ルミエールは、ドロシーの捜索を開始した。アンジュは、友人の身を護るため。エインは、不安定なヴァルキリーを放っておけなかった。


「めぼしいところは探したんですけどねぇ」


「それで結局、私もあなたも、神流川へ戻ってきた……ってわけね……。はぁ」


 天束エインは、ビル街方面へ、アンジュは神園学園方面を探したのだが、目ぼしい成果を挙げることはできなかった。目撃情報すら、だ。


 だが、そんな途方に暮れる彼女たちの前に、”それ”は突然現れた。戦乙女の姿を纏う、”それ”が。──ズサッという足音が、休憩中の彼女たちの耳に入る。


「あ……。ドロシー……ちゃん」


 その姿は確かに、戦乙女そのものだった。昼の神流川に突如現れた”それ”に、喜ぶべきか、怪しむべきかを悩んでいるアンジュの横で、エインは休憩していた椅子から立ち上がり、警戒心を顕にする。


「待って。……あなた、本当に……あのヴァルキリー?」


「エインさん? どういう……」


 瞬間。ニヤリと笑ったドロシーが、傘を一瞬で剣へと変質させ、アンジュへ刃を振る。咄嗟のことに固まる赤髪の天使だったが──。


「……へぇ。やるじゃん」


 すんでの所で──まるでその攻撃が来ることを知っていたかのように──アンジュの前に防御魔法陣が現れた。


 エインは震えるアンジュの肩を掴み、自分の後ろへ下げる。


「悪いけど、一度戦ったことのある相手は覚えてるの。顔も、得物も、癖も、ね」


 エインは、更に前へ出る。


「ドロシーとかいう戦乙女は、この赤髪の天使の顔を見ると少しだけ口元が緩むの。でも、あなたはその癖がなかった」



「──もう一度だけ聞くわ。あなたは何者?」


 地面を俯いてエインの話を聞いていたドロシーが顔を上げる。その顔は新しいおもちゃを見つけた子供のように、笑っていた。


「そこのビビリな天使ちゃんは殺せると思ったんだけどなぁ。流石天束エインと言ったところ〜?」


「──ベリアル様がお気になさるのも、いや、実に分かるねぇ」


「……っ! アンジュ、下がっててっ!」


 醜悪な笑みを浮かべたドロシー──デゼスポワールは、誘うような手付きで、エインへ腕を向けると、”彼女”と同じように、そこから魔法陣を生み出してみせる。


「……いつかは、と思っていたけど、こんなにも早く魔法を使う悪魔が現れるとは……」


「当然でしょう? ワタシは一級悪魔──絶望のデゼスポワールよんっ。アペティットの爺さんや、アロガンツのガキと同じと思わないでね? てへっ?」


 またもぶりっ子ポーズをしてみせた悪魔は、そのまま魔法陣を発動させる。そこから発生したのは。


 大量の、赤色の”剣”だった。それらが、銀髪の天使へ襲いかかる。


「……やりづらい奴ね。本当に、何から何まで私の嫌いなタイプだわ……ッ!」


 天束エインも、それに防御魔法を展開して対抗していた。しかし、大本の魔法陣を破壊しなければ、ジリ貧の状態が続くだけだ。


「あぁ、いいよぉ。もっとワタシのことを嫌って。そしてワタシを恐れなさい。絶望が私の糧となるのだからっ!」


 デゼスポワールは、攻撃の手を緩めることなく、未だなお挑発を続けている。彼女の生み出した”剣”の切れ味は、さながらドロシーの用いていた剣ほどに鋭く、エインの魔法陣での防御にも、明らかに限界が見えつつあった。


 円形の魔法陣は、鋭い刃に貫かれて、ところどころ欠けつつある。さながら、虫に食われた葉っぱのように、少しづつ、けれど確かに、身を守る盾に”綻び”が生まれていた。


「ちっ……。どうにか打開策を……」


「無駄だよぉ。ヴァルキリーと悪魔の力が合わさった魔法に、突破口なんてあるはずがないよねぇ。それは、天束エイン──キミが一番知ってると思うけどね〜?」


 猛攻のさなか、悪魔の声がエインに聞こえた。もう彼女の魔法陣は、ギリギリ盾の体を為しているだけだ。すでに”剣”の攻撃は貫通しており、銀髪の天使の肌に切り傷の痕を残していた。


「確かに……そうね。流石一級悪魔よ。あなたの力は、強い」 


 苦悶の表情を浮かべるエインだったが、どういうわけか、その口元は笑っていた。

 

「きっと敵わないでしょうね……。──私なら」・・・


 デゼスポワールは目を見開く。目の前の天使の言葉で”気づいた”からだ。彼女の後方。魔法陣に隠れる位置で、あの赤髪の天使が──。

 

「──神矢ゴッテス・プファイルッ!」


 光の矢が、悪魔に向けて放たれる。不意を突かれた悪魔は、防御用の魔法陣を生成しようとするが、遅い。

 

「アンジュ! 戦乙女ヴァルキリーを掴んでッ!」


「は、はいっ!」


 デゼスポワール──ドロシーの胸に刺さった光の矢が、黒色に染まっていく。悲鳴を上げるデゼスポワール。アンジュは、戦乙女の体を力いっぱい引っ張った。

 

「ドロシーちゃんっ! 絶対、絶対に助けるからッ!」


 赤髪の天使の羽根が光を増し、巨大化した。対して銀髪の天使は、その黒く染まる”矢””に向けて、魔法を放つ。

 

魔導拘束マギカ・バインド!」


 アンジュとエインは、それぞれドロシーの体と、光の矢を反対方向へと手繰り寄せ続ける。その分離が進むにつれ、どこからともなく聞こえてくるデゼスポワールの悲鳴の声が、次第に大きくなっていく。──そして。

 

 

「──わっ!」

 

  二つの物体は反発し、その反動でドロシーも矢も大きく吹き飛んだ。地面に落ちた矢はその形を崩して、黒いもや・・を生み出す。そこから出てきたのは。

  

「く、クソッ! クソがッ! このデゼスポワール様にこんな仕打ちをして……ただで済むと思っているのかァ!」

 

「……さぁね。でも少なくとも、これで私たちはお前と戦える」


 エインは、アンジュのほうをちらりと見る。もちろん、激昂してこちらを睨むデゼスポワールに注意を向けながら。

 

「……あ、アンジュ……ちゃん……なの?」


 赤髪の天使に抱きかかえられた戦乙女は、目を開き、最初に視界に入った赤髪の人物へそう問う。

 

「ドロシーちゃんっ! 良かったぁ……。本当に……良かったぁ」


 アンジュは、意識を取り戻したドロシーを抱きしめる。その目からは、安堵の涙が溢れていた。

 

「あ、アンジュ……くる、苦しい……」


「へ!? ご、ごめんっ!」


 おてんばな天使があまりに強く抱きしめたせいで、あやうく窒息しかけたドロシーだったが、すぐに周囲の状況を理解しようとする。そして、自分の状況も。

 

「我は……。助けられたのか……。本来なら、恨まれてもおかしくないような相手に……」


 ドロシーが体を起こして立つ。デゼスポワールを挟んで、二人がまた相まみえる。

 

「……。アンジュ。我は……。わたしは、自分の心に従い、為すべきことを定めても、良いのだろうか?」


 地面に座り込んだアンジュは、ドロシーへ微笑む。彼女の羽根は、いつもの小さい大きさのものに戻っていた。

 

「ドロシーちゃんが、ヴァルキュリア家を継ぐ天使さんで、戦乙女部隊の天使さんっていうのも、分かってるよ。でも……。それでも……」


「ドロシーちゃんは、ドロシーちゃん。でしょ?」


 微笑みながら、彼女は戦乙女へそう言う。それを聞いたドロシーは、真っ直ぐに──かつて、アンジュと天界を守ると決意した時のような目──で前を見つめ、ただ一言。

 

「──ありがとう、盟友よ」


 そう告げると、彼女は前へと、デゼスポワールのもとへと、天束エインのもとへ移動した。銀髪の天使の横で、いつの間にか傘をさし、肩にかけている。

 

「……話は終わったの? アンジュの友達」


「あぁ……。だが、その前に、貴公には謝罪しなければならない──」


 そこまで言ったドロシーの口を、天束エインは人差し指で遮る。


「いいから。話は後。今はとりあえず、コイツ・・・を」


 エインが親指で指した先には、”黒色の血”を流しながら、未だ怒るデゼスポワールが居た。

 

「クソが……。こんな術、聞いたことねぇぞ……」


「当然でしょう。悪魔がその術を知ってるわけない」


「あァ……? 何だと……?」


 いかにも不愉快といった表情で、デゼスポワールはエインへ聞き返す。

 

「悪魔を退治する時に、宿主ごと倒すわけ無いでしょ。アンジュの放った矢は、天界から派遣される天使が、皆学ぶ術よ。……人間に巣食う寄生虫・・・を引き剥がすために、ね」


「……はッ。このワタシが、そこでヘタれてる雑魚天使に、してやられたっつーわけか? フザけんなよ……!」


 天束エインは、デゼスポワールを指差す。

 

「ふざけてないわよ。”雑魚天使”にあなたがしてやられたのは、事実じゃない」


「なっ……。クソがァ……」


 怒りに身を任せて発する言葉で、天束エインに勝てるわけもない。むしろこうして──。

 

「まずお前らからだ……。お前とそこのヴァルキリーからぶっ殺してやるよッ!」


 我を忘れ、怒ることしかできなくなる。それを表情を変えず、ただ見ているエインと、やれやれ、と強敵を目にして嬉しそうな表情かおを見せるドロシー。

 

「……ドロシー・フォン・ヴァルキュリア。謝罪はいらない。どうしても謝りたいのなら、手を貸して」


 問われた戦乙女は、傘を剣へと変えた。それと同時に、羽根が出てくる。

 

「ふっ、無論だ。我はその為に来た。ヴァルキリーの力を、正しいことに使う為に」


 空気が張り詰める。アンジュは、離れたところに移動し、息を呑んだ。

 

「──天使どもがッ! ワタシに大人しく食われちまえよッ!」


「──我、断罪の戦乙女ヴァルキリーにして、悪しき魂を斬る神の剣なりッ! 汝、在るべき世界へ帰るがよい! ドロシー・フォン・ヴァルキュリア、いざ参るッ!」



「……何なの、こいつら……」


 天使と悪魔が手を取り合い、悪魔へ立ち向かう。今、戦いが始まる──。

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