17.新たなる魔法
「はぁっ……!」
転移の術を使用した天束エインは──どこの誰が所有しているのかもわからない山の奥地まで来ていた。すこし開けた場所があり、そこで彼女は、
「──魔導砲ッ!」
先日、アンジュ・ド・ルミエールへ伝えてみせた、魔導砲という、対戦乙女用の切り札を習得するために訓練をしていた。
周囲の木には切り傷のようなものがついていたり、地面が少しだけ抉れているものの、これでは”切り札”とは到底呼べない。
彼女が今放ったものも、細い光の線が少し出て、十メートル先の背の高い草を斬っただけだった。
「アンジュにはああ言ったけど……。彼女が敵う相手じゃない。もし、ドロシーが本当に自分の意志であの状態になっているのなら……。いや、今はそんなことを考えてる場合じゃないわ」
そう。彼女は、アンジュへドロシーの事を任せてきた。それは、自分が魔導砲を習得し、彼女と戦乙女が接触するまでに戻るという自信があったからだ。しかし。
「魔法を考えたのなら……使えるようにしときなさいよ……。恨むわよ、昔の私」
全く進捗が無い状況に、天束エインは少し自嘲気味になっていたのだった。そして、そんな中、アンジュはどうしているのかというと。
「あら、アンジュさん。今日はお一人ですの?」
「あ、萌木ちゃん」
萩目学園の廊下で天ノ宮萌木と話していた。つまるところ、至って普通の学校生活を送っていたのである。
特に、件のヴァルキリーに絡まれることもなく。その点に限っては、天束エインの憂慮するようなことは起きていなかった。
「萩目さんや他の方と、放課後に遊ぶ約束をしてるのですが、アンジュさんもどうです? わたくしと一緒に来ません?」
いつものアンジュなら承諾しているだろう。だが。
「うーん。ごめんなさい。今日はちょっと……用事があるので」
「あら……そうですの。まぁ、無理強いはできませんわね。にしても……」
天ノ宮萌木は、そのツリ目でアンジュの顔をじっと見つめる。
「いつもと比べると顔色が悪く見えるのだけど、体調は大丈夫なのかしら? エインさんも欠席しているようだし」
アンジュは、一応学園へと通い続けることになったが、天束エインは少しの間体調不良ということで,、欠席扱いとなっている。
「少しだけ……。少しだけ、やらないといけないことがあって。それで私、緊張しちゃってるんです」
赤髪の天使の手はぷるぷると震えていた。エインからのアドバイスはあったが、彼女とて、そう簡単に受け入れられるものでもない。
ただ、彼女は怖かったのだ。そんなアンジュを勇気づけるように、天ノ宮は震える彼女の手を握る。
「大丈夫ですわ。きっと、アンジュさんなら。だって」
「だって……?」
「──だって、あなたは、こんなわたくしを救ってくださったもの。その優しさと、諦めの悪さ、でね」
天ノ宮萌木は、照れくさそうに笑う。今では彼女も、以前と比べて親交のある学友が増えた。それはひとえに、アンジュが背中を押したからだ。
「うん……そうだね、萌木ちゃん。……ありがとう」
そう言ったアンジュは、真っ直ぐな目をして駆け出していく。そのひたむきな姿に天ノ宮は笑みをこぼす。
「ふふっ。変わりませんわね、アンジュさんは」
天ノ宮も、自分を呼ぶ声が聞こえ、その場から立ち去っていく。そして、アンジュは。
「──待っててよ、ドロシーちゃんっ!」
友人の道を正す為、ただがむしゃらに、彼女を探そうとしていた。さて……失翼の天使の元へ場面は戻る。しかし一向に、彼女に進展はなく、未だ魔法を習得できずにいた。
「……何かが、何かが足りない……? でも、一体何が」
天束エインは、またも発動に失敗した、魔法陣が展開している自分の手のひらを見て、そう呟く。
「はぁ……。疲れた。少し休憩よ」
彼女は、草の生えていない地面へ腰を落とす。小鳥のさえずりと、風の音しか聞こえない環境。
天束エインは、座っている体勢から、背中を降ろし、寝転んだ。空を見上げながら、彼女は思考にふける。
「魔法ね……。魔法……。私もアンジュぐらいの時に、学校で習ったっけ……」
エインの頭の中に、見習いの学生天使だった頃の自分の姿が浮かぶ。今より少し背は小さいものの、制服を着る姿に、劇的な変化があるわけではない。
「魔導書を図書館で先に読んでたから、魔法の講義がバカバカしく思えたなぁ。……今思えばとんだ悪ガキね、昔の私は」
魔導書を読む幼い頃のエインの思い出。──魔導砲も、その頃に思いついたものだっけ──、と彼女は思い出す。
子供の考えた魔法ゆえに、その仕組は単純。それは、自らの魔力を数百倍に増幅して撃ち出す、というものだ。
「それで先生に怒られて。魔法の唱え方を一日中教えられたっけ。あーあ……。懐かしいな」
そんな悪ガキ天使が、地獄に遠征を任されるほど、強くなった。しかし、彼女は人間界へ落ち、またゼロからのスタートを切ることになる。
「……初心に帰るべき……か。……よしっ!」
天束エインは少し目を閉じたあと、深呼吸をして一気に立ち上がる。次に彼女は、魔法陣を生み出す。そして、その魔法陣の中に腕を通し。
「まずは……魔法陣を体に埋め込んで慣らす」
彼女の腕に、魔導書や魔法陣に使われている文字が、光を帯びて浮かび上がっている。
「次に、魔法をイメージする……」
エインは目を閉じて、”想像する”。自らの放った魔導砲の、全てを薙ぎ払い、極大な光を纏うイメージを。──手から放たれた魔導砲は、木をなぎ倒し、土をえぐり、そして。あの戦乙女を──倒す。
「ッ!」
彼女はかっと目を見開く。自分の右腕を前方に真っ直ぐに構え、左腕でそれを抑える。
両腕の文字が放つ光がどんどん増していく。彼女の美しい蒼色の瞳も、まるで光を帯びているかのように、輝きを増していく。
空気が揺れている。草木が揺れている。この山に生きるすべての生物が、息をしただけで肺が裂けそうなぐらいの空気を感じている。
──瞬間。天束エインが息を止める。まるで、世界の時が全て止まったかのように──。
「──魔導砲ッ!」
静寂を、天束エインの声が破る。渦巻く空気は、彼女の放つ”光の奔流”に絡め取られ、その勢いを増す役割を担う。彼女から放たれた魔導砲は、その直線状にあるすべてのものを”消し”ながら、その破壊力を余すことなく、光が消えるまでの時間いっぱいまで、放たれ続けた。
「はっ……はっ……」
撃った彼女は、疲れていた。黒居の術を受けてからは、以前ほど魔法で疲れにくい体にはなっていたものの、流石にこれには堪えたようで、腕の魔法文字も光を失い、その姿を消していた。彼女は倒れ、先程と同じように寝転ぶ。
「や、やったっ……! これなら……。きっと……」
天束エインは、寝た。いや、無理もない。彼女は、ここ数日の間、魔法を習得するために、眠ることなく特訓を続けてきた。
ならば、今だけは──。しかし、彼女が寝ていられる場合ではなかった。なぜなら、アンジュ・ド・ルミエールが。
「見つけたよ……ドロシーちゃんッ!」
「……盟友」
エインよりも先に、ドロシー・フォン・ヴァルキュリアと接触していたからだ。




