表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
心を縛るXXX  作者: 一布
46/55

第四十三話 幸せの中に侵入されて、逃げるために、抵抗して


 今は何時くらいだろうか。

 そろそろ日付が変わる頃だろうか。

 十二月二十三日か、それとも、もう二十四日になったのだろうか。


 暗い部屋の、布団の中で。

 互いに、一糸まとわずに。

 洋平は、美咲と抱き合っていた。

 温め合っていた。


 互いの吐息が届く距離。

 触れ合う肌が、心地いい。

 心臓の鼓動を感じられる。それくらい、美咲との距離が近い。

 

 それは、洋平にとって、何にも代え難い幸せな時間だった。


 幸福の宝箱のような時間。


 ただひとつ、不満があるとすれば。

 こんな幸せな状況でも、周囲を警戒しなければならないことか。


 洋平は、常にレーダーで周囲の気配を探っていた。今の自分達の立場を、しっかりと理解していた。


 自分達は犯罪者。警察に追われている。狙われている。


 絶対に捕まるわけにはいかない。捕まりたくない。美咲と、片時も離れないために。弟を見殺しにした奴等に、屈服しないために。


 けれど、と思う。


 こんな生活が、いつまで続くのだろうか。いつまで、こんな窮屈な思いを美咲にさせるのだろうか。


 日付が変われば、クリスマス・イヴだ。本来の意味がどうであれ、今のこの国では、恋人や夫婦が一年で一番愛し合う日になっている。


 できれば、何の心配も不安もなく、美咲と一緒にいたい。幸せで何の不安もないクリスマス・イヴを過ごしたい。


 美咲を抱き締めながら、想像してみた。何の不安もなく、ただ幸せな毎日。そんな日々を美咲と過ごす。暖かい部屋で、美咲とクリスマス・イヴを過ごす。


 もし、そんな日が訪れたら。


 そうしたら、美咲に指輪を渡すんだ。彼女が昨日話していた、結婚指輪。互いの左手の薬指にはめて、心臓と心臓で繋がるんだ。決して離れないように。


 ずっと、ずっと。

 死が二人を分かつまで、美咲と――


「――!?」


 洋平は目を見開いた。


 洋平のレーダーの範囲内に、二人の人間が侵入してきた。まったく別のルートを通って、このコンビニの出入り口付近で合流した。その動きが、はっきりと察知できた。


 幸せな温かさに包まれていた洋平は、突如、凍るような寒気に襲われた。背中に鳥肌が立った。


 このコンビニ付近に来た二人が、何者なのか。考えるまでもなかった。


 ――警察に、この場所を嗅ぎ付けられた!


 ガバッと、洋平は飛び起きた。


 突然洋平が動き出したことに、美咲は驚いていた。


「どうしたの? 洋平」


 美咲は眠そうだった。おそらく、微睡(まどろ)んでいたのだろう。けれど、このまま眠ることなどできない。


「警察が来た。今、ここに入ってこようとしてる」

「!?」


 美咲も目を見開いた。眠そうな顔が一変した。緊張感に満ちた表情。一気に目が覚めたようだ。布団から体を起こした。急に布団から出たせいか、冷えた体をブルッと震わせていた。


 レーダーで、警察官の動きが分かる。このコンビニの出入り口付近で、合流した二人。一人が、懐から何かを取り出した。十センチにも満たない、固い金属製の物。この建物の鍵だろう。


「美咲、逃げるぞ。慌てなくていいから、服を着て、必要最低限の物を持つんだ」


 洋平は、部屋の南側の窓を指差した。


「そっちの窓の外に、ロープを垂らしてある。着替えて荷物を持ったら、ロープを伝って屋根に登るんだ。そこから、屋根伝いに逃げる」


 警察官達は、慎重に行動しているようだ。そっと、音が鳴らないように、鍵を鍵穴に入れた。ゆっくりと回す。


 洋平は、複数の行動を器用に並立させていた。美咲に指示をする。レーダーで、警察官――おそらく超隊員――の動きを探る。自分も服とダウンジャケットを着て、逃げる準備をする。


 銃と銃弾が入ったウエストポーチを、肩から掛けた。


 超隊員がドアを開け、コンビニ内に侵入してきた。営業時はスタッフ以外立ち入り禁止だった場所に入った。廊下を通る。階段を昇って来ている。足音を立てないように、そろり、そろりと。


 美咲がようやく、服を着込み終えた。財布などの必要最低限の物は、まだ持てていない。


 超隊員が二階に辿り着いた。音を立てないように慎重に行動しているが、それでも、彼等の行動は早かった。


 ――駄目だ! この部屋から逃げ出す前に、あいつ等が来る!


 そう悟った瞬間、洋平は戦うことを決意した。肩から掛けたウエストポーチ。その中から、銃を取り出した。懐中電灯を点けて、装填されている弾数を確かめる。六発。全弾入っている。


 レーダーで、超隊員達の動きを把握し続ける。隣のリビングダイニングの襖を開けた。中を見回している。洋平達がいないか、確かめているのだ。手に何かを持っている。懐中電灯だろう。


 超隊員達がリビングダイニングから出た。こちらに向かって来る。


「ごめん、洋平。もう行ける」


 美咲の逃走準備が整った。けれど、もう遅い。この襖の向こうには、すでに超隊員がいる。


 洋平は、襖の向こうにいる超隊員から隠すように、美咲の前に立った。右手のワンハンドで銃を構える。左手に懐中電灯。


 自分に人は殺せない。それは分かっている。けれど、逃げ切るために負傷させることはできる。射撃の練習は、秀人と何度もした。超能力者の欠点も、秀人から聞いている。


『超能力は脳が発動元になっているため、意識が届きにくいところの防御は、どうしても甘くなる傾向がある。足下などは、その典型』


 狙いは足だ。足を負傷させて、動きを封じる。動けなくして、逃げる。


 洋平の心臓の鼓動が、速くなってゆく。驚くほど緊張している。秋田家では失敗した。狙った箇所に撃てなかった。


 けれどそれは、殺す必要があったからだ。殺すつもりがなければ、正確に撃てるはずだ。そう、洋平は自分に言い聞かせた。今回はできる。やる必要がある。やらなければならない。


 ――美咲と一緒に逃げるんだ! 


 超隊員の一人が、襖に手を掛けた。


 洋平の手は汗ばんでいた。銃のグリップを握る手が、滑ってしまいそうなほどに。


 襖が開いた。超隊員二人の姿が、洋平の目に映った。


 その瞬間に、洋平は引き金を引いた。二回。


 超隊員と洋平の懐中電灯に照らされた、暗い部屋。そこに銃声が響き、硝煙が舞った。


 火薬の臭いを漂わせながら、硝煙が消えてゆく。まるで、秋田家で発砲したときのように。


 あのときとは違い、洋平は狙いを外さなかった。正確に、超隊員それぞれの右足に銃弾が当たった。


 戦う。美咲と一緒にいるために。美咲と一緒に逃げるために。絶対に、美咲と離れないために。その気持ちだけで、戦えた。


「……うっ……ぐっ……」

 

 超隊員の一人が、右足を押さえてその場に(うずくま)った。立ち上がろうとして、また膝をついた。出血はしていないようだ。超能力で、ある程度は威力を殺したのだろう。だが、あの反応から察するに、骨折はしているはずだ。


 もう一人の超隊員は、落ち着いて洋平達を見ていた。確かに銃弾は当たったはずだが、平然としている。身構えながら、膝をついた超隊員に聞いた。


「五味、大丈夫か?」

「部隊長、たぶん、足が、折れました」


 骨折した超隊員が回答した。相当痛いのだろう、言葉が途切れ途切れになっていた。


 部隊長と、五味か。洋平は、彼等の職位や名前を胸中で復唱した。銃を構えながら、彼等の様子を観察する。すぐに襲いかかってくる気配はない。


 とはいえ、油断はできない。怪我をしていない部隊長はもちろん、膝をついている五味も警戒する必要がある。超能力者は、手が届かない距離からでも攻撃できる。膝をついたままでも――こちらに接近しなくても、攻撃は可能なはずだ。


 洋平は必死に頭を回転させた。いかにして逃げるか。どうやって切り抜けるか。


 背を向けて逃げるのは厳禁だ。遠距離攻撃の的になってしまう。まずは、あいつ等から目を逸らさずに、ゆっくりと後ろに下がるんだ。ゆっくり、ゆっくり、南側の窓に近付くんだ。


「美咲」


 小声で、洋平は美咲に告げた。


「少しずつ、後ろに下がるぞ。どうにかして逃げるんだ」


 部隊長を視界に入れながら、ちらりと美咲を見る。彼女は小さく頷いた。


 部隊長に攻撃してくる気配はない。

 五味は右足を押さえながら、憎々しげにこちらを見ていた。


 洋平は、すり足で、半歩だけ後ろに下がった。南側の窓に向かって。

 

 美咲も、洋平に合せて下がった。緊張しているせいだろう、彼女は若干息切れしていた。


 部屋が暗いのは幸いだった。自分達の細かな動きが、察知されにくいはずだから。小さく後退しながら、なんとか窓際まで近付きたい。


 洋平は、左手に持った懐中電灯を床に捨てた。状況に応じて、素早く銃弾を装填する必要がある。懐中電灯など持っていられない。


 円柱型の懐中電灯はコロコロと転がり、上手い具合に部隊長達を照らした。その姿が、ある程度はっきりと見える。


 五味は、身長が一八〇近くありそうだ。膝を付いていても、長身なのが分かる。暗がりでもはっきりと分かるほど、嫌な顔をしていた。傲慢さを絵に描いたような顔。


 部隊長は、明かに五味よりも小柄だった。身長は、洋平よりも少し高いくらい。一七〇ほどだろうか。普通の警察官に似た、だが明かに違う制服に身を包んでいる。その制服の上からでもはっきりと分かるほど、筋肉質だった。


 再び洋平は、秀人の教えを思い出した。


『超能力は打撃から身を守ることはできても、関節技から身を守ることはできないんだ』


 つまり、超能力者と戦う際は、近接戦闘に持ち込んだ方がいい。格闘の訓練も秀人と散々やったし、身体能力を鍛えるトレーニングも欠かさず行ってきた。


 けれど。


 部隊長の体つきを見て、洋平は、接近戦に持ち込むという発想をすぐに捨てた。


 接近戦において、圧倒的なパワーというのは大きな武器になる。技術やスピードなど、粉々にしてしまうほどに。


 体つきを見れば嫌でも分かる。部隊長は、明かにパワーで洋平を上回る。彼を相手に接近戦を行うなど、リスクが大き過ぎる。


 ここは、逃げの一手だ。


 高鳴る鼓動と緊張を抑えながら、洋平は冷静に状況を判断していた。集中して、頭をフル回転させた。


 そんな洋平の思考が、一瞬、停止した。部隊長の、予想外の行動を目にして。


 部隊長は、まるで降参の意を示すように、自分の肩のあたりまで両手を上げた。戦う意思はない、とでも言うように。


 洋平はすぐに我に返った。惑わされるな。落ち着いて思考しろ。冷静に状況を判断しろ。自分に言い聞かせながら、部隊長を観察する。


 部隊長は、静かにその口を開いた。


「村田洋平君だな?」


 その声には、どこか優しささえ感じた。


次回更新は明日(3/22)の夜を予定しています。


まず最初に。

次回のサブタイトルは「村田洋平」です。


物語の始まりで、守りたかった弟を守れなかった洋平。

それから、野良猫や野良犬のように生きてきた洋平。

弟を守れなかった後悔から、美咲を助け出した洋平。

秀人と知り合い、慕い、信頼し、彼と一時期過ごした洋平。

秀人と決別した後、お婆ちゃんのもとで、当たり前の若者のように過ごした洋平。

美咲への気持ちを自覚し、大切な人と共に生きることの幸せを知った洋平。


そんな彼のお話です。


どうか、お付き合いいただけたら。


さて。

今回は、いかがでしたでしょうか。

ここまで、いかがでしたでしょうか。


いつも通りとなりますが、聞かせていただけると嬉しいです。


では、また次回で。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] こんにちは、追いつきました! これからどうなっていくのでしょうか、とても楽しみです。 やはり一布さんってボクシングもやっていたことから戦闘描写も上手ですね、すごく勉強になります。 [一言]…
[一言] 並みの人間なら囲まれて追手がすぐそこまで来ている状況になれば判断力が鈍るところだが、洋平はかなり冷静に対処している。単純に凄いことだと思います。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ