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癒し処の四姉妹  作者: 井上みなと
7/7

癒し処にやってきたお客様7

 濡れた綿棒は中に入れるとちょっとヒヤッとしたけれど、乾燥した耳の中が、濡れたもので拭かれるのは、耳をかかれるのとはまた違う良さがあった。


 耳の中を濡れた綿棒で掃除し終わると、桜子さんが梵天を手にした。


 あの最初に気になった、耳かきのさじのついていない、白いふわふわとした梵天だ。


「耳の中の残った細かい耳垢を取って行きますね」


 梵天が耳の中に入り、耳の壁全体にふわぁっとした感触が当たる。


「ゆっくり回していきますね」


 回すってなんだろうと思っていると、耳の中でゆっくりと梵天が回り始めた。


 くるくると回すのではなく、本当にゆっくりと、ふわふわとした梵天の毛が耳をくすぐるようにゆっくりゆっくり耳の中を回る。


 今まで耳かきの梵天ってなんでついているんだろうと思っていたし、使ったこともなかった。


 でも、こうやって使うと、耳の中がふわふわと癒される感覚がする。


「それではこちらのお耳は終了です」


 桜子さんの終了の合図と共に、ゆっくりと梵天が耳から抜かれた。


 抜かれる瞬間も耳かきとは違う気持ち良さがあった。


「それでは逆のお耳をやりますので反対側を向いて下さい」


 そうだ、逆の耳もあったんだ。


 体を逆にして、桜子さんのほうを向き、逆の耳を委ねた。


---------------


「お疲れさまでしたー」


 イヤーエステが終わって、カフェのほうに戻ると、莉子ちゃんがお茶を出してくれた。


「私、まだ注文は……」

「こちらはお店からのサービスです。ヘッドスパ、イヤーエステ、リフレクソロジー、どのメニューを受けられた方にもお出ししているハーブティーです」


 桜子さんのほうを見ると、桜子さんは優しく微笑んで軽くうなずいた。


「施術の後は水分補給が必要ですので、どうぞお飲みください」

「あ、はい」


 そういうものなんだと思っていると、桜子さんが一礼した。


「それでは私は失礼いたします。本日はイヤーエステへのご来店ありがとうございました」


 桜子さんがお店の奥に入っていく。


「姉さんたちはじっと見られてるとゆっくり出来ないからと、いつもああいう感じですぐに奥に入っていくんですよ」


 ちょっと寂しい気持ちが顔に出ていたのか、莉子さんが説明してくれた。


「さ、どうぞ。ゆっくりお飲みください。ホットのレモンバームティーです」


 爽やかなレモンの香りがほのかに鼻をくすぐり、私はそのお茶を少し口に入れた。


 口の中にやわらかな甘みが広がり、爽やかな香りと共に疲れを癒してくれる。


「……あの、まだケーキって注文できますか?」


 お茶を飲んだら急にお腹が空いてきた。


「はい、もちろんご注文いただけますよ」


 莉子さんがニコッと笑うのに引き寄せられるように、私はショーケースを覗き込んだ。


 夏という季節に合わせた小さなケーキが並んでいる。


 メロンショート、マンゴーのクリームブリュレ、白桃モンブラン、スイカゼリー。


 どれも食べたくて迷うけれど、私は薄いレモン色のケーキを選んだ。


「このレモンのレアチーズケーキお願いします」

「かしこまりました」


 ショーケースの中からケーキが取り出され、ティーカップと同じ柄のお皿に乗せられる。


「お待たせしました」


 レモンのレアチーズケーキがテーブルにやってきて、レモンの香りが2倍になった気がする。


 私はその香りを感じながら、ケーキを小さく切り、口に入れた。


「おいしい……」


 うまく言えないけれど、冷たいレアチーズケーキからレモンの風味がして、爽やかでおいしい。


 イヤーエステで気持ちも耳も柔らかくなったけれど、ハーブティーと甘いケーキでさらに癒された気がした。


「少しお疲れは取れましたか?」


 莉子さんに問いかけられ、私は疲れてこの店に辿り着いたんだと思い出した。


 暗い夜の帰り道に、ほんのり明かりの灯ったこのお店、ルラクシオン。


 気づいた時には疲れはどこかに飛んでいた。


「はい、すごく疲れが取れました」


 きっと家にまっすぐ帰っていたら、ベッドにすぐ転がって化粧を落とすのも着替えるのも面倒だと思いながら無駄に時間を過ごしていたことだろう。


 今ならきっと明るい気持ちで家に帰れる。


 私は冷たいレモンのレアチーズケーキとホットのレモンバームティーで元気を補充して立ち上がった。


「ごちそうさまでした」


 お代を払って帰ろうとすると、桜子さんが顔を出した。


「ありがとうございました」

「またのご来店をお待ちしています」


 疲れたらまた来よう。


 私は心の中でそう決めて、ルラクシオンをあとにした。

『癒し処の四姉妹』は『耳で聴きたい物語』コンテスト応募のため、この話で一端終わりです。(総文字数規定が12,000文字以下のため)


8月に一次選考があり、9月開催のブックフェアで読者投票を開催とのことですが、何人が朗読してもらえるかわからないけれど、ちょっとだけでも植田佳奈さんに朗読して頂けたらうれしいなと願っています。


選考が落ち着いたら、またヘッドスパの佳子さんや、リフレクソロジーの陽菜子さんの話も書けたらなと思っています。


この度は『癒し処の四姉妹』をお読みいただき、またブクマや評価をいただき、ありがとうございました。

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