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婚約破棄に待ったを掛けたのは初対面の我が子でした

作者: たなか

「イザベラ! お前との婚約は、今日をもって……」



「パパ……本当に、ママとお別れしちゃうの?」



「へっ……?」



 いつの間にかアランのすぐ隣に、彼の上着の袖を小さな手でちょんとつまみ、大きな目に涙を湛え、震えた声で問いかける男の子の姿があった。パパと呼ばれたアラン第一王子は気の抜けた返事をした後、石像のように固まっている。



 卒業パーティーの会場は瞬く間に蜂の巣をつついたような騒ぎになった。



「今、あの子、アラン殿下のこと『パパ』って呼んだわよね?」



「見たところ5歳ぐらいだけど……アラン様とイザベラ様が今年で18才だから……えっ……嘘でしょ……」



「まだ少女だったイザベラ様に手を出して子供を産ませた上に、そのことを周囲にひた隠しにして、挙句の果てに婚約を破棄しようとするなんて……どこまで外道で恥知らずな鬼畜王子なの……」



 生徒達の、たっぷりと侮蔑が込められた冷ややかな視線に貫かれ、慌てて弁解するアラン。



「こ、これは何かの間違いだ! ……さては、お前の差し金だな! 小さな子供を利用するなんて卑怯だぞイザベラ!」



「……私は、一体いつの間に、あの男の子を産んでいたのでしょう……? アラン様とは、まだ接吻すらしたことがないというのに……ましてや、子供を授かるようなせ……もご?」



 言い掛かりを付けられたイザベラだったが、突然現れた我が子(・・・)に戸惑い平静を失って、あろうことかアランとの性事情まで赤裸々に告白しようとしかけたので、すかさず親しい女子生徒が自らの手で彼女の口を強引に塞ぐ。



「安心して! この世界で僕が生まれるのは、まだずっと先の話だよ! 僕は未来からやってきたんだから!」



 男の子の信じられない告白に、一同唖然とする。



「……パパもママも……僕のことを、信じてくれないの?」



「そ、そんなことは断じてないぞ! たとえ皆が信じなくても、俺だけは信じているからな! 確かに栗色の髪に鼻や耳の形も俺にそっくりだ! 我が子に違いない! ……ぱ、パパはお前の味方だ!」



「私も信じます! 私と全く同じ翠色の瞳ですし、声や顔の輪郭、口元もまるで生き写しね! きっと将来、私がお腹を痛めて産む子だわ! ……ま、ママもあなたのことを信じているわよ!」



 今にも泣き出しそうな様子の男の子に、焦って優しく声を掛けるアランとイザベラ。二人の言葉通り、まだ幼いながらも美男美女の優れたところを掛け合わせた天使のような彼の可愛らしさに、他の生徒達も思わずうっとりして頬が緩んでいる。



「ああ、良かったあ……二人がお別れしちゃったら……僕は消えちゃうんだって……大好きなパパとママの子供でいるために、5歳になったら過去に戻って、二人を仲直りさせるのが僕のお仕事だって、いつも教わってたんだ!」



「僕の名前も二人がこれから長い時間を掛けて、何度も話し合って決めることになるから、みんなには、まだ秘密にしなきゃいけないの!」



 未来のアランとイザベラから今日のことを何度も言い含められて、その時代で開発された魔道具を使い、過去へとやってきたらしい。彼のたどたどしい言葉で語られた説明を、パンクしそうな頭で時間を掛けて理解した会場の生徒達。



「……パパは、本当にママのこと、少しも好きじゃなくなっちゃったの?」



「……未来の王太子としての自覚を持てと、事あるごとに口うるさく注意してくる君のことを煩わしく思っていたが……冷静に考えてみれば、それだけ二人の将来を真剣に考えてくれていたんだよな……君が愚かな俺のことを見限らずに支え、導いてくれたおかげで、この子が生まれてくることができたのだろう……イザベラ、馬鹿で軽率な婚約者で本当にすまなかった……どうか、もう一度俺にチャンスをくれないだろうか」



「アラン様……」



 今までの不遜な態度を微塵も感じさせず、深々と頭を下げて真摯に謝るアランの姿に、目を見開いて驚くイザベラ。



「……ママは、パパのこと、もう嫌いになっちゃった?」



「いいえ、そんなことありませんよ。私の気持ちを理解していただけたならいいのです。私の方こそ、二人の未来のためとはいえ、もう少し言い方を工夫するべきでした……円滑なコミュニケーション能力は王太子妃に最も必要とされるものです。私の方こそ自覚が足りていませんでした。何より、こんなに可愛い私達の愛の結晶を失ってしまうところだったのですから……アラン様、すみませんでした」



「じゃあ、仲直りのハグをしなきゃだね!」



 二人共、照れて顔を赤く染めながらも、我が子に促されるがまま、二度と離さないと誓うかのように、互いをぎゅっと固く抱き締め合う。



「……それじゃあ、寂しいけど僕は、もう行かなくちゃ! 過去には長く留まったら駄目だし、未来に戻る姿は誰にも見られちゃいけないんだって。パパ、ママ! もう喧嘩しちゃだめだよ!」



 涙を堪えながら、うんうんと何度も頷くアランとイザベラ。



「それから、皆さん! 今日の出来事は、この場に居ない人には決して話さないでください。そうじゃないと、たいむぱらどっぐ(・・・・・・・・)? で未来に戻った僕の存在が消えちゃうかもしれないんです!」


 

 はーいと揃って手を挙げ約束する生徒達。名残惜しそうに何度も振り返り、手を振りながら会場を後にする男の子。イザベラとアランは勿論のこと、会場にいる生徒達の中にもハンカチでそっと目頭を押さえているものが、ちらほらと見受けられた。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 会場の扉の向こうには不安気な様子で、こっそり学園長が待ち構えていた。



「……そ、それで、婚約破棄は無事に回避できたのでしょうか?」



「ええ、全く問題ありませんよ。僕はプロなので絶対失敗しませんから。報酬は契約通りこちらの住所まで送っておいてください。次は隣国の学園で仕事(・・)をこなさなければならないので……聞き分けのない幼稚な子供じみた学生達ばかりで、本当に嫌になりますよ」



 会場での舌足らずな喋り方ではなく、大人びた口調で皮肉めいた愚痴をこぼしつつ、やれやれと首を振りながら足早に去っていく男の子。既に髪や目の色は先ほどまでとは全く異なる漆黒に染まっている。これが彼の本当の姿とは限らないが、あたかも彼の内面を表しているようである。



 彼こそ『類稀な変身魔法の使い手で婚約破棄阻止のスペシャリスト』として各地の学園長にのみ、密かに情報が語り継がれている存在である。アラン王子が彼の側近達と、卒業パーティーでの婚約破棄について話しているのを偶然耳にした学園長は、すぐさま彼に連絡を取り、今回の仕事を依頼したのだった。



 一年分の給料を遥かに上回る高額な報酬を求められ、学園長は当然躊躇った。だが実際に婚約破棄が行われていたならば、確実に責任を取らされ路頭に迷うことになっただろう。結局、彼には要求を呑むほか選択肢は残されていなかった。



 可愛げの欠片もない彼の姿を見送りつつ、ぼそりと学園長は呟く。



「……全く……本物の(・・・)親の顔が見てみたいよ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 『SF』のランキングページで6位にランクイン(2021/6/6 22:45現在)しているのを見て、読ませていただきました。 よくあるナーロッパ的世界での寸劇かと思いきゃ、しっかりSFして…
[良い点] 一気に読ませるよどみない構成力。 [一言] 面白かったです! 『婚約破棄』もこの視点から書けば新鮮です。ざまぁなくともスッキリしました。
[気になる点] この後結婚して生まれた子供の顔が違ったら、そもそも生まれなかったりとかしたらどうなるんだろう。 お互いにお前のせいだとか罵り合ったり、噓だと種明かしされた場合王子はイザベラが謀ったと思…
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