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いじめられっ子と天使の輪

作者: 上道修一

人生で二作目の小説です。読みづらい箇所等あると思いますが、最後まで読んでいただけるとすごく嬉しいです。

他の方に自分の創作物を見せたことがないので、感想や批評、アドバイス等いただけるとありがたいです。いただいた意見をもとに、もっとうまく書けるようになります!


「また来たの、あなたも懲りないわね」


 地元では評判の良い、真っ白なワンピースタイプの制服。月の光を照り返すほどの滑らかな黒髪。透き通るようにきめ細かい肌は触れるだけで壊れてしまいそうだ。

 彼女は呆れ混じりに僕を睨め付けた。


「いやぁまた来ちゃったよ。ほら僕って友達いないから」


 そう言って僕は旧校舎の第二音楽室に入って行く。音楽室といっても、あるのは古びたグランドピアノと所々ヒビの入った黒板と机と椅子が2組。あとは掃除用具箱ぐらいしかない。授業では新校舎が使われるため、この部屋は手入れされず放置されているのだ。しかし、教室が埃っぽくて不潔かと言われるとそういうわけではない。おそらく彼女が時たま掃除しているのかもしれない。

 窓のヘリに座って月を見ていたようだ。


「あなたに友人がいないとかはどうでもいいの。私の時間に介入してこないでって言ってるの」

「相変わらず酷い言い草だなぁ。さては君も友達いないんだろう」

「言葉が通じない人ね」

「まあまあぼっち同士ぼちぼち仲良くやろうじゃないの」

「言葉が通じない上に退屈な人。五点ね」

「おいおい、僕にその評価は厳しすぎやしないかい? 半分だなんて」

「百点満点よ」

「辛口すぎる!」

「独り身な理由がよくわかるわ。テンションがうざいもの」

「はは……」


 挨拶代わりに、ハイペースな言葉の応酬。また彼女は月に視線を戻す。僕は教室の真ん中に置かれた椅子を引いて座る。窓から吹き抜ける夜風に頬の傷口が悲鳴をあげる。それを誤魔化すために、ふぅっと小さなため息を吐く。


「傷だらけね」


 僕は見栄っ張りなのだ。


「いやはや、そこの階段で転んでね。全く参ったよこの教室にくるまでずっと廊下が真っ暗なんだから」

「わかりやすい嘘ね、今夜は満月なのよ。月明かりだけでも、あなたの顔についた傷がよく見えるわ」

「ぐっ……ま、まああれだよ。僕の転び方は少し変わってるからね」

「あら この学校の廊下にはガラスの破片でも落ちてるのかしら」


 ほっぺの切り傷がまた痛んだ。


「まあ君に嘘をついても仕方ないよね……というか隠せないよね。同じ穴のムジナなんだから」

「失礼ね、私はそんな直接的ないじめを受けたことなんてないわよ。ちょっと上履きに大量の押しピン入れられたり、机を窓から落とされてたり、携帯をバキッとおられたりしたぐらいよ」


彼女は迷惑そうにむっとほっぺたを膨らました。そういう可愛い顔もするのだと少し驚いた。


「君の中で『直接的ないじめ』がどう定義されているのかよくわからないけど、世間一般的に見てそれは十分『直接的ないじめ』だと思うよ」

「直接的じゃないわよ。私自身怪我してないもの」

「狭義、狭義だよ!意味が狭すぎて、縮こまっちゃってるよ! 六畳一間だよ!」


 僕は盛大に突っ込んだ。暗いいじめの話題は明るく話す方が健全だ。


「その例えはイマイチ面白くないけれど、ではあなたの中でどこまでが直接的でどこまでが間接的ないじめなのよ」


 少しムキになっているみたいだ。さっきまで月に見惚れていた瞳が今は僕に向いている。


「うーん、ボーダラインか。そうだね、直接的と間接的ってよりは精神的と物理的で分けられるよね。傷つくのが体か心かで。心の傷は一生癒えないっていうから、ある意味では君のほうがひどい仕打ちを受けてるんじゃないかな」


「残念ね。私はどんな陰湿な精神攻撃をされても痛くも痒くもないわよ」


 勝ち誇ったように言うと彼女は、気高く言い放った。彼女も僕と同じ見栄っ張りだ。この旧校舎の音楽室では幾度も話している。僕と彼女が少し似ていることもよく知っている。


「で、そんなことより、例のものは買ってきたんでしょうね」


 急に切れ長の目を釣り上げて、僕の懐を見つめた。食べたいならもっと早く言えばいいのにと、呆れ混じりに懐から机の上に小さな紙袋をポンッと置く。


「ああもちろん」


 彼女は待ってましたと微笑んで、机に足早に近づいてきた。無遠慮に中身を出すと、即座にパクついた。


「うーんおいしい!」


 オールドファッションのドーナツを食べる彼女を横目に、僕も袋からポン・デ・リングを取り出す。オールドファッションなんて、古めかしいものをよくそんなに美味しそうに食べられるなと思いながら僕は僕で好物にかぶり付く。


「これがいいのよ。ま、あなたみたいな情趣を介さないお子様にはわからないでしょうけど。なんなのかしらその変な形で、見るからに甘ったるそうなドーナツは」


 視線で察せられたのか、得意げに言う。自分の好物をバカにされ頭にきて僕も言い返す。


「ボン・デ・リングだよ!  君も可愛そうな人だなあ、この美味しさをわからないなんてさ。オールドファッションなんて全時代の遺物だよ」

「この素朴な味わいがいいのよ。なんてこと言うのかしら。それ以上言ったらその傷口をもっと広げて泣かせるわよお子様」

「誰がお子様だって? 行儀悪く立ったまま食べながら言われてもなんの説得力もないんだけど」


 彼女はそそくさと椅子に腰掛けた。普段の悪言に反して行儀作法は大切にしているらしかった。シワひとつ無い制服や、品のある所作から、いかに今の行動が恥ずかしかったのかが窺える。恥ずかしがる横顔を彼女にバレないように盗み見つつ、僕はまたポン・デ・リングにかぶりついた。




 ここで彼女と取り留めのない言い合いをしながらドーナツを食べることが僕の放課後の日課になっていた。

 数ヶ月前、最初に僕がこの旧校舎の第二音楽室を訪ねたとき、僕はドーナツを食べようと落ち着ける場所を探していた。新校舎だとどうしても誰かの目に付くし、奴らと遭遇する可能性があったのだ。旧校舎はあまり人が寄り付かない。どこにでもある学校のどこにでもある心霊伝説がこの旧校舎にはあるからだ。僕は幽霊よりも妖怪よりも、人間が一番怖いということを知っているので、学生で溢れかえる新校舎よりも落ち着けるのだ。

 廊下を歩いていたら、この音楽室からピアノの音色が聞こえてきた。窓から覗くと、荒んだ色のグランドピアノの上から対象的に艶のある黒髪が垣間見えた。あんな古ぼけたピアノからこんなにも綺麗な音色が出るのかと驚いた覚えがある。

 いつもなら絶対に誰かのいる教室になど入ったりはしない僕だが、その時はどうかしていた。ドーナツ屋のキャンペーンでもう一つもらえたからか、ピアノの音色に少しのロマンスを感じたからか、スライド式の扉をガラガラと開けた。年季が入っていたため思いの外大きな音がなった。

 音に反応してピアノが止まり、少しだけぴくっと黒髪が跳ねた。


「珍しいわね。ここに人が来るなんて」


 ピアノの音色に負けない透き通る美声だった。影から彼女が顔を出すと、今度は僕が面食らった。放課後の暗い教室でもわかるぐらい彼女は綺麗だった。きっと同じ学年入れば注目の的だろうだとか、天使がいるとすればこんな姿なのだろうだとか、とにかく傷だらけの僕にはこの世のものとは思えないほど美しく見えたのだ。


「あ、ごめんね。取り込み中だったかな。僕はお暇するよ」


 あんな美人と友達ゼロ人を地で行く僕がまともに話せるわけがない。とぼけたまま教室を出ていこうとした背中に、目ざとく、いや鼻ざとく声がかかる。


「ドーナツ?」


 まだ袋から出してもいないのに見かけによらずすごい嗅覚だ。袋と彼女を驚いた面持ちで見比べていると、彼女は彼女で自らの漏れ出た声に口を抑えていた。

 誰かに何かを勧めたり誘ったりするのは何年ぶりのことだろう。と今になって思うが人生で初めてだったかもしれない。僕をこの場所に誘ったピアノの音色、たまたま二つあるドーナツ、そしておそらくそれが好物であろう彼女。その時の僕は人生最高に大胆だった。


「あー……食べる?」


 以来、ショバ代としてドーナツを納めることが暗黙のルールとなったのだ。何でもこの教室は彼女の休息の場らしい。これだけ人目を引く容姿をしているのだから、羨望も嫉妬も存分に買うのだろう。後々話を聞いてみると、嫉妬の面が大きいようだったが。人気のない旧校舎に安息を求める気持ちは僕と同じなようで、ちょっと嬉しかった。

 


 

 こちらに振り返られることなく、手だけでプリントが配られる。僕はそこから一枚取って残りを後ろに回す。まるで僕が感染症にでもかかっているかのように、後ろの生徒は僕の触っていないところだけに触れて後ろに回した。その後ろもそうして、またその後ろもそうしてプリントが回っていった。くすくすという笑い声には聞こえないふりをする。

 特段変わりない、これが日常だっだ。

 終齢が鳴ってホームルームが終わる。周囲の生徒たちが騒々しく立ち上がる。生徒の中からガヤガヤと声が聞こえてきた。


「え、あそこ幽霊出るんでしょ?」

「大丈夫なのこんなことして。呪われたりしないの」

「壊しても誰もつかってないもんなぁ、いま」

「にしてもすっげえ急だな」

「どうでもいいだろ、カラオケ行こうぜ」


 間もなくして、足音が消える。ふて寝していたので橙色に傾いた空が僕の目に入ってきて眩しい。鬱陶しくなって手をかざしながら眼前のプリントに目を落とした。さっきの生徒の会話で気がかりなワードが混じっていたからだ。

 瞬間、目を疑った。僕はプリントを握り、なりふり構わず旧校舎へと走り始めていた。




「あら、今日は異様に早いのね。それに珍しく制服が汚れていない」


 勢いよく戸を開けると、第二音楽室の窓には変わらず彼女が佇んでいた。落ち着き払った声音もいつも通りだ。僕は言外にいつもみすぼらしい姿だと言われたのにも気が付かなかった。


「これ読んだ?」


 できるだけ息を整えてから言葉を発した。急いで来たと思われると少し居心地が悪かったからだ。彼女はまだ確認していないようだ。小首をかしげている。声に出して伝えるか迷ったが、プリントを彼女に差し出した。そこにはこう書かれていた。


『旧校舎の取り壊しの件について』


 彼女がどんな顔をするのか不安で目をそらす。


「まあ、古いものね」


 生憎と平静な声だった。


「そうだよね、古いもんね」

 

 僕もそう答えた。この空間をつなぎとめるため、なにか言葉の接穂を探さないといけない気がして頭を回す。息はもう整っていたのに、言葉が出てこなかった。あれだけ軽口は出てきたのにいざというときに何も浮かばない。


「で、ドーナツは持ってきたのかしら?」


 沈黙を破ったのは彼女の言葉だった。悲しげな色が混じっていたと思うのは僕の希望的観測だろうか。

 

「次、二つ持ってくるってことじゃダメ?」


 そこからの僕はいつもどおりの表情で返すことができた。


「仕方ないわね、今日だけよ」

「今週のワンピースを読んだんだけど、白熱でさ。ついにあいつが仲間に……って君、漫画とか読むんだっけ?」

「私こう見えても漫画もひと通り読むのよ。あの海賊漫画ね。絶対売れると思ってたけど、やっぱり売れたのね。というか書店に行ったならなぜドーナツを買ってこないのよ。近くにお店あるじゃない」

「電子書籍で読んだんだよ。定期購読してるから」

「でんし……なに?」

「え、もしかして知らないの? 機械音痴?」

「失礼な人ね、絶対音感を持ってる私に向かって音痴だなんて」

「いや機械音痴ってそういう意味じゃないんだけど」

「え?」

「まあいいや、そういえば最初に会ったときに弾いてた曲って――」


 取り壊しのことには決して触れず、楽しいことだけを話した。その日の会話はこれまでで一番楽しくて一番彼女のことを知れた気がした。思いのほか茶目っ気があって、気が強くて、だけどこの音楽室みたいに傷だらけで、触れただけで壊れてしまいそうな女の子。

 話し込んでいると、夕日が沈む。今日は月が出ていないみたいだ。暗闇に包まれていく音楽室ではもうお互いの顔は見えない。彼女がどんな風に笑っているのか、どんな風に泣いているのか。目で見えていなくてもまるで同じ感情を共有しているかのように僕にはわかってしまった。




 旧校舎の取り壊しが始まって数日が経つ。作業の進みは早く、すでに半分が瓦礫の山となっていた。旧校舎は僕らみたいないじめられっ子のようで、工事現場用の白い仮囲いに集団リンチされているみたいだ。日が暮れると生徒も下校し作業員も撤収して学校は閑散とする。仮囲いの隙間を縫って中に入るのは実に容易だった。

 僕は毎度のことながら足を引きずっていた。側頭部からは血が流れてブレザーはとうとう破れてしまった。最近の工事音でストレスが溜まっていたのか、奴らも虫の居所が悪そうだった。今日はやたらとズタボロだ。だがこの紙袋だけは守ることができた。少し形は崩れてしまっているかもしれないが、味は変わりないはずだ。

 瓦礫に躓きそうになりだからどうにか階段を登って第二音楽室前の廊下まで来た。外から見ていても分かったが、第二音楽室はもう第二音楽室ではなくなっていた。半分がすでに無くなっていたのだ。

 教室中を見回す。以前まで黒板があった壁は消え去り、崖下を見ると下の階の家庭科室だった場所に降り注がれていた。天井も半分が吹き抜けとなって夜空を覗かせる。机と椅子もどこか他の場所へ移されたのか、もうこの教室には無かった。唯一グランドピアノだけはいつもと同じ場所で佇んでいる。その影に黒髪の頭を探したが、やはり見当たらなかった。


「やっぱそうなんだよね」


 あれから彼女と会うことは二度と無かった。この第二音楽室に来ても姿を表すことはなかった。彼女は消えてしまったのだ。

 グランドピアノに触れる。以前、不用意に近づいたき絶対に触れるなと忠告されたことがある。もういないのなら構いやしないだろう。試しに鍵盤を押して見る。案の定、音は出ない。木の擦れる空虚な音だけが残る。

 今度は彼女がいつも座っていた窓辺に近づく。解体の衝撃で窓ガラスは割れていた。ガラスの破片をどけて外に乗り出す。確かにここからだと月がよく映える。今日は三日月だが満月だとさぞ綺麗に見えたに違いない。三日月も三日月で綺麗だけど。

 

「せっかく前に忘れた分も買ってきたってのに」

 

 紙袋からドーナツを取り出す。いつもよりオールドファッションを一つ多く買ったのだ。残りの入った紙袋を第二音楽室だった場所に置く。自分で自分への手向けをする日が来るなんて夢にも思わなかったが、存外悪くないチョイスかもしれない。

 衝撃にさらされたのにも関わらず、綺麗な形を保っていた。夜空を眺めながらオールドファッションを齧る。涙が出るほど美味しかった。その涙は校舎から遥か真下にある瓦礫の山へと落ちて、確かな水音を立てた。

 そしてたった数ヶ月の付き合いの天使に向けて言ってやった。


「なんだ、まあまあ美味しいじゃん」

 

 彼女と同じ場所で死んだなら、また彼女に会うことができるのだろうか。幽霊となって、はたまた生まれ変わってどこかで出会うことはできるのだろうか。こんな辛い場所ではなく、どこか普通で独りではない場所で。

 なにか柔らかいものが潰れる音がして、なにか液体のにじみ出る音がした。意外と心地良い気分だなと、僕は眠たくなって目を閉じた。

 



『次のニュースです。都内の公立高校で男子生徒が自殺しました。この高校では二十年前にも同じ場所で自殺者が出ており、警察当局はその関連性も含めて調査を進めています』









最後まで読んでいただき本当にありがとうございます!

感想などいただけるとすごくすごく嬉しいです!


今回は暗いテーマでしたが、今後は明るい話を書いていこうと思います!

よろしくお願いします!

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