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メリアの休日 (1)

 朝の到来を告げる教会の鐘でメリアは起床……しなかった。


 今日は休日。早朝の鐘で起きる必要がない。もう少しだけゆっくりとしていたい。煩わしい音から逃げるように頭を毛布で覆った。意識が溶けていくようにゆるゆると安らかな微睡みに沈みゆく。


 宙に浮いたようにふわふわとするぬくもりが心地よい。周囲に危険な気配もなく、警戒せずに眠れることが幸せなことだと、メリアはフローライトに来るまで知ることがなかった。


 眠りたい欲求が強い。それに無理に逆らわず、あっさりと意識を手放した。


 ………………。


 幾度かの鐘の音をやり過ごしていると、少しずつ意識が浮上してくる。


 完全に頭が覚醒してから、窓を開けた。穏やかな風がメリアの頬を撫でるように入り込んでくる。


 窓辺から太陽の位置を確認した。まだまだ空の頂までは離れている。視線を下に向けると、既に多くの人々が忙しそうに、楽しそうに、商店区の大通りを目指して歩いていた。賑やかな喧騒が耳に届く。


 メリアの住む集合住宅……寮は、市街区と商店区の境目近くに建てられている。商店区に近いこの場所は部屋が狭くとも家賃が高めだ。メリアは趣味らしい趣味もなく、あまりお金を使うことがない分、住む家に貯金を割いた。


 ここを選んだのは部屋の大きさと職場の距離の兼ね合いが丁度良かったからだ。商店区が近くて買い物が便利なことはあくまでも副産物に過ぎない。


 窓から頭をずっと出していると目立つので、さっさと引っ込んで窓の鍵を閉めて、カーテンで遮る。メリアの部屋は三階なので外からはやや見えづらい位置ではあるが、念のため。


 いつもの習慣で浴室に向かい、お風呂の準備と洗顔。それから朝昼兼用の食事を済ませた。昼までに家事を一通り終わらして、午後からは鍛冶屋の見学に向かう予定を立てたメリアは浴室に向かう。


 お湯につからないように髪をヘアゴムでまとめて、浴室を魔導具で照らす。窓のない浴室は日中でも暗い。密室ではあるが、空気を入れ換える魔導具が天井に搭載されている。


 シャワーで身体を流してから浴槽に身を沈めた。大きく息を吐き出してリラックスをする。天井をぼうっと眺めながら、昨日リリィと食事した時のことを思い返す。


 初めて女の子と二人きりで食事したメリアは、自分自身でも驚くぐらいに舞い上がっていた。対面にはとても可愛い女の子が、笑顔でメリアだけを見ているのだから仕方ないだろう。


 食事処も、メリアがおよそ経験したことのない明るくて女の子女の子とした雰囲気。周りの客層も女の子ばかりだったことも心を動揺させた。自身が異分子のように思えたのだ。


 そんな影響もあり、リリィから休みの予定を質問された時、元から計画していたわけでもないのに、その場の勢いで鍛冶屋の見学のために工業区に行くと即答してしまった。


 向上心がある真面目な姿をリリィにみせたかった? 本当は休日は家でごろごろしたいという、だらしない自分を晒したくなかった?


 考えても、考えても、自身の心の挙動に答えを出すことができない。


 いずれにしても、リリィに鍛冶屋の見学をすると答えを返した以上、工業区に行かなければ嘘をついたことになってしまう。次の仕事の時に工業区の話をする約束もしている。


 ……。リリィと話せる機会が少しでも増えるのは、良いことではないだろうか?


 頭をぶんぶんと振って、下心みたいな考え方を追い出す。リリィには嫌われたくない。変な考えをしてはいけない。


 迷走しそうになっていた思考を一旦全て追い出した。頭を空っぽにして、リセット。


 フローライトに住みはじめて一月経ち、今さらではあるのだが、今回の件は街の散策と考えれば良い。


 工業区は通勤路から離れているし、メリア自身そこに用事もない。こんな機会でもなければそうそう足を運ぶこともないだろう。


 考えを一通りまとめたところで、お風呂から上がる。いつもよりも長めに入っていた気がする。


 洗面台の前で丁寧に歯磨きをしてから、絹のパジャマにもう一度袖を通す。家事全般を終わらしてから、出かける準備に取りかかる。


 まずはベッドに今日着ていく服の候補を並べる。三種類あるが、細かい部分で違いはあれど、基本的には色違いなだけだ。


 どれもメリアには勿体無い、女の子らしい、白色、桃色、水色の配色。


 外用の服は半袖のフロントボタンワンピースで、丈が少し短い。背面に大きな飾りリボンが備え付けられていて、服自体はとても可愛らしい。


 メリアに服装の拘りはない。着用できれば男女の服どちらでも構わない。今は女性用の服を着用しなければならない立場なので、女性用を選んでいるだけだ。


 拘りはない……が……もう少し、丈の長いスカートの方が安心感はある。階段を登る時や、強風が吹いてきた時など、いちいちスカートを押さえたりして気にせねばならないのは億劫だ。


 どうせ同じ休日を過ごすなら、丈の長いスカートを見るためにリリィと一緒に服屋で買い物をしたかった。


 一人で服を買いに行くと、店員にあれこれ言われたり、試着しなくてはならないのが辛い。目の前に並べられているワンピース三着を買った時に心の底からこりた。


 その時の店内は、友人と一緒に服を選んでいる客に対しては、店員は話しかけていなかった。なので、リリィと一緒に行けばささっと買い物を終えることができそうではあるが……勇気が足りずに誘えなかった。


 そもそも、女の子……リリィを買い物に誘うなんてできるはずがない。断られた時、心に負うダメージが計り知れない。次会うときに、どのような顔をすれば良いのだ。


 メリアは意気地無しなのだ。


 三色の服の前で無意味に悩む。色を悩むというよりは、スカートの丈が長くならないかなぁ、という現実逃避に近いだろうか。メリアは結局、白色のワンピースを選んだ。それを選択したことに深い意味はない。


 長い髪をブラシで溶かしたり、姿見で服がよれていたりしていないかなどを確認して、全身を整えた。女性の象徴である化粧はしていない。化粧品の使い方が良く分かっていないので、使用すると変になる可能性が高いからだ。幸い、使用せずともなんとかなっている。


 最後に、財布代わりの、手のひら程の大きさのカードを手に持つ。


 フローライトは通貨を、魔術回路が埋め込まれたカードで管理している。使用されている魔術回路はそこまで珍しくはない。都市ぐらい発展していれば、このシステムを採用している場所は多い。


 商人はこの通貨カードの魔力を読み取る魔導具を国から支給される。それを使ってカードを読み取ることで精算する。わざわざ通貨を持ち運ばなくても買い物ができる点は大きな利点だ。もちろん、利点があれば悪い部分もある。


 ……発達した都市は、何かと便利だ。


 村などでは魔導具も通貨のカードもない。夜はろうそくの頼りない光でやり過ごし、お風呂は薪を割って燃やし、温める。


 また、発展していない村や小さな町はこの都市のように壁に覆われていることもなく、常に魔物などの襲撃に備えなければならない。


 ……。


 それはさておき、通貨のカードをポケットに……ポケットに……。


 ため息が自然と出てしまう。このワンピース、ポケットがないのだ。女性は小さい荷物を一体どうしているのだろう……。 


 ポケットがないのならば、鞄だろうか。食料等を運ぶ用にと、露天で買ったかご編みトートバッグが一つあるが、カード一枚だけ運ぶのに使用するのも大袈裟過ぎる。


 一番着なれている受付嬢の制服をじーっとみる。


 受付嬢の制服ならばベストにポケットがついているので、カードをそこにしまうことができる。手ぶらで歩けるのは非常に楽だ。


 非番ではあるが、着てしまいたい衝動に駆られる。私事で着用してはいけない、という規則も特にない。三着もあるのだ。一着くらい、私服代わりに……。


 手を伸ばして、伸ばして……。寸前で踏みとどまる。


 受付嬢の制服なのだから、それ以外で使用するのは規則に記載する必要もなく駄目なのだろう……。


 カードをしまう方法をあれこれ考えてみたが、どれも現実的ではなく、結局、トートバッグにカードを入れて、家を出た。

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