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受付嬢の一日 (3)

 冒険者ギルドの入口を完全に開いてからドアを固定し、メリアはすぐに自分の持ち場である四番カウンターに向かった。隣の三番カウンターに目を配ると、リリィも急いで持ち場に着いていた。


 冒険者が入店を開始し、次々とカウンターに向かう。入口から最も近い一番カウンターは熟練の受付嬢が担当するのが一般的で、フローライト支部ではローラが一番カウンターを担当している。メリアの四番カウンターは入口から一番遠いので、負担が四人の中で一番少なくなる場所だ。基本的には新人受付嬢が受け持つカウンターになる。


 一番利用が少ない、そのはず、なのだが……。 


「メリアちゃ~ん! クエスト受けにきたよぉ~!」


「うおおおおーん! 我が天使メリア様!!」


「はぁ……はぁ……メリアたその吐いた息を吸いたい……すう……はぁ……」


 冒険者たちは脇目も振らずにメリアのカウンター前に並ぶ。冒険者ギルドが開店してから数瞬で、他のカウンターを差し置いて行列ができた。その訓練されたような動きにメリアは呆気に取られる。


 彼らは他のカウンターが空いている時も関係なしにメリアのカウンターに並ぶ。何故、並んでまでメリアの所でクエストを受注したいのか当初は不明だった。特に、ランクの低い冒険者は一つでも多くクエストをこなしたいものだから、空いているカウンターを我先にと目指すのが常識だ。


 最近では、メリアが新人受付嬢なので、人見知りの冒険者にとっては気が楽なのだろう……と、メリアは無理やり結論付けた。


 もしくは願掛けのようなもので、メリアの受け持つクエストが、自身と相性が良い、という理由もあるのかもしれない。


 下位クエストについては受付嬢がそれぞれ受け持っているものが違うことは、冒険者たちも知っている情報だ。


 上位クエストについてはギルドマスターとの面接や抽選などがあるが、下位クエストについては早い者勝ちだ。


 目の前に来た冒険者に仕事を振り分けるのがメリアの仕事だ。深く考えても仕方ない。メリアはあれこれ考えることを放棄し、受付の仕事に集中する。


「おはようございます! 冒険者ギルド、フローライト支部へようこそ!」


 メリアのカウンター前にいる青年男性の冒険者に頭を下げて、意識して笑顔を作る。最近、ようやく笑顔を作ることに慣れてきた。


「へへへー! おはようメリアちゃん! 今日も素敵だね! ほい、冒険者カード」


「ありがとうございます! 拝見いたしますね!」


 彼はこの冒険者ギルドの常連ではあるが、冒険者カードの確認は義務のため、面倒でも毎回確認する。Fランク冒険者。パーティーは無所属。前衛タイプの剣士。視線をちらりと青年冒険者に向けて装備を確認する。最低限の革鎧も着ていない。長剣一本のみの装備。鞘を確認。長剣の種類はあえてのオーダーメイドでなければ市販で売っている安物。いつもと変わらない、良く見る駆け出し冒険者の装備だ。


 冒険者カードは他にも名前や出身地、冒険者カードを発行したギルド名なども彫られているが、そこは受付嬢にはあまり関係のない情報だ。


「確認いたしました! 本日はクエストの受注でお間違いございませんか?」


「おうともよ! 近くの森でのクエストあるかねぇ?」


「実は……」


 近くの森が環境変化し、Fランク冒険者は受注できないことを説明した。慣れた冒険者であればギルドの外にある掲示板を読み、環境変化などがあるかどうかを確認するが、駆け出し冒険者はほとんど確認する人がいない。


 それも仕方ないとメリアは思う。環境変化があるのは大抵、適正Dランク以上の採取地なのだから。今回の適正Fランク以上の採取地の環境変化は非常に珍しい。


「ええーっ!? 近くの森のクエストが受けられない!? マジかー!」


「申し訳ございません。環境変化がいつ解除されるかは現在、未定です。解除され次第、外の掲示板に貼り出されますので、こまめにご確認ください」


「掲示板なんてあったんだ!? まぁいいや。じゃあ、近くの森以外のクエストで頼むよ!」


「はい! 承りました! ただいま、Fランクの方にご紹介できるクエストはこちらになります」


 メリアはクエストの詳細が書かれた羊皮紙をカウンターに広げた。街、渓谷、海岸のクエストがそれぞれ六枚ずつ。街のクエストに関しては、ほとんどが子どもでも遂行が可能な程に仕事内容が簡単で、報酬も安かった。


 冒険者は一般的な仕事に比べると収入に大きな波がある。特にFランクは一つひとつのクエストの収入が少ないので、冒険者のみで生計を立てるのならば必然的に数をこなすことになる。だからこそ、Fランク冒険者は早朝から並ぶ傾向にある。


「ううん……一番実入りがいいのは……門の近くにある国道の草むしり……? 国の依頼だからか……。でも腰痛めそうだし、仕事の監督が厳しそうだしなぁ……。でもお金がいいなぁ……。次にいいのが……渓谷で薬草採取か……。でも採らなきゃいけない量が随分とえぐいな……」


 青年冒険者はうんうんと唸りながら独り言を呟く。街のクエストについては最初から見ていなかった。クエストを選べることも早朝組の特権だ。


「おっし! メリアちゃん、これに決めたぜ!」


 悩んだ末に彼が選んだクエストは、街の外で行う国道の草むしりだった。Fランククエストで一番実入りが良いものを選んだようだ。


 このクエストについては特に説明することがない。詳細は現場の監督が説明するからだ。クエストを確かに受注したことを彼に伝え、依頼主から預かっていた銅のペンダントを彼に渡す。


「このクエストの受注者の証になりますので、こちらをフローライトの正門近くにいる依頼主様にお渡ししてください。依頼主様の目印は、赤い旗を持っている兵士様です」


「オッケー! それじゃ、頑張ってくるぜ!」 


「はい! いってらっしゃいませ!」


 銅のペンダントを掲げた青年冒険者に深く一礼した。まずは一人目。まだまだたくさんの冒険者がいるので、気を抜いている暇はない。


「では、次の方どうぞ!」


 次にカウンターに来た冒険者は三人で構成されたパーティーだった。全員屈強な肉体を持った男性で、一律、禿頭で揃えられていた。この特徴的な容姿を持つパーティーも常連だ。


「んほほほほほー! メリアちゃん、キターーーーー!」


「お、お、お、おはよう、め、め、メリアたそ……はぁ、はぁ……」


「グフフフフ……良い朝だね、メリアさん。グフフフフ……」


 挨拶をしてから、濃いキャラクターを持つ三人にもまずはギルドカードの提示を求めた。全員分の冒険者カードを確認。パーティー名は『サン太陽』。パーティーのランクはE。前衛が三人。内訳は拳闘士が三人。全員、異国の胴着のみの軽装ではあるが、彼らの武器は己の肉体と鍛えられた拳だ。


「んほほほ……。今日は近くの森が環境変化なんすね?」


 リーダーと思われる男性が、筋肉を見せつけつメリアに確認する。この三人は兄弟なのか分からないが、全員見た目がそっくりだ。黙られてしまうと、誰が誰なのか判断できなくなってしまう。


「はい! ラピッドウォルフが目撃されています」


「んほ!? ラピッドウォルフだと!? そこまでは見てなかった! んほほ、この辺りでは珍しいな」


「た、た、た、多分、はぐれ、だろうな、はぁ……はぁ……」


「グフフフフ……僕たちの故郷がある地方では、初心者冒険者の壁と言われていたよ」


 彼らのパーティーとしてのランクならばギリギリ近くの森のクエストを受けることができるが……。


「んほっ! 進んでラピッドウォルフがいるかもしれないクエストなんて受けねぇわな!」


 三人は全く同じ表情で、同じ音程で笑い出す。不気味な合唱がギルド内に響きわたり、異様な空間を作り出した。女性冒険者はもれなく引いていた。


「で」


 ですよねー、と、つられて口に出かけたのを寸前で止めた。笑顔を無理やり作って誤魔化す。


「ではー、近くの森以外のクエストでよろしいでしょうか?」


「んほほ! それで良いよ! 今日もはりきってクエスト受けるんほ!」


 再び近くの森以外のクエストをカウンターに広げる。彼ら三人が頭を付き合わせて選んだクエストは渓谷の薬草採取。詳細を説明すると、三人は同時に筋肉をピクピクと動かして頷き、クエストへ出発した。


 その後の冒険者も近くの森のクエストは避け続けた。冒険者らしくない、何でも屋のような街のクエストが先になくなるのは初めての経験だった。


 朝のピークを終えて、カウンター前に冒険者がいないことを確認してから近くの森のクエスト関連の羊皮紙を眺める。


 今回ばかりは、近くの森のクエストだけは複数受注可能にして良いのでは? とメリアは内心一人ごちる。


 クエストは一人で、または一つのパーティーで複数同時に受けることができない。これは、一人でも多くの冒険者に仕事を割り振るためとメリアは習った。


 しかし、今回の場合はラピッドウォルフというリスクがあるのにも関わらず、報酬は据え置き。リターンが少なく、わりに合わないクエストにしか見えなかった。複数受注し、効率良くクエストを消化することができれば、多少は魅力のあるクエストになるはずだが……。


「メリア、どうしたの?」


 囁くようなリリィの声で顔を上げた。彼女の方を見ると、リリィのカウンター前にも誰もいなかった。冒険者ギルド内は今、ローラとカトレアのみ接客をしていた。待っている冒険者は一人もいない。小声なら会話しても大丈夫と判断し、言葉を返す。


「えと、近くの森のクエストが、全然捌けなくて……」


「メリアもかぁ。わたしの方も全然ダメ……」


「依頼主様のためにも、何とかしたいのですが……」


「仕方ないよ。わたしたちじゃ、何もできないし……」


 二人揃って気落ちしていると、一人の男性が来店した。メリアとリリィはすぐさま会話を止めて、笑顔で挨拶をした。


 彼を観察すると、街に住んでいる人が着るような、普通の服装。武器も持っていない。冒険者ではないように見えた。


 メリアのカウンターに向かってきたので、一礼。笑顔で迎えた。


「な、なぁ。俺が依頼した近くの森の野苺採取だが、誰か受けてくれたか?」


 近くの森にラピッドウォルフが出現し、しばらくの間、クエストは受注されないかもしれないと彼に説明した。すると、彼は失望したかのように大きなため息をはいた。


「そうか……だったら、キャンセルするから、クエストの依頼金、返してくれよ」


 メリアは一礼してからすぐに裏手へと引っ込み、ギルドマスターに事情を説明。彼が支払った代金を受けとる。


「こちらが代金になります。クエストを遂行できず、大変申し訳ございませんでした」


 リリィと一緒に、彼に向かって何度も丁寧に頭を下げた。街の青年男性は軽く手を振って足早に店を出ていった。


 何もできなかったことにチクリと心が痛み、うつむいてしまう。もっと上手な立ち回り方があったのではないかと後悔の念に襲われる。


「メリアが落ち込むことないよ。こればかりは、仕方ないから。ね? 元気だして?」


「はい……ありがとうございます、リリィさん……」


 次の冒険者が来店する足音が聞こえた。仕事中は落ち込んでいる暇はない。頭を切り替えて、笑顔で冒険者を迎えた。

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