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冒険者ギルドの天使

 冒険者ギルド。そこは大金を稼げる場所でもあり、ちょっとしたこづかい稼ぎもできる、様々な仕事が集まる場所だ。


 ここで仕事を受ける者たちを冒険者と呼び、実質最高ランクのAから、一番低いランクのGまで、冒険者の実力に見合ったライセンスが付与されている。


 昇格するには多くの依頼をこなし、その実力をギルドに認められ、困難な昇格試験に合格して地道に上げるしかない。例外があるとすればSランクだ。これは試験など意味を為さない実力者のみ、特別に交付される。しかし、このSランクについては都市伝説とも呼ばれ、その資格を持つものの存在は風の噂でしかない。


 稼げる仕事は当然、命の危険もあるし、達成難易度も高い。そもそも、そのクエストに応じた実力を兼ね備えていなければ、仕事を受けることすら叶わない。だからこそ冒険者は日々己を高め、また、命を護るために装備も整える。


 そんな冒険者たちが、今日もまた冒険者ギルドに詰めかけ、日々仕事を受注している。


 都市『フローライト』にある冒険者ギルドもまた、多くの冒険者がクエストを求め、我先にと詰めかけている。


 ……しかし。ここの冒険者ギルドに限っては、クエスト以外の目的で訪れる冒険者が後を絶たない。


「いらっしゃいませ! 冒険者ギルド、フローライト支部へようこそ!」


 冒険者ギルドの建物内に冒険者たちを包み込むような、透き通った優しい声が響き渡る。フローライト支部の看板受付嬢である、メリアの声だ。


 メリアはまだ十五歳の可憐な受付嬢である。新雪のような純白の長い髪に、サファイアのごとき輝きを放つ蒼い双眸、庇護欲をそそる華奢な体躯、穢れなき純粋無垢な優しい性格と、美少女の一つの到達点として男女共に一目置かれている。やや天然が入っているところも萌えると、冒険者たちは熱く語る。


「お、おう……! クエスト、そう! クエストを受けにきたんだぜ!」


 耳まで真っ赤になっている青年冒険者は、ようやくメリアと話す機会がやってきたと舞い上がっていた。メリアは非常に人気で、メリアからクエスト受けたいという冒険者が後を絶たないため、ピークの時間帯は行列ができるほどだ。


 青年冒険者はどもりながらも受付嬢メリアの目をカウンター越しに見ようとした。しかし、照れが勝り、背けてしまう。男冒険者はメリアよりも一回り年齢が上なのだが、その挙動は初々しい少年そのものだった。それも仕方ない。彼はメリアに出会う前はクエスト一筋だったのだから。


「はいっ! ありがとうございます! では、冒険者カードを提示していただけますか?」


「お、おう!」


 彼は懐からカードのようなものを取り出し、メリアに渡した。受け取ったメリアはランクを確認、すぐさま冒険者カードを彼に返した。


「確認しました! 現在、Cランクの方にご紹介できるクエストですが……」


 メリアは笑顔で依頼書を数枚カウンターに広げた。Cランクともなると、受注可能なクエストは多岐に渡る。討伐クエスト、採取クエスト、護衛クエスト……。依頼は毎日ひっきりなしにギルドへ舞い込んでくるので、仕事が尽きることはない。


「そ、そうだなー」


 彼は悩むふりをしながら、メリアの胸元にチラチラと視線を送る。彼はぺったんなメリアの胸が大好物であった。胸など脂肪の塊。巨乳など邪道。まな板こそ正義。それに目覚めた彼はつい先日、貧乳愛好会の会員になった。


「? いかがいたしましたか?」


 彼の邪な視線を感じたのか、メリアはこてんと可愛らしく首を傾げ、彼に声かけをした。男は焦ったように身じろぎをし、依頼書の内容も確認せず、広げられた依頼書の一つをメリアに差し出した。


「こ、これだ! 俺はこれを受注するぞ!」


「はいっ! ありがとうございます! それでは、こちらの依頼の詳細になりますが……」


 彼が適当に選んだのは採取クエストだった。それを確認したメリアは、クエストの達成条件だけでなく、注意事項、予想される危険などをつらつらと説明した。メリアの的確なアドバイスは並の受付嬢では手の届かない領域にある、質の高いものだ。メリアが人気の受付嬢である理由の一つでもあった。


「お、おう! さすがはメリアちゃんだぜ! か、か、可愛くて、頭が良くて、物知りで、気が利く! 受付嬢の中の受付嬢だな!」


 クエストの内容などそっちのけでメリアをひたすら褒めちぎる。女性は褒められて悪い気がしない、という、男友達からの情報を鵜呑みにした結果であった。時と場合と場所を考えなければいけないのだが、彼はそこまで頭が回らないほどに一杯いっぱいだった。


「ありがとう……ございます? では、その、次の方がいらっしゃいますので……」


 メリアは笑顔ではあったが、観察力の鋭い人が見ればメリアがやや困惑しているのは一目瞭然であった。しかし、舞い上がった男冒険者がそれに気づくことはない。


「もうさ! メリアちゃんの可憐さは大陸一だぜ! どんな貴族よりも、どんな姫様よりも、ずーっとずーーーーっと可憐だ!」


「えと、その……。次の方がいらっしゃいますので……」


「そ、それから!!」


 困惑するメリアを差し置いて、彼がさらにメリアを褒め称えようとした、その時。


「はいはーい! お兄さん、クエストは受注したし、説明も受けましたよね? 次の人がつっかえてるので、退出をお願いしまーす!」


 メリアの隣で同じくカウンター業務を行っていた、長いブロンドの髪の受付嬢が助け船を出す。彼女はリリィ。メリアと同年代ではあるが、ギルド受付嬢としては先輩だった。


「……くっ……だ、だが!」


「へい、兄ちゃん。メリアたんを口説きたいのは十分承知だが、一人抜け駆けはフェアじゃないな? 紳士協定を忘れたか? あんまりしつこいと紳士たちから制裁食らうかもしれないぜ?」


 彼の後ろにいた頬に十字傷のある強面の冒険者の言葉で、青年はぶるりと震え、しぶしぶと退散した。メリアはアイコンタクトでリリィに感謝し、改めて強面冒険者の接客をはじめた。




「ふー! 今日も仕事頑張ったー! おつかれさま、メリア!」


 夕刻。メリアとリリィは同時に今日の仕事を終えて、受付嬢の控え室に戻った。リリィはストレッチをするように思い切り背中を伸ばす。


「お疲れ様です、リリィさん。あの、先ほどはありがとうございました」


 メリアはこの感謝を全力で伝えるために、姿勢が良くなるよう意識して、目も瞑り、深々と頭を下げた。


「んん? あー、冒険者に口説かれてる時のことかなー?」


 顔を上げて、リリィの顔を見る。彼女は手を口に当てて、メリアをからかうように軽く笑った。


「えっと……その……はい……」


「メリアは押しの強い男の人をあしらうのは苦手?」


「はい……あそこまで食い下がられるのは今日が初めてで……どうしたらいいか分からなくて……」


「すごかったもんねー、あの人。わたしが見てきたなかでも、三本の指に入るくらいの食い下がりっぷりだったよ」


「うう……」


「まーまー! ああいう時は笑顔で追い払えばいいんだよ! 冒険者ギルドは女の子と会話するだけの店じゃないんだから、クエストの説明が終わっても粘る人に対しては適当にあしらっていいの」


「……はい」


「今日の出来事は勉強と思って、次に生かそう! 前向きにいこっ! それじゃ、わたしは先に帰るねっ! おつかれさまー!」


「はい、お疲れ様です!」


 メリアはもう一度頭を深々と下げて、そのままリリィの退出を見送った。誰もいなくなった控え室で、メリアは改めて大きくため息をはいた。


 やはり私は、この仕事の適正が低いのだろうか。


 内心で弱気になるが、この仕事を紹介してくれた、恩人であり、同僚でもあるリリィの顔に泥を塗らないためにも、弱気になった心を奮いたたせる。挫けずに頑張ろう。


 リリィも言っていた通り、次に生かせば良いと、再度自身に言い聞かせた。受付嬢になってから今日で一ヶ月。まだまだ新人の域を出ない。学ぶことはたくさんある。


 特に、メリアは男性のアプローチを受け流す技術が圧倒的に足りていなかった。男性から言い寄られたことなんて今までになかったのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが。


 それもそのはず。


 メリアは女性ではない。


 男の娘だ。

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