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弔い

 ヴァイオレットは目蓋(まぶた)を射す光に、微睡(まどろ)んでいた意識が浮上するのを感じた。

 長いまつげをピクリと震わせ、ゆっくりと目を開ける。地下では感じたことのない光量に一瞬目が眩み、何度かまばたきを繰り返すと、次第に目が慣れてきた。朝の静謐(せいひつ)な空気が頬を撫でる。

 ヴァイオレットは隣で寝息を立てているカンナを起こさないように、ゆっくりとその身を起こした。まだ重い目蓋を持ち上げつつ、室内に目をやると――少年が寝ていたはずの寝台は、もぬけの殻だった。


 ヴァイオレットは、慌てて寝台を飛び出す。その気配でカンナも目が覚めた。


「何ぁつ――眩し……っ!」


 カンナは起き抜けだからか、おかしな言葉を発している。

 ヴァイオレットはそれには構わず、寝室の扉を勢い良く開け――目の前の光景に、思わずその動きを止めた。

 部屋の中央に置かれたテーブルには、温かな湯気を立ち昇らせたお皿が三人分並んでいる。昨日まで、そこには二つしかなかったのに、どこから持ってきたのか、椅子が一個増えていた。

 ヴァイオレットは状況を理解すると、思いっきり脱力した。

 少年は逃げたわけではなく、どうやら朝食の準備をしていたらしい。

 ヴァイオレットの後ろから、大きなあくびを噛み殺しながら近づいてきたカンナが、同様に固まる気配がした。


「……ちょっと、どうしたのよ、これ。」


 テーブルの上に並ぶ朝食を見ながら、疑問を口にする。

 カンナの言葉に、ヴァイオレットが額を押さえた。

 そこへ、スープを乗せたお盆を持って、少年が台所から顔を出す。


「****……*****。」


 二人に気付いた少年が、何やら声をかけてきたが、その内容は分からない。

 本来なら面倒を見るべき小さな子供に、お世話されてしまったというあられもない事実に、言いようのない気まずさを覚えた二人は、揃って顔を見合わせた。



 * * * * *


「それは、いいご身分だな。」


 からりと笑うスラリとした男――ニースに、ヴァイオレットとカンナは頬を膨らませた。


「笑い事じゃないわよ!」

「放っておくと、全部やろうとするんだよね。」


 朝食を食べ終えたあと、食器を下げようと動き出す少年をなんとか椅子に押し留め、二人は洗い物を済ませた。言葉が通じないのがこんなに大変だとは思わなかった。

 ヴァイオレットとカンナは、共に地上へとやってきた一同と合流して、()()()()()に加わっていた。

 昨晩は暗かったこともあり、そこまで気にはならなかったが、こうして明るい中で見ると、のどかな村の風景と相まって、その異様さが際立っている。まだ小さい少年の目に、この光景は刺激が強いだろうからと、家に置いてきて正解だった。


 村の外れにある少し開けた場所に、昨日、手にかけた村人達の亡骸を集める。全てを運び終え、皆がその場所へと集まった時――、


「……**っ、****っ!」


 聞き覚えのある声がヴァイオレットの耳に届いた。

 声のした方へ顔を向けると、すぐ側に生えている木の陰から、ヴァインがオリーブ色の少年を引っ張り出しているところだった。


「おんや~?こんなところで何こそこそしてんの?」


 ヴァインは、引っ張り出した少年の首根っこを掴むようにして持ち上げると、背を丸めて皆の方へと歩み寄る。ヴァイオレットの隣まで来ると、無造作に少年を地面に放った。


「ヴィオレ、拾ったんなら責任持って、ちゃんと鎖で繋いどいてよ。」

「ちょっと!」


 ヴァイオレットが気色ばんで非難の声を上げたが、ヴァインは肩を竦めてみせるだけだった。

 放り出された少年は、変わり果てた村人達の姿を目の当たりにして、呆然としている。その顔色は今にも吐きそうなほど悪い。少年の様子に、その周りにいた一同が、気まずそうに目を伏せた。

 重苦しい沈黙が辺りを包む。

 その沈黙を破ったのは、やはりと言うべきか、一団のリーダーに担ぎ上げられたニースだった。


「――弔いを。」


 その言葉に、物言わぬ死体となった村人達の周りをぐるりと囲んだ面々が、一斉に、拳に握った右手を胸に当てた。ニースはその輪から一歩、中心に進み出ると、古くから伝わる「弔いの言葉」を紡いでいく。

 胸に当てた右手をスッと前方に突き出し、手のひらを上に向け、親指の爪を中指の腹に当てる。右手の中指は「邪気を払う」と言われており、爪で弾く様にして傷を付けると、そこに赤とも青ともつかない銀色の玉がぷくりと浮かんだ。

 それを一滴、集めた亡骸の上に落す。

 それを合図に、ニースが滔々(とうとう)と古えの言葉を紡ぐ中、一人、また一人と、銀の滴を落としていく。

 不当に奪った命への謝罪と、せめて安らかであれという願いを込めて――。


 ヴァイオレット達のような植物の性質を持つ人――樹人(じゅじん)は、一生を終えると、その源泉である「知識の泉」に還るとされている。ヴァイオレット達とは存在を異にする地上の者たちが、「知識の泉」へ還ることはないのかもしれないが、こうする事で、彼らの魂の還る場所へ辿り着けばいいと思う。


 撒かれた滴が淡く燐光を発し、最後の一人がそれを落とすと、ニースが発する結びの言葉に、ひと際、強く輝く。

 皆が静かに見守る中、村人達の亡骸を苗床にして、抱き込むように伸びた大きな木が、魂の抜けた彼らの遺骸を余すことなく覆い隠した。

次回の更新は、12/17(月)の予定です。

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