就寝
全身くまなくキレイに洗われた少年は、先ほど少女と食事をしていたテーブルに突っ伏していた。
夕方頃から続く――主に精神的な疲労で、いつも以上に身体が重い。
少年はテーブルに身体を預けたまま、今日あったことを思い出す。
突然、村に現れた塔。
何もできずに地に沈む人々。
少年の父親も、真っ赤に染まる風景の中、目の前で倒れた。
自分が何故、ここにいるのか不思議に思う。
本当ならあの時、少年も、父親たちと同じ運命をたどっていたはずである。
目の前に赤い女性が立った時、確かに彼女の鞭が自分を襲った。
しかし、すんでのところで白いワンピースの少女に助けられた……のだと思う。
その後の少女の行動は、少年にしてみれば、戸惑いを禁じ得ないものだった。
どう考えても「優しくされている」ように思う。
そこまで考えて、つい先程までいた洗い場でのことが思い起こされ、その光景を押しやるように慌てて頭を左右に振った。
――キィ……。
入り口の扉がきしんだ音を立てた。
洗い場から少女が戻ってきたのかと思い、音のした方へと顔を向ける。
少年は、入り口から入ってきたその人物に全身を強張らせた。
扉を開けて入ってきたのは想像していた少女ではなく、真っ赤な髪の女性だった。
女性は部屋の中を見回すと、ためらいもなくテーブルへと近寄り、少年の正面にある椅子にどかりと腰を下ろした。
* * * * *
カンナ達が塔に入る前、村の陰影を色濃く映していた光はすでになく、辺りは暗闇に包まれていた。
塔で汚れを落としたカンナは、ヴァイオレット達がどうしているかと村の中を歩いていた。服を替えたいだろうからと、ヴァイオレットの新しい服を持ってくるのも忘れない。
休むなら崩れていない家だろうと当たりを付けて、大して補装もされていない道を歩いていると、そう遠くない場所にオレンジ色の光が見えた。今、この村で明かりを点ける者がいるとすれば、ヴァイオレット達をおいて他にいないだろう。
カンナ達が暮らしていた地下を照らす光は、どちらかと言えば青や緑が多い。それに比べ、地上の明かりは暖かそうに見える。
カンナはその光に誘われるように、その足を向けた。
明かりの灯る家まで来ると、カンナはその扉を開けた。
まず目に飛び込んできたのは、ヴァイオレットが拾ったオリーブ色の少年だ。その身をテーブルに預けている。部屋をぐるりと見まわすが、ヴァイオレットの姿はない。
このまま立っていても仕方がないので、少年の正面にある椅子に腰かけた。手に持っていた服の入った袋をテーブルに置く。目の前の少年は、緊張からか、顔が強張っていた。
「そんな顔しないでよ。」
苦笑交じりに少年の方へ手を伸ばすと、その小さな肩がびくりと震えた。
カンナがしたことを思えば、少年の反応も頷ける。カンナは構わず、少年の頭に手を乗せると、落ち着かせるようにゆっくりと撫でてやった。先程まで湯を使っていたのだろうか。まだ乾ききっていない浅緋色の髪は、部屋の空気にさらされて冷たくなっていた。
「あれ?カンナ来てたの?」
突然かけられた、のんびりした声に振り向くと、身体を洗い終えたヴァイオレットが入ってくるところだった。その顔には、よくここが分かったものだと驚きとも感心ともつかない色が浮かんでいる。
「ええ。着替え、必要でしょう?」
少年の頭から手を離し、テーブルに置いた袋を指し示す。
ヴァイオレットは嬉しそうに近づいてくると、袋の中身を確かめた。
「一応、寝間着も持ってきたんだけど、必要なさそうね。」
ヴァイオレットはここの住人の物なのか、丈の長いシャツに身を包んでいた。
「うん。持ってきてくれると思わなかったから、ここにあったのを借りたの。」
ヴァイオレットはシャツの胸元を引っ張りながら、きまりが悪そうに微笑む。
そして、わざわざヴァイオレット達のことを探して着替えを届けてくれたカンナの後ろに回り込むと、感謝の意を込めて腕を回し、その頭に顎を乗っけた。
「カンナもこっちで寝るの?」
「ええ、そのつもり。」
袋の中にはヴァイオレットだけではなく、カンナの着替えも入っていた。
それならと、ヴァイオレットは台所に続く扉とは反対側にある、木の扉を開けた。そこは思った通り寝室となっており、大人が寝っ転がるのに充分な大きさの寝台が二つ並べてあった。
ヴァイオレットはカンナと少年を手招きすると、寝台の一つに腰を下ろす。
敷かれた上掛けを端によけると、その硬さを確かめるようにシーツの上に座った。
弾むとまではいかないが、身体が痛くなるようなことはなさそうだ。
「地上は結構、気温差あるねぇ。」
明るい内は、まだ幾らか暖かかったが、こうして辺りが暗闇に包まれると室内にいても寒い。
ヴァイオレットはどこから出したのか、紐で髪をひとつにまとめると、すっかり冷えたその肩を温めるようにさすった。外を歩いてきたカンナも同様に、すっかり体が冷えてしまったようで、ヴァイオレットの隣に寄り添うように座る。寝室の入り口に目をやると、ぽかんと口を開けた少年が、そんな二人のことを見つめながら突っ立っていた。
地下では火が使えないので、暖を取るときにはこのようにして寄り添うのが一般的だが、地上ではその限りではない。しかし、少女二人はそんなことなど知る由もなく、おいでとばかりに手招きをする。
入り口で固まったまま、口をパクパクさせている少年に、二人して首を傾げていると、少年は何かを諦めたようにがくりと肩を落とした。少年はしばらくそのままでいたが、ゆっくりと顔を上げると、二人のいる方へと無言で近寄り――ヴァイオレットとカンナがいる隣の寝台に潜り込んだ。
次回の更新は、明日12/14(金)の予定です。