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回復

 カリムは夢を見ていた。懐かしい夢だ。

 今ではもう薄れた記憶で、はっきり思い出せないはずなのに、夢の中の母は笑っていた。

 あれはどこだろうか。

 農閑期に家族で出かけたのだったか。

 遠出は出来なかったので、近場に母が作ってくれたお弁当を持って出かけたのだ。

 ふと、夢の中の父を見る。

 現実で思い出す父の姿は、怒鳴っているところばかりだけど、母が生きていたあの頃は、父も笑顔を見せていたように思う。




 ――胸が締め付けられるような苦しさに、カリムは目を開けた。

 はっきりしない頭で、ぼんやりと窓の外を見る。日は落ちきっておらず、部屋の中はまだ明るい。

 夢を見ていたような気がする。

 いつも見る、何かに追いかけられるような怖い夢ではなく、父と母が笑っている幸せな夢だ。

 カリムは寝台から身体を起こすと、頬に残る乾いた感触にどきりとした。


(泣いてた……?)


 カリムはごしごしと頬をこする。

 部屋の中を見回すと、そこには誰もいなかった。


(……どうしたんだっけ)


 ヴァイオレットにコップを渡され、飲み干したあと、寝台に入ったところまでは覚えている。しかし、今朝からの記憶はおぼろげだ。

 朝、いつもの時間に目が覚めると、背筋に悪寒が走り、イヤな汗が全身から噴き出していた。おそらく、熱を出していたのだと思う。


(今日一日、寝込んでたのかな……)


 肩までしっかりかけられていた布団の端をきゅっと握る。

 ヴァイオレット達はどうしたんだろう。また、外で血を撒いているのだろうか。

 カリムは腕を伸ばしてみた。一日寝ていたからか、少し動きがぎこちない気もするが、寝台を出ても問題はなさそうだ。

 カリムは、そっと寝台から足を下ろして床につけると、ゆっくりと立ち上がる。

 窓から見える景色が、そろそろヴァイオレットとカンナが戻る時刻だと告げていた。

 動けるのであれば、夕飯の支度をしなくては。

 今日は何を作ろうかと考え、父と二人でいたときは「やらなければ」しかなかったのに、今は「作りたい」に変わっている事に気付く。

 ヴァイオレットもカンナも食事をしている間、嬉しそうに笑うのだ。

 不意に、二人の笑顔が、夢の中で見たおぼろげな母の笑顔と重なる。

 目が覚めたときは苦しかったはずなのに、今はどちらかと言えば、胸が温まる感じがした。


 キィ――……。

 寝室の戸が開く音がした。家には自分しかいないと思っていたカリムは、驚いて扉の方を見る。

 小さな桶とタオルを持ったヴァイオレットが、部屋に入ってくるところだった。


「カリム!」


 ヴァイオレットが小走りで近付いてくる。

 カリムの側まで来ると、寝台横の小机に持っていた桶を置き、心配そうにカリムの額に手を当てた。


「良かった。******のね」


 ほっとしたのか、ヴァイオレットが安堵の息を漏らす。そう言えば、全身を伝っていたイヤな汗はすっかり引いており、悪寒もなくなっている。今は頭もスッキリしていて、寝込む前より元気になっているような気がした。

 ヴァイオレットは大事なものに触れるように、カリムの頭や頬を撫でると、寝台に座るよう促してきた。

 カリムは大人しく座り直す。

 どうするのか見ていると、ヴァイオレットは桶に汲んできたぬるま湯に、タオルを浸して固く絞る。

 この数日で火の扱いを覚えた彼女は、カリムのためにわざわざ用意してくれたらしい。

 ヴァイオレットが、カリムの着ている上衣(シャツ)に手をかける。カリムは意図を察して、自分で上衣(シャツ)だけ脱いだ。部屋の冷たい空気にさらされて、ぶるりと震える。

 ヴァイオレットは固く絞ったタオルをカリムの背中に当てると、優しく拭きあげた。汗はすっかり乾いていたが、濡れたタオルの感触が心地いい。

カリムは目を細めると、こんなことしてもらった覚えがないなと、くすぐったい気持ちになった。

 そこでふと、自分のお腹を見たカリムが首を傾げる。昨日、身体を洗った際、そこにあったはずの痣が、きれいに消えていたのだ。たまに鈍く痛んだそれが、今はどこにも見当たらない。道理で全身がスッキリしているはずだ。


「********」


 ヴァイオレットの声に顔を上げると、その白い肌に喜色を滲ませている。

 前に身体を洗われた際、痣があるのは見られていたはずだから、キレイに消えたのを見て喜んでくれているのだろうか。


(昨日、飲んだお水のおかげかなぁ)


 渡された水を飲んで寝込んだら、痣が消えていたのだ。おそらく間違いないだろう。ヴァイオレットにコップを渡された時は驚いたし、作っているところを見ていたから、飲むのに勇気がいった。

 こうして一日、寝込むことになったものの、ヴァイオレットがカリムの痣を気にして用意してくれたのだと思うと、嬉しい気持ちがこみ上げる。


「ありがとう」


 気付いたら感謝の言葉が自然とこぼれた。

 なんて言ったかなんて、きっとヴァイオレットには分からなかったはずなのに、カリムの言葉を聞いたヴァイオレットは、それはそれは嬉しそうに微笑んだ。

次回の更新は、明日1/8㈫の予定です。

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