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波紋

 翌日――。

 この時期特有の冷たい澄んだ空気がヴァイオレットの肌を撫でる。

 ヴァイオレット達は塔の北側にやってきていた。本日も森作りである。

 ヴァイオレットの側には、いつも通り、カンナとカリムの姿があり、今日はニースも一緒だった。


「で?アレは何かあったのか?」


 ニースは少し離れた場所で作業しているヴァイオレットを顎で示すと、聞かれたカンナは苦い笑みを浮かべた。ニースが「アレ」と称したヴァイオレットは、作業に集中しているようで、実のところカリムの方を気にするようにちらちらと視線を向けている。どうにも少年のことが気になって、片時も目を離したくない。そんな様子だった。


「昨日、ちょっとね……。」


 カンナは昨日あった事を思い出しながら、ニースに説明する。

 昨日、作業を終えて地上の家に戻ったとき、ヴァイオレットが大きな声で叫んだのだ。驚いて中の様子を確認すると、ヴァインが出てくるところだった。どうやらカリムに何かしたらしい。ヴァインに対して苦手意識はあるものの、まさか小さな子供に食って掛かるとは思ってもいなかったので、昨日の事に関しては、カンナも驚きを隠せないでいた。


「ヴァインが?」


 ニースも驚いたようで、目を丸くしている。カンナは神妙な面持ちで頷いた。


「そう。それであの状態。」


 カンナが指差した先では、少年の方を見てはソワソワしていたヴァイオレットが、いつの間に移動したのか、カリムの背後にぴったり寄り添い、その小さな肩に腕を回している。


「……重症だな。」

「今日は使い物にならなそうね。」


 二人そろってため息を吐く。

 そこへ突然、低い位置から声がかけられた。


「おんやぁ?珍しいのがいるねぇ。もしかして地上の子か?」


 聞き覚えのない声に、カンナとニースは同時に声のした方――二人の(あいだ)へと視線を落とす。声の主はそんな二人に構うことなく、ヴァイオレットとカリムのいる方へひょいひょいと近付いて行く。カンナとニースは慌ててそのあとを追った。




 ヴァイオレットの側までやってきたその人物は、二人に向かって声をかけた。


「そんなに大事なら、名前でも書いときゃいいんじゃないか?」


 カリムのことが気になって、どうにも作業に身が入らず、その小さな肩に腕を回していたヴァイオレットは、突然かけられた声の内容に不快感を露わにした。視線を向けると、そこには赤いドゴール帽を目深に被った浅黒い肌をした珍妙な小男が、その帽子の下からギョロリとした目を覗かせている。


赤帽子(レッド・キャップ)……。」


 呼ばれたそれは、ギザギザの歯をのぞかせて、キシシと笑った。


「お嬢ちゃん、そいつはいただけないなぁ。オレにも名前があるんでね。グリードって呼んでくれや。」


 グリードはそう言って、頭に乗せたドゴール帽を指でつまんで軽く持ち上げてみせる。

 アンタも「樹人」と言われるのはイヤだろうと言われては、ヴァイオレットも頷くよりほかはない。


「ごめんなさい、グリード。ヴァイオレットよ。」


 カリムに回した腕はそのままに、右手をグリードへと差し出す。グリードはキシシと笑ってその手を握ると、ぐっと強い力で握り返された。手に込められた強い力に、眉をしかめたグリードがヴァイオレットをうかがうと、スミレ色の瞳がスッと細められる。


「確かにこの子は大事だけど、物じゃないの。名前なんて書くわけないでしょ。」


 ヴァイオレットは握り込んだ手に、更に力を込めてから手を放す。グリードは解放された手を撫でさすりつつ、懲りない様子で続けた。


「まぁな。普通『ヒト』に名前なんて書かないが……。」


 言いながら、カリムとヴァイオレットの周りをぐるぐると回りだす。


「こいつは『普通』じゃないだろう?」


 グリードはギザギザの歯が並ぶ大きな口をカリムに向かって開いて見せた。

 いきなり目の前で、噛みつかんばかりに歯を剥かれたカリムは、ビクッと身を(すく)ませる。


「グリード!」


 ヴァイオレットが(いさ)めるように鋭く叫ぶと、グリードはキシシと笑って、ニヤついた目でヴァイオレットを見た。


「あんまり、からかわないでやってくれ。」


 その様子をグリードの背後で見ていたニースが口を挟む。


「あんたがコミュニスか?」


 かけられた声に振り向き、グリードが尋ねる。ニースは頷くとグリードと握手を交わす。


「奥から言伝(ことづて)を預かってるぜ。」

「……まさか貴方が来るとはね。」


 グリードたち赤帽子(レッド・キャップ)は、通常モルタヴォールトの奥深く――奧宮(おうきゅう)の回廊で警護や雑用などをこなしている。表層階で見かけることはあまりない為、彼らが直接地上に来るとは思っていなかったのだ。グリードはひょいと肩を竦める。


「なんかごたついてるみたいでね。とりあえずお前が行って来いって放り出されたのさ。」


 宮仕えはツライねぇと、そうは思ってなさそうな口振りで独りごちる。


「なんかあるの?」


 気になってカンナが口を挟むと、「さてね」とグリードは首を竦めてみせた。


「とりあえず、中で話そうか。」


 ニースがグリードを塔へと促す。グリードは頷くと、塔へ足を向けようとして、何かを思い出したように、その場に立ち止まった。


「ああ、そうそう。」


 ごそごそとマントの下をまさぐる。そこから小さな瓶を指で(つま)んで取り出した。


「龍石水、持ってきたぜ。頼んでたろ?」


 小瓶を抓んだグリードの指の動きに合わせて、瓶の中の透明な液体が粘度をもってたぷんと揺れる。

 ヴァイオレットが小さく声を上げた。


「私が頼んだの。ありがとう。」


 ヴァイオレットはグリードに手を差し出す。グリードは差し出された手の平に小瓶を乗せた。

 小瓶を受け取ったヴァイオレットが手を引っ込めようとしたところ、グリードが急にヴァイオレットの手首を掴む。そのまま強く自分の方へと引き寄せるように、グイっと引っ張った。突然のことに体勢を崩したヴァイオレットは、カリムの身体を支えにしてなんとか(こら)える。グリードは、体勢を崩したヴァイオレットの耳元に素早く口を寄せると、ヴァイオレットにしか聞こえない声で囁いた。


「大事なものを無くしたくないなら考えな、お嬢ちゃん。もうすぐ下から他の奴らも上がってくるぜ。」


 グリードは掴んでいた手を放すと、ヴァイオレットに両手を広げてみせる。


「兄ちゃん、行こうか。」


 グリードは、用は済んだとばかりにニースに向き直ると、振り返ることなく塔へと向かう。ニースがその背中を追った。

 ヴァイオレットはグリードに手渡された小瓶を手にしたまま、遠ざかる二人の背中を微妙な表情で見つめていた。

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