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ヴァイオレット達のお仕事

 男は街道を急いでいた。

 道の脇には、まばらに生えた木が生い茂り、踏みしめる地面は人の手が入っているとはいえ、決して歩きやすい道ではない。

 その背に担ぐ荷物は、申し訳程度。ろくに準備もしていないことが窺える。

 男はその両足を、前へ前へと動かしながら、自分が住んでいた村のことを思い浮かべた。


 その日も、普段と変わり映えのしない日だった。

 ――そう、あの塔が立つまでは……。


 大きな地鳴りと共に、村の外れに塔が出現した。何事かと思っていたら、程なくして塔の周辺、男が居た場所からは遠く離れたその場所から、村の住民と思しき悲鳴が聞こえてきた。

 男は、気付けば駆け出していた。

 萎える足を叱咤し、足がもつれそうになりながらも、悲鳴の上がる西側ではなく、村の東側へと急いだ。

 途中、自分の家ではない、人の好さそうな中年夫婦が住んでいる家へと上がり込む。家には誰も居なかった。男は口の中で謝ってから、手近な場所にあった大きめの袋に、食材と飲み物を適当に詰め込む。袋がいっぱいになったところで外へ出ると、再び村の外、街道が伸びる先へと、とにかく走った。


 そして現在――、男は急ぐように歩いている。

 決して後ろは振り向かず、食べ物も歩きながら口に入れる。少しでも立ち止まったら、あの村で上がった悲鳴が、今にも追い付いてきそうな気がしたからだ。

 このまま歩けば、あと数日で次の村に辿り着くはずだ。平素であれば、そう遠くもない距離が、果てしなく遠くに感じられた。

 今にも後ろから、何かが襲ってきそうな気配に身を竦ませながらも、その焦燥感に急き立てられるように、男は街道を急いだ。



 * * * * * *


 その日、カリムは寝不足だった。

 昨晩、初日と同じように、ヴァイオレット達とは別の布団で寝ようとしたところ、なんと、ヴァイオレットがカリムのいる寝台に潜り込んできたのである。思わず布団から出ようとしたカリムだったが、そうはさせまいと、がっちりホールドされてしまった。

 これでは逃げようにも逃げられない。

 ヴァイオレットの柔らかい唇が、カリムの首筋に当たる。その感触がくすぐったくて身をよじろうとしたら、白くて細い肢体が絡みついてきて、身動きできなくなってしまった。身体を包む柔らかな感触と、寝衣越しに伝わる布団とは異なる温かな熱に、カリムの顔が自然と赤くなる。


(どうしよう、眠れない……。)


 ぎゅっと目をつぶってみても、困惑と気恥ずかしさで、すでに眠気は吹き飛んでしまっていた。

 ――どう考えても、この状況はおかしくはないだろうか。ヴァイオレットに会ったのは昨日だ。出会ってすぐに不本意にも全身洗われ、昼間に髪を切ってくれたと思ったら、今度は添い寝である。

 ヴァイオレットからすれば、カリムは小さな子供で、単に世話を焼いているというだけなのが、悲しいことに、カリムは世話をすることはあっても、された記憶がない。なんでも一人でやるのが普通だったので、戸惑うのも無理はなかった。しかも出会いが普通ではないのだ。

 ぐるぐると回りだす思考に、ますます目が覚めてしまったカリムは眠るのを諦めて、そっと背後にいるヴァイオレットの様子をうかがった。

 悩める少年の気も知らず、早々に眠りの淵に落ちてしまったらしいヴァイオレットは、カリムを抱きしめる力はそのままに、すうすうと規則正しい寝息を立てている。

 ヴァイオレットにしてみれば、カリムのことを放っておくと、またもや朝早くから起き出して、朝食を作り出すに違いないと思ったからで、それは間違いではない。どうすれば防げるかを考えた末、こうして一緒の布団に寝ていれば、カリムが起きたら気付くだろうという結論に至ったのである。

 ――結局、カリムはその晩、ヴァイオレットの腕から抜け出すことも出来ずに、一夜を過ごした。途中、うつらうつらと浅い眠りを繰り返し、ようやく眠れそうかなと思った頃には、空がうっすらと白んでくるところだった。




 少年が持つには少し大きい鞄を肩から下げ、眠たそうに目をこするカリムを連れて、ヴァイオレットとカンナは、村の南側に来ていた。当初の予定通り、森を作る為である。

 ニースによると、地下からの連絡はまだということで、着手出来る場所から先に始めようということになった。作業は村を避けて行われる。ヴァイオレットとカンナの他にも、数名が同行していた。

 カリムは、これから何が行われるのか、さっぱり分からなかったが、ヴァイオレット達が何事か話し合い、次に取った行動に愕然とした。

 ヴァイオレット達は、指先をナイフのようなものに変えると、手の平をぱっくり切りつけたのだ。あまりの事に思わず目を背ける。おそるおそる視線を戻すと、彼女らの手の平からは、想像していたものとは違う色の液体が、滲み出ていた。

 そう言えばと、昨日の事を思い出す。

 ヴァイオレット達の指からは赤い血ではなく、銀色の液体が零れ落ちていた。あれが彼女らの血の色なんだろうか。

 なんにしても、あんなに出血して大丈夫なのかと不安になる。


 当のヴァイオレット達はと言えば、そんな少年の心配をよそに、黙々と作業に移っていた。切りつけた手を拳に握り、何滴かを地面に落とす。血を吸った地面は淡く発光し、寸秒と待たずに何かの芽が顔を出した。これを等間隔で行っていく。

 カリムは目の前で起きていることに息を呑んだ。呆然と彼女らの作業を見つめていると、背中に手が添えられる。振り向くと、いつの間にそばに来ていたのか。ヴァイオレットが微笑んで、近くにあった木の根元を指差した。

 ここに座れということだろうか。

 カリムは、背中に添えられた少女の手に促されるまま、柔らかな下草のある地面に腰を下ろした。

次回の更新は、明日12/19㈬の予定です。

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