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ダンジョンの旋律


15層 鶺鴒山脈麓 森林エリア監視塔内部


「ダダンダダンジョンダン♪あびばののっ!ダダンダダンジョンダン♪あびばびばびば!」


 古代エルフの監視塔、その三階で頭にタオルを乗せたマックの鼻歌が響く。

 真奈美達一行は目下交代で入浴タイムである。

 

「こ~こ~は~セキ~レイ~♬エールーフーの湯っ!またらいしう!」


 コアアイテムが沈静化され、ミニダンジョンが消滅すると、残ったのは本来のエルフの砦だ。

 そしてこの中は閉鎖空間、加えて安全が担保されており、マックは自分のバッグにボイラー付きバスタブを入れている。

 しかも魔導ジャグジーとシャワー装備の、三人から四人は一度に浸かれる大型バスタブだ。

 お気に入りのバスソルトは三種類持参し、今回はミッドナイトスターという紫色のソルトを使っている。




「これがルイの言っていたいい事か・・・」

 真奈美は目を見張り、詩織はあんぐりと口を開けている。

「こういうミニダンジョンを攻略した後、安全で閉鎖的な空間があればそりゃ風呂だろ?宝探しや何だかんだでそろそろ今日は閉店の時間だしよ」

 自慢のバスセットを三階の窓辺に展開し、風呂の水だけの為に持ち歩いているマジックバッグから注水する。

「素晴らしい、街を出てから体を拭くぐらいの事しか出来ていなかったからな。これは嬉しい」

 早速女性陣からの入浴となり、マックが覗こうとして楓から銃撃を受けるというお約束を経た後、今に至るという訳だ。

 もっとも、ルイはシャワーだけを浴びるとさっさと階下に降り、今日の夕食の支度にかかっている。


 さすがにバスタブまで持ち歩くハンターやギャザーは少ないが、簡易シャワーを携帯する者は意外に多い。

 街のショップでも、魔導ヒーター内臓のタンク式携帯シャワーは、魔石電池と水さえあればどこでもシャワーを浴びる事が出来るので、人気商品の一つだ。

 特に15層より下は、こういったミニダンジョンが多いので、需要も高い。

 それを見越したドワーフ兄弟製作所の隠れたヒット商品である。


「マックさんさっきの歌って何ですか?」

 食事が出来るまでの雑談タイムで、詩織がマックに尋ねる。好奇心が強いのは流石に学者の卵だけはある。

「おー、あれな、古エルフに伝わる戦の唄だ。

ダダンの部分は神を称える祝詞のりとみたいなもんだな。

Ahvivaびば nolnouののは『主よ 我らを 守り給え』って意味だな。

次のAu vilvuaびば vilvuaびば vilvuaびばは戦いの歓喜を表してる。

Mar tire laiらい si éuは『戦の いさおし 胸に 来世にて また遭わん』っていう勇壮な戦士の唄だ。古代エルフ語らしい」

「へー、『こーこーはー』の部分は?」

「ああ、そこな、そこは気にするな。気にしちゃいけないとこなんだ」

「そうなんですか・・・でも思いっきり『湯』って・・・」

「気にしちゃダメなんだ」

「判りましたぁ・・・」


 今日の夕食はコックブルの肩ロースを塊のまま焼いたローストだ。

 塊肉をフォークでまんべんなく突き刺し、小さな穴だらけにして、岩塩と香辛料、ハーブを揉み込む。

 本来なら最低一晩はそのまま寝かせときたい所だが、出先ではそうもいかない。

 香りづけの赤ワインをふりかけ、たっぷりの香味野菜を敷いたダッチオーブンに入れて蓋をしっかり閉める。

 その後、二階の暖炉跡に熾した焚火の中に置き、蓋の上にも火のついた薪を置いてまんべんなく加熱する。


 肉の大きさにもよるが、今回は小一時間程焼いて出来上がりだ。

 焼き上がった肉の塊を取り出し、両サイドは切り落とす。

 熱々のうちに分厚く切り分け、皿に盛り付けられたそれは、王侯の食卓に並んでもおかしくはない。中は鮮やかなロゼで、しっとりとしたジューシーな焼き上がりだ。

 仕上げにサッと香りオイルをひとかけすると、えも謂われぬ芳醇な芳香が立ち上る。香りの宝石と言っても過言ではない。

 さらにダッチオーブンの中の溜まった肉汁と一緒に、トロトロに溶けた野菜と頬張れば、街に帰りたくなくなる程旨い。


 一人分で1ポンドはあろうかというローストに、楓と詩織は物も言わずに一心不乱に口に運んでいる。

 切り落とした肉は、さらに細切れにして、ダッチオーブンに戻し、明日の朝食のスープにする。


 今日は入口一つの安全なキャンプという事で、特別に10層産の赤ワインが提供された。

「お、シャトーゴブリンの2028年ものかよ。確か葡萄の割合(セパージュ)はグリフォン・ソーヴィニヨン85%とダンジョン・メルロー15%だったな。ピーターポイント98点の当たり年だろ」

「詳しいなマック」

 ワインを一口飲み、目を細める真奈美に、マックは胸を張った。

「あたぼうよ、これでも将来デコトラ商人目指してるんだぜ、次に来そうな商品はチェック済みよ。しかし、いい色してやがんなチクショーめ。ふちのレンガ色から中心にかけての鮮やかな鳳凰紅炎色フェニックスレッド。グラスの内側を伝う涙はグリコーゲンを濃く残し、深いミネラルとエレガントな酸味、それと対照的な野性味を感じる荒削りなタンニン。そして鼻に抜けるブーケは爽やかな秋の空を思わせる高みと広がりがある。とても雑貨屋コンビニに980DYで売ってていいワインじゃねーだろ!」

「ジョーにそっくりだな、マック」

 真奈美のツッコミにマックは慌てた。

「あんなのと一緒にすんねい!」

「明日からは携行食に戻るから今のうちに喰っとけよ」

 ルイの一言で慌てて熱いうちに掻き込む。

 料理に使った分もあるので、一人一杯の安ワインだったが、詩織も楓も恍惚の表情だ。

 あまりに料理がおいしかったらしい。


 食事の後片付けを終え、ルイと楓は並んで今日消費した弾丸をマガジンに補充する。気のせいか、ルイの隣に座る楓の距離が近い。

 ルイのMP7は40連マガジン、楓は50連マガジンなので、詰め直すのも一苦労だ。

 バレル内の煤の掃除もキチンとこなし、ガンオイルを差せば明日の準備は万端となる。


「マジックバッグのおかげで調理済みの熱々料理が食べられるようになったが、作り立てを食べるのとは明らかに味が違うのは何故だ?」

 余程料理が美味しかったのか、楓が仕事とは関係の無い話をルイに振って来た。

「それは、料理は作る過程も味の内だからだ。漂ってくる匂い、聞こえてくる音、待たされるお預け感、高まる期待、これらが合わさって料理だからだ。高級なレストランでは調理シーンは見られないが、期待感を損なわない工夫がそこにはある」

 ルイの代わりに真奈美が答えると、楓は大いに納得したいう風に頷いた。

「私は今まで出先の食事は何でも良かったが、考えが変わった。暖かい料理はそれだけで活力になる」

「なんでぇ、ルイルイ飯に胃袋鷲掴みされてんじゃねぇか」

 マックの冷やかしに楓は黙り込む。

「でも、判ります。私もルイルイさん居ないともうダンジョン生活出来ないかもって思いますもん」

 詩織の言葉に真奈美も頷く。

「ジョーがルイの料理に太鼓判を押すわけだな」

「そこは否定しねえけどな」

 ルイは一人興味無さげに寝転んでいる。

 

 真奈美は今日の戦利品を並べて詩織に一つ一つ写真を撮らせ、タブレットに詳細を打ち込んでいる。

 判らない物はマックに一々訊ね、写真を撮り終えたサンプルは丁寧にビニール袋に入れてマジックバッグに仕舞う。

 戦利品と言っても大したものではない。

 唯一変わり種としては、コアアイテムだった古エルフの五弦弓琴だが、魔導測定器マギカウンターが無いので、正確な魔力測定が出来ない。

 マックの話では、効果はほんの僅かだが気力アップのエンチャントがかかっているらしく、当時の軍楽隊の物だろうという事だ。


「よう、ルイルイ、一曲弾いてくれよ」

 マックは手にして再鑑定していた五弦弓琴を弓ごとルイに投げ渡した。

 貴重なサンプルに対する雑な扱いに、詩織はマックを小突くが、姉が弟をたしなめている様にしか見えない。

 ルイは放られた五弦弓琴を手に取ると、ピンピンと爪弾き(ピチカート)のように弦を弾き、適当に調律して弾き出した。


 意外にも軽快なロック調の旋律と、ルイの多芸さに女性陣一同驚きの表情だ。

 曲は、春の水辺に戯れる乙女の爽快な美しさと、星降る夜空に激しく愛を交わす艶やかさを合わせ持ったかのような絶妙の調べで、トレモロの複雑な旋律と一体となり、一同を魅了した。

「素晴らしい、何という曲なのだ?」

 真奈美の称賛に、何故か得意げにマックが答える。

「えー、只今の曲は我がフィルニーに伝わる伝統曲、『爽やかな草原を渡る風に遊ぶ早乙女、その愛の田植え音頭』、ロックバージョンでございます。毎年春の奉納祭には欠かす事の出来ない曲でございまして、今では毎年5月20日のゴブリン祭りの定番オープニングテーマソングとなっとります」

 自分が弾いたわけでもないのに得意げに語る。

「凄い、その残念なネーミングとは思えない曲の素晴らしさですよね!」

 詩織のセリフに深く頷く真奈美と楓であった。



 15層鶺鴒山脈麓 森林エリア奥部


 今日の詩織はいつものビデオカメラではなく、一眼レフのカメラが主装備のようだ。マックの主導の下、真奈美は植物採集に余念がない。

 詩織はその撮影、ルイ、楓は周辺警戒だ。

 

 詩織が時々切るシャッター音、マックと真奈美が交す小声の会話以外森は静かだ。静か過ぎるかもしれない。

「そろそろ切り上げてくれ」

 異変に気付いたルイが真奈美に声をかける。

「どうした?何かあったのか?」

 真奈美は熱中していた作業を止め、不思議そうに顔を上げた。

「チッ、進路変えやがったな、こっちに気付いたのかもな。ちょっとめんどくさい奴かもしんねえからずらかっか」

 マックも気づいていたようだ。

「何か来るんですか?」

 詩織もカメラを下ろし、小動物のように不安そうに周りを見渡している。

「多分オークの群れだな。小規模なら迎撃してもいいけどよ、多いとめんどくせーんだわ」

「オークってあの・・・」

「言っとくけどクッコロは地上人の都市伝説だぞ。あいつらはただの力が強い獣だ。食われる時は本当の意味で食われるだけだ」

 詩織はブルっと体を震わせ、真奈美に寄り添った。

「どっちもやですよー!」

「逃げ切れるか?」

 真奈美の問いにマックは肩を竦めた。

「多分な。楓、車出してくれ」

 言うなり首から下げた細い笛を取り出して吹く。銀二を呼ぶ犬笛だ。

 ルイは既にワイルドスターを展開しており、ストールを顔の下半分に巻いている。

 真奈美と詩織は慌ててサンプルを仕舞うと、自分の武装を確認する。

「慌てなくていいぞ。ずらかりゃぁ多分接敵はしねえから」

 マックの言葉に一応安心したのか、詩織は愁眉を解いた。

「楓、車出したら一応ドローン飛ばしてくれ」

 珍しくルイが口を挟み、楓に指示を出した。

「了解した」

 ふと、ここで詩織は割と根本的な疑問を口にした。

「ところで私たちの護衛責任者って誰なんです?」

 マック、ルイ、楓は一瞬無言で顔を合わせ、それぞれ指さした。

マックと楓はルイを、ルイはマックを指している。

「じゃ、多数決でルイルイさんて事で!」


 トリグラフを運転しながら楓はコンソールを操作し、ラゲッジのドローン発射筒を立ち上げる。

 充分な角度になったのをミラー越しに目視で確認すると、小型対地偵察ドローン”スワロー”を射出した。

 射出されたスワローは自動プログラムにより、ダンジョンの斥力天蓋が影響を及ぼすギリギリの高度で、トリグラフを中心に地形追随飛行(NOE)する。やがて魔導リンクが完了すると、収集されたデータを様々な画像データと共に助手席のモニターに投影してきた。

 効果範囲は半径500m程だ。そして現在の技術ではこれが限界範囲となる。


 映し出された画像データは、通常画像、赤外線画像とモードが変更できる。地形データも同時収集できる高級品だ。

「ドローンで感知できる範囲で敵影は見えないな」

 真奈美がモニターを赤外線にして見ている。

『進路より、七時注意、十時の方向に新手感知』

 銀二に先行騎乗しているマックから、短い注意喚起アテンションが入る。

 相変わらずの巨木の森は、車両の運行に支障はないが、当然平原ではない為多少の制限が入る。

 この場合は点在する巨岩の列で右方向に進路が切れない事。

『このまま行けば十時の奴に接敵するぞ』

 モニターの画像を見ていない筈の最後尾のルイから通信が入る。

『どっちがヤバイと思う?ルイルイ』

『判らん、数は七時の方が多いと思う』

『じゃあ、十時は強硬突破だな。全員状況に備えろ。真奈美は出来たらトリグラフの重機関銃(HMG)に着け。指示が有るまで発砲は厳禁』

「了解した。詩織君、場所を代わってくれ」

 

 戦闘が始まる。

何かの曲に似てる?さあ、心当り無いなぁ。


ダンジョン斥力天蓋については後程説明回が有ると思います。

忘れてたら今のうち謝っときます。

ごめんなさい。


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