古代エルフの砦
15層 鶺鴒山脈麓 森林エリア監視塔
ルイと楓は監視塔の入り口の前で手早く武器を換装した。
ルイはM14EBRをまるでサーベルのように左の腰に吊るし、MP7を取り出す。楓はFN-SCARをバッグに仕舞い、P-90を構える。マックはそのままだ。
監視塔の入り口は、斜面側にあり、木製の扉の周りだけ石のブロックになっていた。まるで大きな岩をまたいで大樹が根を下ろしているように見える。
手先の器用なフィルニーはピッキングもお手のものだ。慎重に鍵穴を探るが、すぐかぶりを振る。
「鍵が錆びてやがる。しょうがねぇ、派手にやんぜ、全員用意いいな。一階部分は速攻で行くぜ」
マックの声に全員無言で頷いた。
全員まるで事前に訓練されたように無言で動く。
ルイはドアノブ側の壁に背を預け、MP7をコッキング。セレクターはフルオート。真奈美、詩織は蝶番側の壁少し離れた場所、楓はそのすぐ後ろでバックアタックを警戒する。マックは扉のすぐ脇に立ち、M37をドアノブに向けた。
マックはルイと視線を交わす。次の瞬間マックのイサカM37がドアノブに向かって火を噴く。
そこからは流れるような動きだった。ルイの後ろ蹴りでドアが吹っ飛び、蹴りのモーションの延長でそのまま半回転して内部に侵入したルイが瞬時に前方と左側を索敵、間髪遅れず続いたマックがルイの背中をカバーするように右側を警戒する。
「クリア!」
マックの声に真奈美と詩織が内部に侵入、背後を警戒しつつ、楓が続く。
内部は通路のようだ。出入口から前方はすぐ壁で、入って右もどん詰まり。視界はタクティカルゴーグルで確保できている。外に居た時は遮光Verで暗がりは瞬時に暗視Verに自動で切り替わる。明度は自動調整なので殆ど違和感が無い。
通路は左に続いており、その先は上下階に続く階段が有る。その階段の右手前に扉があり、楓が侵入してきた時にはすでにルイとマックはその中に突入していた。楓はそのまま両階段と出口を警戒する。二方向なので、今は左手にFive-seveNも握っている。
「クリア!オールクリア」
マックの一階制圧宣言。どうやら一階には敵性は居なかったようだ。二人はすぐに部屋から出て来た。
マックは無言で楓を指さし、続けて階段を指す。楓も頷き返し、階段を仰ぎ見る。登ってすぐ正面と左は壁のようだ。
楓はトゥーガンズのまま一気に階段を駆け上がる。途中で身を捻り、銃口を開けた部屋の対角線上に置く。階下では代わりにルイがバックアタックを警戒している。
天井と部屋の隅に黒い揺らぎが見える。
楓は短く舌打ちする。このパターンを失念していた。
「レイス!ブラックウィドウ!」
叫びながらP-90を手放し、腰から血桜を抜き放つ。現れたのは刃渡り二尺足らずの反りの深い小太刀だ。BC鋼独特の透明感のある刀身は楓の気合を受けて淡く紅に光る。
幽体モンスターのレイスには物理攻撃は効かない。魔法か、生命力や魔力を乗せたBC鋼等の魔法金属の武器しか効果が無い。ボスモンスター程の脅威ではないが、数少ない現代兵器無効モンスターだ。
本来ならこの事態を想定して、左手にPDW、右手に血桜装備が望ましかった。
形を取り始めたレイスは5体、その他ブラックウィドウと呼ばれる大型蜘蛛も3体。
Five-seveNで天井のブラックウィドウを牽制し、血桜をレイスに向ける。
ルイは楓の声を聞くと、まるで体重が無いかのように音も無く階段を上る。それを見たマックが素早く殿のカバーに入った。
ルイは階段を飛び上がりながら左手にMP7を握り直し、背中のデスペラードを抜く。勢いを殺さず階段を上りきり、そのまま壁を蹴って走る。
ルイのデスペラードはロングソードだ。両手剣程の剣身があるが、リカッソを長めに採り、身幅を狭く先細りにし、血溝を深く彫る事によって片手でも扱えるように軽量化している。楓の血桜と違い薄蒼い光を纏っている。
その剣でレイスを一薙ぎする。それだけで3体のレイスが霧散した。
リーチの長いデスペラードならではの薙ぎ払いだ。
もう一体を突き刺しながらMP7を片手撃ちする。天井に縫い付けるように短く連射し、恐ろしく正確に急所を射抜く。勿論楓も指を咥えて見ていた訳では無い。的確な射撃でブラックウィドウを叩き落とし、最後のレイスを血桜で払う。
10m四方の部屋はかつての宿直室だったのだろうか、朽ちた寝台が壁際に数台あり、食卓と思われる大テーブルも据え付けられている。
詩織は夢中でビデオを回していた。戦闘の瞬間もこっそり階段の上にカメラを出し、メモリーカードに収めていく。
「クリア」
楓の宣言に一行は二階に上る。部屋の反対側には竈を兼ねた暖炉が有り、その隣に階上に続く階段が有った。絶対とは言い難いが、構造上おそらく上った左側が三階の空間が有るはずだ。
今度はマックが先頭を切ろうとするのをルイが無言で止め、楓と共にそのまま無造作に階段を上り、最後の十段は一気に飛びあがって突入する。
しばらく階上でドスンバタンと戦闘音が響いたが、すぐに収まり、ヘッドセットから楓の制圧宣言が届いた。
三階は二階と違い幾つか窓が有り、外の明かりが差し込んでいる。
体感では一階から数メートルしか登っていない筈だが、詩織が窓から外を見ると数十メートルの高さがある。
床は木ではなく、タイルが貼られ防火構造になっており、天井には大きな煙突、その真下に狼煙の為であろう大きな焚き台が据えてある。壁には武器類が掛けられていたのか、壊れかけた架台がたくさんあり、往時の物々しさを醸し出している。
そして床には無数のブラックウィドウの死骸と、レイスの物らしき魔石が転がっていた。
「どうやら三階が最上階みてえだな」
腰からミスリルのダガーを引き抜き、大蜘蛛の魔石をほじくり出しながらマックが呟く。
「コアアイテムが無えってこたぁ、地下か?」
続けて言った一言に真奈美が首を捻った。
「コアアイテム?それは何だ?」
手際よく魔石を集めて真奈美に手渡しながらマックは説明する。
「ああ、こういうミニダンジョンにはダンジョン化を誘発する魔力コアになるアイテムがあんのさ。普通にしてりゃ何でもねえマジックアイテムが、ある条件下で長い年月濃い魔素に晒されると魔素を歪ませてダンジョンを作り出すって言われてる。歪みからモンスターを生み出し、さらに空間を歪ませて迷宮化させる。ここはまだそこまで濃い魔素濃度じゃねえから原型留めてるな」
「なるほど、付喪神のような物か、興味深い」
「ツクモガミ?まあそんなもんだ。んじゃ次地下下りんぞ。ルイルイ」
ルイに促したマックだったが、ルイは片手で皆を制した。
「俺と楓で行く、一階で待っててくれ」
いきなり指名を受けた楓も、何か思うところがあるのか、素直に頷いてルイに続いた。
「何か取り決めでもあったのか?」
真奈美の質問にマックは家探しをしながら答えた。
「何が?」
「突入の順番や、地下の制圧だ」
「ああ、その事。突入の順番は大体かわりばんこだな。発見されてた場合、一番迎撃が厳しい一階の入り口は一番戦闘力の高いルイルイが、二番目は楓、三番目は俺様の筈だったんだけどな」
二階の魔石も回収し終わり、パンパンと手をはたきながらマックは続ける。
「三階の戦闘も、地下の戦闘もルイルイと楓がやってんのは多分丁度いいからだな」
マックの話は回りくどい事が多い。
「何がだ?」
「楓のトレーニングさ。ルイルイからしてみたら、ちょおっと物足んないんじゃねーの?二階の突入にわざと楓一人で行かせて様子見てさ、足んねえって思ったんだろ?楓もそれが判ったから素直に付いてった。と、思う」
真奈美は少し意外に感じた。
「ルイは他人に興味が無いと聞いていたんだが、案外面倒見の良い奴なんだな」
真奈美の言葉にマックは噴出した。
「いやいや、違うな。力不足の奴と組んで余計な仕事増やしたくないだけだろ。ならどうせやんなきゃいけない制圧ついでに楓を鍛えちまえ、っていうあいつの考えが手に取るように判んぜ」
「そういう事か、つまり楓のパワーレベリングをしている訳だな」
「まあな、因みに言っとくけど楓も充分な戦力だぜ、この階層のハンター連中とまあ、遜色無いと思う。ルイルイも基本無関心だけど冷血漢とは違う。めんどくさがりなだけだ」
「ほう、そのめんどくさがりが、わざわざ戦力アップを図るのか」
「そりゃそうだろ、あんたら気付いて無いかもだけどよ、この依頼、結構割に合ってねえんだぜ。俺らの他に受けるハンター多分いねえわ」
「ここは、虫系と幽体系が出るみたいだな。何か注意点はあるか?」
地下の階段を前にしての楓の真剣な問いかけに、もっと言い方は無いのかと思わないでもないルイだったが、めんどくさいので簡潔に答える。
「虫系は飛び道具を持つのが多い。モーションは見れば判る。蜘蛛は糸を飛ばすし、蜂は針を飛ばす。マシンガン・ビーは連射してくる。どちらも尻を向けてくる」
「幽体は?」
「触るな」
「10層と同じで考えていいか?」
「対処はな。耐久は違う」
「それは・・・痛感している。他には?」
「虫と幽体だけと思うな」
言いつつも、ここは蜘蛛とレイスしか出ないとルイは踏んでいる。
「・・・そうだな、油断禁物だ」
当たり前だろ、と言いそうになったが、会話が続くのが面倒なので静かに首を振る。降りろの合図だ。
階段の突き当り左は壁、右に、通路、若しくは部屋が広がっているはずだ。
静かに、だが素早く階段を降りると、そっと陰から鏡を出す。
P-90は左手に構え、鏡に写る様子に異常が無いのを確認すると、素早く通路に出、膝立ちで射線を確保する。右手は脇のストックに当て、いつでも血桜が抜ける構えだ。
部屋は物理法則を無視した広さで展がっており、天井高は今降りて来た階段の軽く十倍程の高さがある。
床は木の根が絡み合い、足場が悪い。
そして蠢く蜘蛛、蜘蛛、蜘蛛・・・
たっぷりと生理的嫌悪感を掻き立てられ、パニックを起こしそうになるのを必死で堪え、短く指切りで連射。
ゴンゾー特製の5.7mmは確実に大蜘蛛を屠って行く。
一拍遅れてルイの4.6mmが続く。こちらも短く指切り射撃で、二発、三発と短い連射だ。
口径は小さいがこちらもゴンゾー印のホローポイント弾、まるで炸裂弾のように蜘蛛が潰れていく。
不意にルイは射撃をやめ、デスペラードを大きく振った。楓を狙った蜘蛛の糸を切断したのだが、楓はそれに気付かない。
部屋の奥は蜘蛛の巣や、張り出した木の根で見渡せず、二人は慎重に歩を進めた。
時折レイスが湧くが、楓の血桜で切り払われる。ただ楓の場合、どうしても何体かまとめてとはいかず、一体に付き一振りから二振りくらいの斬撃が必要だった。
幽体系モンスターは、魔力渦と呼ばれるウィークポイントがあり、それを素早く見切って斬撃や刺突を行うのが効率的である。
血桜のリーチが短いという事もあるが、それ以上に純然たるルイとの力量の差だ。
10層にも勿論幽体モンスターは出たが、魔力渦を狙わなくとも血桜と気合でゴリ押し出来ていた。
これが、階層差なのだろう。
だが、マックの言う通り、楓もこの階層では中堅に位置する。決して未熟な訳では無い。如何にルイが熟達しているのかが判る。
そして、斬撃を繰り出すごとに気力が消耗していく。さすがに、捌ききれない敵はルイが排除するが、楓にとってハードなパワレベである。
「ちゃんと太刀筋を見極めねえから無駄振りが出る」
「それが最初から出来たら鍛錬はいらない」
「場慣れがいるな」
「今やっている」
馬鹿な会話だが二人共大真面目だ。その合間にも、細かい銃撃で蜘蛛を屠っていく。
ルイはマガジンを換えては空マガジン専用のマジックポーチに落とす。
これは、容量一号のポーチだが、あえてTFもWCも付与していない。必要が無いし、重さを残すことで、空のマガジンの存在を忘れないようにするためだ。
弾が有ってもマガジンに詰めないと、オートマチックの銃は撃てない。そして補充の利かない遠征先でマガジンを使い捨てには出来ない。
死屍累々と蜘蛛が転がる地下室で、楓はようやく最奥に辿り着いた。指示を求めるようルイを振り返る。
今まで居た10層にはミニダンジョンは滅多には現れず、楓も潜ったことは無い。
この地下空間は当時の倉庫のようだ。持ち出されなかった木箱や行李が往時を偲ぶように転がっている。
その中の行李の一つをルイが指さした。
「そいつだ。触んなよ。マック、聞こえてるか?」
前半は楓に、後半は魔導通信機越しにマックに語り掛ける。
『おう、終わったか?コア、ボス化してなかったみてえだな』
「ああ、鑑定してくれ」
ミニダンジョンのモンスターは一度全滅させるとしばらくは湧かない。
そしてコアアイテムが中ボス化している場合は討伐するか、していない場合はコアアイテムを動かすとミニダンジョンはミニダンジョンでなくなる。
ただし状況によりアイテムが呪われていたり、呪いがアイテムのデフォルトだったり、あるいは行李に防犯装置が施されており、経年劣化もせず現役だったりする場合があるので、迂闊には触れない。
『まかしとけ』
マックの探査により開錠された行李の中には、伝統的なエルフの楽器が収まっていた。五弦弓琴、バイオリンに似た楽器だ。
真奈美も詩織も興味津々といった面持ちで覗き込む。
「どうやら呪いは無えみてえだな。微かに魔力は感じられっから、これがコアに違えねえ。ま、大したもんじゃねえわ。こんなもんでもマジックアイテムだから劣化はしてねえな」
言うなり無造作に掴み出し、ルイに放る。
その瞬間空間が変化したように感じられた。
天井は元の高さに戻り、広すぎた地下空間もサイズを縮める。その変化は視覚と脳にギャップを生み、船酔いに似た感覚をもたらす。
「良し、そんじゃお宝探すか!」
そんな感覚を物ともせず、マックはいい顔で笑った。