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ミニ ダンジョンへ

15層 フィールド区丘陵エリア


 遠征調査の無事を祈ってのゴブリン神社詣でを終え、真奈美達5人はそれぞれの乗騎で隊列を組んで出発した。

 因みにこのゴブリン神社とは、どの階層にも現れる雑魚モンスターの代名詞、並びに一番多くの魔石を提供してくれるゴブリンを供養するためという、いかにも日本人の精神性を表した理由で建立された神社である。毎年5月20日は520(ゴブリン)の日として、参道や境内で様々な催し物が執り行われ、特に10層の神社で催されるドラゴンよさこいでは、各層の”連”がそのパフォーマンスで華と勇壮さを競う一大イベントとなっている。

 毎年時期が近づくと、深部探索のトップクランのシーカーさえ、攻略より衣装作りや振り付けの方に力が入り、迷宮区にはソーラン節のメロディーが絶えることが無いと言う。

 尚且つ、建立当時には他に適当な施設が無かった事もあり、冒険者同士の婚礼の儀を当神社で執り行っていたという由緒もあり、今では縁結びの神社として名が上がり、密かなデートスポットとして参道は賑やかに盛況を誇っている。




 先頭は案内役のマック、乗騎は長年の相棒ホーンフォックスの銀二。ホーンフォックスとはその名の通り、水牛のような角の生えたポニー程の大きさの狐である。

 真ん中は楓が運転するMSCE二基搭載の武装全地形車両、トリグラフ。巨大なタイヤに4輪駆動で、4人乗りのシート、ラゲッジに12.7mm重機関銃と偵察用ドローンを装備し、今は幌を外して助手席に真奈美、後部シートにカメラを構えた詩織が乗っている。

 最後尾はルイ。バイクとしては最大級のMSCEを積み込んだワイルドスターに跨り、殿を固める。

 全員、真奈美に配られた簡易魔導通信機を着けている。通信距離は300mと短いが、電波ではなく魔導原理で作動する故に、遮蔽物等物理的な環境に左右されず、全方向同時通信出来るので、特にこういう移動やミニダンジョン等の閉鎖空間では便利な代物だ。

 最初の日程では、丘陵エリアでマッピングされている最外縁部の川まで行き、それ以降は川の上流を目指し、渡河地点を探す。マッピングはされていないが、狩りで潜った事のあるハンターなら数人居り、渡河地点の当たりは付けてある。

 楓は真奈美の指示で、時折レーザーファインダーとトリグラフに備えられている地形測定儀で、マップの照合を行っている。さすがは元ギャザーで、手慣れたものだ。


 最初の四日間は特に問題も無く、遠くにモンスターの小さな群れを散見はしたが、交戦に至ることも無く、極快適に予定通りの行程で丘陵エリアを抜け川に辿り着く事が出来た。

 ここから先は地図の無い世界だ。頼りになるのはフィルニーのマックである。

 放浪種族のフィルニーは生存術に優れ、コンパス等無くとも方向を見誤る事などない。初めて訪れる森やミニダンジョンでも、帰路を迷う事は無いし、有益、あるいは有害な植物の判別、水場のありか、安全危険の見極め、眠ってさえいてもその危機察知能力は十全に働く。素早しっこく、手先が器用でその上困難に立ち向かうメンタルが強く、どんな苦境にも折れない精神力を持つ。

 反面、戦闘力はその小さな体躯がハンディとなり他種族よりも低く、魔法を操る適正も低い。せいぜいが、火を熾す、明かりを灯す等の初歩魔法が使えるに過ぎない。

 放浪種族故に、各地に点在するエルフやドワーフ達との親交も有り、伝承や風聞にも明るく、それらを元にした詩を歌う芸術性を合せ持つ者も多い。



「こっから先はよ、むかーし昔にエルフの王国があったらしいのよ。エルフのカミナカツカ氏族、鶺鴒王の領土だな。ま、ウソかホントか本人達も覚えてねえ伝説だけどよ」

 本日のキャンプ地となる川を望む森の中で、野営の準備をしながらマックがそんな事を語り出した。

 この巨木の森には当然道などないが、直径10mを超える巨木同士の間隔が広く、下草もまばらで道行に不都合はない。

 木々の実りも豊かで、各種の木の実や茸の類もどっさりとある。それらを食料とする野性の動物、さらにそれらを捕食する大型の肉食獣やモンスターもいるだろう。警戒は怠れない。

「その話は聞いた事が有る。カミナカツカ氏族の末裔が5層に居てな、そいつに聞いた。その点の調査もしてみたい」

 真奈美が話に乗ってくる。

「まあよ、眉唾もんだぜ?当時のエルフが森を捨てるなんてのはちょいと考えにくいからよ」

 詩織と楓は自分たちのテントを張り、ルイは自分のテントも張らずに夕食の支度を始めている。真奈美とマックは二人で拾ってきた薪で火を熾す。マックは軽く囁くように呪文を詠唱し、周囲の空気を緩く集め、上空に逃がす魔法を発動する。冒険者達の間で、煙突の魔法と言われている呪文で、煙や食べ物の匂いの拡散を防ぎ、モンスターに察知されにくくする効果がある。 

「何故エルフは森を捨てたのだろうか」

「色々言われてるけど誰も知りゃしねぇよ。もっともな話じゃアンデッドの王が森に出たとか?鶺鴒山脈を越えて来た別氏族のエルフとの戦争に負けたとか?ただ単純に今住んでる森の方が都合が良かったからとか?どれもあり得そうであり得ねぇ」

「考えられる事と言えば、やはりモンスターの凶悪化だろうな。この辺はかなりの辺境だし、もしそうなら今回の調査の仮説を裏付ける事になるだろう」

 すっかり焚火の用意が整うと、ルイが自分のバッグから取り出した巨大なベーコンの塊を分厚くスライスし、焚火台の網の上に並べる。ついでにジャガイモと玉葱も丸のまんま皮付きで焚火に放り込む。

「うわぁ、ルイルイさんそれ何ですか?」

 詩織が早くもよだれを流さんばかりに寄って来る。

「街出てからずっと携行食ばかりだったから飽きた」

「そのベーコンどうしたんですか?」

「作ってあったのを持ってきた」

「ルイルイさんが作ったんですか?」

「ああ」

 等と、夕食の準備は進む。


「私ダンジョンの植物分布の事は色々調べてきてはいるんですけど、そう言えば文化の事は余り知らないんです。聞いてもいいですか?あ、胡椒いります?」

 すっかり夕食の準備も整い、皆で食べ始めてから詩織がそう切り出した。因みにマックと楓は目の色を変えて一心不乱にベーコンに齧り付いている。

「何をだ?胡椒を貰おう」

 真奈美が先を促す。

「そうですねぇ、一番気になるのは何でこのダンジョンの皆さん和風のお名前なんですか?大学の留学生でモンパルナスダンジョン出身のドワーフさんは洋風の名前でしたよ?玉葱貰っていいですか?」

「それはフランス出身なんだから当たり前だろう。塩をくれ」

「日本のダンジョンだから和風の名前なんですか?焼いただけなのに玉葱メチャメチャ甘いです!」

 納得いったようで納得できない詩織は指先を煤で真っ黒にしながらも熱さに耐え、必死で玉葱の外皮を剥く。

「ダジョンと地上の接触は実は震災以降だけではない。遥か昔から何度か瞬間的と言える接点があると考えられている。世界各地に伝わる民話や伝説がそうだ。ジャガイモをくれ」

 真奈美は語り出した。

「例えば日本全国に残る昔話などほとんどがそうだ。浦島太郎の竜宮伝説、乙姫はマーメイドかセイレーンだな。桃太郎の鬼退治、猿、犬、雉、これは桃太郎に味方した獣人だ。鬼は当然ゴブリンやオーガーだな。渡辺綱が退治した鬼もおそらくトロルだろう。天女伝説はエルフだろうし、百鬼夜行などはスタンピードそのままだ。その中で地上の文化を持ち帰った、あるいはダンジョンに行ったまま帰らなかった地上人の伝えた文化がそのままダンジョンに根付いた。と言う説が有力だ。世界で言えば、ジークフリード王子のドラゴンスレイヤー伝説、ダビデの巨人退治、中国では西遊記、逆にアレクサンドロス大王やチンギスハーンはダンジョン出身のエルフや獣人だと言う説もある。日本でも役小角えんのおづぬや、安倍晴明、そもそも天孫一族はダンジョンから来たという説もある。ジャガイモもう一つ」

「ひょっとして分福茶釜とか花咲か爺さんもですか?ウサギと亀も因幡の白兎も?!しかもトロルやドラゴンをを刀一本で退治って、昔のお侍さんや王子様ってどんだけ凄いんですか!?あ、ベーコンお替りいいですか?」

「全部が全部という訳でもないだろう。しかしこのベーコンは最高だな」

 直火で焼かれたベーコンは余分な油がしたたり落ちる。旨味の詰まった分厚い脂の部分とホクホクのジャガイモを一まとめに口に入れ、奥歯で噛み潰す。香ばしいスモーキーフレーバーを纏った甘い脂の肉汁が熱々のジャガイモに溶け込み、少し濃いめの塩分と相まってワイルドなハーモニーを奏でる。トロける玉葱に岩塩を削りかけ齧り付くと、極上のデザートのように甘い香りが広がり、あまりのジューシーさに噛むことさえ要らず、口の中で溶けて無くなるに任せる。

 話にも加わらず、爛々と光る眼をお替りベーコンに据えるマックと楓に、ルイは軽く引いているが、しかし二枚目のベーコンはさらに厚切りだ。

「エルフの人や、獣人さんは苗字が有るのにドワーフさんやフィルニーさんには無いんですか?それに種族名や地名は横文字風なんですね。ちょっと玉葱止まらないんですけど」

「そうだな、それは昔地上と積極的に接触した種族とそうでない種族と考えられている。種族名も最初は漢字で名乗っていたらしいぞ。土や岩石を扱う土倭夫ドワーフ森の守護者で狩人の衛琉武エルフ、草原の放浪爆走族、怖威流児夷フィルニーとかな、もっとも真相は解らんが。すまないがベーコンはもう少し焦がしてくれ」

「そうなんですねぇ。でも最後のはなんか雰囲気違いますね。厨二病こじらせた族みたい。ヤバいです。私明日から携帯食食べれないかも」

「苗字にカミと付く家系は貴族筋のはずだ。カミナカツカもそうだ。そう言えばジョーもカミイズミだったな。うん、やっぱりベーコンはカリカリだな」

「あの残念イケメンおじ様も貴族なんですねぇ。フィールドワークに出たのに体重の心配するとは思いませんでした」

「元貴族だな。今は貴族制では無いからな。このベーコンの予備が有るなら売ってくれ、地上に土産で持ち帰りたい。貴重なサンプルだ」




 15層 鶺鴒山脈麓 森林エリア


 先を進むマックのハンドサインで一行はその場に静かにしゃがむ。

 今は車やバイクを収納し、徒歩で巨木の森を進んでいる。ホーンフォックスの銀二は森に放され自由行動だが、マックの口笛一つで飛んで来るので問題ない。

 マックは自作のギリーポンチョを着ており、先行偵察で50mも離れれば視認しづらい。その為今隊列はマックの後方5、60mにルイ、そのすぐ後ろに真奈美、詩織、殿を楓という隊列だ。ルイ以外は森林迷彩の防弾防刃ポンチョを羽織っており、ルイは昏い色調の所々焼け焦げたレザーマントを纏っている。

「どうした?」

 真奈美の問いかけに、ヘッドセットにマックからの返答がある。

『なんかある』

「何だ?何がある?」

 マックは「いる」では無く、「ある」と言った。突然の脅威ではないだろうが、油断は出来ない。

『ルイルイ』

 喫緊の脅威では無いが、あくまで言葉短いのは何某かの危険を察している証拠だ。

 ルイは楓を振り返り、自分の位置を指す。その後自分を指してからマックの位置に手を振る。楓は短く二度頷きしゃがんだまま静かに移動し、FN-SCARをコッキング、セイフティを外す。

 素早く移動しながらルイも初弾をM14EBRに装填、レバーはセミオートにセット。

 鶺鴒山脈の裾野に広がる緩く斜面になった森の、苔むし突き出した岩の陰にマックは身を潜めている。

 遮蔽から遮蔽へ、音も無く辿り着いたルイは同じ岩に身を隠し、そっとその先を覗いた。

 時刻は14時、予定通り午前中に浅瀬を渡河し、いよいよ辺境探索に入った所だ。ダンジョンの斥力天蓋から降り注ぐ光は、森の隙間を通って地面に届き、視界は悪くない。

 ルイは静かに観察する。マックに何が見えるのかは聞かない。その方が先入観無く観察できるからだ。そして見つけた。

「あの樹か・・・」

「そ、あれ、あの樹」

 岩に背を預けながらマックも、イサカM37ソウドオフショットガンを構える。装填はしない。

 それは何の変哲もない一本の巨木だ。隠れている岩から50m程の距離だろうか、巨木と言っても周りにこのくらいの樹ならいくらでも生えている。幹の根元の直径は12m~13mというところで、地面から遥か上まで枝は無く、所々に洞は空いているが不審な点は見受けられ無い。

「どう思うよ、ルイルイ」

「・・・」

 ルイは頭を引っ込め黙りこくる。

『樹がどうした?』

 真奈美の催促にルイは応えた。

「ゆっくりこっちに来てくれ」

 真奈美と詩織は低い姿勢でゆっくりと進み、楓も後方を警戒しながら付いて行く。

「あの樹がどうしたと言うのだ」

 実際に見ても真奈美、詩織は何をそんなに警戒するのか解らない。楓すら解らないようだ。

「あの樹な、多分遺跡だな。場所から言ってカミナカツカの遺跡だろうな」

「樹が遺跡?」

 マックの言葉に真奈美が返す。

「ああ、多分ミニダンジョン化してる」

 ますます訳が解らない。

「すまないマック、解るように説明してくれ」

「つまりよ、多分だぜ、あの樹はエルフの監視塔かなんかだ。樹の中が魔術的に掘り抜かれてて、中が塔みたいになってる・・・と思う。最初は監視塔だったんだろうけど長い時間放置されて魔素溜りになったんだろうな。ダンジョン化してる可能性が高い」

「見ただけで解るのか?」

 真奈美が感心して言うと、じっと樹を見つめていた楓が得心したように頷いた。

「やっと解った。確かに不自然だな」

 真奈美や詩織はどんなに観察しても解らない。

「具体的に何がどう不自然なんだ?」

 詩織が動画と写真両方で撮影しているのを確認しながら、楓に問う。

「何がと言われてもな・・・」

 どう説明したものかと考える楓に、マックが代わりに答える。

「こればっかりは感覚的なもんだからよ、言葉にはし辛れぇわな。ある程度の経験がなきゃよ、違和感には気付けねぇんだよ」

 そんなものかと無理矢理自分を納得させた真奈美は再び巨木を見上げる。こんな時詩織は記録に徹していて一切口を挟まない。真奈美の思考を妨げない為だ。

「危険か?」

 短い真奈美の問いにマックはルイに視線を送った。

「入らないと解らん。ただ、規模にもよるけど大体危険だな。その分色々実入りがいい場合があるし、上手く条件が揃えばもう一ついい事がある」

 ルイが淡々というセリフに、真奈美の口角が吊り上がる。

「いい事とは何だ?」

「条件が揃わないとがっかりするだろうから言わない」

「・・・いいだろう。入りたいと言ったら?」

「そう言う契約だ」

「解った。何か準備はいるか?」

 ルイ、マック、楓は無言で顔を見かわした。代表で楓が口を開く。

「B装備に切り替える他に特に準備はいらない、突入するならこのまま行く。フレンドリーファイアを避ける為、真奈美と詩織は一切発砲は無し、LMGは仕舞っておいてくれ。中に入ったならどんな場合でも我々の指示に即座に従う事、これを守れないなら命の保証はない。詩織、ちゃんと録画したな?」

 詩織はカメラごと頷く。B装備とは暗視装置を付け、武器をSMGサブマシンガンPDWパーソナルディフェンスウェポンに変更する事を言う。

「了解だ。安全第一で行こう。我々も調査の最初でリタイヤはしたくないからな」

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