依頼
15層 第一城塞都市中心街にあるBar「戦闘民族」
石造りの洋風建築、古き良きイタリアの古都を思わせる佇まい。その軒先のガーゴイル像が握る赤提灯、紺暖簾。赤提灯には流麗な書体で「Bar」の文字、暖簾には同じく流れるような文字で「戦闘民族」
解らない・・・
濡れたように光る銀髪、煌めくエメラルドの瞳、磨き上げた白磁のような透明感のある肌に190cm近い均整の取れた長身、洗練された所作。バックに薔薇の花を背負って登場してもおかしくない超絶美形のナイスミドルのエルフのマスターは、先程から納豆についての講釈が異様なくらいウザい。
解らない・・・
上原詩織は眩暈にも似た感覚を味わう。何度目だろう。このセンスが解らない・・・
エルフのマスターの本名は確かカミイズミ・タツノジョウ。ジョーと呼べと先程言われた。
そこまで来たらタツノジョウでいいじゃん!タツさんとかタツ兄で良いじゃん!いい名前じゃん!合ってるじゃん!
と全力で思う。しかしColl me joe・・・
詩織は地上の国立大学の研究生だ。教授の橘真奈美にくっついて、夢にまで見たダンジョンにフィールドワークに来ている。橘教授は二度目というが、詩織は初めてで、何もかもが新鮮だ。その全てが想像の斜め上とか下を行ったり来たりしているのは置いといて・・・
ダンジョンにフィールドワークに行くに当たり遺書まで書き、保険適用除外され、迷宮区を戦闘は護衛任せとは言え死に物狂いで踏破して来た。
目的はこの15層フィールド区。ここに来るまでに、1層から5層迷宮区、5層ゲート区、5層フィールド区、と、5層ごとの迷宮区、ゲート区、フィールド区を越えて辿り着いたのだ。フィールド区以外は全て自分の足で歩き、血生臭い戦闘を目の前で見、その全てを震えながらカメラで記録し、命の危険を何度も感じてきた。
その命を預ける護衛や案内人の斡旋をお願いしているのに何故納豆!
15層まで来るのに2カ月も掛かった。企業から補助金を頑張って集め、たった二人のフィールドワークに2000万以上の金が動いている。それなのに・・・
肝心の橘教授は、興味深そうに納豆談義に相槌を打っているが、そろそろ終わりにしたい。
そう考えた詩織は救いを求めるように店内を見渡した。
「おはようにゃ」
そう言いながら、店のウェイトレスらしき猫獣人の女性が入って来た。
そして入って来るなりエルフのマスター、ジョーの頭をはたく。
「遊んでないで仕事するにゃ!お客さん困ってるにゃ!」
獣人を見慣れない詩織にも、はっきりと美しさが解る程綺麗な獣人だ。ロシアンブルー種だろうか、美しいベルベットの毛並みに、トパーズ色の瞳、しなやかな肢体はグラマラスで女の身でも思わずため息が出る程の美貌だ。
「お客さんごめんにゃさいにゃ。うちの馬鹿マスターのにゃかみのにゃいはにゃしは放って置くにゃ」
「あ、ご紹介します。この娘はフジワラノ・タマコうちの実務担当です」
頭を押さえながらジョーが紹介する。
実務担当って、あんたは何の仕事すんのよ。という突っ込みを入れながらも詩織はタマコに会釈する。
「上原詩織と申します。こちらの国立富士岡大学ダンジョン学部教授、橘真奈美の助手を務めさせて頂いております。この度、15層のフィールドワークと各種サンプル採集の為、こちらにお邪魔しました」
そう言いつつ、教授の分と二枚の名刺を置く。
「うちはタミーにゃ。シロウトドーテーで中年オヤジのロクデナシの言う事は無視するにゃ。お客さんたちの事は5層の『居酒屋ゴブリン天国』のマスターから聞いてるにゃ」
詩織は最大限の努力を払ってジョーを見ないようにし、疑問を口にした。
「私共はついさっきここに着いたばかりですが、もう連絡が?」
「連絡にゃら2週間前にピクシー便で届いてるにゃ。ピクシーは唯一階層無視のテレポートが出来るにゃ」
「そうなんですか・・・ピクシーって凄いんですね」
「ピクシーは未だににゃぞだらけの種族にゃ。うちらもよく解ってにゃいけど、便利にゃ。簡単な伝言にゃらすぐ届けてくれるにゃ。気が向けばだけどにゃ」
タミーは改めて真奈美と詩織のお茶を用意して実務の体勢に入った。
シッシとジョーを片手で追い払い、ファイル片手に二人が座る4人掛け円卓の反対側に座る。
「依頼は、フィールドのあんにゃいにんと護衛のハンターにゃ?規模と期間、目的に応じて人数も編成も変わるにゃ。詳しく訊くにゃ」
クルクルと羽ペンを手で弄びながら、タミーは書き込んだ依頼受注票を改めて覗き込んだ。
「纏めるにゃ、護衛対象人数は二人と一人。まにゃみと詩織、それとあんにゃいにん、まぁあんにゃいにんは有る程度自衛出来るとして、優先対象は二人でいいにゃ?場所は鶺鴒山脈にゃん東の未踏破区、期間は往復二週間調査に二週間の計一カ月、目的は生物分布調査とサンプルの採集・・・あそこはにゃにもにゃいと思うけどそれでも良いのにゃ?」
途中顔を上げて確認するタミーに真奈美が答える。
「最近25層で新種が発見されたと聞いているか?」
「そりゃ勿論知ってるにゃ。だからうちらもそっちに人手やら客やら取られて大変にゃぁ」
「それに関連しての調査だ。同じ調査は各層のフィールド区も大学や調査機関で行われているはずだ。ギャザーを雇って調査の代行もしてもらっている」
「にゃるほどにゃー。ご苦労様にゃのにゃ・・・では続けるにゃ。撤退、中止条件にゃ。現場で対処できにゃい負傷、呪い、状態異常、死亡にゃどの行動不能者が護衛、随行員、雇用者に関わらず出た場合速やかに撤退する。死亡者がでた場合、遺体は可能にゃ限り持ち帰るものとする。その他、護衛のリーダーが継続不可能、あるいはにゃんらかの理由により、撤退と判断した場合、雇用者はこれに従う・・・」
そこまで言ってタミーは上目遣いに真奈美を見やる。毎回学者相手にはこの時点でひと悶着有るのだ。
「なるほど、至極尤もだ。ダンジョンのルールに従えと言う事だな?でなければ命の保証が無いと・・・」
「そう言う事にゃ」
「しかし、判断基準が我々には分らない。君が紹介してくれる人物がある日突然怠惰になって、危険を口実に中止を宣言されても我々には分らない。勿論君達がそういう人物を紹介する事等無いと信じてはいるが」
始まった。
タミーは内心うんざりしながら長い無益な説得時間を費やすのを、改めて覚悟する。
確かに向こうも遊びでここに居るわけでは無い。あやふやな理由で中止させられても、大金をかけて調査に来ている以上納得はしないだろう。また、素直に納得出来る状況というのは、つまり切羽詰まった危機的状況と言う事だ。護衛の仕事は本来そういう状況を回避するためのものだと言うのを解らせねばならない。
しかし、真奈美はこう続けた。
「君達の言い分は解る。戦闘経験やダンジョンでの活動経験が無い地上人の多くが、無理難題を言って迷惑をかけて来た経緯も知っている。逆も然りだ。そこでどうだろう、面接だけでもさせて貰えないだろうか。何人か紹介して貰い、その中から我々が決めるというのは・・・実のところ、そんなに多くの護衛を雇い入れる懐事情ではないのも理由の一つなんだ」
意外な事を言い出す真奈美はさらに言葉をつづけた。
「我々は今回モンスターの分布をメインに調査しに来たのではない。勿論目にすれば可能な限り観察することになるとは思し、モンスターの生態や戦闘力に興味もある。しかし本来の目的は15層ゲート区より同心円状に広がる有益植物分布の調査なんだ。成分と薬効、種類等だ。今回は第一回だが次回はゲート区を挟んだ反対側の更に奥部になるだろう。戦闘は極力回避したいし、一番重要なのは調査の継続だ。現場の判断は基本従うが、危険を回避した後の調査継続に応じてくれるのか、顔を合わせて話したい」
さらに続ける。
「他にも条件がある。資金が少ない身で贅沢を言うのは申し訳ないが、我々にはフィールド区を移動する足が無い。出来れば足付きの護衛が望ましい。居なければ、足の手配も頼みたい。雇い入れる人数が少ない分充分なお礼はさせて貰うつもりだ」
タミーは少し考え、ファイルをめくる。
「うーん、そう言う事にゃら護衛のタイプは索敵特化のガード型ハンター・・・にゃら人数は二名から三名・・・」
その時、入口から声が上がった。
「邪魔するぜ。なんだ、まだやってねーのかよ」
常連客の一人、フィルニーのマックだ。
「まにゃみ、丁度良いのが居るにゃ。マック、こっち来るにゃ、仕事にゃ」
タミーはマックを呼びつける。
「お?なんだ?俺様を雇う目が高ぇのが居るのか?」
偉そうに寄って来たのは何とも言えない風体の、小学生くらいの背丈の少年だ。胴長短足頭でっかち、どことなくコミカルな印象を覚える。
「お、でかいねーちゃんだな。おっぱいもすんげーな」
下品なフィルニーは遠慮なく真奈美と詩織を見比べ、失言を垂れ流した。
「こっちのねーちゃんはあれだな、絶壁だな、ちっぱいとかひんぬーグフゥ!」
タミーの蹴りが鳩尾に食い込み、マックはラクダ色の腹巻の上から腹を押さえてうずくまる。
マックと呼ばれるフィルニーの風体は丈の短い灰色のカーゴパンツに腹巻、だぶだぶの白いロンティー、首からはゴブリン神社のお守りを下げ、足元は素足に薄っぺらいサンダル、頭にピンクのタオルハチマキという正体不明のいでたちだ。
「失礼したにゃ、これでもこいつはCクラスギャザーにゃ。生存術特性と索敵術特性、逃走術特性だけならBでもおかしくにゃいにゃ」
ダンジョンの人間は残念属性が強すぎる。大丈夫なのだろうかと詩織は思う。
「こいつが居ればまぁ生きては帰って来れるにゃ。無駄口に我慢できにゃくて射殺さえしにゃけりゃ」
物騒な事を言いながら、ファイルをめくるタミー。
「今の所あんにゃいにんの候補は、この真正ドーテーともう一人しか居にゃいにゃ」
「俺様はマサツグ、つむじ風のマックって呼んでくれ。あんたのおっぱい触らせてくれんなら地獄でも付き合うゲフッ」
昭和の厨二病のような二つ名を名乗ったマックは再び蹴りを受け悶絶する。
「学習しにゃいにゃ。もう一人のあんにゃいにんは・・・ありゃ、マスター、ステゴロのジローラモは死んだかにゃ?」
暖簾を出す準備をしていたジョーは、むーんと一瞬宙をにらみ、答えた。
「先週だっけか?モンジローの奴な、うん、残念な奴を亡くしたな・・・酒飲んで階段から落ちてな・・・」
残念な奴が死んだのか、死んだから残念なのか、詩織には区別がつかない。
「という訳で今の所フリーはこいつだけにゃ。人格は置いといて技能は保証するにゃ」
真奈美が口を開いた。
「なるほど、気に入った。生きて帰れるというのがいい。後は護衛だな」
「一人おすすめが居るにゃ。同じ地上人の男だけどダンジョン生まれのダンジョン育ち、ダンジョン二世にゃ。技量は保証付き、扱いも簡単。愛想はにゃいし、無口でにゃに考えてるか解らにゃいし、言われた最低限の事しかやらにゃいけど。多分もうすぐ来るにゃ、昨日も来たけど、仕事欲しそうだったから今日も来るにゃ」
タミーはそう言いながら、ファイルをめくる。
「だけどルイルイ、バイクしか持ってにゃいのにゃぁ・・・マックも足はホーンフォックスだしにゃ・・・」
「ルイルイ?」
真奈美が興味を示し、ジョーを見た。
「あぁ、島崎瑠偉な。奴の料理の腕は確かだ!俺が保証する!」
ニッコリといい笑顔でサムズアップするジョーにタミーの冷たい一言。
「ソーロー中年エルフは口を開くにゃ」
詩織はまたもジョーと目を合わせられない。詩織の中でエルフのイメージが物凄い勢い上書きされて行く。
「ルイルイはバランス型のソロハンターにゃ。ワンマンアーミー、装備も技量もあれ一人で完結するタイプにゃ。ルイルイが来てくれるにゃら後は足持ちのハンターを探すにゃ」
尚もファイルと格闘していたタミーだったが、条件に合うハンターは居ないらしく、諦めてファイルを閉じた。
「パーティー作ってるハンターにゃらともかく、個人で荷車付きの足持ちは少ないにゃ」
「どこかのパーティーには依頼出来ないか?」
真奈美の言葉にタミーはかぶりを振った。
「一日二日にゃらともかく一月も一緒にいたら確実に妊娠させられるにゃ。生憎女のいるパーティーは新人か、腕の立つのは皆出払ってるにゃ」
タミーの言葉に改めてアウトランドに居る現実を思い出す。
「その点ルイルイとマックにゃら安全にゃ。ルイルイは基本他人に興味がにゃいし、マックは口だけのヘタレクソホーケーにゃ」
「んだと?このクソビッチタマコ!いつか俺様のギフゥ」
「まぁ、まったく成長はにゃいけど、フィールドではちゃんと機能するし、あれでもショットガン使わせたらちょっとしたもんにゃから心配にゃいにゃ」
タミーは立ち上がり、古風な店の有線電話に手をかけた。男二人はカウンターでいじけている。
ここダンジョンでは何故か電波が通らない。都市なら有線でのインフラがあるが、一歩外へ出ると通信手段がほぼ無い。一番早い通信手段はピクシー便の伝言サービスだが、これも機嫌の良いピクシーがたまたま居ればの話だ。都市間通信はもっぱら伝書鳩ならぬ伝書ブレイドホークか、伝書サーベルウルフが活躍している。
「ちょっとギルドに電話して聞いてみるにゃ。お役所だけに情報だけは持ってるからにゃ」
タミーが電話をしている間に詩織は真奈美に疑問をぶつけた。
「こういう依頼ってギルドがしてくれるもんだと思ってました。違うんですね」
「ギルドは冒険者の為の行政サービスを行う組織だ。冒険者同士互いに不利益にならないよう調整したり、生活を向上させ、情報を統括したりするのが主な仕事だ。言わばタミーの言う通り役所だな。実際の依頼や仕事の斡旋はこうした都市部の酒場でやり取りされる。役所は嫌いでも酒場が嫌いな冒険者は居ないからな」
「なるほど・・・それとエルフってやっぱり不老長生なんですか?」
「そいう誤解があるが、人間と同じ肉体がある以上、擦り切れるのも同じだ。実際ダンジョンのヒト種と我々地上人のDNAに違いは殆ど無い。交配も可能だし年齢も見たままだな。獣人は解りにくいがタミーは詩織君と変わらんだろう。大きな違いは魔力の有る無しだ」
「彼らは魔法が使えるのは本で読んで知ってます」
「彼らだけではなく、一部のモンスターも使う。複合カーボンアーマーのプロテクトスーツには耐魔のエンチャントを施して貰ったが安心はできない。注意しろよ」
はい、と返事はしたものの、実際のところ何をどう注意したらいいのかも解らない。そうこうしているうちにタミーが戻って来た。
「おたくらついてるにゃ。一人丁度いいのが見つかったにゃ。面接するからって呼び出したけどいいにゃ?」
「ああ、願っても無い。もう少し時間がかかると思っていたくらいだ」