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無の神  作者: ぐっちょん
3/4

後編

 閑散とした訓練所に三つの影がある。

 二人の男女と対峙する青年が、膝から崩れ落ちた。着込んだ騎士甲冑の腹部が陥没し、大きなひび割れを作っている。

 彼らの間には何かが地面を擦り付けたような痕があり、十メートルほどの距離が開いていた。


「くっくっくっ、どうさ、エリーは僕に心底惚れているよ? 彼氏くん?」


 唇を歪め、下卑た笑みを浮かべるハヤト・タケイの腕に、エリーと呼ばれた青髪をポニーテールにした少女は両腕を絡め、目の前でうずくまって嗚咽を漏らす青年に言う。その視線は非常に冷たく、親しい者に向けるものではなかった。


「弱っ。よくそれであたしを守るなんて言えたわね。ハヤトにも勝てないくせに。あんたに上げた処女、返して欲しいわっ」

「それが残念だなぁ。普通さ、純潔って大事に取っておくものじゃない? 僕のためにさ」

「ハヤトが現れるって知ってたら、取っておいたんだけどなー」


 将来を誓いあった者の前でよくやる、と感心させられた。

 と言っても、彼女に責任は余りない。ハヤト・タケイが魅了の魔法とやらを密かに使っているのが大きな要因だ。


「ま、エリーは僕がずっと面倒をみるからね? 安心して逝っていいよ」


 ハヤト・タケイは開いた距離を焦らすようにゆったり詰め、青年の傍に寄る。

 虚空に穴が開き、ハヤト・タケイがそこに右腕を入れて、光輝く剣を引きずり出す。

 魔王に囚われていた凄腕のドワーフが鍛えた業物だ。勇者が握れば聖剣へと成り上がり、あらゆる魔を払えるのだという。


「……人に向けていいものではないがな」


 流石にそう思わずにはいられない。


 対峙する者に強烈な圧迫感を与えるそれに、青年は身体を震わせた。

 すがるようにエリーを見たが、彼女の視線は隣のハヤト・タケイに向いていた。熱をおびたそれは数年前、青年に向けていたものだろう。

 肩を落とし、自分の涙で濡れた地面をガリッと掻き、土を握りしめる。

 悔しさか、怒りか、悲しみか、それともそのすべてか……青年は握った拳を震わせ、魔を払うための聖剣が己に振り下ろされるその瞬間を、ただじっと待っていた。


 俯く彼には分からなかっただろうが、エリーの頬を一筋の涙が伝うのを俺は見逃さなかった。

 掲げた聖剣に見惚れ、悦に浸っていたハヤト・タケイも気が付かなかっただろう。


「じゃ、来世では幸せになるんだよ?」


 心にもないことを言うと、ハヤト・タケイは聖剣を振り下ろした。


「――っ!?」


 が、それは青年を斬りつける前に止まる。


「なっ、あっ……!?」

「な、なに? 誰?」


 パクパクと金魚のように口を開閉するハヤト・タケイに変わって、エリーが疑問の声をあげ、誰何(すいか)する。


「……俺は無の神だ。……ハヤト・タケイ、お前の魂の回収に来た」


 二本の指で挟んで止めていた聖剣を押し返す。無に還さないようにするのも一苦労だ。


「だ、誰だっ!? どこから現れた!」

「……それは問題ではない。……問題なのはお前がここにいることだ」


 俺にハヤト・タケイの問いに答える義理はない。レウルに与えられた任務を遂行するだけだ。


「……『地球』で問題が起きている」

「は? ち、きゅう? 地球!? 何でお前がっ!? まさか、転生者っ!」

「……問答する気はない。……事情説明と実行、それが俺に与えられた任務だ」


 無駄な時間を過ごす気はない。


「わけ分かんないわよっ! 【サンダーレイ】!」


 晴天なのに雷が俺に降り注ぐ。それは後ろの青年をも巻き込む規模だ。

 エリーは魔導師のエキスパートだ。若くして膨大なマナと、豊富な知識を持ち、柔軟な発想で新たな魔法を開発する。

 それは、上級魔族と呼ばれる魔族の中でも、力のある者達さえ容易く屠る。さすがに魔王相手では深傷を負わせられなかったようだが。


「……エリー」


 悲しみに濡れた声が聞こえる。愛しい恋人が自分を巻き込む攻撃を放った。彼のショックは、俺には想像もできない。


「……無駄だ」


 雷が掻き消える。前触れなどない。ただ、意識して雷を捉え、無に還しただけだ。


「――っ! ならこれはどうっ? 【フレイムロード】!」


 エリーが地面に触れ、マナを注ぐと、炎が吹き上がり地面を一直線に走ってくる。


「……意味はない」


 ふっ、と何事もなかったように、炎の道は消え去る。


「……俺は無だ。……お前程度ではどうもできない。……全ては無に還る」

「っ! なら――「……遊びは終わりだ」――……っ!?」


 更なる魔法を放とうとマナを噴出させるエリーに近付き、ふっと息を吹き掛ける。

 カクンと膝が折れ、エリーは崩れ落ちた。意識を失っただけだ。殺してはいない。


「な、なんなんだよお前っ!?」

「……魂が激減している」


 突然傍に現れた俺に、攻撃するでもなく、狼狽えるハヤト・タケイ。

 彼の質問に俺は答えず、今現在『地球』で起こっている危機を説明する。


「……召喚やら転生やらと、他世界の神どもが『地球』の資源を奪っている。……新たな魂を産み出すには、千年の歳月が必要だ。製造ラインはたったの百弱だ。……なのに、ここ五十年で他世界へ流れた魂は二千万を越えた」


 魂は輪廻転生する。生前の記憶を洗い、汚れを払拭して次の生へと旅立つ。

 どうも人間の方に比重が傾きすぎていて、絶滅してしまう種も多い。が、それも自然の摂理だとレウルは言う。

 生存競争に負ければ、その種は生き長らえられない。


 そして、生存競争に勝利した人類は、増えに増え続けている。それもまた摂理だ。


「な、何を言ってるんだ?」


 ハヤト・タケイはただ疑問をぶつけてくるだけだった。強き者には抗う気はないようだ。


「……危機だ。……このままでは『地球』の魂は全て滅んでしまう。……製造も間に合わなくなるだろう。……力不足ならレウルも納得するだろうが、他世界の神が関与したとなれば温厚な彼女も黙ってはいない。……そういうことだ」

「レウル? 誰のことを言ってるんだ!」

「……さて、十分楽しんだか? ……ならば、還るぞ、お前の故郷に」

「っ! あぁぁっ!! 【烈光翼斬】!」


 不穏な気配を察したか、ハヤト・タケイが聖剣にマナを纏わせ、振り下ろす。


「……」


 眼を細め、迫る聖剣を睨み付けた。ただそれだけでマナは散り、聖剣は消失した。


「は? え?」


 交互に、何度も俺と振り下ろしきった自分の手の先を見る。

 理解できないだろう。する必要もない。


 トン――俺の指先がハヤト・タケイの胸に触れた。

 彼は消え、代わりに青白くゆらゆらと揺れ動く火の玉が宙空に浮いている。


「……よくやった」

「“よくやった”、ではありませんよっ! あなたの任務は奪われた魂の回収であって、無に還すことではありません! 私が存在を肯定しなければ、彼の魂ごと無に還していたでしょう!」


 背後に現れたシェハザは、そう怒鳴り散らしながら近付いてきて、ハヤト・タケイの魂をさっと懐に仕舞う。


「……あとは任せた」


 魂の回収だけが任務ではない。この世界からハヤト・タケイの痕跡を消す必要がある。

 それは彼が存在した証明全てだ。それをするには、俺とシェハザの権能だけでは不可能で、だからこそ、記憶を操る権能と時を操る権能を持つ中級神、下級神を何柱か引き連れてきた。


 記憶の改竄と過去への逆行を行わなくてはならない。

 残念なことに、死者蘇生は神でも容易に行ってはならない。それは摂理に反する。そうレウルが決めた。魂は輪廻転生すべしと全神にお触れが出ている。

 故に、過去への逆行を行っても死者は蘇らせず、記憶に妙な齟齬が起きるから、記憶を改竄する必要があるのだ。

 そして、魔族の支配もなかったことにする予定である。

 その陣頭指揮をシェハザに押し付け――もとい、信頼して任せ、俺にできることをやることにする。


「ちょっ、話はまだ――」


 憤り収まらぬといった様子のシェハザを無視し、俺は転移する。

 転移は神の特権のようなものだ。意識を目的地に飛ばせば、瞬時の移動が可能となる。

 条件として、目的地を深く理解する必要があるが、ここ(・・)はどの世界も同じなようで、容易く転移できた。


「滅しなさい!」


 転移して姿を見せた瞬間、俺の身を漆黒の炎が包む。だが……。


「……出会い頭のご挨拶にしては過激だな」

「チッ、簡単にはやられてくれないわね」

「……仮にも、女神が舌打ちとは品がないな。……いや、女神じゃなくてただの盗人か」

「仮に、じゃなくて、正真正銘の女神よ。控えなさい? 上級神風情が、管理神である私と対等な立場で喋れると思わないことね」


 盗人の言葉には反応を示さず、この世界――ゼドリアの管理神である女神は傲慢に言い放つ。


「……関係ないな。……盗人ごときに払う礼儀は俺にはないし、お前程度の神が俺の上にいると思うな」

「どこまでも不遜な男ね。なら、きっちりと私に礼儀を払えるように躾してあげるわよっ! やりなさい!」


 どこまでも続く(大地)にこの世界の神々どもが姿を現す。


「伏兵のつもりか? 意味はないぞ」


 パチン。

 軽快な音が響くと、神々の姿は消えた。まるで、最初から俺と女神しかいなかったように……。


「はぁ? え? ちょ、ちょっと、どこ行ったのよ? 早くその男を滅ぼしなさいよ。ねぇ? 冗談はやめなさい! 聞いてるの!?」


 徐々にヒステリックに叫び始める。だが、誰も答えない。残念ながら、女神の戦力は今のが全てだったらしい。


「あんた達、今なら許してあげるから、こんな面白くない冗談はやめなさい!」

「……認めろ、お前の配下は無に還った。……ここにいるのはお前と俺だけだ」

「っ!?」


 女神はほとんどの者が美麗な顔付きをしている。

 その美貌を以てしても、鋭い眼光で睨み、眉間に皺を寄せる彼女は醜悪に見えた。


「なんで? なんでこんなことするのよ! 目的は果たしたんだから、とっとと自分の世界に帰りなさいよ!」

「……分かってないな」


 余りにも自分勝手な物言いだ。取り返せたからはいさようなら? そうはいかない。


「何が……っ」


 女神が疑問を口にした瞬間、俺は既に彼女の眼前にいた。

 間近から、女神のアイスブルーの瞳を覗き込む。綺麗だ、などとは思わない。傲慢で自己中心的な欲望に曇った汚れた瞳だった。


「……五度だ。……我らが管理神・レウルがお前に魂の返還を求めたのは。……以前盗んだ百の魂も合わせて返せと、通達したはずだ」

「ぐっ……」

「……お前はその通達を無視し、またも『地球』から魂を奪った」

「べ、別にいいでしょっ! 輪廻転生も上手く稼働してるしっ。それに、私だけじゃないでしょっ、あんた達の世界から良質で新しい魂を取ってるのはっ!」


 開き直りに逆ギレか……見下げた神だな。


「……魂は資源だ。……それに幾度も輪廻転生を繰り返せば汚れは落ちづらくなり、磨耗する。……新しくすげ替えるストックが必要だ。……お前はそのストックからも奪ったな?」

「っ!?」


 ギリィッと歯軋りが響く。気付かれていないと思っていたらしいが、残念ながらレウルは非常にマメで真面目だ。

 緊急事態に備えて魂は保存してあり、数のチェックも怠っていない。常に下級神が記録している。

 その数が少量ずつ減っているのだ。保管場所の警備は厳重だが、警備をするのは下級神と中級神が殆んどだ。上級神が本気で欺けば、警備の網はスルリと抜けられる。

 だからこそ、定期的にチェックをするのだ。


「……世界を渡るにはそれなりの力が必要だ。……それか、先方に招いてもらうか。……力付くで世界を渡ったなら、管理神・レウルが気付かないわけがない。お前のように」


 一呼吸入れる。感情を剥き出すのは得意ではない。下手をすれば権能を暴走させてしまうかもしれないからな、細心の注意が必要だ。


「……嘗めるのも大概にしろっ!! 我らが管理神・レウルの我慢にも限界があるぞ! ……貴様ら他世界の神どもは世界の管理に失敗したら、余所から資源をかっさらう賊だ! ……賊風情が神を名乗るなど、一兆年早いぞっ!!」

「ひぃっ!!?」


 大気が震え、(大地)が真っ白からドス黒く変色して雷鳴を響かせる。

 これは俺の力を押さえ込んでいる結果だ。暴走してしまえば、この天界どころか、世界そのものが無に還ってしまう。

 それはシェハザ達をも巻き込んでしまうだろう。

 いや、シェハザだけは無事だろう。が、他の中級神以下の神は耐えられないだろうな。


「――っ! この化け物っ」


 この女神の権能は滅しの炎なのだろう。近距離から漆黒の炎を纏った拳を打ち出してくる。


「……無駄だ」


 バシュッ。

 俺の身体に触れた瞬間に漆黒の炎は消失し、女神の腕が無に還った。


「は、あ? えっ? うそ……うそよ……私の腕が……あ……あぁああっ!」


 痛みなどないだろうに、何を狼狽えているのか……。

 絶対的な自信を持っていたようだが、俺は無そのもの。触れてしまえば無に還るのは必定だ。

 と言っても、権能の制御とシェハザの存在の力で押さえられるようになったから、俺が意識しないと無に還ることはなくなったが。


「ひっ! わ、私がいなくなったら誰がこの世界を管理するのよっ」


 一歩近づくと、失った腕を押さえ、引きつった声を上げて後ずさりながらそんなことを言う。


「……興味ないな。……命乞いならもっとましなことを言え」

「くっ、この世界にはまだ何千万って魂があるわっ。それを持っていけばいいでしょっ!」

「……他世界の魂は質が悪い。……魔法やら、超能力やらの影響らしいが、ズタボロで汚れやすいそうだ。……誰が欲しがる、そんな劣悪品を」

「何よ、それ。そんな話、聞いたこと……」

「……管理神・レウルの長年の研究成果だ。……その結果はレポートにして各管理神も見れるようにしてあるそうだぞ?」


 俺が意識を持つよりもずっと前の話だ。

 レウルも魔法や超能力といった超常の力を人間に与えていたらしいが、どうも魂の損耗が激しく、黒く汚れやすかったようだ。その上、世界には魔物やら魔獣やらと、魂を持たない異物が紛れ込むようになった。

 要はバグのようなものだ。摂理に反した力はどこかで膿を溜め、それが形になったのが、魔物や魔獣、牽いては魔族となり魔王を生む。

 管理神の殆んどが派手さを求めるあまりそれに気付かず、バグ撤去のために勇者を選定する。だが、その世界の魂は超常の力の影響を受け、脆く壊れやすくなっていて、新たな力に耐えられない。だから、良質な魂を持つ世界から人間を無理矢理召喚し、絶大な力を与える。


「……管理しきれないのなら早々に手離すか、原因を深く究明すれば良かった。……他世界の魂を盗むのではなく、な」

「……っ」


 女神は無様に背を見せて駆け出す。転移の考えはないらしい。


「これで……っ」


 十七、八メートル先で止まると、女神が残った腕で虚空を掴む。

 ズルリと引きヅリ出されたのは、武骨な三ツ又の槍だ。

 内包された圧力はハヤト・タケイの持っていた聖剣の比ではない。

 彼女の切り札らしい。


「滅びなさい!」


 二歩の助走から槍を大きく振りかぶり、頂点で放つ。

ゴッ――ヒュッ。

 大気を爆発させ、空を切り、槍は豪速で迫る。もののコンマ一秒で到達し、俺の腹部を貫いた。


「あははっ! 油断したわね! それは神殺しの魔槍・セバト! 上級神どころか、管理神も滅ぼせるのよ! さぁ、許しを乞いなさい? そうすれば私の駒として使ってあげなくもないわよ?」

「……はぁ」


 本当に無様だ。俺の本質を見抜けないとは……弱すぎる。他の管理神(・・・・・)はもっと強かったぞ?


「……哀れだな。……お前の運命は変わらない」


 そう告げた俺の腹部には刺さった槍――セバトはない。無に還ったのだ。


「この化け物っ」

「……無に還れ」

「ひっ!? やめ――」


 一歩踏み出し、足が(大地)を踏み締めた瞬間には俺は女神の眼前にいて、腕を伸ばしていた。


「……任務完了だ」


 指先に触れた感触もなく、女神は無に還った。

 新たな管理神が用意されるのか、世界はそのままゆるりと滅びに近づくのか……俺には分からない。

 俺はただ奪われた資源を回収する、それだけだ。


「終わりましたか?」

「……ああ」


 背後に現れたシェハザに頷く。感慨もない。ただ作業を終わらせただけだからな。


「残った神は?」

「……さぁな。……反抗する気概があったのなら、当に向かってきているだろう」

「そう、ですね。そこは私達の預かり知るところではありませんでしたね」


 隣に並んだシェハザが何を思うのか俺には分からないが、複雑な表情を浮かべている。


「……そっちは?」

「もう少し、時間が掛かります。世界全体を逆行させますからね。すぐに、とはいきません」

「……そうか」


 沈黙。何かを聞きたそうにしているが、言い出せないようだ。


「……少し休む。……記憶や時は、俺の専門外だからな」


 聞き出す術のない俺は、役には立てないだろう、そう付け加えて踵を返すと……。


「あなたは……」


 シェハザの声が投げ掛けられる。

 肩越しに顔を向けると、彼女は俺に背を向けたまま天を仰いでいた。


「あなたは生きていて良かったですか?」

「……さて、無である俺が生きていると言えるのか?」

「質問に質問で返すのはマナー違反です。それと真面目に答えてください」


 俺に向き直った彼女は、真剣な眼差しで俺を射抜く。


「……そうだな」


 彼女の真摯さに答えようと、俺も身体の向きを変え、数秒熟考した。


「……分からないな。……俺は意識を持ってからずっと権能の制御に全神経を尖らせてきたからな」

「そう、ですよね。そうさてきたのは私達ですから……」

「……そうだな」

「っ!」


 俺を射抜いていた眼差しは下を向き、普段延ばされている背筋は、少し丸みをおびている。

 後悔、か?

 俺に形を与えたのは彼女だからな。思うところがあるのかもしれない。


「……これから分かるだろ」

「え?」


 端正な眉を日本語のハの字にしたシェハザが顔を上げる。


「……たかだか六千億年。……俺達は無限の時を存在する神、先は長い。……その間に良かったのか悪かったのか、自ずと分かるだろ」

「っ! はい、そうですね!」


 ひまわりのような、と日本人は表現するそうだ。今のシェハザのような笑顔を……。



「この者、リーザ・サバルト元公爵家令嬢は! 敵国であるロドカリウス帝国と内通し、我が国、モッサリシュ聖国に招き入れようとした! それだけでなく、我が愛しき恋人、マリー・ソラム男爵令嬢を不当に貶め、怪我をさせた! よって、リーザ・サバルト元公爵家令嬢を公開処刑に処す!」


 組み上げられた木製の舞台上で、広場に集まった民衆に宣言する金髪の美男子。

 彼の傍には後ろ手に両手をロープで縛られ、全裸で座らされた少女と、その少女の頭上で直剣を天に掲げた美丈夫がいる。


 座らされた少女――リーザ・サバルトは数日間飲まず食わずで監禁されていたからか、痩せこけ、肌は荒れ、髪もボサボサで色も透き通るような白髪からくすんだ灰色になってしまっている。

 拷問も受け、全ての爪が剥がされ、指はあらぬ方向に曲げられ、美しかった顔には幾つもの切り傷と、火傷で黒ずんだ痕がある。


 抵抗する気力もなく、彼女は光を映さぬ瞳に何を見ているのか……眼前で殺せと騒ぐ民衆ではないだろう。


「では、執行だ。やれ!」


 ヒュッ。

 鋭く、鮮やかな手並みだ。しかし……。


「……やれやれ、よくもこれだけ魂を汚させたものだ。……だからこそ、奪ったのだろうが」


 振り下ろされた凶刃はリーザ・サバルトには届かず、剣の主ごと無に還った。


「なっ!? 貴様、何も――」

「……黙れ」


 叫ぼうとした美男子――モッサリシュ聖国第二王子、リカルド・モッサリシュが無に還る。


「……あなた、は?」


 掠れた声でリーザ・サバルトが俺を見上げる。若干、眼に光が戻っている。


「……俺は無の神・ムゥだ。……お前を迎えに来た」


 さて、任務を始めよう。強奪されたレウルの子供――無実のリーザ・サバルトを不条理に貶めた者どもを無に還す任務を、な。


 完。

最後にさくっと設定を書いて終わりです。

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