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4:反舌無声-01

 ケリカーン山の第二次調査が敢行されたのは、予期せぬ騒動に見舞われた牡丹祭から二日が経ってからのことだ。今回は俺とケイの第四十九部隊だけでなく、領主の私設部隊から派遣された魔術師も同行する運びとなった。初めは噂の宮廷魔術師とやらが同行を申し出たらしいが、聞くところによると領主が断ったらしい。

 その判断が、まずは自分に直接仕える者に状況を把握させておきたかったからなのか、単純に王の下から派遣された宮廷魔術師に何かあっては困るという打算によるものなのかは、分からない。その内実に興味がない訳ではないが、ともかく俺達の仕事は現場まで魔術師を連れて行き、その調査の完了を待って連れ戻ることだ。仕事に直接関係のないことに、いつまでもかかずらってはいられない。

 今日のケリカーン山はよく晴れ、ひとまず天候の急変しそうな様子も見られない。絶好の――とまでは言わないが、仕事をするには悪くない日和だ。

 この山を訪れるのはまだ二度目ではあるが、既にケイはきちんと目的地までの最適経路を把握している様子だった。経路選択は常に迷いがなく、的確に行われる。先頭にケイ、最後尾に俺がつき、中央に魔術師の三名が並ぶ縦列で、ひたすらに黙々と山を登っていく。

 今日で街を発ってから三日目となり、魔術師連中には疲労と辟易の色が見え隠れしていたが、先頭を行くケイ――見かけばかりは、小柄で華奢な少女でしかない――が平然と歩んでいく手前、不平も漏らせないでいるらしかった。お世辞にも機嫌が良いようには見えないが、大人しく足を動かしている。

「そろそろ一度休憩にしよう」

 山に入ってから二時間ばかりになるか、ようやっと空に日も昇りきりつつある頃、おもむろにケイが足を止めた。

 これまでひたすらな山道を登ってきていたが、やや開けた平坦な空間にさしかかったところだった。休憩の宣言に、魔術師達はあからさまにホッとした風を見せる。まあ、それもそうだろう。その足は四半時ほど前に比べると、明確に動きが鈍くなっていた。

 おそらく、ケイも後ろについてくる連中の消耗具合を把握していたに違いない。途中から意図的に歩調を緩め、後続と距離が空かないよう図っていた節があった。気遣われていた当人達が、それに気付いているかどうかは知らんが。

「座ると根が生えるから、立ったまま休んで」

 今にも座り込みそうな魔術師達は愕然とした表情を浮かべたが、そう告げたケイは言を翻しはしなかった。

 晴天のお陰か魔術師達は汗だくだが、対するケイは以前と同じくけろりとしている。同行者が各々休み始めたのを確認して、俺の方に近づいて来た。すぐ傍までやってきて、顔を寄せろと手振りで示してくるので、逆らわず身を屈めて指示通りにする。

「フェルナン、気付いてる?」

 ひそめた声で尋ねてくるので、間近に迫った顔をちらと見やり、かすかに顎を引くだけの首肯を返す。

「いやに静かだ」

「ね。獣の気配もしないどころか、鳥の声も聞こえない。……何かの予兆かな」

「偶然、と考えるのは楽観的に過ぎるだろうな」

「透視は?」

「している。だが、驚くほど何も見えん」

「地形や緑の深さに邪魔されてるだけでなく?」

「それを差し引いても、だ」

 内心の苦々しさを呑み込んで答えると、ケイはあからさまな渋面になった。

「……分かった。これからは一層警戒していこう。何が起こるか分からない」

「了解した」

「魔術陣の分析結果については、何か教えてもらえた?」

「いや、機密の一点張りだ」

 まず調査作戦の実施を通達してきた時点で、ケルリッツに訊いてみてはいたが、嘘か真か「情報が明かされていない」と突っぱねられた。ならばと、ここ数日の同行者である魔術師達に尋ねてもみたが、「機密である」と口を揃えて回答を拒否される始末。つまるところ、何一つ分かっていない訳だ。

 ケイも自分で探ってみてはいたようで、「同じかあ……」と呟いて眉尻を下げた。やはり、情報を得られないでいるらしい。

「この状況に関連し得るものかどうかくらいは、知っておきたいのだけどね。山の様子がおかしいからって理由をつけたら、多少でも教えてもらえないかな」

「どうだろうな、随分と口の堅い連中と見える。だからどうした、と切り捨てられて終わる可能性も高そうだ。加えて、そもそも傭兵なんぞ当てにならんと、端から見下している風でもある」

「あー、確かに。それで余計に話す気がないのかも」

 唇をへの字に曲げた不服そうな表情で、ケイは嘆息する。

 大陸において一定以上の需要と供給を生じている一大産業でありながら、傭兵は「金で命をやり取りする無頼」として軽んじられる風潮は少なからず世間に蔓延っていた。特にメルラリスにおいて傭兵の戦力は国の維持にも欠かせないものであるはずだが、おかしなもので、傭兵に対する扱いは他国とさしたる変わりがない。様々な所用で依頼を出す民間はともかくも、貴族や正規軍の兵士は特に階級が上がるにつれて、そうした鼻持ちならない輩が増えていく傾向にあった。

「念の為、私の方でも魔力反応を探りながら進んではみるけど、歩きながらじゃそこまで広くは探れない。あなたの目の方を頼りにするのは変わらないと思う」

「問題ない。先頭の警戒を頼む。何かが出てくるなら、既に通り過ぎた場所よりも、これから踏み込む場所の方が可能性も高いだろうからな」

「ん、分かってる。後ろと離れないように、上手く調節しながら進むよ。……あの人達、意外と体力ないね。領主に仕える魔術師ってのは、そんなんでやってけるもんなのかな」

「現場に出ない役割なんだろう」

 肩をすくめるケイには、苦笑を返すしかなかった。魔術師連中に体力がないのではなく、ケイの鍛えられ方が並々ならぬだけだだろう。

 それからしばらく情報共有と方針確認に努めたが、ちらりと盗み見てみたところ、どうやら魔術師達は自分が休むので手一杯で、こちらを気にしている余裕はないものと見えた。別段隠しておきたいことがある訳ではないが、嫌味や当てこすりを言われるよりは遥かに良い。

 十分ばかりの休憩の後、行軍は再開となった。ここまで来れば、目的地までは残りわずかだ。

「さて、そろそろ休憩も充分だろ。方々(かたがた)、再出発だ」

 ケイが指示を出すと、休んでいた魔術師達は「もうなのか?」とでも言いたげな表情を見せないではなかったものの、少なくとも表面上は何も言わず、黙って足を動かし始めた。

 再び黙々と登山道を歩きながら、やはりおかしいと胸の内で呟く。まるで山そのものが息を潜めている、或いは死に絶えているようだ。何一つ、生けるものの気配がない。

 それでも目に見えた異変もなく、程なくして現場に到着した。

 偽りを暴く雨があったからこそ、あの時は魔術陣が目視できたのか――今は一見して何もない草原であるようにしか見えない。しかし、探ってみれば、明らかにそれと分かる魔力に満ち満ちていた。魔術師は色めきだって、かつて俺達が魔術陣を見た場所に駆け寄っていく。

「傭兵、お前達は周囲の警戒をしていろ!」

 魔術師の一人が、居丈高に命じる。愉快ではないが、反発しても面倒なだけだ。了解、と素っ気なく答えたケイの指示に従い、分散して個別に軽快にあたることとなった。互いに違う角度から、調査にあたる面々の動きを把握するに手頃な位置を選ぶ。

 距離が離れると、さすがに密談もできない。ケイによって施された、音声でなく魔術を介して思念をやり取りする通信魔術を通じて意思疎通を図る。

『フェルナン、何か異変は?』

『ない。そちらは?』

『同じく。明らかに状況として異質なのに、ここまで大人しいだけなのはかえって怖いよな』

『ああ。何が潜んでいるにしろ、俺達が山を下りるまで大人しくしていてくれればいいが』

『どうかな、そうあって欲しいけど』

『……まあ、無理だろうがな』

『それは直感?』

『経験則とも言う』

成程(なーる)、そりゃ無視できないや』

 会話の間も、辺りは静まり返っていた。魔術師連中がああでもないこうでもないと話し合っている声だけがいくらか漏れ聞こえてくるが、向こうも向こうで聞かれてまずいことは俺達と同じように、隠れて話し合っているはずだ。聞き耳を立てることにも、さほど意味はないか。

 魔術師達には不可視の魔術陣が目に見えているのか、魔術陣が浮かんでいたと思しき――俺の中では既におぼろげな記憶となりつつあるが――辺りを、ぐるぐると円を描くように回り歩いている。その動きからすると、陣はかなり大きいもののようだ。直径三メートル近いか? 一定の距離から踏み込もうととしないのは、軽率に触れて陣を起動させることを危惧しているからだろう。

 それにしても――いや、前回もさして注意して見ていた訳ではないだけに確かなことは言えないが、そんなに大きかったか……?

『ケイ』

『うん?』

『今も陣は見えているか?』

『いーや。見ようと思えば見えるだろうけれど、それをする意味を感じないな。探るにしたって手間もかかるし、多分あの方々に気付かれて『何をしている』とか怒られそうだし。それがどうかした?』

『あの連中が陣の外縁を回っているのだとしたら、随分と規模が大きいと思ってな』

『あら、同じこと考えてた』

『やはりか』

『うん、私は書き写したからね。写した時は、あれほど大きくなかったと思う。……まあ、あの人達が陣から少し距離を取って動いてる場合には、その限りじゃないだろうけれど』

『つまり、前回から今日までの間に、何者かが手を加えた可能性もなくはない……と』

『残念なことに、そうなるね。……余計に嫌な感じだけど』

『全くだ』

 ケイの推測が正しいとしたら、この山に個人的に魔術陣を敷設し、今現在もそれに手を加えている人間がいるということになる。或いは、その張本人が今も山の中に残っているかもしれない。

 嫌な感じ、と言うだけに留まらない、明確な警戒が胸を掻いた。

『お前の方で分析はできないのか?』

『そっちは無理だね。少なくとも、今は。……あの三人に感付かれる。それを抜きにすれば、近付いて接触すればやれないこともないだろうけど、陣を起動させてしまわないとも限らない。本職じゃないしね。それに、すごく複雑な記述だったから、単純に読み解けないかも』

『……静観する他なし、か』

『そゆこと』

 手頃な樹を背にし、一帯を眺める視界の端に、ケイは映り込んでいる。俺と同じく、未だ鎧装は部分的な発現であるものの、その手にはしっかりと剣が握られていた。時に会話をしながらも、油断のない目つきで辺りを確認している姿は、一端以上の傭兵そのものだ。特に心配する必要もないと見える。

 小さく息を吐きながら、左手に握った弓の弦に右手を添えた。弓の魔装具たる〈ニヴ〉の特長は、他の追随を許さない速射性にある。予め魔力を込めておけば、弦を引く動作だけで矢が生成され、すぐに射ることができた。

 一つ、二つ、と魔力を込めていると、不意に『フェルナン』と呼ばれた。

『どうした?』

『……連中、ついに陣に接触するみたいだ』

『いよいよか。鬼が出るか、蛇が出るか……』

 ケイの言葉に促され、周辺を見渡していた目を魔術師達に移す。

 横一列に並んだ三人の魔術師は、年齢も背丈もまちまちだ。ケイより多少年上程度の若い中肉中背の男、俺と同じくらいの歳の小柄な男、俺よりも十近く年嵩だろう痩せた長身の男。

 陣に踏み込もうとしているのは、小柄な男だった。一歩、二歩、と境界に近付き――

くそったれ(リッキメッタ)! 一歩目で大当たりじゃんか!』

 瞬間、ケイが叫んだ。先んじられたので呑み込んだが、俺とて同じ腹だった。

 異変などという、生易しいものではなかった。突如溢れ出した魔力は、まさしく嵐のよう。身を裂かんばかりの暴風が、草を根こそぎ引き抜き、木々までも薙ぎ倒さん勢いで吹き荒れる。さすがに立ってはいられず、身体を屈めてやり過ごすしかない。

 だというのに、小柄な魔術師の数歩先――逆巻く魔力の渦の中心となった場所に、何やら揺らめく影のようなものが見え始めていた。おい、召喚魔術の陣だったのか!?

『フェルナン、私が連中を蹴りだして陣から引き剥がす! 逃げるにしろ再接触するにしろ、今は安全を確保した方がいい。退路を頼む!』

『承知!』

 背負っていた鞄を捨て、一瞬で全身に鎧装を纏ったケイが矢のように飛び出し、慌てふためく魔術師どもへと接近する。これまでの冷淡な態度が嘘のように、連中は縋るような目をしていた。

「ま、まさかこんなことになるとは……」

「何らかの召喚魔術だとは読み解けていた。だが、だが――」

「これほどまでに常識外れの代物だったなんて! あ、有り得ない!!」

 口々に叫ぶ言葉の、何と情けないことか。俺はまだケイとの付き合いは短いが、それでも彼女が何を感じたかは、表情が鎧装の兜で隠されていたとしても察することができた。……つまり、カチンときた、というやつだ。

「甘ったれたこと言ってる場合か! とっとと走れ! 泣き言言うな!」

 怒り心頭といった有様で怒鳴ったケイに次々と蹴り飛ばされ、一人、また一人と魔術師が俺の目前にまで転がってくる。しかし、それを助け起こしてやるようなことはしない。そんなことの為に、矢を射る手を塞ぐ訳にはいかなかった。

「部隊長に同感だ。仮にも、領主直属の魔術師様なんだろう。自分の身くらい守る努力をして頂きたいものだな」

 鎧装を纏い直しながら、弓を構える。必死の形相で地面を這っている連中を横目に、ケイへと叫んだ。

「ケイ、その陣の異常を除けば、周辺に変化はない! このまま来た道を戻るぞ!」

 俺の声に反応し、ケイがこちらを見る。

 ――そして、まさにその時、「それ」は姿を現した。

 吹き荒ぶ暴風の最奥から、忽然と出現する巨大な陰影。過たずケイの背後に立つ格好となったそれは、おもむろに丸太じみて長大な腕を横薙ぎに振り抜いた。鎧を纏って尚も細い痩躯が、冗談のように呆気なく吹き飛ばされる。最後の魔術師を離脱させる為に蹴り飛ばした直後とあっては、まともな防御もできなかったのだろう。だとしても、あの〈青羽〉を軽々と吹き飛ばすか……!

「ケイ!!」

 目にも止まらぬ勢いで、ケイはすぐ傍の立ち木に激突した。果たして、遠くまで吹き飛ばされずに済んだことを喜んで良いのか悪いのか。一人離脱せずに済んだのは良いとしても、尋常でない衝撃だろう。

 凄まじい音を立てて、ケイの激突した木が倒れていく。ぶわりと舞い上がる土や葉をの向こうから、ややあって鈍い銀色の鎧姿が起き上がった。危惧したほどには、その動きに淀みはない。どうやら四肢の動きに問題はなさそうだが、兜は半壊し、顔の左半面は流れ落ちる血でしとどに濡れていた。唇の端からも、赤い筋が滴り落ちている。

「フェルナン、そいつら連れて逃げろ!」

 口の中の血を吐き捨てながら、ケイは怒鳴った。その目は、真っ直ぐに自分を吹き飛ばしたものを睨み据えている。青の両眼が、煮え滾るように燃えていた。

 突如として現れ、草原にそびえるそれは、俗に鉄傀儡(アイアンゴーレム)と呼ばれる。人造の使い魔の一種で、鉄でもって作られた自律稼動人形。しかし、それは人形と言うには粗雑に過ぎた。鉄塊を積み上げ、辛うじて五体をそろえた程度の、あまりに無骨で、あまりに無機的な造形。

 その小山のような巨躯が、しかも一つではなかった。ケイを薙ぎ倒したものの背後に、更に一つ、二つと姿を現している。

「山を下りて街に知らせろ! 誰かが山に罠を張ってる! 迂闊に踏み込めばやられるぞ!」

 両手に剣を構えて叫ぶケイを見返し、俺は迷った。迷わざるを得なかった。

 鉄傀儡は魔術師が製造し得る数多の使い魔の中でも、最上級に近い耐久性を誇る。それが三体もとなれば、いくらケイでも分が悪い。だが、俺達の仕事は山の調査だ。その主体となる魔術師達を連れ帰らねばならない。その為にこそ、派遣されている。

 そも鉄傀儡は、その身を形作る要素に重量こそあれ、決して鈍重な使い魔ではない。ケイを薙ぎ倒した腕が空恐ろしい速度でもって振り抜かれたように、速さに適応する素地は持っている。そして何より、用途に応じて素体(からだ)を組み替える能力を、あれらは与えられているのだ。

 鉄傀儡は二体がケイに向かう傍ら、一体が俺達の方へと向かってきていた。誰かが足止めをしなければ、追いつかれる。追いつかれれば、どうみても戦いに慣れているとは思えない魔術師の方から仕留められるだろう。

 迷ったが、迷い続けてもいられなかった。

「――ケイ、麓で待つ!」

 それだけを叫んで、踵を返した。青褪めた顔の魔術師に向かって「来た道を戻れ!」と怒鳴って、我先にと逃げ出す三人を前に見ながら走り出す。

 背後で耳障りな金属音が上がるのが聞こえたが、振り返りはしなかった。

「おっと、ここから先は行かせない。この首がついてる内に、突破できると思うなよ」

 不敵に笑う声。その武運を、ただ祈った。

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