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3:牡丹華-03

 全くもって本当に、傭兵を着せ替え人形にして遊ぶなんて酔狂は許されるべきじゃない。

 踏み出した素足で石畳を蹴りながら、心底そう思う。魔装具の鎧装は、術式を起動させると自動的に衣服の上から装着される仕組みだ。ただし、そこに衣服に応じた調整が行われるような機能はなく、下手にごてごてとした飾りのついた衣装の上に発現させてしまうと、装飾は破損の憂き目に遭う。

 つまり、今の私の服装は鎧を纏うにあたって、この上なく不適切だってこと。

 腕に絡む飾り袖、脚に纏わりつくドレス。そのどれもこれもが鬱陶しい。鎧を纏えなければ、駆装の魔力噴射で跳躍することもできない。仕方なしに自前の脚力だけでメサラ姫の前に飛び込み、大きく左腕を振るう。薄いレースは耐久性に難があるものの、一面に施された刺繍のお陰でいくらかは補強されていた。

 薄い布を裂く、鋭利な感触。それが突き抜ける前に絡めとり、袖ごと石畳に振り捨てる。ナイフを巻き込んだ布が硬い音を立てるのを聞きながら、自由になった左手に鎧装の籠手を部分発現。

「フェルナン、敵は!」

「前方二時及び十時、各一!」

 応じて叫び返す傍らで既に狙撃に入っているのか、あちこちで魔箭を受けて声もなく倒れる人影が目に入る。私が対処すべき敵は、その前方二つということなのだろう。

「全員伏せろ!」

 腹から声を張り上げれば、恐慌真っ只中にあった供回りの連中が一斉に地面に這いつくばった。その人並みの向こうに、こちらを窺う二つの影。過たず、二時と十一時の位置取り。さすがの〈赤尾〉、よく見通してくれた。

 私の〈スヴァーラ〉は、鎧装の至るところに隠し武器が仕込まれていることも特徴の一つとされる。左手の影には腕を振る動きで籠手から飛び出す仕込み刃を放ってから、右手の影に向かって走り出す。石畳に這いつくばった連中を避け、同時に絡みつくドレスの裾を捌きながらの接近は、想像以上に面倒だった。

 忌々しい気分を飲み下して肉薄し、右手に握った剣を振るえば、鋭い音を立てて短剣に受け止められる。手ごたえからして、魔装具の類ではなさそうだ。魔力によるものではなく、物理的に存在する刃物。この際、鎧も纏えない素足であることは脇に置くしかない。反撃される前に、目の前の標的の腹を足裏で蹴って押しのける。顔に見覚えはないが、ごく一般的な旅装の、体格のいい男だった。

 観察するのもそこそこに、身体を低く沈める。横合いから突き出された長剣が、屈んだ身体のすぐ上を貫いていった。

「……こりゃ、尋常じゃない」

 剣で突いてきた男は、喉笛に小剣が突き刺さっていた。他でもない、今し方私が投げた仕込み刃だ。私がもう一人に向かって行った隙に距離を詰めてきたらしいけれど、その有様ではそれ自体がまず有り得ない。よくよく見てみれば、その男の目はいやに虚ろで、顔にもおよそ表情と呼べるものがなかった。刃の突き刺さった喉でさえ、一筋の血も流れていない。

 低く屈めた姿勢のまま、文字通りの死に態のはずの男の足元に飛び込む。右手の剣を一閃。左足を膝から断ち斬ってやったものの、やはり流血もなければ、骨肉と噛み合う感触もなかった。まるで張りぼての空洞を相手にしているよう。

 片足を飛ばしておけば、ろくな身動きもできないだろうけれど、念の為均衡を失って倒れようとする身体の首も刎ねておく。驚くほど軽い手応えで、本来重いはずの頭は宙を舞った。吹き出す血もなく、黒々とした断面を晒すばかりの胴体の方も、それきりピクリとも動かなくなって石畳に転がる。

 刺客は刺客だとしても、どう見たって人間じゃない。魔術で作られた、傀儡の類か?

「頭を飛ばして動かなくなるなら、頭は残しておいた方がいいか」

 尋問に応じる知性があるかどうかは別として、動かない残骸を引き渡すよりは、まだ使い道もあるだろう。

 視界の端に、先刻蹴り飛ばした短剣の男が再び迫ってくるのが見える。捕獲するにしても、まずは攻撃手段を奪わないといけない。脚を壊して、それから両腕を落として――

「――!? (レャ)集う(ルクシ)厚く(ハパラ)!」

 しかし、迫り来る男を迎えうって剣を振るおうとした瞬間、ぞくりと背筋が震えた。

 咄嗟に唱えた文言は、風を集めて壁と成す障壁魔術。自らの前方に構築したそれが、凄まじいまでの熱風と圧力に見舞われる。迎撃に出るべく距離を詰められるがままにしていたのが災いしたか、障壁で防いで尚、爆風と衝撃が抑えきれない。

 普段なら鎧で熱を防ぎ、魔力噴射で圧力に抗うこともできたものを、今の装備ではあまりにも打つ手がなさすぎた。髪が風になぶられ、ドレスの裾や飾り袖が千切れんばかりにはためく。そして、踏ん張りきれなかった足が宙に浮いた。

「ケイ!」

 吹き飛ばされながら、背後で叫ぶ声の在り処を探る。向こうも私を押さえるべく動いてくれているようだけれど、間に合うか分からない。

 右手の剣を消し、代わりに唯一発現している鎧装――その籠手から魔力を噴射しつつ、空中で体勢を制御する。吹き飛ばされる方向を修正。上手く進行軌道が交われば、フェルナンの肩でも掴んで支えに爆風の勢いを受け流し、宙返りからの着地でも演じることができるだろう。

 ……と、思っていたのだけれども。

「人が折角華麗な着地を決めようとしていたのに、なんて無粋な」

「人が折角受け止めてやろうというのに、暴れ馬かお前は」

 考えが読まれていたとでも言うのか、肩を掴もうと伸ばした手を掴み取られ、あっさりと捕獲されてしまったのである。律儀にドレスの裾がめくれ上がらないよう押さえ込んでまでして、丁寧に。そんなことをしてもらうつもりはなかったし、してもらう必要もなかったのに、だ。

 そんなにも私は頼りなく見えるのだろうか。いつもとは逆に、こちらが眉間に皺を寄せて睨みつけてみせたものの、当の本人はどこ吹く風で抱え直すばかり。お陰で、綺麗な横抱きにされてしまった。フェルナンはまだ全身に鎧を纏っているので、お世辞にも抱かれ心地は良くなかったけれども。

「受け止めてもらわなければいけないほど、軟弱じゃない」

「だとしても、今は装備も悪ければ、状態も良くはないだろう。上手く部下を使うのも、部隊長の資質の一つだと思うが?」

 さらりと言い返されて、反論ができなかった。部隊長の資質云々ではなく、どうやら気付かれているらしいことに。

「す、擦り傷だし全然大したことないし」

 ついどもってしまったけれど、これは本当のことだ。石畳を走った際にうっかり小石ごと踏み込んでしまって少し抉ったのと、その足で蹴ったので余計に血が出てしまっただけだ。傷と呼ぶほどのものでもない。ただ、少し見た目が悪いだけで。

 それなのに、フェルナンは度し難いとばかりの表情を浮かべて、眉間に皺を寄せる。

「石畳に血の足跡をつけて歩く気か。下手に裾でも踏めば、より悲惨なことになるぞ」

 淡々と畳み掛けられて、ついには何も言えなくなった。うぐ、と言葉に詰まれば、「大人しく抱えられていろ」と素っ気無くも効果的なダメ押し。

「この女たらし……」

 思わず呟くと、フェルナンはあからさまに顔をしかめた。

「一体なんだ、いきなり。根拠のない風説の流布は止めてもらおう」

「だって、さっきっから何か手馴れてる風だし。狙撃も上手けりゃ、ドレス着たお嬢さん(レディ)の扱いもお手の物ってかー! やだねー!」

「つまらん言いがかりだな。生まれた家の都合だ。処世術の一つとして覚えさせられただけのこと。――そんなことよりも、そら、やっとお出ましだ」

 外装の兜を消し、露になった素顔の顎でフェルナンが示す先には、本来の警護兵――領主の私設部隊の面々の姿があった。足音荒くやってくる男達は、地面に伏した人々を起こしながら、状況を問いただし始める。

 面倒ではあるけれど、私達も当事者として状況報告はしなくてはならない。ただ、またしても引っ掛かるのが服装だ。警護に派遣されてきたのに何をしているのだ、とか言われたら、ぐうの音も出ない。

「あのさあ、フェルナン?」

「何だ」

「……隠れていてもいい?」

「それが部隊長の振る舞いとして適切であると思うのなら、どうぞ」

 分かってはいたものの、取り付く島もない返事には項垂れるしかなかった。はあ、と何度目かも分からないため息が口を突いて出る。

「はいはい、分かりましたよう。ちゃんと仕事しますよう。――でも、このままじゃさすがに格好がつかないな。下ろしてもらえる? 裾は踏まないようにするから」

「……了解した」

 妙な間を挟んだかと思うと、フェルナンはおもむろに私を抱えたまま石畳に片膝をついた。纏っていた鎧を消し、あの面倒な礼装姿になると、私を膝の上に座らせて片手を空ける。そして、胸のポケットに差し込まれていたスカーフを抜き取り、私の足先に敷くと、

「その足で、脱ぎ捨てた靴を履くのも躊躇われるだろう。無いよりマシ程度だが」

 何でもないことのように、そう言った。図らずも、その顔を凝視してしまう。

 顔には無表情を貼り付けて、口調だってぶっきらぼうそのものだというのに。そのくせ、私を扱う手振りはどこまでも丁寧なのだ。何かもう……もうさあ……!

「あなた、本当に嫌になるくらい隙がないね……」

「はあ?」

 心底訳が分からない、といった調子の表情には素知らぬ振りを決め込む。

 足の下に踏んだスカーフが染み出す血で濡れていく感触が、どうにも気持ち悪くてならなかった。




「それでは、仕事終わりを祝いまして」

「乾杯」

 夕暮れ時、ネフォテイルの街のとある食堂で、私とフェルナンはグラスを合わせていた。もちろん、あのごてごてとした動きにくいお仕着せ衣装ではなく、いつも通りの旅装束で。

 メサラ姫襲撃事件は、幸いにも軽傷者が数名出ただけで、大事には至らなかった。遅れて駆け付けてきた警備部隊に状況を説明する手間こそあったものの、私達は現場の検証などの事後処理にほとんど関わらずに済んだ――報酬を増やすので口外無用であると固く口止めされた――のは、昨今のただでさえ不安定な情勢に対し、火に油を注ぐような事態となるのを危惧したからだろう。人の口に戸は立てられないと言っても、まだ秘密にしておきたいというところか。

 そんな風に早々に庭園から追い出されてしまったので、結局、襲撃者の正体も分からずじまいだ。一応、何らかの魔術によって生成された人形であろうと推測することはできるものの、それを裏付ける証拠は「実体でなかった」ことくらいしかない。最後に私を巻き込む形で爆発した奴は跡形もなく吹き飛び、首を刎ねておいた奴も、フェルナンが四肢を射抜いて行動不能にしていた輩も、分析する間もなく崩れて塵となってしまったのだ。

「それにしても、面倒な依頼だった……」

「不測の事態が起こりすぎたな」

「目的は本当に末の姫だったのかな」

「と、言うと?」

「領主に対する攻撃の一環って方が、有り得そうだろ? あの姫が個人的に、あそこまで派手に狙われるような恨みを買うとは思いづらい。そもそも、ありゃ正真正銘の深窓のお姫様って奴だろうし、そんな機会もなさそうじゃん」

「ああ……確かにな」

「犯人は捕まると思う?」

「さて、どうだろうな。捜索するにしろ、手がかりがなさすぎる」

「文字通り、全部風に吹かれて消えてったしね」

「いずれにしろ、あの案件は軍や領主の私設部隊の仕事だろう。俺達は本来の仕事に戻るだけだ」

「やっと、ね」

 ほっと息を吐き出しながら、向かい合って囲んだテーブルの上に並んだ料理をつつく。

 国土の西側一帯が海に面したネフォティルは、海産物が豊富だ。野菜と一緒にたくさんの魚や貝を煮込んだスープや、香草で切り身を包んで味付けした揚げ物、大振りの海老(レプレ)烏賊(ネツォク)にたっぷりのチーズ(ツォナ)を振りかけたピザ(チェリ)、その他にも色々……。

 どれから食べようか迷っている間にフェルナンがピザを切り分けてくれたので、有り難く一切れもらってかぶりつく。じゅわりと口の中に広がる海老の旨味とチーズの風味がたまらない。

「んー、美味しい!」

「ところで、足は大丈夫か?」

「すっかり平気(へーき)平気(へーき)。姫様お付きの治癒術師が、ささっと治してくれたしさ」

「そうか。……ドレスは?」

「手入れをしてから、また改めて靴と一緒にお贈りくださるそうですう……」

 どんなに辞退しても「遠慮しなくていいのよ」と聞き入れてくれなかったのである、あのお姫様。

 がっくりと肩を落として言えば、向かいで小さく苦笑する気配。

「いざという時に金に替えられる宛ができたとでも思えばいい」

「そう言われるとそうなんだけども、それはそれで情がない気がしなくもない……」

「意外と人がいいな」

「意外って何さ!?」

 何だろうな、と素知らぬ顔をして、フェルナンはピザにかぶりつく。みょん、と口元から伸びたチーズを噛み切って咀嚼、飲み込んでから、

「それはともかく、お前は随分とあの姫に気に入られたようだったな。ひょっとすれば、今後またご指名があるかもしれんぞ」

「えっ、いや、それはちょっと……」

「お呼びがかかるのが個人であれば、さすがに俺は同行できん。残念だな」

 ハハッとか白々しく笑われた。こ、この野郎……!

「お、おお、思ってもないことを! いーやー、そうなったら絶対部隊単位での行動が義務だからって連れてくから! 一緒にいないと仕事できないとか適当に理由つけて連れてくから! 絶対に逃がさないから!!」

「止めろ」

 未だかつてないほどの真顔で言われたけれど、そんなことは知ったこっちゃあない。私だけで地獄に落ちるなんて御免だ。死なば諸共、一蓮托生!

 私の表情から本気だと感じ取ったのか、フェルナンは目を逸らしてため息を吐いた。

「……まあ、これで祭が終われば、提出した魔術陣の分析も完了するだろう。調査が再開となれば、指名の依頼があろうと、さすがにギルド長が断りを入れるのじゃないか」

「だといいけれどね」

 今度は私がため息を吐く番だった。ふう、と吐き出して、香草揚げを一つフォークで刺してかじりつく。

「でも、あの牡丹は評判に違わない見事な咲き具合だったなあ。あれなら仕事じゃなくて、ちゃんと見に行っても良かった。二度目の調査に出る前に、立ち寄る機会があればいいけど」

「好きなのか」

 新しいピザを一切れ取り上げながら、フェルナンは淡々と言った。問いにしては言葉が少なすぎたので、首を傾げながら訊き返す。

「何が?」

「花見が。それとも、牡丹か?」

「ああ、牡丹だよ。母さんが好きだった。牡丹は母さんの花だった」

 我ら《焔血の魔女》は、誰しもその血に宿す焔の形を身に刻んで生まれる。私は青い羽、母は赤い牡丹だった。はらはらと散る牡丹のように赤い焔を舞わせる、美しき魔女の長。それが私の母だった。

「お前は?」

「うん?」

「お前が好きな花はないのか」

「……よく分からないな。あまり意識したことがないから」

 私にとって花と言えば牡丹で、牡丹は母さんの花で、だから最も思い入れのあるものだった。それ以外はない。何も。

 肩をすくめて言うと、フェルナンは「そうか」とだけ答えた。

「でも、咲く花は綺麗だと思う。生きている証だ」

 そうか、ともう一度、同じ答えが返された。

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