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3:牡丹華-01

 現在ネフォティル傭兵ギルドに所属している傭兵は、大きく二つに分けられる。

 一つは「傭兵連続失踪事件」の調査に協力する旨の契約書にサインをし、ギルドの采配による作戦に応じて動くもの。もう一つが事件の調査には関与せず、通常通り自分で選んだ依頼を実行するものだ。

 もちろん、私達の第四十九部隊は前者に相当する。ギルドの指示通りに事件の解決に向けた作戦を遂行することで、報酬が発生する契約だ。報酬の精算は指定されたものの納品や、報告書の提出と引き換えに行われる。その時に次の作戦の予定が告知され、解散となる――はず、だった。通常であれば。

「……この情報は、私の手には余ります。隣室へご同行願えますか。暫しお待ちを」

 しかし、この時私が提出した報告書には、いかにも怪しげな魔術陣の発見という目新しいどころでない情報が含まれており、その写しまでもが添えられていた。それが、面倒の引き金となった。

 提出した書面に目を通した途端、精算担当のギルド職員の男性の顔色が変わる。そうして告げられたのは、提案の形を取りつつ、命令以外の何物でもない待機指示だった。

「待機するのは、部隊全員で?」

 マジか、と呻きたいのを我慢して確認してみると、やはり「全員で」と言う。

 仕方なく、私はフェルナンのところに戻り、事情を説明する羽目になった。話を伝えてすぐには目を瞬かせていたものの、意外に拒否する素振りもなく「そうか」と頷いてみせたので、もしかしたらある程度はこの流れを予測していたのかもしれない。

 私とフェルナンが通されたのは、小さな応接室だった。傭兵達の集う休憩室の裏手に位置し、ギルド職員が詰めている事務室のすぐ脇にあたる。お陰で、職員達の騒ぎが手に取るように分かった。

 ギルド長へ報告を上げるところまではまだ良かったものの、領主への伝令を出せと指示が下るや、一気に慌しくなった。まさに上を下への大騒ぎで、伝令に出す人選がどうの、持たせる書面がどうのと声が飛び交う。

「すごい騒ぎだなあ」

「街にしろギルドにしろ、一刻も早い解決を切望しているだろうからな。……それに、今は領主の館には王城から派遣された宮廷魔術師が滞在しているとも聞く」

 狭い部屋の、硬いソファに並んで座りながら、漫然と会話を交わす。仕事が終わったのに拘束され続けているという理不尽にもかかわらず、飲み物もなければ、菓子の一つも出ない。

 お喋りをするくらいしか、暇を潰す手立てがなかった。

「わざわざ宮廷魔術師を寄越してくれるなんて、この街の領主は随分と王の覚えがめでたいんだな」

「従兄弟同士だからな。子供の時分から親しく育ち、未だに親交が深いらしい。お陰で、派遣されてきたのも王城指折りの腕利きだそうだ。よっぽど仲がいいのか、事件が明るみになって早々に『ネフォティルにおいて発生している異変の解決の手助けをせよ』と命じたんだと」

「へえ、詳しいね。あなたはこの国の生まれじゃないんだろ?」

「ああ。騙し騙されも起こり得る稼業、情報は持っているに越したことはないからな」

 あっさり言ってくれるものの、余所者の傭兵が訪れた先の国の内情を調べるのは存外に骨の折れる仕事だ。流れ者はただでさえ粗雑に扱われがちなものだし、探り方を間違えると他国の間諜だと誤解される可能性だってない訳じゃない。

 もっとも、フェルナンは既に広く名の知られた傭兵だから、信頼性の点においては他の有象無象とは事情が違うのかもしれないけれども。それでも深く広く情報を集めようとなれば、相応の能力が必要になるはずだ。やはり戦いの腕だけじゃなくて、頭の方も切れるんだろう。

 結局、ギルドではその後も昼前になるまで大騒ぎが続いた。

 その騒ぎと無関係ではないが、当事者ともなり得ない私達は、ひたすらに待ちぼうけ。ギルド長からの呼び出しがかかった時は、待機を命じられてから二時間近くが経過していた。お喋りのネタも尽き、居眠りでもしているしかないかと思い始めていた頃。

「長らく待たせてすまないな」

「すまないの一言で済まされる時間じゃなかったがな」

「せめてお茶の一杯でも欲しかったね」

 開口一番の応酬は、私達に軍配か。

 先日にも増して疲労の色が濃いギルド長は苦笑を浮かべ、「次の機会には検討しておく」と嘘か真か分からないことを言った。まあ、応接室で待たされるなんて珍妙な事態に、「次」があるなんて気はしないけれども。

「で、ご用件は?」

「うむ。第四十九部隊からもたらされた情報については、現在領主殿の許に滞在している宮廷魔術師によって分析が行われる運びとなった。分析に要する時間がどれほどかは、現時点では不明であるものの、終了した暁には改めてケリカーン山の現場に出向いてもらうことになる可能性が高い」

 告げられた内容は、ほとんどがフェルナンから聞いて想像していたものと同じだった。

 ただ、一つ気になるのは――

「確かな筋で分析にかけてもらえるのなら、それは願ったりだけれど……分析が終わるまではどうしていろと? その口振りじゃあ、分析が終わるまで山に入らないみたいに聞こえる」

「ああ、その通りだとも。分析が終了し次第、次の作戦の立案に入る。それまでは調査は一時中止、英気を養っていてくれ。こちらが一方的に待たせる形となるのだ、待機中は些少ながら日当も出そう」

「何と」

 まさかのまさか、第四十九部隊は始動早々に待機を言い渡されてしまった。

 ただ街で大人しくしているくらいなら、もう一度山にでも出向いた方がよほど建設的だ。そう思って抗議しようにも、先んじて「これは決定事項である。連絡は以上だ。退出したまえ」と言い放たれてしまえば、ぐうの音も出ない。

 私達はすごすごとギルド長の執務室を後にするしかなかった。

「うーん、予想外の結果になってしまった……。待機ってどれくらいだろ。ギルドの失踪事件調査作戦に支障が出ない範囲であれば、一般の依頼を受けても構わないのだったっけ?」

「だが、あの口振りではいつ呼び出しがかかるやら分からんのじゃないか」

「そこが問題だなー……。日当まで出るってことは、つまり『遠出するな、コトが動き出したらすぐに応じろ』ってことだろうし」

「大人しくしているしかなさそうだな」

 フェルナンがため息を吐き、つられて私まで嘆息する。

 ギルド長の執務室を出て廊下を進み、階段を下りて休憩室へ。外野は徹頭徹尾無視して、ギルドの建物から表通りに出てしまうと、昼時だからだろう、どこからか香ばしい匂いが漂ってきた。ぐう、と腹の虫が鳴く。

「とりあえず、もうお昼だ。フェルナン、あなたは半年この街にいるのだろ? どこかいい店を知っていたら、教えてもらえると嬉しいのだけど」

 傍らを見上げて言葉を投げかけると、紫紺の眼が一瞬こちらを向き、何やら考え込むような素振りで眉間に皺を寄せた。

「心当たりはなくもないが、どこかと言われると逆に困るな。具体的な好みは?」

「辛くないの」

「お子様舌か」

「ち、違うし食べられない訳じゃないし辛くないのが好きなだけだし」

「はいはい」

「聞いて!」

 聞いてる聞いてる、とあからさまに聞き流す様相でフェルナンが歩き出すので、慌ててその背中を追った。小走りになって隣に並ぶと、かすかに喉を鳴らして笑う様子が目に入るので、今度は私が眉間に皺を寄せる番だった。くっそう、遊ばれている……。

「あなたは部隊長に対する敬意って奴が足りないと思う」

「心外だな。土地勘のない部隊長に敬意を表して、こうして案内をしているというのに」

「それは感謝するけど、何か素直に喜べない……」

 こういうのが「一言多い」って言うんだろうか。釈然としない気分で足を動かしていると、

「そういえば、王都の菓子店が大通りに支店を出したらしい」

「お菓子!? 行きたい! 食べたい!」

「菓子は昼食の代わりにはならんだろう」

「その後!」

「……そこまで案内しろと……?」

 深々と吐き出されたため息はいかにも不本意げではあったけれど、にっこり笑って見せると、しかめ面のまま顔が逸らされたものの反論はなかったので、了承してもらえたのだと思うことにした。




 第四十九部隊に申し渡された「待機」は、あくまでも場所に定めはない。街を出さえしなければ、宿にいようと、ギルドにいようと自由だ。これが次の依頼を受けるまでの猶予期間であれば、めぼしい依頼を探すべくギルドの休憩室に立ち入ることもあっただろうけれど、今はその必要もない。

 フェルナンとは、彼が教えてくれたメルラリス料理の名店で一緒に昼食を済ませ、その後噂の菓子店――大層な盛況ぶりで、フェルナンは案内するまでに一度、店の前で二度、無理矢理引っ張って入った店の中で三度ため息を吐いた――に立ち寄った後、「何かあれば」と互いの滞在する宿の名前を教え合って別れた。魔術陣の分析が終わり、呼び出しがかかるまで、互いに顔を合わせることはない――ギルドを訪ねることはないと思っていたからだ。

 ……なのに、ケリカーン山の一次調査を終えて明くる翌日。

「待機とは何だったのか」

「全くだ」

 私とフェルナンは、再びギルドにおいて対面を果たしていた。他でもない、ギルド長の呼び出しである。しかし、待機を命じられた昨日の今日だ。呼び出しを受ける理由が見当たらない。

 フェルナンと事の経緯をすり合わせてみたところ、どうやら昨日滞在している宿に帰り着くなり「翌日朝十時にギルド長執務室を訪ねられたし」とだけ記された書面が届いた経緯は同一らしい。届けられた手紙は簡潔すぎて怪しいことこの上なかったけれど、書面の末尾にはきちんとギルド長の署名が認められ、押印までなされていただけに、無視することもできなかった。そう判断したところまで同じだというのだから、何だか笑えてきてしまった。

「呼び出しを受ける心当たりは?」

「ない」

「だよねえー」

 空しい笑いがこぼれる。魔術陣の分析が終わったという朗報であればいいけれど、さすがに時間が短過ぎて有り得ない。となると、もう嫌な予感しかしない。

 突然の呼び出しには、もちろん事前の打ち合わせなどできようはずもない。ただ、先にギルドに到着していたフェルナンが休憩室で待っていてくれたので、無事に合流することができた。

「虎穴に入らずんば、か。……行こう」

 軽く深呼吸をして、歩き出す。まるで山での調査の時のように、私が前でフェルナンが後ろの縦列になったことは、ただの偶然だと思いたかった。

 昨日ぶりに訪ねたギルド長の執務室は、早朝の清々しい光に満たされていた。部屋の主だけが、未だ激務から解放されていないのか、悲惨な顔色をしている。

「ああ、よく来てくれた。急に呼び立ててすまないな。君達の発見は現在の不可解な状況に一石を投じるものであると、領主殿も高く評価している。私としても、本日は休暇を取ってもらうにやぶさかではなかったのだがね」

 重厚な執務机で待ち受けていたサギルド長は目の下に隈が濃く、頬もこけて病人にも見紛う風体だった。それでも律儀に笑顔を浮かべ、労いの言葉を述べてみせるのだから、大したものだと思う。さすがはメルラリス南方最大の都市のギルド長、といったところか。

 仮にそれが虚勢であれ、やや持って回った風のある口上も振る舞いも、ここまで徹底していれば賞賛ものだ。私はある種感心して聞いていたけれど、どうやら傍らに立つ御仁にとっては違う風に映ったようだ。滲み出す空気は、露骨な冷ややかさ。不測の事態を防ぐ為に積極的な情報収集を行う性分であれば尚のこと、今の状況は愉快でないに違いない。

 とは言え、ここでまた余計な悶着を起こすのも馬鹿馬鹿しい話だ。フェルナンが口火を切る前に、先手を打ってしまうとしよう。

「失礼、ギルド長? お褒め頂けるのは光栄だけど、それを目的に呼び出したんじゃないんだろ? 単刀直入にいこう。一体どんな用事があれば、昨日の今日で宿に手紙を寄越すようなことになるんだ」

 そう切り出した瞬間、ギルド長の浮かべた笑みが露骨に強張った。

 執務室が静まり返り、凄まじく気まずい沈黙が流れる。私は思わず「え」と声を上げ、隣からは隠しもしない舌打ち。すると、あろうことかサローディ・ケルリッツは視線を逸らすという暴挙に出くさったので、いよいよ嫌な予感が極まってきた。

 ギルド長、と重ねて声をかけると、頑なに顔は背けられたまま、やっとのことで重々しい声が押し出された。

「……今回の任務は、メサラ姫からの個人的な依頼となる」

「個人的」

 返す言葉を失った挙句、鸚鵡返しに呟くと、ギルド長はつい先刻まで浮かべていた笑顔をかなぐり捨てた、疲れ果てた表情で頷いてみせた。

 メサラ姫はネフォティルの領主の末娘であり、つい二月ほど前に十五歳の誕生日を迎えた。領主には他に二人の娘と一人の息子がいるが、娘二人は既に遠戚の家に嫁いでいるので、たった一人手元に残った娘を溺愛している――とは、昨日昼食をとった店のお喋りな店主が聞かせてくれた話だ。

「今週末に、郊外のフィレウェン庭園で牡丹(リヘゥカ)祭が行われる。メサラ姫はこれの開催にあたり、我がギルドから一部隊、警備要員の拠出を求めてきた」

「牡丹祭って?」

 疑問のままに聞き返せば、今度はギルド長ではなくフェルナンが口を開いた。苦々しげな様子を隠しもせず、険のある声音で告げる。

「フィレウェン庭園は領主殿がメサラ姫の為に建てたもので、四季折々様々な花が咲く。この季節が牡丹が見事に咲くので、庭園が一般にも公開される。これを牡丹祭と呼ぶ」

「それはまあ、随分と風流な催しだこと。去年……は、まだ、あなたはこの街にきていなかったのだっけ?」

「ああ、話に聞いているだけで実際には知らん。だが、警備ならもっと他に適任がいるだろう。俺達はケリカーン山の調査で忙しい」

 言い募るフェルナンの声は険しくも、ギルド長は諦念の滲む表情で頭を振るだけだった。ため息を吐きながら机の上に詰まれた書類の山から一枚取り上げ、差し出してくる。正直なところ見たくない気持ちが強かったけれど、そんなことも言ってはいられなかった。代表して進み出て、受け取る。

「何々……『牡丹祭に派遣される警備部隊については、場の景観を損ねない、見目の麗しいものであるとする』? ……何これ!?」

 上からざっと目を通していき、その記述が目に入った瞬間、図らずも素っ頓狂な声が出た。何事だ、と隣にいたフェルナンが首を伸ばして書類を覗き込んでくる。

「ふざけているのか?」

 そして、呆れ返った声。眉間の皺も深くギルド長を睨むけれど、睨まれている方も嘆き節だった。机に肘をついた右手で頭を支えながら、項垂れるようにして「まさか」と呻く。

「我々とて仮にも領主の娘とあろうものが、このような騒ぎの最中に、このような依頼を出してくるとは思ってもみなかった。だが、領主は末の姫に大層甘い。『迷惑を掛けるが、一つよろしく頼む』だそうだ」

 全くふざけているとも、とギルド長は吐き捨てる。

 その苛立ちも露わな様子には、さすがにフェルナンも沈黙せざるを得なかったようだ。ちらりと見上げ先では、こちらもまた大層不機嫌そうな渋面ながら唇を横一文字に引き結び、吐き捨てたい言葉を呑み込んでいる風。

 全く、とんだ厄介事が降って沸いてしまった。……とはいえ、三人雁首揃えてため息を吐きあっているのも芸がない。

 ギルド長、と呼びかけると、死んだ魚のような目が向けられた。

「前置きは分かった。けれど、まだ決定的な話を聞いていない。それで、私達が呼ばれた理由は?」

「……メサラ姫は、男女を問わず見目の美しい若者を好む。現在ネフォティルに滞在している傭兵で、姫の眼鏡に適う年齢かつ街を離れていない者となると、君達しか適任がいない」

「ケイはともかく、俺はその適任に入らんだろう」

「え、私だけ生贄にする気!?」

 さながら、味方に背後から撃たれた気分だった。ギョッとして傍らを振り仰げば、白々しく顔が逸らされる。ちょっと、と上着の袖を引けば、切ないことに「引っ張るな」と素っ気ない声。振り払われないだけマシかもしれないけれど、そもそもそういう問題でもなーい!

 一人だけ逃げようなんて、そんなのはナシだ。絶対に駄目。許さない。やだやだ、すごーくいやだ。

 こうなったら、外堀から埋めてやる。ぎろりとギルド長に目を向けると、あちらも意図を察してくれたらしい。再びため息を吐いて「フェルナン」と口を開いた。

「第四十九部隊は、君とケイの二人編成だ。離脱は許可できない。君は眉間に皺を寄せず、笑顔を浮かべ、決して口を開かず黙って立っていろ。そうすれば問題ない」

 ただ、それはあまりにも包み隠さなさ過ぎる物言いだった。要するに、外見以外の――ほとんど人間性の全否定である。

 寸前まで胸を圧していた焦りさえも、うっかりどこかへ飛んでいってしまった。危うく噴き出しそうになって、辛うじて寸前で踏み止まったけれど、全部を呑み込むことはできない。ぶふ、と潰れた呼吸音が零れる。じろりと紫紺の目が向けられたのも分かっていたけれど、うん、ごめん、これはちょっと無理っぽい。

「うっ、ふ、ふふふ」

「笑っている場合か」

 早速眉間に深々とした皺を刻みながら、フェルナンがため息を吐く。引きつりそうな頬を何とか押さえ込んで「我慢しようとは思ったんだ」と弁明してはみたものの、残念ながら眉間の皺は一層に深くなるだけだった。

 実際、ギルド長の言葉は容赦がなさ過ぎるきらいはあるけれど、それほど間違ってはいない。背が高く、体格のいいフェルナンは多少威圧的な空気がないではないものの、人相そのものが悪い訳ではないのだ。時に歯に衣着せぬ物言いをし、何かと眉間に皺を寄せがちで剣呑な表情を浮かべることが多いだけで、面差し自体は精悍に整っている。愛想よく振る舞いさえすれば、周囲の反応もかなり変わってくるはずだ。

 逆を言えば、その素材が台無しになるほど、普段の立ち居振る舞いや表情に取っ付きづらい部分があるのだけれども――まあ、ひとまずは余談だろうか。

「ともかく、三日後の牡丹祭の警備を、第四十九部隊の担当とする。頼むぞ」

「頼むと言われても、ケリカーン山の調査の続きは」

「先日提出してもらった報告書及び魔術陣の写しの分析は、来週までには完了する見込みだそうだ。宮廷魔術師殿も、牡丹祭に参加することが決まっている。いずれにしろ、二次調査はその後となるだろう」

 最後の最後に試みた反撃――なけなしの抗議は、ばっさりと切り捨てられた。加えて、「私は今日も忙しいのだ。詳しくは依頼の管理担当から聞いてくれたまえ」と畳み掛けられてしまえば、完全なるお手上げだ。

 追い出されて退室する様は、きっと昨日にも増して敗残兵の如しであったに違いない。

「はー……どうしよう」

 ギルド長の執務室から階下の休憩室に戻りながら、つい情けない声が漏れた。

「どうしようも何も」

 答えるフェルナンは未だ眉間に皺を寄せたまま、ご機嫌斜めそのものの様子で肩をすくめる。本来なら、すぐにでも担当の職員の元を訪ね、依頼の詳細を確認するべきなのだろう。けれど、今の私達はとてもそんな気分にはなれなかった。まさしく、これぞ暗澹たる心境。

 休憩室に足を踏み入れると、相も変わらずあちこちのテーブルで傭兵達が好き勝手に暇を潰している様が目に入った。こちらに向けられる視線は未だ鬱陶しいくらいではあるものの、それらに頓着する余裕もなく、空いていた隅のテーブルへ足早に逃げ込む。昨日報告書を書いていた時と同じように、少し間隔を空けた並びで。

「憂鬱且つ厄介な案件であることはどうしようもない事実だが、決定事項として通達されてしまった以上、依頼通りの仕事をする他ない」

「それはそうなんだけども、分かって入るつもりなんだけれども、私は護衛はともかく警備は不慣れなのでさ……」

「別に気にすることもないだろう、どうせ俺達はお飾りだ。ケルリッツじゃないが、黙って立っていればいい」

 思いがけず、あっさりと放り投げるような言い口だった。驚いて目を向けてみれば、

「そういうもの?」

「おそらく、今回に限りな」

 しれっとした首肯。その表情には呆れと、諦めと、疲れがない交ぜになって見えた。

「わざわざ『見目のいい若者』を『一部隊』だけだ。警備の為に拠出などとは建前で、末の姫のご機嫌取りが本旨だろう。その意味で、気苦労は多いかもしれんが」

「なるほどねえ……」

 答えながら、つい唇がへの字に曲がった。言われていることは分かるけれど、納得できるかどうかはまた別だった。それこそ傭兵としての働き――警護要員としての頭数――を期待されるなら、まだしも。

 ううむ、と唸ると、フェルナンがちらりと視線を投げてくるのが分かった。

「これまでは、どんな仕事をしてきたんだ」

「うん? 隊商にくっついて護衛したり、魔物や賞金首を討伐捕縛したり、だったかな。今回みたいな探索とかは稀。名のある首をを取った方が話題になりやすいし。その方が名も上げやすいだろ? 母さんに連れられて実地訓練してた頃は、どこぞの戦争に首を突っ込んだりしたこともあるけど、一人になってからはすっかり無縁だなあ」

 そう言った瞬間、フェルナンが目を丸くさせた。

「……待て、お前、歳はいくつだ? まだ十七だか八だかじゃなかったか?」

「十八だよ」

「『一人になって』は? いつだ」

「二年前」

 問われるがままに答えていくと、見る見るうちにフェルナンの表情が曇っていく。はて、これはどういう……?

「それがどうか?」

「どうかも何も、お前の母は十そこそこの子供を戦場に連れ回していたのか?」

「そうだけど」

「……失礼だとは思うが、気が知れん。お前の母は、お前をきちんと愛していたのだろう? 死んでもいいと思うほどに、疎んでいたのではなく」

 やおら真剣な表情になって問い掛けてくる男に、私は「うん」と声に出して頷いてみせた。

 確かに私が母と過ごした多くの時間は、一般的に見れば珍しいものなのかもしれない。でも、私は母が愛を持って育ててくれたのだと思っているし、そう信じている。例え最後に崩壊したものであるとしても、それは過去の全てを否定することには繋がらない。

 だから、私は心からの確信をもって、答えた。なのに、フェルナンはの表情は暗くなる一方。

「愛した子供を戦場に連れて行くのは、真っ当な親の行動とは思えん」

 そう言われて、ハッとした。やっと認識の差異に気付いた、とでも言おうか。

 意見の問題ではなくて、私とフェルナンでは考えている前提が違うのだ。

「ああ、いや、そうじゃない。母は、ただ役目を全うしようとしたんだ。私の生まれた一族では、最も強い者が族長として皆を率いる決まりでね。だからこそ、族長の家系に生まれ、その跡継ぎと目された者は、誰よりも強くなくてはならない。母は祖母から族長の座を継ぎ、次に私に譲り渡すべく、私を鍛えてくれたんだ」

 意図が通じたのかいないのか、フェルナンは未だどこか不可解そうな面持ちをしている。それでも「なるほど」と呟いたからには、納得している風には到底見えないながら、少なくとも事情は理解はしたということなのか――それとも、理解できない」ということを納得したのか。

「文化の違いと言えばそれまでだが、俺には頷きがたい話だな」

「かもね。私も村の外に出て、女性は剣を持たないと知った時には驚いた」

「だろうな」

 渋い表情で、フェルナンは頷く。

 これまでいくつもの国や街を渡ってきたけれど、傭兵にも軍にも、女性が全くいない訳ではない。それでも数とすればわずかなものであるし、当人には何かと「珍しい」であるとか「変わり者」という評価が付きまとう。今の私が、そういった観点で多くの視線を集めるように。

 村を出てから知って驚いたのだけれど、村の外の世界において、女性は貞淑であることが第一に求められ、その最たる役目は後継者たる子供を成すことなのだそうだ。この風潮は身分が上がれば上がるほど強くなり、特に貴族社会において根強く浸透している。

 だから、貴族の子女に至っては剣どころか、スプーンより重いものを持ったことがないまま育つ場合も少なくないらしい。その価値観は平民であってもさほど変わらず、やはり女性は家の中にあるものであり、外に働きに出ることはまずない。

 フェルナンは今まで私の前でそういった意見を口にすることはなかったけれど、やはり思うところはあるのだろうか。

「やっぱり女の傭兵は気に入らない?」

 軽く肩をすくめて問うと、それに対する返答は思いもよらず早く、そしてはっきりとしていた。

「いや、今のところお前の采配に不満はないし、剣の腕も噂と違わぬものと見える。であれば、文句を言う理由も、道理もない」

「意外と柔軟だね。軍人の家系ってのは、もっと硬いものじゃないんだ?」

「既に家を捨てた身だ。今更かつての肩書きも、思想も持ち出す気はない。俺は慣習だの伝統だのの目に見えないものにこだわるより、目の前の事実を見て判断する主義でな。そもそも、この稼業じゃ性別がどうのこうのより、腕が立つか否かの方がよほど大事だろう」

「まあ、それはそうかもね」

 突き放すような物言いは、かえって清々しかった。

 思えば、フェルナンは私と対面する前こそ「面倒を見てやる」なんて言っていたらしいものの、いざ山の調査に入ってからは、一度もそんな素振りを見せなかった。土地勘のない人間に対し助言をすることこそあれ、あからさまに世話を焼くような、お荷物扱いはしなかった。

 果たして、それは多少なりとも認めてもらえていたと、そう思ってもいいことなのだろうか。

「そういえば、何でわざわざ私に部隊長を譲る形に? 足手まといの面倒を見ながら行軍するのが嫌だったとしても、そんなのを部隊長に据える方が面倒じゃないか」

「単純に、他人を率いて動くのが好きじゃない。余分な加重は御免でね」

「ふうん……?」

 そういうものか、と相槌を打てば、「そういうものだ」と頷き返される。

 その声音は、言葉以上に追求を拒んで聞こえた。フェルナンも過去に事情があり、それ故に傭兵の道を選んだことは既に聞いて知っている。その方針も過去の出来事に関係しているのかどうかは分からないけれど、喋りたくないことを無理に聞き出そうという気にもならない。

 それこそ、大事なのは「今」がどうであるか。組んで動くにあたって、やりやすいか、そうでないか。

 その点、フェルナンは悪くない人選だった。第一に腕が立つし、仕事場となる地帯に関しても、それなりの知識がある。多少人となりに癖はあるかもしれないけれど、その態度にも言葉にも悪意はない。きっと、根が合理的で公平な気質なのだろう。特別気を回したりはしないけれど、その逆もない。

 駆け出しの女傭兵(わたし)にとっては、その平淡な態度こそが得難いものだった。

「まあ、ご指名されて、それを受けてしまった以上は今更何を言っても仕方がないか。組んで早々に至らない部隊長ぶりをさらして申し訳ないけれど、警備任務中はよろしく助けてもらえると嬉しい」

「……そうだな。部隊長を押し付けた手前、それくらいは頼まれよう」

「うん、頼りにし――」

「ああっ、四十九部隊のお二方! 待てど暮らせど来ないと思ったら、こんなところに!!」

 てる、と言いかけたのを遮って、辺りに響き渡る声があった。

 何事かと思って声のした方を振り返ってみれば、束になった書類を抱えた、ギルドの職員と思しき青年が足早に近付いてくる。抱えた紙束を落とさない程度の全速力で距離を詰めてくる青年からは、またしても面倒事の気配しか感じられない。お陰で、私はかなりの逃げ出したい衝動を抑え込まなければならなかった。因みに、フェルナンは完全に諦めた顔で虚空を見詰めている。

「全くもう、ギルド長から私のところに来るよう言われていたはずでしょう!? 困りますよ、勝手なことをされちゃあ! 急いで衣装合わせをしなくちゃならないんですから!」

 しかし、青年の口から飛び出した言葉に、二人は揃ってぽかんとした。

 気のせいでなければ、今聞こえた言葉は、何やらとんでもないことを言っていたような――

「い、衣装合わせ!? 何で!?」

「冗談だろう……」

 一瞬の間の後、我に返った私は全力で叫び、フェルナンはこめかみに手を当てて呻いた。まるで頭痛でも堪えている様な仕草だ。そして、私達がそんな有様だというのに、ギルドの職員は無情なまでにきっぱりと言い放つ。

「冗談でも嘘でもありません、決定事項です! ほら、早く!」

 ギルド長の執務室を追い出され、今度は休憩室からも追い立てられる。何だかもう、気分は断頭台に向かう罪人さながらだった。

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