2:虹始見-02
雨は音を立てて降り続いている。用意してきた携行食糧で少し遅い昼食をとり、濡れた装備を炙るようにして乾かしている間に空が雨雲の為だけでなく暗くなり始めても、一向に止む兆しをみせなかった。
山の斜面に対し横向きの垂直に口を開けた洞窟は、幸運なことに土砂降りの雨にもさほど影響を受けない。雨脚の強さに反し風はほとんどなく、洞穴の中に土砂が入り込むこともなければ、雨粒が吹き込んでくることもなかった。
それは現状維持を簡易化させるという点において幸運ではあったものの、同時に少なからず退屈を生んだ。衣服や長靴を乾かすのにも飽きがくると、いよいよ手持ち無沙汰になってくる。
会話がない訳ではなく、少なくとも俺は気まずいとも感じなかったが、退屈であることに自体は否定しようもない。ケイは変わらぬ土砂降りの風景に目を向けては、うっそりと息を吐いた。
「雨、止みそうにないなあ」
「ああ。潔く、ここで一晩越した方が得策かも分からん」
「退屈が更に退屈を極めてきた……」
はああ、と外套の中で抱えた膝に顔を埋めるニコルの所作は、これまでの探索中の隙のなさに反し、いかにも子供じみていた。年齢相応に映る姿にかえって物珍しいものを感じつつ、火の中に白炭花の実を差し入れる。
山中で数日過ごすことも考慮に入れ、食糧にしろ消耗品にしろ、予め余分には用意してあった。無駄に使うことはもちろんできないが、濡れたものを乾かす為に火を燃やし続けていたとしても、帰路で困ることはさほどない。
「ケイ」
「うん?」
「お前は、何故傭兵をしているんだ?」
日干しにされたことで石のように硬くなった白い実に火が燃え移っていく様を眺めながら、何気ない風を装って切り出す。顔を上げたケイが不思議そうに首を傾げるのが、視界の端に見えた。
「何故、とは?」
「その若い身空で、こんな不安定で危険な仕事に就くこともないだろう」
「あんただって似たようなもんじゃないのか。今、二十七なんだっけ? それで、十年近くこの稼業をしてるんだろ」
「俺は、この道が適当だと思ったから選んだだけだ」
「適当、ねえ……。それなら、私も『適当』だったから、かな」
肩をすくめて答えるケイはふざけているようには見えなかったが、さりとて真面目に話しているようにも思えなかった。話したくないのか、それともまだ話してもいいと思えるほどには信用されていないのか……。
黙したまま考えを巡らせていると、何か勘違いでもしたのか、ケイは少し慌てたような素振りで言葉を重ねた。ひらひらと顔の前で手が振られる。
「あ、いや、ふざけて誤魔化そうって訳じゃないんだ。本当だよ。本当に、ちょうど良かったんだ。この稼業ならギルドに所属さえしていれば、どこに行ってもある程度の仕事にはありつけるだろ」
「随分と簡単に言ってくれるな。確かに、この稼業どこに行ってもある程度稼げる側面があることは否定しないが――それも腕があればの話だ」
「そう。だから、渡りに船だった」
淡々としてはいたが、確かな自負の滲む声音だった。
俺の言ったことは、裏を返せば「腕がなければ立ち行かない」という現実の指摘に他ならない。ケイはそれを理解した上で、平然と頷いて見せる。一見して自惚れとも取られかねない態度ではあるが、おそらく本質的には大きく異なるものだろう。
岩猪との戦いぶりを見るに、ケイが戦いに慣れており、人並み以上の技量を持っていることに疑いの余地はない。本人もそのことには自覚的であるらしいが、そう告げる声音はあくまでも淡白だった。純然たる事実を提示しているだけ、とばかりに。
偏見と言われればそれまでだが、傭兵という人種は年若くあればあるほど、自らの腕を誇示したがるきらいが強いものだと思う。しかし、ケイにはそれが微塵も見られない。若くしてよほどの精神修練までも積んできた――或いは、積まされてきたのだろうか。
「剣は、どこで習ったんだ」
「故郷で。私の母は、一族で最も強い戦士だったんだ。私は小さな頃からずっと、母に鍛えられてきた。母は誰よりも強く、誰よりも美しかった。……理想の戦士だった」
そう語るケイの顔からは、いつの間にか表情が抜け落ちていた。
いよいよ踏み込み過ぎたか、と内心で焦ったところで、また後の祭りだ。事情がないはずはないと思ってはいたが、もしかすれば考えていたよりも、当人にとって触れられたくないものであったのかもしれない。
自分が些か「知りたがり」な性分であることについては、自覚しているつもりだった。知らずに騙されるのは御免こうむりたいし、騙されるにしても事情を把握し、せめて自らで納得した上で使われておきたい。欲を言うのなら、先んじて手を打つことで騙されうる機会自体を排除してしまいたい。その信条の為には、情報収集は必要不可欠だ。
そして、ニコルは他でもない俺を従える立場にある。その人物のことであれば、情報は多いに越したことはない。そう考え、手持無沙汰を理由に言葉を連ねてしまったが――さすがに時期尚早だったか。とは言え、ここまで喋ってしまったものを、いきなり切り上げるのもあからさまに過ぎる。
「故郷が懐かしくはならないのか」
会話をどう繋げたものか迷った末の、まだ当たり障りのなさそうな問い掛けを投げてみると、決然とした面差しがゆるりと頭を振った。……言葉選びは、失敗したか。
「懐かしくはならない。二度と戻らないと決めた」
「故郷を出て、街から街へ渡り歩く必要があったのか?」
まあね、と小さな声で答えたケイは背中を丸め、抱えた膝に顎を乗せて、じっと燃える火に目線を据えている。その姿は、まるで所在無げな子供のようだった。
「父を、探しているんだ」
「……その、何だ、実の父か?」
「そう呼びたくはないけどね。母に私を与えたきり二度と姿を見せず、今も行方が知れない、最低の男だよ。私は、どうしても奴を探しだしたいんだ」
「その為に、メルラリス――ネフォティルに来たのか」
「うん。でも、住民権が欲しかったんじゃない。領主が声を大にして人を呼び集めるような大仕事で、名を上げたかった。……母が、いつも言っていたんだ。私が腕を上げて名を広めれば、父が迎えに来るはずだと」
これまでに見せてきた、ともすれば飄々とすらした軽快さが嘘のような、暗い声音だった。暗く沈んでいるが、その奥底には熾火のような激情が潜んでいる。炎を見つめる青の眼に淀む感情もまた、肉親に向けるものとしては、明らかに度を越して見えた。
つい先刻、自分で「理想の戦士」と評した母。それを裏切った父に向ける感情と言えば――
「そんなにも、父親が恨めしいのか。傭兵の道を選ぶほど」
「ああ、憎いね。憎らしくてたまらない」
吐き捨てる声には、明白な憎悪が滲んでいた。
やはり、迂闊に切り込み過ぎたか。しくじったと内心で後悔に近いものを覚えていると、不意にケイが顔を上げた。打って変わって真正面から、俺を見詰めてくる。
その眼差しの強さに、半ば無意識で身構えていた。
「あんたは? 何故この仕事を?」
「……祖国と、それに仕える軍に、忠誠が置けなくなったからだ」
俺にとっても過去の話はさほど語りたいものではなかったが、これまで散々に根掘り葉掘り聞き出してしまった手前、誤魔化すことも躊躇われた。
忠誠、と呟くケイに、「そうだ」と頷いてみせる。
「俺の生家は古くから続く軍人の家系で、その家に男として生まれた時から、将来は決定づけられていた。子供の頃から戦う術を叩き込まれ、士官学校に通わされ――ゆくゆくは他の一族の男達と同様に軍人となるはずだった」
「はずだった。……ならなかった?」
「ああ。士官学校を卒業する直前に、紛争が起こってな。たまたま戦地の近くにいた俺は、そのまま前線に駆り出された。そこで、国と軍への信頼……或いは、希望、理想のようなものを失った」
それで故郷を出て、傭兵になった。
そう結ぶと、ケイは「ふうん」と再び膝に顎をうずめて相槌を打った。気のない声音。俺の話はお気に召さなかったか。苦笑したいような思いでいると、
「同じなんだな」
ぽそりと呟かれた言葉に、思わず瞬く。
「うん?」
「私もあの日、誇りとか、夢とか、そういうものが全部壊れた。だから、故郷にいられなかった」
「……そうか」
どこか寂しそうな声音に、俺は答える言葉を持たなかった。辛うじて相槌を返し、洞穴の外へと目を向ける。逃げたい訳ではなかったが、それがほとんど逃げに等しいことは自分自身が何よりもよく分かっていた。
薄闇の中に、降りしきる雨滴が幾重にも重なった紗幕のように広がっている。雨は止むどころか、弱まる気配すら窺えない。
「ケイ、今日はもうこの場所で休むことにしないか。どうにも雨が切れなさそうだ」
ケイがきょとんとして俺を見るので、顎で外を示す。素直に首を曲げて外の様子を窺ったケイが「そうだな」と答える声は、雨音に紛れて掻き消されてしまいそうだった。
「俺が先に見張りをしよう。休んでくれ」
「――じゃあ、お言葉に甘える。都合のいい時間で、起こして」
言うが早いか、ケイは外套を小さな身体に巻き付け、地面の上で丸くなった。ほどなくして、かすかな寝息が聞こえ始める。かすかな呼吸音を聞きながら、俺は外界と洞穴を隔てる水の幕を、ただ眺めていた。
「……同じ、か」
雨は徐々に勢いを弱め始めたものの夜半まで降り続き、完全に上がる頃には朝になっていた。交互に睡眠と見張りを繰り返して越した夜は、さすがに快適とは言えなかったが、必要十分な休憩と食事はとることができた。
空が明るくなるのを待って、出発の用意に取り掛かる。濡れた装備も暇に飽かせて火で炙り続けた甲斐あって概ね乾いていたが、お世辞にも着心地がいいとはいえない。
「長靴の中、微妙に湿ってる……。上着も何かごわごわする……」
「仕方がないだろう、贅沢を言うな」
「分かってるけどさー」
生乾きの長靴にしかめ面をするケイからは、昨日の昔語りの中に垣間見えた暗さは既に窺えない。唇を尖らせる稚気に内心でほっとしながら、焚き火の後始末をし、背嚢を背負い直す。何はともあれ、予定していた調査もまだ途中だ。
「あ」
二人並んで洞窟を出ると、俄かに声を上げたケイが、寸前までの渋面が嘘のような明るい表情で空を指し示してみせた。何事かと、その指先を辿るようにして視線を上げてみれば――
「ああ、虹か」
雨上がりの晴れ渡った空に、くっきりと浮かぶ七色を帯。
ケイは手を庇にして目を細めながら、空を仰いでいる。
「こんなにくっきりした虹は、初めて見たかも。綺麗だなあ」
「綺麗は結構だが、空に気を取られて転ぶなよ」
「そこまで迂闊じゃないってば」
そして、洞窟から一歩踏み出し、どちらからともなく足を止め――立ち尽くした。
今度は、虹の為ではない。それよりももっと珍しく、そこにあらざるはずのものが目に入ったからだ。
「これ……」
「山乙女の零つ涙は、万物を流し清める、だったか。よく言ったものだな」
思い出すのは、かつて戯れに目を通した本に記されていた伝承。
遥か太古の神代の折り、ケリカーン山には一柱の女神が住んでいた。愛した男神に騙され、嘆き悲しんだ女神の涙は山を濡らす雨となり、虚偽や隠蔽を暴き立てるという――まさか、それが現存する事象であるとは思いもしなかったが。
「魔術陣……術の馴染み具合からするに、昨日や今日に施されたものでもなさそうだな。どう見る?」
洞窟からさほど離れていない、雨に濡れた草地の上には、淡く発光する巨大な紋様が浮かび上がっている。遠目には、その描かれた意図までは読みきれない。
だが、そもそもこの山に私的な魔術設備を長期間にわたって敷設することは禁止されていたはずだ。いずれにしろ、ギルドを通じて領主に報告せねばならない案件ではある。もっとも、それをするかどうかも部隊長の判断次第ではあるが――
「ケイ?」
しかし、その部隊長は依然として黙りこくっている。まさか、聞こえていないはずもあるまい。
それとも、何か他に気付くことでもあったか。それでも返事くらいは欲しいものだが、と傍らに顔を向けてみれば、思いもよらぬ姿が目に入った。目を丸くさせ、食い入るように眼前の景色を見詰めている。
俄かに疑問が沸き上がった。一体何が、そこまで食い付かせているのか。あの魔術陣は異質なものでこそあれ、珍しいものではない。凄まじく複雑で難解な記述でこそあるものの、あくまでも一目でそれと分かる程度には一般的な形式の魔術陣だ。
魔術を発現させるにあたっては、文言の詠唱――音声を基にするものの他に、魔術陣を描くという図画を基にした手段も広く用いられている。魔装具のみならず、自ら魔術を扱う者であれば必ず一度はその図式を目にしているはずだった。
「ケイ。――隊長!」
二度三度と呼び掛けると、やっとケイに動きが見られた。ぎこちない動きで、顔を向けてくる。大丈夫か、と問い掛ければ、ややあって頷きが返された。その面差しはいつにも増して、血の気を失ったかのごとく白い。
「どうした、そんなにあれが気になるか?」
「……いや、そういう訳じゃない。ただ、随分と記述が複雑で、圧倒されてた」
急に色を失くした顔で、目を逸らしながら言われた言葉が真実のものだとは、さすがに思いづらい。しかし、それを追及することが今の調査に関係があるかといわれれば、それもまた判断に困るところではあった。
「ああ、確かにな。細かくは読み解けんが、ろくなものでもなさそうだ」
ひとまず追及はせずにおくことにし、何も気づかなかった振りをして相槌を打つと、ケイはあからさまにホッとした表情を見せてくるので頭が痛い。……誤魔化したいなら、もっと上手くやってくれ。
「とりあえず、することはしとかないとな」
言うが早いか、こちらの心情など知る由もないのだろうケイは、背嚢から地図と魔石筆を取り出し始めた。地図の用紙を裏返し、白紙の面に筆をつける。
「何をする気だ?」
「簡単にだけど、書き写しておく。ギルドに提出すれば、解析に回されるだろ。そうすれば、この術の真意が見えるはずだ。得体が知れないものに触るのは危な過ぎるだろ」
「なるほどな。書き写しは任せても?」
「もちろん。代わりに、周辺の警戒を頼む」
「了解した」
頷いてみせれば、それきりケイは陣の書き写しに集中し始める。さらさらと筆の走る音が、かえって静寂を際立たせるようだった。
昨日の雨が嘘のように空は青く晴れ渡り、雲一つない。辺りにも獣の気配一つなく、長閑としか言えない状況ではあったが、不思議とうなじの冷えるような、奇妙な感覚が離れない。
戦場ではお馴染みのその感覚を――警戒、という。
一連の事件は未だ解決を見ておらず、調査にあたるだけですら戦場に立つに似た警戒が要る。それは過たず事件が極めて深刻であり、解決が困難であろうことを暗示していた。思いがけず、随分と厄介な事態に首を突っ込んでしまったらしい。
「とは言え、今更離脱もできんが」
「え、何?」
「いや、何でもない。写し終ったか?」
「ああ、うん、一応はね」
膝を机に魔術陣を書き写していたケイが腰を上げ、書き写した図面を見せてくる。一応は、などと言った言葉に反して、紙面には件の陣がかなりの細部に至るまで丁寧に書き写されていた。
「上手いじゃないか」
「へへー、実は結構がんばった」
にへりと笑みを浮かべたケイは地図と筆を背嚢にしまいながら、「んじゃ、次行く?」と首を傾げてくる。下手に触って藪蛇になるのも躊躇われる現状、陣を書き写す以外にできることもない。
「そうだな、さっさと回って街に戻るとしよう」
先んじて歩き出すケイの背を見る格好で、足を踏み出す。その最中でさえ、警戒は途切れない。奇妙に肌は粟立ったままだった。
歩き出しながら、ふと思う。ケイがあの白い顔で陣を見ていたのも――もしかすれば、今の俺と同じものを感じていたからなのではないか、と。
ケリカーン山の一次調査は、予想外の発見を除けば恙なく終了した。ネフォティル傭兵ギルド第四十九部隊は、出立から六日を経て再び街に帰還した形だ。
街に集った傭兵は五十を超える部隊に分けて編成され、それぞれがギルドの采配によって事件の調査に出ている。ギルドの支所を訪ねたのはまだ朝早い時間のことだったが、既に依頼の完了報告と新規受注を行うべく押し寄せた傭兵達でごった返していた。
採集依頼ならば現物を提出するだけで済むが、調査依頼となると詳細な報告書を作成しなければならない。部隊を組むのはどうしても面倒がついてまわって好きになれないが、一つ良い点を上げるとすれば、面倒な報告書の作成をしなくて済むことだろう。
何とか空いたテーブルを確保し、規定の用紙に魔石筆で記入していくケイの様子を隣に並べた椅子から眺めながら、そんなことを思う。
「綺麗な字を書くんだな」
茶色がかった用紙に書き連ねられる文字を横目に、ついそんな言葉がこぼれた。
几帳面に整った文字を並べ、文章を紡ぎだす手は時折止まりはしても、動かなくなることはない。
「母さんに仕込まれたからね」
自慢げな声に、そうか、と相槌を打つ。
最終的にケイが報告書を一枚書き上げるまでに要した時間は、俺が普段費やすものとさして変わらないくらいだった。書き連ねられた文章を横から読んでみても、取り立てて読みにくさや意味の取りづらさは感じない。
メルラリスは大陸西方の国々においては比較的識字率の高い部類に入るが、それでも誰もが流暢に文章を書くことのできるほどの教育は行き届いていない。読み書きができることと、文章を書き綴れることの間には大きな隔たりがあり、それこそが貧富の差であるとも言える。そして、その現実は大陸全土においてほぼ共通のものだった。
文武の両面において、これほどまでに高水準の教育を施すことのできる「一族」とは、果たしてどのようなものか。その素性は、気にならないではないが……。
「フェルナン、後はあなたの担当だ。調査に同行した人員としての報告事項と、補足があれば書き加えてもらいたい」
「ああ、分かった。借りても構わないか?」
テーブルの上を滑らせて報告書が差し出され。思考は中断される。
改めて紙面に目を落としながら魔石筆を示せば、「どうぞ」と持ち手が向けられた。どうも、と受け取り、報告書の空欄に筆先をつける。
「部隊長が全て記述してある為、追記なし……?」
脇から首を伸ばして手元を覗き込んできたケイが、書き入れた文章を声に出して読み上げる。最後にサインをして筆を置くと、きょとんとして見上げてくる青い目と目が合う。
「中々の部隊長ぶりだった。次回にも期待だな」
そう言ってみせた瞬間、目を丸くしていた白い細面が、ふにゃりと緩んだ。
嬉しそうに、照れくさそうに――まるで稚い少女のように表情を綻ばせる。それは、あたかも大輪の花が開くよう。
「そう言ってもらえると嬉しいな。まだまだ未熟だろうけれど、これからもよろしく頼む」
じゃあ、提出してくる。
報告書を手に取り、席を立つ小柄な部隊長を、俺は黙したまま見送った。……正確には、見送るしかなかった、とも言える。一瞬、完全に呆気に取られてしまっていた。
「やべえな、今の可愛かったな」
「フェルナン、お前そんな女遊びするクチじゃねえだろ。ドツボ嵌るなよ」
「図体のでかい野郎が小さくて見目のいいお嬢ちゃんにお熱とか、目も当てられねえぞ」
「完全にいかがわしいな」
様子を盗み見ていたのだろう、周囲のテーブルから好き勝手な言い分が飛んでくる。
反射的に込み上げた苛立ちはあったが、迂闊に反応を返すと火に油を注ぐだけだとも分かっていた。舌打ちを堪え、「やかましい」とだけ吐き出す。
……忌々しいことに、周囲の喧騒は少しも収まらなかったが。