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6:蒙霧升降-02

 ルツスカの話をしてからというもの、ケイはひどく悩んでいる様子だった。

 表向きには、これまでと大して変わりはないように見える。会話には朗らかな調子で応じ、立ち居振る舞いにも隙はない。しかし、ふとした瞬間、険しい表情を浮かべて思案していることがあった。

 それが何故か、などとは言わない。悩みの種と言えば、血縁上の父親のことより他にあるまい。

 詳しく話を聞くべきか、聞かざるべきか。正直に言えば、悩んだ。ただの同僚としてならば、個人的な因縁や事情を根掘り葉掘り聞き出してよい道理などあるはずもない。だが、部隊の運用において考えるのならば、話は別だ。部隊長に不信感――とまで称するのは言い過ぎだが――を残したまま作戦行動に移るのは、秋絵らかに得策でない。

 よって、街を発って三日目の昼――遠目に森の緑が見え始めてきた頃、最早猶予はあるまいと切り出すことにした。

「ケイ」

「……うん?」

「悩んでいるのは、ルツスカと父親の件なのだろう? 一体何がそこまで考え込ませているんだ」

 話しかけている間も、敢えて殊更に視線を向けはしなかった。並んで歩く足が止まることもない。

 表面上は、何事もないかのように。ただ、沈黙だけがゆるく漂っていた。

「確証がないんだ」

 ほんの数十秒、もしくは数分。奇妙に感覚の麻痺した静寂の後、ぽつりとケイが言った。

「まだ、何とも言えない。でも、もしかしたら、この調査で一つの結論が出るかもしれない」

「……何か、分かりかけていることがあるのか?」

 ちらと一瞬目を向けてみると、ケイが黙然と頷くのが見えた。普段は決して無口ではなく、明朗で屈託のない気質であるからこそ、唇を引き結んで押し黙った姿はどうにも落ち着かない心持にさせる。

 しかし、「この調査で一つの結論が出る」とは、どういうことであるのだか。

 今回の調査は、ケリカーン山に敷かれた魔術陣との関連の有無を調べるものだ。であれば、ケイの父親はケリカーン山の陣なり、件の森での失踪なりに関わっていることになる。その上、その父親とルツスカが繋がっているとなれば、奴まで一枚噛んでいることになってしまう。

 それは、恐ろしいまでの醜聞だ。ネフォティルの――いや、傭兵ギルドそのものの信頼を揺らがせかねない案件となりうる。

「その内容を聞かせてもらえるか」

 今日も気温は高い。その暑さの中でさえ、背筋が冷えるような思いで重ねた問いだったが、「いや」と思いの外に即答に近い速さで返答があった。

「あなたには、先入観を持たずに状況を見ていて欲しい。今回の目的は私の推論の正否を確かめることではなくて、状況を確認することなのだから」

 ケイは驚くほど淡々とした声音で、言った。

 その意見は、確かに正論には違いない。そう言われてしまえば、黙らざるを得なかった。加えて、ここで彼女の意に反して追究を重ねるのも、それをするだけの意味と価値があるかどうか判断に困るものでもある。

「ただ、もしあなたの不利益に繋がりそうなことになってきたら、その時はきちんと全てを話すよ。部隊長としての、それが責任というものなのだと思う」

 そして、続けて告げられた言葉は、真実真摯に聞こえた。

 これまでの仕事ぶりからしても、ケイは信頼の置ける人となりであることは分かっている。そこまで言うのなら、今は引き下がっておいたとしても、そこまで大きな問題にはならないだろう。……ならないものと、信じたい。

 そんな甘い考え方をするなどと、自分らしくもないと苦笑の一つでもこぼしたくもなりそうだが。

「必ずか」

「必ず。約束するよ」

 傍らを見下ろして問えば、真っ直ぐに見返してくる目。しっかりと頷いて返された確約に、内心で小さく息を吐く。

 ……言質はもらった。こうなれば、更に言葉を重ねるのも無粋というものか。仕方がない。事が俺に関わってくるまでは、大人しく仕事をするとしよう。



 初夏の森を織り成す緑は、むせ返るほどに色濃い。

 俺が透視を、ケイが魔術的な索敵を行いつつ踏み入れたが、十分も歩かぬうちに異変は明らかになった。気配がしない、物音が聞こえない。言葉にすれば些細なようでもあるが、術を介して伝わってくる状況は、あまりにも度を越していた。

 まるで、森そのものが死に絶えているようだ。獣の影もなく、鳥の声もしない。

 前回のケリカーン山の調査の際に比しても、なお明らかな異常。知らず息を詰めるような、異様な空気が満ち満ちていた。背筋に刃物の切っ先を突きつけられているような、警戒せざるを得ない何か。

「フェルナン」

 囁きほどにかすかな声で呼ばれ、無言のまま傍らへ目を向ける。

 ケイは、悲壮なほどに真剣な顔をしていた。

「申し訳ないけれど、さっきの約束は守れなさそうだ。――すぐに引き返して、街に戻ってくれ。この森の異変の元凶は、山の罠を仕掛けた奴と同じだ」

 押し殺された声に、自分の目が見開くのが分かる。

「何故」

「魔力の気配が同じだ。奴の気配は、母さんに覚え込まされた。だから、分かる。山で感じた時は、気のせいか、私の覚え間違いかとも思ったけど……二度も気のせいなんて起こらないだろ」

 そう言って、ケイは背負ってきた鞄を捨て、両手に剣を、身体に鎧を纏う。ガシャン、と音を立てて鈍色の兜の面頬(バイザー)が下ろされた。目元が覆われる。それは明らかな臨戦態勢であり、露骨な対話の拒否のようにも思われた。

「目的は分からない。素性も知らない。十九年前はグラート・セラートなんて名乗ってたらしいけど、『名前が多い』とかいう野郎だから、偽名だとは思う」

「待て、逸るな。山の仕掛けも、この森の異変も、お前の父親の仕業だということか?」

「父親とは呼びたくない」

 つっけんどんな抗議は、要するに肯定に等しかった。頑なな兜の奥から、憎々しげな声が染み出す。

「既にこの森は、奴の手に落ちてる。迂闊だった。これじゃあ、みすみす腹の中に飛び込んだみたいなものだよ。撤退しようとすれば、数に物を言わせた追手を差し向けてくるはず。あなたはあんな奴の企みで損なわれるのは惜しいし、これ以上に被害者を増やしたくもない。ギルド長に全てを話して、これからの方策を決めてくれ。あの母さんが、あそこまで盲目的になった奴だ。山の仕掛けにしろ、それなり以上に厄介な相手ではあるんだと思う。――だから、頼む」

 ざ、と音を立ててケイが足を踏み出す。それに呼応するかのように、周囲の空気がざわつくのを感じた。突如として噴き上がる魔力。わざわざ術を用いて探らずとも分かる、圧倒的な質量と多勢。それは、過たず俺達を包囲するように取り囲んでいた。

 今回の敵の動きは、ケリカーン山に敷かれていたような、待ち伏せて獲物がかかるものを待つに似た生温いものとは根本的に異なる。罠にかかった覚えはなく、周囲にもそれらしき気配はない。そうあって尚、敵は的確に俺達の居場所を把握し、手勢を送り込んできている。

 ケイの言う通り、おそらく既にこの森は全域が敵の領域と化している。言わば、山に仕掛けられていた陣が、森そのもの丸ごとに敷かれているようなものだ。これほどの広範囲にわたって術を仕掛け、敵の侵入に応じた対応を取るのは、事前に組んだ術だけの自律発動だけでは難しい。すなわち、以前の山の際とは異なり、今回は明確に術者が介在している。

 ……ケイも、そこまで気付いているのだろう。だからこその、無謀な提案か。

「ケイ、短気を起こすな。いくら何でも、多勢に無勢が過ぎる。黒幕を捕らえたいならば、尚のこと機を見るべきだ」

「嫌だね」

 何ら間違ったことは言っていないはずだったが、それでもきっぱりと拒絶する声に、図らずも絶句する。ここまで頑なな、或いは意固地な物言いを聞くのは、初めてだった。

「一刻も早く、私は奴を始末したい。全てを終わらせたいんだ」

 吐き捨てる声音。全て、と告げされた言葉に疑問を思わないではなかったが、刻一刻と包囲網は狭まっている。後数十秒も留まっていれば、完全に逃げ道が塞がれてしまうことだろう。

 舌打ちをしたいのを堪える。

「……ケイ、言ったはずだ。従うに値する限り、俺はお前の指示に従うと」

「うん?」

「悪いが、今回の命令には従えん」

 魔装具〈ニヴ〉を起動。鎧装を発現。左手に弓を握る。弓弦に魔力を充填。襲撃に備える。

「お前はこの状況において、最も多くの手がかりを持つ。ならば、お前こそが帰還し、報告するべきだ」

 傍らで振り仰ぐ気配。見下ろした兜の面頬の合間には、見開かれた青の眼。

「まずは敵の包囲を突破し、この森を離脱する。しかる後に街へ帰還、ギルドに報告し、陣容を整えてから本丸を攻める。それが最善というものだ。俺とお前であれば、ここに多少魔物が集ったとて切り抜けられる」

「最善、ねえ……」

 皮肉を言うような口振りに、つい眉根が寄る。

「最善でなければ、何だと? 自殺志願者でもあるまい」

「どうかな」

 あっさりとした、投げ捨てるに似た返事。しかし、もしやと思う間もなく、騒がしい物音が近付いてくるのが聞こえてきた。

 やがて姿を現したのは、ケリカーン山でも遭遇した鉄傀儡、鉄ではなく土や植物を素した土傀儡(サンドゴーレム)蔦傀儡(プラントゴーレム)――その全てが魔術師の手によって創造される使い魔の類だ。魔獣のような生き物はいない。もちろん、人間もいない。ただ巨大な、大の男の倍もありそうな図体が居並んでいる。

「敵は一人か……?」

「何だって?」

 呟けば、怪訝そうな問い返し。

 踏み込んできた鉄傀儡を、三矢まとめて射ることで吹き飛ばす。さすがに前のように砕くとまでには至らないか。あの時は、ケイが散々に削り倒した後だった。

「おそらく、敵に仲間や子飼いはいない。人間はおろか、魔獣の類もな。正真正銘、独りなのだろう。さもなくば、傀儡ばかりを送って寄越すはずがない」

「……なるほどね、ありそうなお話だ」

 苦々しげな風を隠しもしない返事。どうにも普段と様子が違いすぎる。あの、朗らかな振る舞いとは。

「ケイ、まだ部隊長の自覚があるのなら、飛び出しすぎるな。俺を惜しむのなら、きちんと連れて帰れ」

 ため息交じりに告げれば、言葉がなくとも、顔を見ずとも分かる不機嫌そうな空気。仕方がない、まだもう一押し必要か。

「頼むぞ」

「……分かってるよ」

 言い捨てると、ケイは鎧の踵から魔力を噴射し、傀儡の群れに突っ込んでいった。

焔血(ロクト)開放(ザャルーカ)――我が一薙ぎは(ゼォ・)燃え落す(ヘレサーザ)!」

 大きく横薙ぎに剣が振り抜かれるや、青く燃える焔が迸る。瞬く間に蔦傀儡が炭となり、鉄傀儡もぐずぐずに溶け始めた。だが、蔦傀儡はともかくも、鉄傀儡は溶けようとも再生する。その上、焔と炭、溶けた鉄を踏みしだいて、土傀儡がケイに迫ろうとしていた。

 弓弦を撫でるように注いだ魔力で、弓に矢を補充。一息に弦を引き絞り、間合いの詰まっていたものから射抜いていく。土傀儡は鉄傀儡ほどに頑丈ではなく、形を変えることもできない。だが、核を破壊しない限り、多少破損させても散った砂や土を再度集積させ、元の形状に復帰する特性があった。

 さりとて、胴を丸ごと吹き飛ばされれば動きは鈍り、運がよければ傀儡の術を封じ込んだ核が露出することもある。それらが顔を出す度、ケイはすかさず傀儡の懐に飛び込み、破壊していった。かと思えば、急に身体を反転させ、こちらに向き直っては左手を振って刃を放つ。俺の顔のすぐ脇をすり抜けていった刃が命中したのは、背後から迫ろうとしていた蔦傀儡だった。蔦傀儡は青い焔に巻かれて炎上し、瞬く間に崩れ落ちる。

 ケイは自分の背後に迫っていた土傀儡を蹴り飛ばす勢いで一足飛びに俺の傍らにまで跳んでくると、あの青い焔を放って近付いていた傀儡を牽制する。互いに背中を預ける格好になりながら、囁いた。

「援護感謝する」

「こちらこそ!」

 ケイの操る〈スヴァーラ〉は、鎧装の全身に無数の武器が仕込まれている。彼女は、それを巧みに使い捌いた。

 蹴る爪先から更に刃が繰り出されたこともあれば、先のように腕を振る動きで投擲することもあり、或いは剣で組み付いた時に籠手から刃が飛び出したこともあったか。これまでにも何人か〈スヴァーラ〉使いの傭兵と遭遇したことがあるが、ケイほどに使いこなしている者は覚えがない。

 ケイは俺の矢が撹乱するのに合わせ、持ち前の機動力でもって一撃離脱、確実に傀儡の核を破壊していく。敵は順調に数を減らしていった。敵方の首魁は今現在もどこかで戦況を見守っているのだろう、薄くなった包囲網を補うよう増援が送り込まれることもあったが、総体としては俺達が破壊していく方が速い。このまま状況に大きな変わりがなければ、さほどかからず突破することができるだろう。

「……霧?」

 しかし、突如として辺りに白い靄が漂い始めた。この場は森の真っ只中にあり、川さえも遠いというのに、あっという間に視界が白く塗り潰される。俺を中心に据える格好で、付かず離れずの距離を保って躍動するケイの姿すら、その白色に紛れて見失ってしまいそうだ。

 その上、霧が深まるにつれて恐ろしい副次効果が表れ始めた。

「フェルナン! 透視でき(見え)てる!?」

 霧の中から響く叫びで、彼女にも同じ影響が表れているのだと察する。否、と怒鳴り返した。

「この霧に魔術を打ち消す効果でもあるらしい、透視どころか目視もほぼ不可能だ!」

 くそ、と毒づく声が聞こえたかと思えば、「こっちも同じ!」と叫び返される。

「私のことは!?」

「辛うじて見える!」

「なら、合流! このまま目隠しされて攫われるのだけはまずい!」

 目印にしろというのだろう、ケイがいると思しき場所に青い光が灯る。いや、光ではなく、焔か。

 弓弦に魔力を押し流し、同時に射られる上限まで矢を充填。背後の一帯に向けて放ちつつ、青い光の下へ駆け出す。ほとんど気休めに近い牽制のつもりで射た分、命中するとは期待していなかったが、重く鈍い音が地面を揺らした。どうやら、まるで不発でもなかったらしい。

 ケイの〈スヴァーラ〉ほどではないが、〈ニヴ〉も駆装の機動性は高い。一足、二足と跳べば、数秒とかからず、彼女の元に到達する。

 ――だが。

「ケイ、後ろだ!!」

 青い光の、その向こうに巨大な影を見た。今まで退けてきた傀儡とは比べ物にならない、天を突くが如きもの。

 あの巨体では急造の矢をいくらか射たところで、意にも介すまい。弾かれて終わるが関の山。思考と判断は一瞬。怒鳴ると同時、手を伸ばした。

 指が掛かったのは、果たして腕であったか、肩であったか。正しくは分からないが、とにかく掴みむことには成功した。そのまま力一杯に掴んだものを押し退け、位置を入れ替える。

 ケイの代わりに、俺が彼女がいた場所へ――

「フェルナン!?」

 驚愕に揺れた、その叫びには答えない。猶予がない。

〈ニヴ〉に設定された補助兵装の一つ、障壁生成の防護魔術を起動。振り下ろされる鉄の大腕を防ぎに掛かるが、一瞬の拮抗を演じた後に障壁は脆くも粉砕された。まずい、と脳裏に思考が閃く間もあらば、咄嗟に足元から魔力を噴射し、後ろに跳ぶ。その紙一重のお陰で、兜の側頭部こそ削り取られたものの、かすり傷程度の損傷で留めることができた。

 だが、息を突く間もなく、眼前の巨影は追撃に打って出た。地鳴りをさせて踏み出すや、地面を打ちつけた鉄の拳が、今度は右手から横薙ぎに振り抜かれる。

 障壁は間に合わない。弓は盾には成り得ない。鎧の右側面の装甲を強化、且つ籠手で胴を守るべく

「――!?」

 想定よりも速過ぎる衝撃。呼吸が止まる。腕のみならず、身体の中で骨の砕ける音を感じた。痛みは痛みとしてというより、いっそ純然たる熱のようだった。カッと身体のあちこちが燃えるよう。

「フェルナン!」

 加えて、最悪なことに拳の直撃で吹き飛ばされるにあたって、ケイを巻き込んでしまった。二人諸共に宙を飛び、やがては地面か傀儡にか、叩きつけられることになるのだろう。その時、ケイを下敷きにしてしまわなければいいのだが。

「ああ、もう――」

 苛立ちを露にした声を聞きながら、確かにこれは責められても仕方がないと自嘲する。

 特別に部隊長を庇おうと思考が働いた訳ではない。ただ、気付いた瞬間、身体が動いていた。……だからこそ、この体たらくでは我ながら下手を打ったと呆れる他ない。これでは助けるどころか、共倒れになるだけだ。

 どうにも最近、調子が狂っている。すまない、と言おうとした、その時。

「前に言ったのに、私は簡単には死ねないんだって。わざわざ庇う必要なんかない。あなたは普通の人間で、私と違って、儚いんだから」

 呆れと、また自嘲のない交ぜになった囁き。囁く彼女の腕が、鎧の上から回される。おかしなことに、その腕は鎧を纏ってはおらず、生身だった。

「……でも、ありがとう」

 白く細い指が、視界の端に映る。そして、俄かに風が吹き荒れた。

 嵐さながらの暴風。それはいよいよ獲物を取り押さえようと周囲に集った傀儡を押し退ける一方で、飛ばされた俺達を滑らかに着地させた。鎧装の兜を消して視野を広げ、痛む頭に鞭を打って視線を巡らせる。細腕で俺の頭を抱え込むケイは、やはり鎧の一切を身に着けてはおらず、決然とした面持ちで辺りを睨み据えていた。

「下郎め、よくも私の仲間に傷をつけてくれたな」

 憤怒に煮える声が吼える。

 その背から立ち昇る――あれは何だ? 青い陽炎、いや……焔?

「もう二度と、お前のせいで喪ってたまるものか! 待っていろ、私は必ずお前の息の根を止めに行く!」

 咆哮に同調するかの如く、迸るは青色の熱。彼女の背から、青い翼が生え出したようだった。

 燃え盛る焔は手で掴めそうなまでに濃く、厚く漂う霧さえも蒸発させ、辺り一帯を嘗め尽くす。鬱蒼とした木々が瞬く間に炭化し、軍勢さながらに集っていた傀儡は逃げる間もなく焔に飲まれた。その身を成すものが蔦であろうと、鉄であろうと、土であろうと関係ない。傀儡を形成する術式ごと焼き尽くし、灰燼と帰す。

 後に残されたのは、ひたすらな静寂。一面の焼け野原の真っ只中に、俺達はいた。炎熱に焼けた風が、頬をかすめる。

「やりすぎ、じゃないか」

 思わずこぼせば、「そんなことないって」と平然とした答え。あるだろう、と思ってやまなかったが、「そんなことより」と先手を打たれて言葉を封じられる。

 仕方なしに口を噤めば、ケイは注意深く辺りの様子を確認した後で、

「怪我してるところ悪いけど、飛ぶ余力は残ってる? のんびり歩いて帰るんじゃ遅すぎる。荷物も全部焼いちゃったしね。街まで一気に飛びたいのだけれど」

「……問題、ない」

 痛んだ身体に不安はないでもなかったが、自前の治癒魔術に加え、ケイも術を施してくれているらしい。徐々に痛みが和らいでいくのを感じる。これなら、どうにか街までは凌げそうだ。

 ケイに支えられながら、立ち上がった。互いに魔力を放出して飛翔できる最低限の鎧だけを残し、或いは発現させ、軽装を保つ。しかし、俺とケイでは、体格にかなりの差がある。彼女は俺の腕を自分の肩に回し、腰を掴んで支えてくれていたが、やはり体勢に厳しいものがあるのだろう。

「あなた、一体何を食べてこんなに大きくなったんだ。もうちょっと運び手に優しい体格で留めておくべきだったろ。それか、拳一つ分くらいでいいから身長私に譲って」

 ……などと、訳の分からないことを言っていた。

「無茶を言うな」

 何を能天気な、とため息半分に答えながら、ふと気付く。

 俺が腕を回している肩、それが白く露出していた。肩はおろか、背までが。周囲の衣服が焼け落ち、あの青い紋様がさらされている。背に向けられた視線に気付いたか、ケイがこちらを見た。次いで浮かぶのは、苦笑。

「加減なしに出したからね。あれだけの数を全滅させるとなれば、多少は形振り構わなくもなるよ」

 言われている意味はよく分からないが、あの青い紋様が一種の媒介のようなものということか。

 そうか、と頷くだけにしておき、指示通りに魔力を操作、空中へと身体を浮かせる。そこからは、ほとんどケイに誘導されるがままだった。風の流れに応じて魔力噴射の方向と強弱を調整しながら、来た道を遡るようにして低空を飛ぶ。

 飛びながら、いよいよ堪えきれずに訊ねた。

「……『先入観を持たずに』見るべき状況は、終了しただろう。もう、情報は開示してもらえるのか」

 ケイは「撤退しろ」と命じる俺に、いくつかの情報を明かしたが、あくまでもあれは彼女の知るもののうち断片に過ぎまい。単語のようなものだ。あれだけでは、文脈を成し得ない。

 青の眼が、ちらりと俺を見る。浮かぶ笑みは苦笑のようでもあり、誤魔化す愛想笑いのようにも見えた。

「後でね」

 柔らかいが、明確な突き放しだった。それきり、会話も途切れる。

 休憩もなしに飛び続けられるほどの体力は、俺にもケイにも、さすがに残されていない。途中一度ネブリナ川のほとりで小休止を挟み、疲労困憊になりつつ街に帰還する頃には、時刻は夜半に迫っていた。

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