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5:蓮始開-02

 ネフォティルの街では、定期的に花にまつわる祭が行われる。

 何でもこの街の領主は代々花を好む傾向にあり、歴代の中には私費を投じて街に花壇や庭園を整備した者さえ少なくないらしい。それを利用――もとい、あやかる形で商工ギルドが四季折々に計画を立て、一大催事として実施しているのだという。

 初夏の祭りとして知られる蓮花祭は、ネフォティルの街の西側――セデサ通りを主な会場として、六ノ月第二週末の三日間を通じて行われる。私が渋りに渋ったフェルナンを引っ張り出したのは初日の昼下がりのことだったけれど、既に会場は人で溢れていた。

 商工ギルドお抱えの魔術師によって煌びやかな飾りつけが施された通りには、ずらりと屋台や露店が軒を連ねて並び、祭りの参加者も列を成して群がっている。上空には魔力で編まれた色とりどりの蓮の花がふわふわと浮かんで漂い、チカチカと瞬く光の珠や帯と共に人々の目を楽しませていた。商工ギルドで招いたという楽団も賑やかな音楽で祭りに華を添えており、何ともまあ、すごい騒ぎだ。

「ふえー、すごい人出だ」

「牡丹祭とは、目的も集客対象も異なるからな。……さすがに、ここまでのものとは思わなかったが」

「商工ギルドが主催なのだものなー。人も物も最大限動くように取り計らうのも、当然か」

 特に何か目的があってやって来た訳でもないので、人の流れに沿って通りをゆっくりと歩く。幸い、フェルナンは上背があるので、姿を見失うこともない。それどころか時には私の腕を掴み、向こうからはぐれないように誘導してくれることさえあったので、尚更心配は減った。

 基本的に表情は険しいし、何かと愛想もないけれど、やはり根は優しい人物なのだろう。まあ、仕事はきちんと完遂するのが身上であるようなので、或いは、それに似た意識が働いている可能性も考えられなくもない。だとしたら、ちょっとだけ寂しいけれど。……ちょっとだけ。

 兎にも角にも、祭りは盛況だ。今回は以前の牡丹祭とは異なり、身分によって立ち入ることのできる場所が定められたりはしない。通り沿いの池のどこで、どうやって花を見ようと自由だ。それを示すかのように池の近くには無造作にテーブルや椅子が置かれ、周辺で酒や料理を買い求めた客が好き好きに飲み食いしている。

 こうして見ると蓮の花は建前で、騒ぎながら飲んで食べる方こそが主題なのかもしれなかった。風情がないと言われればそれまでだけれど、これはこれでいいことだ。たまには、そんな機会だって必要だ。

「フェルナン、あなたは好んで酒を飲んだりする?」

「別に嫌いではないが、そこまで頻繁に飲みはしない。たまに寝酒に舐める程度だな」

「強い?」

「まあ、酔ったことはない」

 さらりとした返事。つまり、相当強いのか。傭兵として腕が立つだけでなく、酒にも強いとはこれ如何に。本当に隙がなさ過ぎるのでは?

 微妙に釈然としない気分で考えていると、おもむろに傍らを歩くフェルナンが視線を投げてくる。もしや、と思っている間にも、やはり予想通りの問い掛けが投げられた。

「お前は?」

「私? んー……思考や動きが鈍るのが嫌だから、飲まないことにしてる」

「弱いのか」

 ばっさりと切り込んでくる言葉に、思わず口ごもる。それは……確かに……間違ってはいないんだけれども……!

「人がわざと言い方を変えたのに……」

「言い方を変えたところで、事実は変わらんだろう」

「それはそうだけども」

 雑談に興じつつ、あちこちを巡って食べ物や飲み物――フェルナンは酒だ――を買い求めていると、通りの一番端にあたる池の傍に、ちょうど一つテーブルが空いているのが目に入った。これ幸いと椅子も二つ確保して座り、買ってきたものを広げて摘みだすことにする。

 通りの外れだからか、ここでは祭りの喧騒も少し遠い。昼食を終えて花見や屋台を冷やかしに来た客でも増えたのか、辺りは刻一刻と賑やかさを増していた。ここまで歩いてくる最中、何度か会話をするにも苦労したほどだ。

「そろそろ傷も完全に治ったか」

「んぇ? とっくに治ってるよ」

「……口に物を詰め込んだまま喋るんじゃない」

 揚げたポトロロ鳥の腿肉をかじりながら答えると、ため息を吐かれた。む、これは失礼した。

 ごくり、と口の中に入っていたものを飲み込み直してから、改めて口を開く。

「傷なら、待機指示が解けた頃にはもう治ってたよ。というか、そうでなきゃ仕事を再開できないだろ」

「どうだかな。時々、動きがぎこちなく見えることがあったぞ」

 素っ気無く言って、フェルナンは酒瓶を掴む。当然ながら、口にはコルクを詰めて封がされている。それをどうするのかと思っていれば、おもむろに詰められたコルクのすぐ下を指でなぞった。すると、パキリと小気味よい音を立てて瓶が割れる。ものの見事に、フェルナンが指でなぞった横一文字に。

「そんなことないと思うけれど――それより、今の何?」

「ただの手慰みだ」

「説明になってなーい」

「教えて欲しいのか?」

 器用に片眉を上げて、フェルナンが尋ね返してくる。なので、私も唇を尖らせて言い返してみた。

「教えたくないと?」

「そういう訳でもないが、酒が飲めないのに知ってどうするんだ」

「いやそれ、酒瓶を開ける為だけのものじゃないだろ? ないよね? もしかして本当に酒瓶限定なの?」

「まさか、冗談だ。そもそも、この程度教えられるまでもないと思うぞ」

 肩をすくめてみせながら、フェルナンは酒瓶に口をつけた。ごくりと喉を動かして、酒が飲み込まれていく。その動きを訳もなく見詰めてしまい、怪訝そうな目が向けられた。内心で慌てて、表向きは平然とした態度を装って、「何でもない」と首を横に振る。

「教えられるまでもないとか言いながら、随分ともったいぶるね」

「書に曰く、『もったいぶることができるのは、知るものの特権である』。たまには、その特権とやらを使ってみるのも一興だ」

「私が楽しくなーい!」

「教えてもらう対価だと思えば、安いものだろう」

 鼻で笑って言いながら、フェルナンは瓶を持っていない、空いた手の人差し指を立てる。その指先に、じわりと魔力が収束するのが見えた。

 本来、魔力は無色透明なものだ。けれど、そこに環境や人為的な要素が関わると、まさに十人十色の変化を見せる。私が放つ魔力が青色を帯び、それ故に〈青羽〉と呼ばれるように、〈赤尾〉のフェルナンの魔力には一筋の赤色が混じる。フェルナンの指先では、くるくると一条の赤色が円を描いて揺れていた。

「指先に魔力を集中させ、細く鋭く研ぎ澄ませる。慣れてくれば、ガラスでも鉄でも切れるようになる。厚いもの、大きいものを切るには、相応の魔力量と調整の精確さが必要になるが」

「それだけ?」

 簡単すぎるほどの説明に、ついそんな声が出た。それでもフェルナンは気分を害した様子もなく、あっけらかんとしている。

「だから、『教えられるまでもない』と言った」

「もっと何か大層なことをしているのかと思ったんだよ」

「簡単に見える技術こそ、突き詰めてみれば強靭なものだ。一つ賢くなったな」

「さすが、含蓄のありそうなことを言う」

「褒めているのか、それは?」

 眉間にわずかな皺を寄せる反応には、ただにやりと笑うだけに留めておいた。

 それからも私達はああでもないこうでもないと他愛ないことを喋りながら、飲む食べるに終始した。前の牡丹祭は依頼と不測の事態でそれどころではなかったし、ここのところは調査だの負傷だのでバタバタしてもいた。よくよく考えてみると、こうした余暇そのものの時間は、随分と久しく得られていなかったように思える。

 ――そんな時だった。

「何だ、四十九の若造共じゃねえか」

 俄かに聞こえてきた、低いかすれ声(ハスキー・ボイス)。誰かと思って目を向けてみれば、名前は知りはしないけれど、ギルドで何度か顔を見たことのある男だった。少し離れた場所で立ち止まった姿は、今まさに通りがかり、足を止めたという具合。

 男の茶色がかった黒髪には白いものが混じり始めているものの、琥珀の眼は炯々として生気に溢れている。口元は笑っているものの、眼は探るようでもあり、いかにも油断のならない風体だった。ひそりと胸の内で警戒心が芽生えるのを感じる。

「……ルツスカ」

 小さく嘆息して、フェルナンが呟いた。それが、この男の名前だろうか。

「何の用事だ?」

「用事ってほどじゃねえがな。噂のお嬢ちゃんが、あの気難し屋を見事に従えてるっていうじゃねえか。様子の一つでも見てみたくなるもんだろ」

 テーブルの傍らにまで歩み寄ってきた男は、大仰な身振りで肩をすくめてみせる。やけに気安げに話し掛けてくる様子を眺めながら、椅子が他に空いていなくてよかった、と些か無礼なことを思った。さもなくば、平然と空いている椅子に座って、テーブルを囲んできそうだ。そんな、妙なまでの馴れ馴れしさが感じられる。

「男に命令するのもされるのも好きじゃねえが、女なら別だってか? 堅物かと思いきや、意外に助平だな。伊達男」

「お前のような漁色家と一緒にしてもらいたくはないな。部隊長として配された以上、その指示に従う価値があるのなら従う。それだけのことだ」

 フェルナンは未だかつてないほどのつっけんどんさで答えるも、男は意に介した様子もない。へえ、と声を上げてみせるや、私へと視線を転じる。

「〈赤尾〉がそこまで言うたあ、お嬢ちゃん、思いの外に出来物かい」

「その『お嬢ちゃん』っての、止めてもらいたいんだけど」

 軽くしかめ面を作って返してみるも、男はにやりとして楽しげにするだけだった。聞き入れる気はさらさらないし、そもそも人の話を聞いているかどうかも怪しい感じだ。……あんまり得意じゃないタイプかもしれないな、やっぱり。

「こりゃ失礼。――で、〈青羽〉ちゃんよ、どうだ?」

「何が?」

「相方の具合だよ。こいつはどうも偏屈なところがあるからな、扱いに難儀してるんじゃねえか?」

「別に? 腕は文句なしにいいし、こちらの指示にも従ってくれる。ついでに的確な意見だって述べてくれるとなれば、組んで動く傭兵として、それ以上のものはないだろ。――ていうかさ、喋りたいことがあるなら、さっさと喋ってくれよ。回りくどいのは好きじゃないんだ。時間を無駄に使うのだってもったいないし」

 一気に畳み掛けると、男は軽く目を瞬かせた。かと思えば、浮かべた笑みを一層に深める。

「可愛らしい形して、随分と強気だな」

「時と場合によるよ。普段は、そりゃあもう温厚でお淑やかだし」

「……淑やか?」

「フェルナン、今そこ気にするとこじゃないから」

 しかも、心底理解できない、みたいな声で言うのは止めて欲しい。私だって本気じゃないし、もちろん冗談で言ってるけど! そこまで不可解げにされると、いくら何でも悲しくなるだろ……。

 ごほん、と空咳をして気を取り直し、再び男に目を向ける。男は物珍しそうに、私とフェルナンのやりとりを眺めていた。

「で? 本題は」

「何、話は簡単だ。――俺と組んでみねえか、お嬢ちゃん? どこぞの偏屈屋と違って、優しくしてやるぜ」

 あくまでも軽く、ともすれば軽薄にすら聞こえかねない口調で言われた内容に、思わず「はあ?」と声が出た。隣で聞いていたフェルナンも、眉間に皺を寄せるのを通り越して、呆れ顔をしている。

 何だか、軽く頭痛がしてきた。つい先ほど、露店で買い求めた林檎(ジロア)の果実水で唇を湿らせる。因みに、これは瓶ではなく素焼きの杯に注いで売る店で求めたものだ。瓶ごと買うのに比べれば割高ではあるものの、購入した店に杯を返却すれば、その分金額が戻る仕組みになっている。なので、うっかり強く握りすぎて、罅などを入れてしまう訳にもいかなかった。

 ことり、とテーブルへ可能な限り静かに杯を置いてから、今一度男を見返す。

「念の為訊いておきたいのだけど、あなた、もしかして酔っ払ってる?」

「いやいや、素面だ。四十九はまだ組んで、たったの二月くらいだろ? ちょうどいいじゃねえか」

 相も変わらずの、胡散臭い笑い顔。それを見返しながら、ため息を吐いた。

「何が『ちょうどいい』のか、全く分からないね。悪いけど、部隊の編成を決めるのは私じゃなくてギルド長だし、大前提として私があなたの誘いに乗る理由もなければ、利もない。お断りするよ」

「ほう、そりゃどうして?」

 面白がるような、少なからず挑発的な響きの問い返し。まだまだ去ってくれる気配はなさそうだ。フェルナンも黙ったままだし――仕方がない、喋れというなら喋ってやろうじゃないの。

「第一に、部隊を編成したギルドの意向を無視ないし反発するのは、不利益でしかない。ギルドを介して仕事を請ける以上、信用は大事だ。部隊長を拝命しておいて、自分の都合で抜けるような人間だと思われちゃ、次の仕事にも差し支える。第二に、私は自分の評価を上げる為に他人を貶す人間を信用しない。まあ、これは単に好みの問題でもあるけれど。――それから、付き合いの深浅は組んだ時間の長さだけで決まるものでもないとは言え、今回は比較にもならないだろ。二月と数分前。単位が違いすぎる。後、もう一点付け足しておくと、あなたが私の仕事ぶりを知っているとは思えないから、まず真っ当に傭兵としての誘いかどうかも怪しい。仮にもしそうだったとしても、私にだって選ぶ権利はある。〈赤尾〉は信頼できる凄腕だよ。それに代わろうとするなら、少なくともそれ以上の傑物でないと」

 一息に長台詞を述べ立てると、男は一瞬ぽかんとした表情を見せたものの、

「はっはっは、こりゃあ確かにじゃじゃ馬だ!」

 大きく口を開けて、笑い出した。派手な笑い声に釣られて周囲の目が一斉に向けられたものの、賑やかな祭りの真っ最中とあれば、そう長いこと注目もされない。集まった視線はあっさりと散っていき、後には再び私達だけが残される。

 そうして、男はフェルナンを見た。その眼には、からかうような色。

「選り好みする偏屈のくせに――いや、だからこそか? いい相方を宛がってもらえたじゃねえか、羨ましいね」

「そうか。妬み嫉みは他所でやってくれ」

 対するフェルナンは、にこりともせずに突き放す。男はさすがに退き際と悟ったか、やれやれとでも言わんばかりの表情で頭を振った。

「へいへい、仲が宜しくて素晴らしいことで。邪魔者は退散するとしますよ」

「初めから歓迎していない。さっさと行け」

 ここまでくると、いっそ珍しく思えるくらいにフェルナンの反応は冷淡だ。もしや、あまり好きじゃない相手だったのだろうか。

 そんなことを考えていたからか、男が一歩踏み出し、身体を屈めて距離を近づけてくるのに反応が遅れた。ケイ、とフェルナンに呼ばれた時には、男の顔がすぐ近くにまで迫っていた。耳のすぐ傍に、男の顔が寄る。

「――ニコル・ケイ・エズーシュト。さるお方が、お前に面会したがっている。その気が出てきたら、俺を訪ねるがいい」

 真っ先に告げられた名前に、自分の目が見開くのが分かった。

 何故、それを。掛け値なしの驚きは、辛うじて声に出さずに堪えた。その家名(エズーシュト)は、一族の元を離れてからというもの、一度も名乗ったことはなかったのに。ギルドにさえ、伝えてはいないものなのに。

 言葉もなく、男を見返す。けれど、にやつくばかりの男はそれきり何を言うでもなく、あっさりと身を引いていった。挙句の果てには、「じゃあな」などと軽快に手を振って去っていく始末。

「……ケイ?」

 絶句していたところに、窺うような響きの声が掛かる。名前を呼ぶだけでありながら、それは「大丈夫か」と尋ねているようにも聞こえた。

 細く、まずはゆっくりと息を吐き出す。動揺と驚きは、努めて呑み込んで覆い隠す――ことにする。

「大丈夫、何もおかしなことを言われた訳じゃない」

 頭を振ってみせると、短く沈黙を挟みはしたものの、フェルナンは「そうか」とだけ言って、それ以上追及してくることはなかった。深呼吸をして、今度は大きく息を吐き出す。敢えて訊いてこない姿勢が、今はただ、ありがたい。

 そうでもなければ、形振り構わずあの男を追いかけ、何故それを知っているのかと恥も外聞もなく問い質してしまいそうだった。いつかはそうしなくてはいけないとしても、少なくとも今ここでは、する訳にはいけない。

 今ここには、私一人でいる訳ではないのだから。

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