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転生  作者: sai
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転生

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 ハログランド最北端の僻地ハルレイフから更に北に進むと小さな山間の村があった。この村はダナ村といい、滅多に人が訪れない地図上の空白地帯だった。

 Nがダナ村の調査に乗り出したのは丁度一年前だった。ある旅芸人がアーサーショールズで講談をしていて、興味深い話をしていた。男はぼろぼろの服を纏っているにも関わらず、観衆の興味を引き立て、銀色の小さな皿を手前に置き、見事に話しきってみせたのだった。

北の最果ての緑の大地に我々の知らないダナ村という正体が分からない、存在が謎を投げかける「霊の住む村」があるということを。

男は民話や迷信を話し聞かせ、土地に伝わる噂話を話すのだった。非常に幻想的な話だったので興味を引き立てられたが、彼の話を信じる者は殆ど見当たらなかった。

それは先の見えないトンネルをぐるぐる、と回っているような錯覚を抱かされた。

観衆は興味半分で男の真ん前に立ち、投げやりな質問をして、男の話を聞いた。小銭を投げ込まれると、満足出来る話を聞かせろと言われている気がした。海で覆われてしまった故郷海底都市ガーディプレイスから、東へ向かい、旅をして、困惑しながら進んでいき、自ら集めた民話を話すと野次馬の存在すら忘れるほど幸福に感じた。

 アーサーショールズは夜になると風が吹き、人の数もどんどん減っていった。馬を走らせる馭者が表の通りで女を乗せ、頭を左右に揺らし、目を光らせていた。馬が走るのをやめると鞭で叩き、足を速めようとするのだった。 Nは男の前に立ち、視線を向けると、本当にダナ村は存在するのかと問いただした。Nは男の話の虜になっていた。Nの心の中に残ったのは、男の饒舌な語り口調よりむしろ神秘的な未開の人種に対する興味の方が強かった。頭の中で男の話が映像になって映し出されるのだった。それは脳の一部が神経と視覚を尖らせ、蘇ってこいと手招きしているのに似ていた。男は戦いのあと疲れた戦士のようにぐったりしてNの方を見た。物語を語り、黒ずんだ漆黒の闇に男の肌が晒されていた。闇に照らされた月は曲線を描き、何かを導こうとしているのだった。

 数分後、Nの前にさっきの馭者が現れて、ホラ話を聞かせるなと抗議した。男は馬鹿を言うな、この話に嘘偽りはない、難癖を言うのはやめてくれ、と言い、Nの方を向き同意を求めた。馭者は強く鼻を鳴らし、お前のような見窄らしい、乞食のような服装の男が真実を述べている訳がない、と言い、文句があるなら服装をどうにかして、出直してくるんだなと大声で笑うのだった。それは鍵盤ピアノの音色の強弱が、砂丘に飲み込まれているような響きだった。Nは男の事が気がかりになり、どうしても彼の事を弁護したくなるのだった。

だが、目の前にいる馭者は大柄で血の気が多く文句を言うのであれば直ぐにでも殴りつけようとするようにも見える。男はこれはただの滑稽話ではなく、旅に出た時に経験したものでここに地図があると言い、地図を広げ、長々と説明をするのだった。

馭者は嘘を言うな、ハログランドにそんな村など存在しないと言い張り、嘘を付く暇があるのだったら早く職を探すんだな、と笑い、説明を無視して馬を走らせどこかへ消えていくのだった。だが、それはNの想像をかきたて、未開の土地への憧れを募らせるのだった。Nは男に頼み、どうしても、地図を必要とするのだ、なぜなら、村の人たちが私を待っているのだ、と語り、地図を手に入れた。

 Nはその地図を頼りにダナ村へと向かった。



 Nはダナ村に到着した。村は薄暗く、人気が感じられず、太陽は突き抜ける光を遮断していた。静かな小雨が降り、暗い靄に草木や花が湿っていて、虫の鳴き声が響いていた。村にはランタンが吊り下げられていて、神秘的な世界へ導かれるのだった。ランタンの光は幻想的な村を照らし、辺鄙な村は高い壁に囲まれていた。霧の深い村の中から大きな火花が打ち上がる音が聞こえた。Nが草木を搔き分け、村を歩くと、奥の方から笑い声が聞こえる。祭りのような賑やかな声だった。Nが村人たちに近づくと、奥の方で人間ではなく、幽霊のような姿の男が椅子に座り待っていた。村人達はNの存在に気づかず、酒を交わし、誓いの約束を立てるのだった。〈誕生日おめでとうございます〉村人達が大きな声で祝宴の声を上げると、誕生日を迎えたダナ村の男は悪魔を振り払うように立ち上がり、感謝の言葉をかけた。それは村のコミューンにだけ存在する仲間意識が生んだものだった。村人達は陽気に話し、手を繋ぎ、神々に導かれるように、ダンスを踊るのだった。だが、彼らの白い顔からは喜びの感情は読み取れなかった。周囲の世界から切り離されてしまったような感覚だった。

Nが草村に移動すると、枝が折れる音がした。周囲を振り返ると、何名かの村人がNの存在に気づき、高い声を出していた。それはよく響く声ではなく、何かに怯えていると言った方が正しい。この辺鄙な村で人間に会う機会もないようにも思える。村人達はNの周囲を囲うと、何か悪夢を思い出したかのように一斉に逃げ出すのだった。

だが、ある村人は顔一つ強張らせることなく、真剣な表情をして、少し、よろしいでしょうか、と言った。それは何かに取り憑かれ、すっかり気が気じゃない様にも思えた。 

 男はクォークと名乗り、これからあなたに長老の家へ向かって欲しい、と言うのだった。彼は物静かで、黙々と歩き、先頭に立つのだが、身体の半分以上が白い民族服に包まれ、気味が悪かった。彼の片目は閉じていて、片方の瞳に映るのは、疎外された者特有の虚ろな目だった。クォークは、Nがなぜ、ここに来たのか知りたがっていると感じているに違いない。Nはそういう雰囲気を出していた。祭りが終わり、村は静かになり、村人達は皆どこかへ消えていった。沿道を通る橋を渡ると、大きな家があり、茎の生えた巨木が横たわっていた。

ドアをノックすると静かにドアが開き、高齢の男が待っていた。男の尖った顔の骨と胸骨が、白い皮膚をより醜く見せていた。

男は黙ったままNを案内し、椅子に腰掛けNの方を向くと、自分はリガトラと言いこの村の長老で、ダナ族の血塗られた過去を話し出すのだった。

「私がダナ村に移り住んだのは遠い昔だった」とリガトラは話し始めた。「ユアと呼ばれるダナ族の男が私を引き取り育ててくれた。当時私は身を隠すように生活していた。差別や弾圧から逃げる為には仕方がないことだった。私たちは生まれ育ったユグランを離れ、遙か北のハルレイフ付近にダナ村を作った。ハルレイフは酷く辺鄙な町だったので、人間から離れて暮らすのにうってつけだった。

各地に住む私たちダナ族は逃げるように村に移り住んだ。何にもない大地に種をまき、自然と順応するようにして慎ましく生きた。ユアは私に生きる術を教えてくれた。人間の価値観こそが世界の全てではない、と言う事だ。

 私たちはまるで家畜のように扱われた。人間が与えた恐怖は想像以上のものだった。言うことを聞かなければ無差別に殺され、見世物小屋に売り飛ばされるのだった。私たちは次第に生きるのも困難になっていた。

ユアはそんな私たちの希望だった。ユアがこの村を作ってくれて、好奇心旺盛の私たちに幅広い知識を与えてくれた。私たちは共通の言語を学び、朝は学問に励み、夜は酒を飲み陽気にダンスを踊った。辛い幼少期を送った私はようやく安息の場所に辿り着くことが出来た。豊かな文明を捨て、自然に帰る事で、私たちは人生の中で見失ったものを見つけた。

私は人間に復讐する事は考えていない。ダナ族は戦いを好まない。ただ平穏に普通の暮ら

しがしたいだけなのだ。目の前で銃殺されたダナ族の仲間は戦いのない平和を望んでいた。

文明から離れたここで静かに生きていくが彼の小さな夢だった。私にも憤りはある。だが、弱い者が愚かなのは、決して許さないと言うことだ。許すというのは、強さだ。

苦しい時に私たちを救ってくれたユアはもう生きてはいない。彼はずっと前に亡くなった。私はユアのようになりたい。だが、もう私には生きる時間が残されていない。戦いなど望んではいない。戦いにあるのは感染という脅威だけだ。猛毒に侵されたら解毒しなければならない。戦いというのは、目に見えないペストと同じだ。

 誰かが何かを感じるように私たちはこの村に生命を感じている。この辺鄙な村で生活するのに退屈など感じてはいない。私たちは都市から離れたダナ村こそが、生きていく理想郷だと信じている。ユアのおかげで生きていられるように、毎日に幸福の祈りを捧げなければならない。

私があなたに一番伝えたい事は、私たちの人生というのは捉え難い運命を修復しなければならないということだ。私たちは何かを思考するときに、ばらばらに散らばった鍵で扉を開けなければならない。協力して生きていかなければならない。どれだけの道を歩けば答えは見つかるのか、これこそが命を賭けた私の問いである。

この老いぼれが死ぬ前に人間であるあなたにまだ語らなければならない事がある。

  


  3


そう言うと、リガトラは死後の世界について話すのだった。「死ぬと言うことは、決して恐ろしいことではなく、魂があるべき場所に呼び戻される事を言う。死ぬことを恐れたら、生きると言うことを、恐れてしまう事になる。

人が死ぬと、生きている人々のダイモンが、彼らを精霊界へと連れて行こうとする。精霊界に入ると、この世にあったとき、たとえ仲が良かった家族でも別々に属することになる。

天国に逝った者は一面黄金に輝いた花畑で最期の時を迎える。天国は温かく、1日中春のような豊かな世界が広がっている。そこは沼か川のようなものが流れ、虹が架かり、自分の名前を呼ぶ人がいる。霧が立ちこめて、帰るのか、逝くべきなのか、判断しなければならない。

天国には12人の天人がいて、様々な快楽が満ちていている。最も苦しみの少ない世界になっている。しかし、完全に苦しみがない訳ではない。天人は死があるのだ。天人は最も寿命が短い者でも900万年の寿命が約束されているが、やがて死ぬ。そしてまた輪廻の世界のどこかに転生しなければならない。

輪廻説によると、生命は生まれ変わり、6つの世界を回らないといけない。今生きている人間もやがて死ねば業によって、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天人に生まれ変わるのだ。

ただしその来世に入るためには、一度目の生命の時に、すでにその素地が出来ていなければならない。そのことは、植物の種に似ている。種は地中に生まれてしばらくすると、やがて地上に茎、葉、花、実となって生えでる。種自身は地中で朽ちるが、新しい体に変化してでる。そうやって種が茎、葉、花、実、となって生まれ出るのは、あらかじめ種の中にその素地があるからだ。永遠の生命への復活の場合も同様である。私たちは一度目の生命の際に朽ちる体を持った。その生命の時に将来の復活の為の素地が作られていなければ、やがて体が朽ち果てても、永遠の生命の体に復活できる。その素地とは信仰である。

人々は輪廻の世界に生まれてしまった事と、何かに生まれ変わらなければならない事を覚えておかなければならない。転生するという事は必ずしも光が溢れる世界ではないからだ」

 


Nは過去の過ちと輪廻の世界が強烈な光となって蘇ってくるのを感じた。信仰は影も形もなくただそこに暗い錘を乗せた。

生きると言うことはどこかに繋がりを求めていて、理解すると言うことは、深い森の中で狩りをするのに似ている。

二つに一つが必要で片一方は成立しない。たとえそれが、天秤に掛けられた人生の分岐点でも同じだ。二本の道には完璧な答えなど用意されていない。屈辱の歴史から目を背けても受け入れる準備を整えなければならない。痛みは輪廻のように蔓延し転生する。月が欠けるように完全などどこにも存在していない。

 霧が深くなった。朝日が昇り、高い壁に囲まれた村は温かい光を放っていた。外には一本木が立っていて、そこからは何も見えない。靄が木を包み込み、時間が経過している感覚がどこにも存在していない。村は静まり返り、

リガトラが木の前に立っている。Nをじっと舐めるように見ると、言葉をかけ、最後の挨拶をする。Nは帰らなければならない、帰る理由が外に存在しているからだ。霧が舞うダナ村でリガトラが手を振っている。霧が更に深くなり、太陽は朝霧のように白くなった。

 Nが振り返ると、ダナ村は霧の中へ消えていった。

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