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¶-E 『五声震えて』

次回更新は未定です。

※表現の修正を行いました。大筋に変化はありません。

数日後 某所 


 (きゅう)(しょう)(かく)()()。五つの位階と、さらに五つの嬰位によって構成される“帝国”の騎士。

 彼らにとって、その『声』は絶対である。

 決断は掟、指令は天啓、かの欲望は我らの絶対の使命と化す。

 今、帝国嬰羽騎士ウヴァルが頭上に降りかかるのは、そういう意味で絶対の強者による声。


「――なに?」


 声が、静かに、だが確実に大きく歪む。


「あれほどの啖呵を切って、かの忌み子たちを逃したと?」

「……は」


 ウヴァルは平伏するほかなかった。抗命も任務の過誤も、等しく致命的である。

 今死ぬか、やり直しの途上で死ぬかの二択しかないのだから。


「刃は貸した。よもや、彼らの『絹布』を破くこと適わなかったとでも申すつもりか」

「滅相もございません、ただ――」


 そう。簡単で、美味しい任務であるはずだった。

 月虹族(ディアノ)の根絶。守りの要、『乙女の絹布』を貫いて、かの血族を滅ぼす任務。

 そして途上で、彼らの崇める宝具(レガリア)を奪取せよと命じられていたものだった。

 月虹族の住まう集落を焼き、好きなだけ虐め倒して、望む限りに女を抱ける。

 忌まわしい血筋であることをさっ引くのなら、月虹族の女は絶品だった。……一身上の都合において、ウヴァルは一度も抱かなかったが。

 その簡単で美味しい任務を失したと、ウヴァルはここに伝えに来たのだ。


「申し開きがあるのなら、今ここで証してみよ」

「は」


 いっそう低く頭を垂れて、ウヴァルは告げる。

 任務を放棄した彼に、声の主を視界の中に収めることなどまかりならない。


「我ら一団、所属不明の武人によって敗走した次第にございます」

「王国の騎士ではないと?」

「は」


 応えつつ、あの日のことを思い出す。

 村娘としては異常に強い少女に反撃された折、上空から飛来したモノ。

 土地無しの騎士家に生まれ、長く帝都の文化に触れてきたウヴァル自身すら、初めて見かける上等な仕立ての黒衣。

 あれが、技術も文化も数段劣った隣国(・・)によって作られたとは、考えにくい。


「あのような風体の者が、王国の騎士であるとは考えられませんでした」

「言ってみよ」

「――黒衣の老爺でありました」


 そう言うほかない。知らぬものの名を、人族(アルク)の民は呼称できない。


「その者が傭兵たちを無手にて下し、刃の戦意を挫いたのです」


 挫かれたのは、己の戦意でもあった。

 あの場で自分が逃げたからこそ、任務は達成されなかったのだ。


「馬鹿を申すな」


 当然、鼻で笑われる。


「世迷い言も過ぎれば毒だ。今ここで死にたいというわけでもあるまい?」

「……しかと、この目に見届けたものでございます」


 無言。


「プラウ」

「ここに」


 声に応じて現れたのは、一人の女。

 雪のように白い長衣(ローブ)に、同色のケープ、そして目深に被ったフード。楚々とした、けれどもどこか妖魔のような空気を纏う淑女であった。


「『視よ』」

「はい」

 

 その淑女、プラウと呼ばれたローブの女が、頭を垂れるウヴァルの背中に手をやった。

 不意に、何者かに身体の奥を弄られるような感触。起こる吐き気に耐えながら、それでもウヴァルは姿勢を維持する。

 姿勢を解けば、次の瞬間自分の首は落ちている。……自らも、幾度か見てきた光景だからだ。

 そして、幾分かの時が流れて。


「真にございます」


 ぽつり、と、プラウが呟いた。

 頭上から、ため息が漏れる。


「……嬰羽(えいう)の騎士、ウヴァルよ」

「はっ」

「面を上げよ」

「っ、は!」


 叱責の場で、面を上げよと示される。それは、己の失敗が正当であると、そう評価されたことに他ならなかった。

 安堵の気持ちを表しそうになるのを抑えて、ウヴァルは視線を上へと上げる。

 そこには、彫像もかくやと言うべき美男子がいた。

 大理石の玉座に座り、膝を組み、を示す巨大に杖に己が身を深く預けて。

 その肉体は美しく壮健、そのまなざしは翠玉(エスメラルダ)よりも深い緑をたたえている。その色は、紋章と国旗にも用いられる“帝国”の聖なる翠のそれと同じで。

 誰よりも美しい肉体に恵まれ、またその身に宿した才知も然る物。苛烈とも評価されるその性格はまさしく、何者にも負けぬと決めた覇者の御魂の在りようである。

――“帝国”の当代皇帝、サルレマーニュ一世であった。


「まずは失態の非礼を赦そう」

「有り難き幸せに――」

「待て、まだ早い」

「はっ」


 頭を再び垂れようとして、遮られる。まだ何かあるのかと、思うと同時。


「貴様を嬰徴の騎士へと叙する」

「……は?」


 どよめき。

 当たり前だろう。失態を犯したはずの騎士を相手に、位階を二つ上げたのだ。

 通常であればあり得ぬはずの裁定に、居並ぶ重臣たちが色を変えるのもどだい無理な話ではない。

 だが。


「――静まれ」


 彼らにとっても、皇帝の声は絶対であった。


「ウヴァルよ。そなたに家族はあったか」

「居りませぬ。父は死に、母と妹も先だっての流行病に倒れ、天涯孤独の身にございます」

「そうか」


  黙考するサルレマーニュ。


「では、ウヴァルよ。そなたに任を与えよう」


 下される新たな任務。その内容に、ウヴァルはしばし呆けることしか出来なかった。


      ◆


 金と白亜で象られた豪奢な寝室。

 畑すら耕せそうな寝台で、サルレマーニュはひとときの憩いの時を満喫していた。

 事を終え、くったりと寄り添う半裸の妻たちを尻目に、サルレマーニュは軽やかな香の煙をくゆらせる。


「皇帝陛下、神に次ぐいと高き者よ」


 柔らかな声。

 聞き慣れた臣下の声に、サルレマーニュはまぶたを開いた。

 淫蕩にふける王の部屋には似つかわしくない、聖女のような清い出で立ち。けれどもローブの女は嫌悪感を示すでもなく、ただただ柔和な笑みばかりをその美貌に貼り付けていた。


「どうした、プラウ。余の部屋に断りもなく訪れるのは妻たちか下女だけだ。いずれでもない御前がどうしてここに居る」


 形ばかりの叱責を飛ばす。だが、本気の怒気は込められていない。

 相手もそれを分かっているのか、プラウも形ばかりの一礼をする。


「存じております。ですが、どうしても御身の深意を確認したく」

「あの件か」


 鼻を鳴らして応えると、返事の代わりにプラウの頭が下げられる。


「一度は刃を交えた相手を登用せよなど、逃げた騎士には重荷なのでは」

「まあ、そう思うであろうな」


 ふう、と一息。それで良いのだ、と告げる。


「プラウ。そなたは視たのであろう? その老爺を」

「……は」

「よい、委細語れということではない。聞かずとも、『視た』時のそなたの顔で十分だ」


 であれば、と続ける。


「やつはいわば試金石よ。我らの覇業――亜人を滅し、人族(アルク)による悠久の平和を成し遂げること。その助けとなるか、逆に妨げとなるのかのな」

「試金石、と申しますと」

「こちらへの軍門に降るのならば上等。使って、賞して、覇業への礎とする」


 にこりと笑う。それでようやく、プラウは意図を察したらしい。


「もし、誘いを受けなければ」

「そう。誘いを受けず、むしろウヴァルをかすめ取るような人物であるのであれば――丁度いい、忌まわしい竜人族(ドラガ)の血筋と諸共に挽き潰すだけよ」


 両脇の妻たちを部屋から下げる。


「かの老爺も不運なものだ」


 妻たちの消えた寝台に、どっかと座してサルレマーニュは小さく笑んだ。

 そこには、先ほどまでの淫蕩の限りを尽くす下卑た男の姿などなく。


「機は熟した。重臣と武官共を議宮へと招集せよ」


 一〇で神童、一六にして名君とされ、さらに五年で“帝国”の版図を最大限度に押し拡げた、偉大な皇帝の姿があるだけだった。


「陛下、それは」

「ああ」


 応えつつ、サルレマーニュは香炉の蓋をかろりと閉めて。


「これより――カリア・ケロスの牙を折る」


 軽やかな香の煙が、細くたなびきふつりと切れた。



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