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異世界ブローカー  作者: 伍頭眼
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バベルの世界「強者」【第1騎士団ウィル編】

遂に、本戦が始まるか…これで、やっと

あの忌まわしい人間達を死刑台に送る事が出来る。


ウィルは、使い込まれた細剣を鞘に収める。

この愛剣には、何度も助けられた物だ。

決して折れず数々の決闘に勝利して来た私の剣。

今回も、この剣で悪を倒す。


しかし、全く不安が無いと言えば嘘になる。

今から戦う相手は、人間の癖に有り得ない程の

強者だ。

それは、あの男を一目見ただけで解った。

第1騎士団の隊長で剣の腕なら他の隊長達よりも

腕が立つ。

そんな私から見ても、あの人間は異常としか言えない。

腕や顔に刻み込まれた傷、鍛え込まれた屈強な身体、

深淵の様な深く暗い眼と迫力。

今まで戦ってきた、どの戦士達とも違う男。

間違い無く強者だ。

しかも相手を殺める事に一切動揺しない。

騎士直属の兵士の腕を斬り落とす狂人の癖に

戦闘技術は、超一流なのだから全く笑えん。

他の人間達もだ。


一体、今まで何処に居た?

何をやって来た?

危険な魔道具も技術も何処で手に入れたのだ?

不明な点が余りにも多すぎる。

まるで、別の世界から来た悪魔の様だ。

そんな者共が、愛する国に居るのだ!

なんとしても勝つ!


ウィルは鞘に収めた愛剣を力強く握り締め

ツカツカと闘技場に続く廊下を歩いていくと、

私の仲間達が待っていた。


「ウィル姉様!人間なんて瞬殺です」


「フフッ、君の戦いを期待しているよ」


「ガツンと一発入れてやりな!」


「今回は、治療専門の私ですが応援致しておりますわ」


仲間の皆に小さく頷くと、リヒト姉さんが

近づいてくる。

そして、私を優しく抱き締めた。


「!?」


余りにも唐突に抱きしめられ声が出ない。

姉さんに、抱き締めらるなんて、5年ぶりだ。


「必ず生きて戻って来なさい」


リヒト姉さんの言葉を聞いた瞬間、緊張していた

身体が軽くなった。

あぁ…姉さんの声は、本当に不思議。

さっきまでの不安が嘘の様に消えていく。

力強く凛々しく優しく暖かい声……。


必ず…必ず勝って来ます。


ウィルは、仲間とリヒトに見送られながら

闘技場に立った。


その瞬間、会場から大歓声が巻き起こる。


「ウィル様ーー!我等に勝利を!」

「今日も、お綺麗ですわーー!」

「私達の国の守護神の登場だーーー!」


全く、あそこに居る連中は私が隊長を勤めている

第1騎士の者達では無いか。

声援は嬉しいが訓練をサボって私の応援など…。

ふふっ…帰ったら特別訓練だな。


第1騎士団の騎士達に軽く手を上げた後に

会場を見渡す。


そして、正面の薄暗い廊下から足音が聞こえる。


ゴツッ…ゴツッ…ゴツッ…ゴツッ。


私が歩いてきた廊下と違い、正面の奴隷専用の

廊下と入場口はボロボロで見窄らしく仄暗い。

本来なら、此処から出て来る者は、罵られ、嘲笑われ、

死んでいく。

だが、相手が、あの人間だと雰囲気と相まって不気味さが

増す一方だな。


そして、ボスが姿を表した。


「君の正義が、どの程度か見せて貰うよぉ」


対峙した瞬間から解る強者のオーラ。

闘技場の外で会った時の様な嫌な笑みは完全に消え、

研ぎ澄まされた刃物の様な眼付きと視線。

右手には、刃が欠けた鉈の様な血生臭い剣が

抜き身の状態だ。


この男の雰囲気に当てられたのだろう。

先程まで、威勢良く声援を送っていた者達からの

声援がピタリッと止み、会場は静寂に包まれ

異常な空気になっている。

誰も人間で有るボスに罵声を浴びせたりしない。

いや、罵声なんて言える訳が無い。


あの者の戦いを見た者達なら当然だな。


スラッと愛剣を抜き審判の合図を待つ。


「始め!」


試合の合図が上がると同時に体に強化の魔法を

施し一気にボスに近づき、素早い突きを放つ。


ギンッ!!


激しき金属がぶつかる音がする。


強化の魔法を掛けた私の突きを弾くか。

何たる男だ。

普通の…いや、鍛え抜かれた獣人の騎士でも

目に追えぬ速度だと言うのに。


だが、まだだ!!


「ラッシュ!!」


ウィルは、先程の突きと同じ速度でボスに

対し連続で攻撃する。

それを、付かず離れずで回避するボス。


「逃げているだけか!?」


「……」


更に、ウィルの攻撃は速度を増し、既に会場に居る

観客達は何が起きているのかすら解っていない。

ただ、ボスが押されている事だけは理解している。

ボスの事を知らない者達だけが…。


くっ!この男、本当に人間か!?

何故、私の攻撃を躱せるのだ!

人間に見える速度では無いのだぞ!!


「経験だ」


「なっ!?」


ボスが言葉を発した瞬間、ウィルの懐に入ると同時に

手の甲でウィルの腕を捌き、逆手に持ち直した

血生臭い鉈を逆袈裟斬りで振り抜く。


「くっ!?」


ボスの攻撃をギリギリの所で回避するが

その反動で大きく仰け反ってしまう。

当然、ボスが見落とす訳も無く即座に足払いで

更に体勢を崩す。


しかし、倒れる寸前に体を捻り腕で体勢を

立て直すウィル。


「ッッ!危なかっ…えっ?」


体勢を立て直し顔を上げた先には、中が空洞に

なっている道具。

銃が鼻先に突きつけられていた。


パーンッ!


破裂音が会場に響き渡り、ウィルの頭からツーッと

鮮血が流れ落ちる。


「額当てが金属で命拾いしたねぇ」


ボスから放たれた凶弾は運良くウィルがリヒトから

貰った額当てに当たり大事には、ならなかったが

至近距離で頭を打たれた衝撃は強く膝を着いてしまう。


(イカン!速く立たねば!)


自分に喝を入れ立とうとするウィルの前には既に

ボスが銃口を向けている。


パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!


「アースブロック!」


ウィルが唱えると闘技場の石が壁になり

ギリギリの所でボスの攻撃を防いだ。


危なかった。

もう少し詠唱を唱えるのが遅かったら殺られていた。


「魔法ってのは厄介だねぇ。まぁ、そんな物が

 有るから発展もしねぇし、技術も身に付かないんだろうがね」


ボスは銃をホルスターに仕舞うと初めて

刃物を持った状態で構える。


「次は、こっちから行くぞ」


走り出すボスに、若干目眩が残るが直様、臨戦態勢を

取るウィル。


どう来る!?

剣技なら多分、私の方が部がある!

そう思った次の瞬間、いきなりボスが剣の間合いの前で

急停止し、ウィルに何かを放り投げる。

しかもボスは片手で自分の眼を塞いで口元を

歪ませて。


ガキーーーーン!!


けたたましい音と目が眩む程の光量。

ボスがウィルに放った物は、非殺傷武器のスタングレネード。

その直撃を受けてしまいウィルの視覚と聴覚は

一時的に完全に失われた。


「ぐうぅぅ!耳が!クソッ!!何処に居る!?

 この卑怯者め!!」


「あぁー、流石に至近距離でスタンは効くねぇ。

 耳に詰め物を入れていても聞こえが悪いな。

 まぁ、今の君程じゃないが」


耳を抑えながら苦しんでいるウィルを見下ろすボス。


「さて、此処からは仕事だ。悪いが君には地獄を

 味わって貰う。

 俺の雇い主は性格が悪くてね。

 民衆の面々の前で苦しませろとの依頼だ。

 と言っても聞こえないよな」


銃をウィルの両足に定め…。


パンッ!パンッ!


「ぐあぁぁあああぁあ!!?」


ウィルの叫び声と太腿から流れ出る鮮血。


「大腿動脈には傷付けていないから出血死する事は無い。

 あんた等、獣人の筋肉は人間と多少違うが重要な

 血管や内蔵は一緒だろ。

 こっちで、散々バラしたからなぁ」


ぐうう!一体、何が起こっている!?

いや、足の激痛からして攻撃されたのは解る!

くそ!くそ!せめて耳だけでも回復すれば

人間なんぞに!


ギリギリと歯軋りをし悔しさを現わにするウィルを

嘲笑うかの様に次の行動に移るボス。


「次は、両肩を外そう。

 その後に、上腕骨、肘関節、尺骨、橈骨、手骨を壊す。

 剣なんて物騒な物、持てなくなるな。

 腕を壊した後には、大腿骨、膝蓋骨、脛骨、腓骨を折る。

 その時に足に存在する内側楔状骨、中間楔状骨と

 外側楔状骨を摘出すれば歩く事も困難になる。

 では、始めよう」


ボスは、耳を塞いでいるウィルの右腕を極めると

何の躊躇も無く肩関節を外す。


ボコンッと嫌な音がし、会場から悲鳴が聞こえるが

ボスには関係無い。

ウィルも抵抗するが、聴覚と視覚が戻らない状況で

ボスに太刀打ち出来る筈も無く左肩も外される。


そして……。


ボキンッ…ベキッ…ゴキッ…バキッ……。

会場中に響く折れる音と悲鳴や怒号。








一体、どれだけ時間が経ったのだ…。

いや、まだ闘技場に横たわっているのは解る。

然程、時間は経っていないのだろう。

だけど、もう痛みも感じない…。

私は……死んだのか…あの人間の手によって…。

あぁ、姉さん……御免なさい…私…私は約束を

守る事が…。


「ッッ!…ウィ…!!?ウ…ウィル!!?」


誰…?私を呼ぶ声が聞こえる…。

凄く懐かしくて暖かい声……。


「ウィル!聞こえるか!?目を覚ませ!!」


その声で、ハッと目を見開くウィル。 


「…ね…姉さん?」


「あぁ!、ウィル!…良かった…本当に…」


目を覚ましたウィルを強く抱きしめるリヒト。


ダメだ…まだ状況に理解が出来ない。

何故、闘技場に姉さんが?

どうして、仲間の隊長達がボスの前に立っている?

それに、あそこに倒れている者達は運営側の衛兵達?

何だ?

一体、何が起こったのだ!?


「テメェ…随分と、俺達の仲間を甚振ってくれたな!」


ガンッ!と大斧を闘技場に叩き付けるウィンザー。


「悪いけど、君だけは絶対に許せないね…」


いつもは、掴み所の無い笑顔のグレイが怒りを

現わにしている。


「貴方は、最低です。許せません!」


「よくも、ウィル姉様を!!」


キャスに、普段は温厚なセシルまで…。

…私は、助けられたのだな…姉さんに…仲間達に…。

痛みより先に胸が熱くなり涙が込み上げてくる。


「姉さん…私は、皆に助けられたのだな…。

 でも、何故、運営側の…痛ッ!!」


「動くな。今、国王から上級ポーションを頂いて

 振り掛けたばかりなのだ。

 完全に完治するまで多少痛むぞ」


「国王陛下が!?そんな!私は人間相手に不覚を…」


「その話は後だ。先に状況の説明だけ簡潔に言うぞ」


姉さんの話を聞く限り、私は両腕の骨を全て折られた

後に気を失ったらしい。

その後もボスは淡々と骨を折り続けるが

途中で運営側からストップが掛かる。

それを無視したボスに対し衛兵が取り押さえようと

した所、ボスが全員を惨殺。


それにより、ボスの一回戦敗退が決定したのだが、

それでもウィルに危害を加えようとした為、

仲間達と姉さんの怒りが爆発したらしい。


「そんな事が……すまない…」


「気にするな。少し持ち場を離れるが良いか?」


「大丈夫だ…有難う…姉さん」


リヒトは微笑んだ後に、私に背を向ける。

そして仲間達の横を通り過ぎボスの前に立つ。


「妹を助ける為とは言え多勢に無勢すまなかった」


リヒトの謝罪に周りの隊長達が騒ぎ始めるが

リヒトは手を上げ制止する。


「一つ質問しても良いだろうか?」


「どうぞ」


「貴様は、守るべき存在は居るか?」


「あぁ、妻と子供が居るよぉ」


驚いた…。こんな冷酷無比な男に妻子が居るなんて。


「…そうか、正直驚いたが…。

 私にも、守るべき者達が居る。

 育ててくれた両親、可愛い妹に頼れる仲間達、

 そして祖国だ。

 愛する者達を守れるなら何でもするだろう。

 それ程、愛している」


「……何が言いたいの?」


「これ以上、愛する者達が傷つくのを見たくない。

 貴様も妻子を持つ者なら今からでも罪を償うのだ。

 血に濡れた手で子供や妻を抱きしめられるか?」


「ボス!!!」


姉さんが喋っている最中に観客席から

声が飛んでくる。

観客席に目をやるとバベルが立っていた。


「仕事は充分だ!戻って来い!!」


「…雇い主からお呼びが掛かったから行くねぇ。

 どうせ、失格だから、もう用事無いしぃ」


「待て!!質問に答えろ!!」


リヒトに背を向けて歩き始めるボス。

が、途中で立ち止まりリヒトに顔を向ける。


「…正確には、居た、と言うのが正しいな。

 もう、抱きしめる事は出来ない」


「えっ!?」


ボスは、そう言うと二度と立ち止まらず闘技場から

降りていった。

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