バベルの世界「醜悪」
暗い……意識が戻って最初に思った事です。
まだ意識が朦朧としますが徐々にハッキリして来ます。
それにより今の状況が解って来ました。
確かイアンと別れた後、馬車で別荘に向かっていたんです。
そして何者かによる襲撃を受け私とルルナが……。
ルルナ!ルルナは何処!!?
ララナは必死に声を出そうとするが、口は塞がれ頭には
黒い麻袋の様な物を被せられている為、娘のルルナを
確認する事も出来ないし声も発せられない。
ララナ「んーー!んんーー!!」
駄目!動く事も出来ない!ルルナ!ルルナ!何処にいるの!?
ジタバタしていると、ガチャっと扉が開く音が聞こえ
コッ…コッ…と足音が近づいてくるのが解る。
その足音は、私の前で止まると辺りが静寂に包まれ
何とも言えない恐怖が襲って来る。
バッと被せられていた袋を取られると眩い光が飛び込んで来た。
少しずつ光に眼が慣れてくると、そこには2人の人間が
立っている。
一人は眼帯をして顔には大きな傷が有る男で、
もう一人は薄気味悪い笑顔で、こちらを見ている。
バベル「こんにちは、ララナさん」
ララナ「んんっ!?」
どうして自分の名前を知っているのかと驚くと
男はケラケラと笑い始めた。
バベル「ハッハッ!あんたの事は何でも解るぞ?
シボラ区域で生まれイアンの幼馴染で献身的に尽くし
見事結婚。子宝にも恵まれ現在は3人暮らしで
幸せの絶頂だな。
実の両親に捨てられて此処まで立派な家庭を築くなんて
立派だ。なんなら得意料理や夜の営みの頻度まで
言おうか?」
ララナは絶句した。何故、人間の男が此処まで知っている。
勿論、調べれば解る事だが得意料理や夜の営みまで……。
まさか裏切り者が……いえ、有り得ない!
そもそも、家庭の事情まで知っている者なんて居ないんだから。
監視……ずっと…?今までの行動全て見られていた?
でも、気配なんて何も無かったしイアンが気付かない筈が無い。
バベル「お前達は四六時中監視していた。こっちには、
その類の部下が居るからな」
やっぱり監視されていた。信じられない!スラムで育ち危険を
察知する能力は並外れているイアンが気付かないなんて…。
いえ…今は、そんな事よりルルナの安否を確認しなきゃ!
ララナ「んーー!んんんーーー!」
バベル「おっと…忘れてた。ボス外してやれ」
ボスに指示を出すとカチャカチャとララナの口に嵌められた器具を
取り外す。
ララナ「プハッ!ルルナ!!ルルナは何処に居るの!?」
器具を取り外した瞬間、咆哮の様な声が部屋に響き渡る。
バベルは、片耳に指を入れ顔を顰めていた。
バベル「無事だ。今見せてやる」
そう言って壁に掛けられている黒く四角い板の様な物に
手を向けるとブゥンと音と共にルルナの姿が写しだされた。
ルルナの姿を見てララナは何度も声を掛けるが全く返事が無い。
それどころか母親が全く見えていないのか泣きじゃくっている。
ララナ「あなた達!!ルルナに何をしたの!?何で返事が
無いのよ!!」
若干、半狂乱になりながら牙を剥き出しにしバベルに問い詰める。
バベル「あぁ、監視カメラの動画で音声が……あーー、いや、
魔道具の様な物で今の現状を映し出しているだけだ。
声は届かん」
バベルは現代の機器で説明しようとしたが面倒になり
魔道具って事で話を進めた。
バベル「今回は急にお呼び立てし申し訳無かったな。
ただ、こっちも命を狙われたんだ、悪いが
俺の仕返しに付き合ってくれ」
ララナ「……あなた達が、イアンが言っていた人間ね?
夫に報復する為に私と娘を攫うなんて、とんだ根性無しよ!」
悪態を付くが人間はニタニタと笑うばかりで
全然、堪えていない。それも腹ただしいが
ララナは自分の娘に手を出したこの男に怒りが収まらなかった。
ララナ「あなた、イアンと勝負するのが怖いんでしょ?
正々堂々と勝負するのが怖いから私達を攫ったんじゃない?
しかも娘まで攫うなんて本当に男なの?
本当に人間の考えって浅はかよね!
イアンと戦うのが怖いなら私と戦ってみる?
一瞬で噛み殺してあげるわ」
バベル「おー、清楚な感じに見えたが結構言うな。
…なら、お前は俺達が怖いから攫ったと思ってるんだな?」
当然でしょ、と更に悪態を付くララナ。
ララナから見れば、後ろの眼帯の男が少し強い程度で
今、話している男なんて何処にでも居る人間にしか
見えなかった。
ララナ「私と娘を解放したら今なら助けてあげる。
時間は無いわよ?今頃、イアンが血眼になって
探してる筈だから」
バベル「……そうか…解った」
ふふんっと勝ち誇った様な顔をし胸を張る。
普段のバベルなら張った胸を凝視するだろうが今のバベルは
見もせず無線のスイッチを押す。
ララナ「なら早く私達を…」
バベル「閻魔、山王、その餓鬼を殺せ」
ララナ「ッッ!!!??」
バベルの無線の指示で閻魔と山王がルルナの映し出されている
部屋に入って来た。
その手にはルルナと同じぐらいの刃物を持ち、初めて
魔物を見た幼いルルナは部屋の隅で震えている。
ララナ「なっ!?ゴブリンにバブーン!?待って!!
ルルナに何する気!?ねぇ!!」
ララナは焦っていた。イアンと戦うのが怖いから私と娘を
攫ったと思っていたのに、この男は娘を殺そうとしている。
バベル「……」
一言も発しないバベル。その間もジリジリとルルナに
近づく魔物達。
ララナ「止めて!!さっきの事は謝るから!!
ルルナを殺さ、ウグッ!!」
バベルは、ララナの言葉を遮る様に手で口を塞ぎ無線で
閻魔達に待つ様に指示を出す。
バベル「今の状況が理解出来て無いみたいだな?
お前の軽率な言動一つで餓鬼は死ぬんだ。
何なら、目の前で殺そうか?」
先程とは別人の様な冷徹でドス黒い眼。
ヘラヘラと軽い口調の声が地響きの様に変わり腹に響く。
その雰囲気で、この男は躊躇せず殺す事が解った。
ララナ「んんん!!!んんー!!」
涙を流しながら首を力一杯横に振る。
バベル「ボス、拘束を解いてやれ」
ボス 「良いけどぉ、襲ってぇくるんじゃなぁい?」
バベル「襲って来たらシボラ区域に撒け。バラバラにしてな」
はいよ~っと軽快な返事をしララナの拘束を解く。
本当なら拘束を解いた瞬間、咬み殺すつもりだったが
今の状況で殺れば間違い無く娘が殺される。
こいつ等は、女子供なんて関係無い。
今のバベル達は、それだけの雰囲気を持っていた。
ララナ「…お、お願い…娘だけは…ルルナだけは助けて」
バベル「それは、お前の旦那さん次第だ。あ~、それとな…」
バベルは、ララナの目の前に鋭利な刃物を手渡す。
「えっ?」と、いきなり手渡された刃物に驚きを隠せない。
バベル「俺はストレスを溜めたくない性格でな。
お前の言動で大分、気分が悪い。今から10数える間に
親指と小指を自分で落とせ」
バベルから放たれた冷酷な一言で言葉を発する事が出来ない。
バベル「落とせなかったら餓鬼の指を落とす。
1…2…」
この男は正気じゃない…正気じゃないからこそ、この男は
私が指を落とさなかったらルルナの指を絶対に落とす。
刃物を取り自分の親指に狙いを定める。
バベル「3…4…」
ズシュ!
ララナ「うぐぅぅ!!んんんんー!!!」
下唇を思い切り噛んで痛みを我慢しているせいか唇から
ダラダラと血が流れ落ちる。
親指が自分の手から離れ鮮血で床が染まる。
その光景を見て眉一つ動かさず数字を数えるバベルが
本当に恐ろしくて仕方なかった。
そして、8の数字で小指も落とし数える声が止まり
バベルがケラケラと笑いながら拍手をしてきた。
バベル「いやぁー、良い物を見せて貰った。母の娘に対する
愛が形で記された証拠だ。ハッハッハッ」
ララナは激痛で顔を歪め血が滴り落ちている手を抑えている。
バベルは親指と小指をヒョイっと摘む。
バベル「この指は旦那にプレゼントとして送っておく」
ララナ「…な、なん、で…グスッ…こんな…非道い事……出来る、の」
バベル「アッハッハッ!簡単だ!人間だからだよ。
醜悪で塗り固めた業の塊だ。俺達、人間はな
ハーハッハッハッハッハッ!」
化物が笑っている。
悪意を詰め込むだけ詰め込んだ化物が幸せを壊していく。
夢であって欲しいと思いながら、ララナは意識を手放した。




