バベルの世界「門出」
アテゴレ地区の中央広場。此処は先代国王が交流の場として
スラムが出来る前に造られた場所だ。
だが、年月が経ち今では四獅王の縄張りの境界線になっている。
解りやすく言えば、丸いパンを十字に四等分にして、その中央が
広場だと思ってくれれば良い。
そして、現在その中央広場を占拠している連中が居る。
バベル・ガル・剣崎・ガストラの4名だ。
その他に四獅王の一人、コーネルと部下数人。
コーネル達は全員後ろ手に枷を填められ、
頭から黒い輪っかのような物を被せられている。
確か…タイアだったか、タイヤだったか、そんな名前だ。
因みに足の靭帯も切断されている為、戦う事も逃げる事も出来ない。
そんな様子を、コーネル支配地区の住人や他の支配地区の
獣人が驚いた表情をしながら視線を向けている。
「んっふっふ、いい感じにギャラリーが集まって
来たな」
不敵な笑みで周りを見渡し満足そうに喋るバベルに対し、
ガルは気が気では無い。
「よぉ…これから何しでかすつもりなんだよ?
正直…生きてる心地がしねぇんだけど…」
ガルの言い分は、最もである。
此処は、四獅王の縄張り境界線。日夜、ゴロツキ共が
歪み合っている最前線だ。
そんな場所を占拠しているのだ。下手をしたら、残りの
四獅王達を一気に敵に回す可能性だってある。
実際、コーネル支配地区以外の連中は敵意剥き出しだ。
但し、コーネル支配地区の連中は皆、この人間達の残虐性を
知っている為、怯えた顔をしている。
「頃合だな」
そう言って一歩前に出て息を軽く吸い込む。
「紳士淑女諸君!今日は我々の新しい門出の為に
集まってくれた事、心より感謝する!」
いつもの声量より少し大きいぐらいの声だが、不思議と
アテゴレ地区全体に響き渡るんでは無いかと思ってしまう
ぐらいバベルの声は耳に響いた。
とゆーか、門出って…どーゆう事だ?
「君達も知っての通り、此処に並んでいる連中は、
四獅王コーネル・ガウン!
彼は無謀にも我々に敵対し敗北した!」
その言葉を聴き住民達は一層響めき出す。
「困惑するのも無理は無い!当然だ!
彼等を倒したのは、君達が普段、蔑み下等生物と
罵っている我々人間なのだからな!」
他の支配地区の住人達は信じられないといった表情をしている。
コーネルに至っては怒り過ぎて眼が血走っているが、
口を塞がれている為、唸る事しか出来ないが。
「よって、此処を我々の支配地区にする!!」
「ちょ!!!?」
馬鹿なのか!?何、堂々と此処で宣言してんだよ!?
人間が此処の支配者になっちまったら他の連中が黙ってねぇ!
一気に雪崩れこんで来るぞ!!
勿論、これにはアテゴレ地区の住人から罵声の嵐だ。
「ふざけるな!!人間!!」
「テメェ!ブッ殺すぞ!」
「人間なんかに支配されてたまるか!!」
「コーネル倒したぐれぇで良い気になるな!!」
住民何百人からの罵声…間違いなく平民街や他の地区まで
響き渡っている事だろう。
それだけ凄い迫力に俺は後退りしてしまう。
なのに、バベルは罵声が聞こえていないんじゃないか?って
ぐらい涼しい顔してやがる。一体どんな精神してやがんだよ…。
「そうか、なら……」
バベルは、懐から小さな袋を取り出し中身をブチ撒けた。
その瞬間、全員の眼は小さな袋から零れ出る綺麗な黄金色に
眼を奪われる。
スラムに住んでいる住人は滅多に見る事が出来ない代物。
金貨だ。
その金貨が地面に数十枚輝いている。その光景に住人共は
ゴクリッと唾を飲み込む音が俺の耳に聞こえる。
群がらないのは、人間に対してのせめてもの抵抗だろうか。
「俺は、獣人だろうが魔物だろうが人間であろうが
優秀なら報酬を出すつもりだ。
俺に従う者・協力する者は、死ぬ程、甘い蜜を
吸わせてやる。」
バベルは、また懐から金貨が入った袋を取り出し
地面にジャラジャラと落としていく。
「ただな…」
まるで奈落の底から声を出すかのようにバベルの声が
変わる。この声は嫌だ!耳を塞いでも頭の中に響くんだ。
それと同時に剣崎とガストラはコーネルと部下数人に
液体をバシャバシャと浴びせている。
その液体は、非常に不快な匂いで鼻と眼に刺激臭が
突き抜ける。
周りの連中も鼻を抑え顔を歪ませている。
「裏切ったり、敵になる奴は、地獄を見せてやる」
剣崎から火の着いた松明を受け取りコーネル目掛けて
放り投げる。
その瞬間、ゴウゥっと勢いよく炎が燃え盛る。
「うううううぅぅうううぅ!!?んんぐぅうう!!」
炎は一気にコーネル達を飲み込み声に鳴らない声を上げて
のたうち回っている。
体毛が燃え、皮膚が焼け爛れ苦悶の顔をし苦しむ
コーネルを住民共は唖然とし見ている。
多分、思考が停止しているのだろう。
だが、止まった思考は肉の焼ける匂いと刺激臭で呼び戻された。
「うぐぅうぇえぇ!!!」
周りからは嘔吐する獣人で溢れ返り阿鼻叫喚だ。
俺も駄目だった……思いっきり吐いた。コイツ等と一緒に居てから
吐く回数が半端じゃない。
「んんんぅぅぅううう!!うぅうぅ!ぶはっ!
ぎゃあああぁあぁあ!!熱い!熱いぃ!ガッ!い、息!
出来な!ガヒュ!あああああああああああ!!!」
コーネルの猿ぐつわが熱で溶け悲痛な声を上げる。
黒い輪っかがドロドロに溶け皮膚に焼き付き黒炎で顔が
覆われている。あれじゃ、息が出来なくて当然だ。
「ぎゃああぁ!助け!!ヒュ!ぐげぇああ!ああぁ!!
あ…あぁ……死に、た…くなぁ………いぃ……」
既に、コーネルの部下数人は消し炭になり息は無い。
最後まで残っていたコーネルもドンドン声が小さくなり、
やがて動かなくなった。
静寂。
コーネル達の身体は、まだ火が燻っている。
誰も一言も喋らない。俺も言葉が出なかった。
本当に酷い光景を見ると声って出ないもんなんだな。
住民共は地獄を見たような顔をし恐怖で顔が引き痙っている。
「クックッ!」
静寂が支配している空間に小さな笑い声が響く。
「クハッ!ククっ!ハッハッハッ!
ハッーーーーーハハハハハハハハハハハ!!!
何だ!?お前達の顔は!!?アハハハハ!!
笑えよ!!なぁ!!そんな顔するな!!ハッハッ!!!
ほらっ!!笑え!笑顔だ!スマーイル!!ハッーーハハ!!」
バベルは両手を上げ、顎が外れるんじゃないかと思う程、口を
開け笑っている。こんなバベルを初めて見た俺は、
人間の…いや、バベルの狂気に身震いした。
普段は、多少馬鹿もやるし国の人間より良識もある。
商品になった獣人を無下に扱ったりせず笑顔で食事の用意なんかもする。
だがら、尚更、怖いんだ。
こんな状況でも笑える人間が!
さっきまでバベル達に敵対心満々だった連中も、これ程、常軌を
逸した人間は初めて見たのだろう。全員、膝が崩れんばかりに
震えている。
「良いか!!紳士淑女諸君!!
友には、金を!!!
敵には、死を!!!
これが我々の殺り方だ!!文句がある奴は掛かって来い!!
ゴロツキだろうが!騎士だろうが!国であろうが、
戦争なら受けて立つ!!
だが、楽に死ねると思うな!!お前達が想像する
何百倍の苦痛と地獄を味あわせてやる!!」
なんて声量だ。聴いてるだけで全身にビリビリと痛みが走る。
一人の男が発している声の大きさじゃねぇ。
地獄の釜が開き何百人もの死者が叫んでいるようだ。
さっきは奈落の底かと思ったら…今度は地獄の釜かよ…ハハッ。
「さぁ!!祝ってくれ!!
平和の終わりを!思想の終わりを!差別の終わりを!
さぁ!!祝ってくれ!!
戦争の始まりを!改革の始まりを!平等の始まりを!
そして!!!
我々の門出を!!!ハッーーーーハハハハハハハハハ!!」
バベルは、いつまでも笑っていた。
コーネルの焼死体と金貨の横で…。
※交流目的で造られた広場は、後に、悪魔が笑った不吉な地とされ
語り継がれるのであった。




