バベルの世界「売手②」
崩れかけの建物に数人の気配がする。
どうやら、中から、こちらを覗っているようだ。
そうこうしていると、建物から男の獣人が出て来た。
「こんにちは。」
男の獣人に挨拶をするバベルは、普段の薄ら笑い
では無く爽やかな笑顔だった。
普段のバベルからは想像出来なかった。
「なんらぁ~!てめぇ等~、此処は、俺様の城らぞ!」
男の獣人は、ボロボロ服を身に纏い身体はガリガリで
いかにも不健康そうな風貌だ。
それに、この獣人…大分、酒が入ってやがる。
しかも、スラムで密造されている酒『ドローコール』だな。
慢性的に中毒になるスラムの酒だ。
スラムでは、こう言った紛い物が横行している。
この『ドローコール』も、その1つだ。
とにかく不味くて、まるで泥水を飲んでいるような
味だから、この名が付いたが酔えるならOKって奴が
よく飲んでいる。
一般の酒なんて中々手に入らないから仕方ない。
「昼間から飲んでいる処を見ると随分、酒が
お好きなんですね。
どうです?この、酒も飲んでみませんか?」
バベルは、懐から驚く程、透き通ったガラスの瓶を
出し封を開けた。
その瞬間、芳醇な香りが、ふわぁっと鼻をくすぐる。
「!?な、なんら!それ!さ、酒か!?」
男は、その香りを嗅いだだけで今まで不機嫌だった顔が
驚きの顔になる。
「く、くれ!それを、飲ませてくれ!!」
「えぇ、勿論。私は、商人をしていますので、
それを肴に一緒に飲みましょう。
出来れば、あなたの事も色々教えて下さい。」
「ああ!ああ!!わかったから早く飲ませろ!!」
正直、俺は恥ずかしかった。
あれだけ、バベル達に誇りだの何だの言って来たのに、
この男は人間から差し出された酒を一心不乱に飲んでいる。
バベルも、言葉巧みに男を、おだて上げ様々な情報を
引き出している。
何でも、この男、元々は冒険者をやっており
中々、腕の立つ者だったらしいが酒と女に溺れ、
借金まみれになったらしい。
しかも、当時から誰彼構わず女に手を出していた
為、周りの男連中や旦那方から狙われる羽目になり
スラムに逃げ込んだと。
子供も数人居て今は子に養ってもらっているが、
全然、稼ぎが少なくて酒を中々飲めないと愚痴っていた。
何て、自分勝手な野郎だ!
全部、自業自得じゃねぇか!!
段々と恥ずかしさより、怒りの方が上まって来た。
なのに、バベルは嫌な顔一つせず「あなたは、悪くない。」
「努力している。」・「立派だ。」と相手を
褒めちぎっている。
「いやぁ~、人間の癖に中々見所あるじゃねぇか。
しかも、こ~んな美味い酒飲ませてくれてよ、
感謝だぜ~。」
男は、今まで飲んだ事の無い上質な酒と褒められた事で
かなり上機嫌になっていた。
「そこまで気に入って頂けると光栄ですね。
そこで、ご相談なのですが…。」
バベルが、ガストラに目配せをすると背負っていたバック
から先程出した酒が数本出て来た。
その光景を、男は食い入るように凝視する。
「どうでしょう?この酒を買いませんか?」
買う、と言う言葉に一瞬だが男は顔を歪ませる。
男獣人「買うったってよぉ…金がねぇんだ。」
「えぇ、なので金は結構です。ですので、
あなたの子供達と交換と言うのは、どうです?」
バベルは、直球で男に言い放った。
「…子供と……?」
「もし、酒が望みで無ければ金でも良いですよ。
そうですね…銀貨5枚で1人引き取ります。
酒と金、どちらと交換が宜しいですか?」
拒否権など無いと言いたげに徐々に圧力を掛けていく。
「いや…、しかし。」
そー言いながらも、男の目線は酒に釘付けだ。
「聞けば、あなたが苦しんでいるのは子供達に
も原因がありますね。
身入りが少ないのに子供が多い。
これでは、いつまで経っても貴方が報われません。
どうです?子供達には、冒険に出て貰うような
感覚で…昔の貴方のように。」
最悪だ…このバベルって奴は、此処まで腐ってるのか。
何の罪も無い子供達を悪者に仕立て上げて相手の
罪悪感を消そうとしてる。
「そ、そうだな!ハハッ…ガキ共にも冒険させる
のも悪くないな!!昔の俺みてーによ!」
ふっざけんな!!昔のテメーは女のケツ追い回して
酒浸りじゃねーか!!
「では、酒と金どちらに?」
「酒だ!!」
「では、成立で。」
……マジかよ…自分の子供だろ?
自分の子供を酒なんかと交換って……。
何で、酒を抱き締めてんだよ?
その手は、酒を抱き締める手なのかよ?
茫然としている最中に、男の獣人は子供達を連れて来て
事情を説明している。笑顔で…。
子供達は全員で3人。
長女が、「クーレ」
次女が、「リオーネ」
長男が、「グラッド」
皆、説明を受け顔が青くなっていくのが解る。
「ヤダ!!!」
そう声を、上げたのは次女のリオーネだった。
長女と大分、歳が離れているのか幼く見える。
ボサボサの茶色い髪からは、獣耳がペタンと伏しており
大きい眼からは、大粒の涙が溢れている。
「なんで?なんで、おとうさんとはなれないと
いけないの!?
おかねなら、もっとがんばるから!!」
リオーネは、父親である獣人の足元にしがみついて必死に
懇願している。
「お父さん、お金なら何とかします。
だから、せめてリオーネとグラッドだけは
許して!」
「何言ってんだよ!?姉ちゃん!!
俺が、もっと稼ぎが良い場所に就けば良いだろ!?
呑んだくれの糞親父!!姉ちゃんとリオーネを
売るなんて絶対、許さねぇぞ!!」
次に、声を荒げたのは長女のクーレと長男のグラッド
だった。
クーレは、見た感じ俺より、ちょい年上って感じだ。
髪は、黒のロングで、しっかりと手入れしていれば
美しい髪質だろう。
目鼻もクッキリしており整った顔立ちだ。
普通に美人だと思う。
グラッドは、シドと同い歳ぐらいだろうか?
髪は、眼に掛からない程度の金髪だ。
眼は、キレ長で綺麗にしていれば何処かの貴族にも
見える雰囲気をしている。
口が悪いのは、スラムの環境と父親のせいだろう。
「うるせぇ!もう俺は酒と交換したんだよ!!
テメェ等が、一生働いても買えねぇ酒だ!
さっさと出て行きやがれ!!」
本当に、父親なのか疑ってしまう言葉を吐き捨て
足元にしがみ付いているリオーネを蹴った。
何度も何度も何度も何度も、
小さな身体に容赦無く。
それでも、リオーネは眼をギュウっと閉じ耐えている。
「お父さん!!止めて!リオーネに、そんな事
しないで!!」
「テメェ!!リオーネに手ぇ出してんじゃねぇ!!」
クーレは、リオーネに覆いかぶさるように守り、
グラッドは、棒キレで父親を止めようとしたが
逆に思い切り殴り飛ばされてしまった。
「テメェ等はなぁ~、この酒より価値が
無ぇんだ!!
こ~んな、ウメェ酒、一生に一度飲めるか
どうかなんらよ~!ギャハハ!!」
子供達を殴りながら酒をグビグビと飲んでいる男に
ガルは、今まで感じた事の無いドス黒い感情を
滲ませた。
それは、強い…とても強い殺意だった。
今まで本気で誰かを殺そうと思った事は無い。だが…
今回は別だ。
殺す!
ガルの尻尾は怒りで逆立ち、普段の倍の太さに見える。
眼は血走り、牙がギリギリと軋む音が聞こえる程、
怒りに震えている。
もう限界だ!!コイツは殺す!
子供を殴り飛ばしながら酒を飲む、この男は
俺達と一緒の獣人じゃない!!
クズだ!!!
バベルは、外道野郎だが、この男はクズ野郎だ!!
父親でも何でも無い!!!
牙と爪を剥き出しにし、殺意の篭った眼で
男に歩み寄ろうとした時、聞き覚えのある音が響いた。




