バベルの世界「花火」
「店主さん、今日も良い天気ですね」
「いやぁ~、全くだねぇ」
クインケ帝国の城下町で一人のメイドと
露天商の店主が何気無い会話をしている。
別の場所でも主婦や行商人達が各々の
露店や店で話し込み賑やかだ。
「何をお求めですかね?」
恰幅の良い露天商の店主がニコニコと
人の好さそうな笑みを浮かべてメイドに
話しかける。
「そうですね…豆が欲しいですね」
「どんな豆です?」
「普通の豆が良いわね」
その言葉を聞いた店主が一瞬だけ鋭い
眼つきになるが直ぐに人懐っこい笑みで
対応する。
「量は?」
「箱でお願いするわ。それと大量に
使うから料理器具なんかも欲しいわね」
「それなら丁度良い物が入荷してますよ。
こちらです」
店主は隣に居た男に店番を頼みメイドを
倉庫に案内する。
5分程歩き店主が鍵を取り出し貸倉庫の
扉を開けメイドを中に入れる。
中に入った事を確認すると店主は扉を閉め
メイドに向き直る。
「煙草を吸っても?」
店主が告げるとメイドは口元を上げ…。
「火を貸しましょうか?」
そう言って懐からライターを
取り出す。
その言葉を聞き店主は後ろに隠していた
拳銃を仕舞う。
「お疲れ様です。バベル様からの伝言が
あります。
皇帝生誕祭の時に花火を上げろとの事。
それを合図に開戦です。
因みに……名無し様ですか?のっぺら坊様
ですか?」
「のっぺら坊よ。良くどちらかなんて
解ったわね」
のっぺら坊と名乗ったメイドが木箱に
ドカッと座る。
「クインケ帝国に潜入している工作員の顔は
全員覚えております。
ですが、お二人は毎回顔が違いますので」
あらぁ、毎回顔を変えるのも考え物かしら?
まぁ、良いわ。
はぁーい!皆、お待たせ!
皆のアイドル、のっぺら坊よ!
今はクインケ帝国に潜入して皇族の城で
下級メイドとして働いてるわ。
「しかし…よく皇族が住まう城のメイドと
して潜入出来ましたな」
「ふふ…顔の持ち主の経歴や親族、交流関係なんかも
色々と調べて剥ぎ取ったからねー」
のっぺら坊の言葉に店主はゴクリッと生唾を
飲み込む。
「で…豆と調理器具は?」
「こちらになります」
店主が少し埃を被った布を剥がすと大きめな
木箱が姿を現す。
その箱を開くと、この世界には存在しない
兵器が入っていた。
「KPV14.5mm 重機関銃と弾丸が3000発。
機銃はガストラ様が手を加え遠隔式に
なっておりますし銃身部分に冷却装置が
取り付けてあります。
勿論、手動でも大丈夫ですよ」
はんっ!古い銃が出て来たわねぇ。
威力は申し分ないから別に良いけどさ。
「しっかり銃器関係は仕込まれてるのね」
「教官達に叩き込まれましたから」
当然か。じゃなきゃ工作員なんて任せられないものね。
「じゃあ、貰うわ。それを此処の倉庫まで
運んでおいて。
後は私でやるから」
「了解しました」
その後に少し打ち合わせをして私は倉庫を
後にし仕事場に戻った。
無駄にデカくて細かな装飾を施された
キンキラキンの成金趣味を地で行った様な
センスの欠片も無い城。
皇族や皇帝が住まう城だ。
私には解らない趣味だわ。
正面の門から入る事なんて当然出来ないので
使用人専門の裏口から入城する。
「遅れて申し訳ありません」
「遅いわよ!マーリ!何処をほっつき歩いてたの!」
私が仕事場に戻ると30代前半で眼鏡を
掛けた女が怒鳴ってくる。
「申し訳ありません…」
「全く!これだから下民の出は!
言われた仕事もまともに出来ないなんて!」
仕事の10分前に帰って来たじゃん。
このヒスババアが。
こいつは、何故か事あるごとに私に
絡んでくんだよなー。
お局って奴かしら?
んでもってヒスババアの後ろでは先輩メイドが
クスクスと笑ってやがる。
殺そうかな?
いや、私もプロだ。此処は笑顔。笑顔。
「叱られているのに何ですか!?その顔は!!」
ヒスババアが顔を赤くして近くにあった
コップを投げつけて来た。
よし!絶対に殺す。
その後も延々と陰湿な叱責を受け、持ち場に
戻り仕事をした。
次の日
この日は休日だったので私は貸倉庫に行き
物が届けられているか確認する。
ガララッと扉を開けるとキッチリ届けられていた。
因みに貸倉庫は一階で住居スペースは二階よ。
セーフハウスだと思ってくれて良いわ。
勿論、別の顔で借りてるからね。
のっぺら坊は50㎏も有る機銃を片手で
持ち二階に上がり窓の外を見る。
此処からなら大通りも良く見えるし、
絶好の狙撃場所ねぇ。
台座を設置し機銃を上に乗せ固定する。
ガストラが遠隔式にしたと言っていたので
バッテリーやら配線を繋ぎカメラを接続する。
ウィーーン!ガチャ!
流石、ガストラ。
動きもスムーズじゃない。ふふっ。
のっぺら坊はベッドに座り煙草に火を着ける。
ふぅ~……くっくっくっ、花火ねぇ。
良いわよ。
特大の花火を見せて上げるわ。
その為に馬鹿デカい機銃まで用意したんだもの。
うふふ!楽しみ!
皇帝のド頭をコイツで吹っ飛ばす?
民衆に向けて無差別に撃ちまくる?
あぁ~~!楽しみ過ぎる!
そして生誕祭当日
この日、クインケ帝国は大賑わいを見せていた。
現皇帝の生誕祭。
何処を見ても人、人、人だ。
この時だけは魔族との戦争を忘れ国に
住んでいる民達は楽しんでいる。
ガッチャン!!ジャラララララッ!!
そんな国の人間を眺めながら、のっぺら坊は
機銃に弾丸をセットしスコープを調整する。
KPV14.5mm重機関銃。
初速976m/sで毎分600発~700発。
今回使用する弾丸は焼夷徹甲弾のフルメタルジャケット弾。
500mの距離でも32mmの装甲も貫く。
頭に当たれば砕け散るし身体に当たれば
千切れ飛ぶ。一発でね。
この世界の鎧なんて紙屑に等しい。
でも情報では魔法で障壁を作れる護衛やら
魔道具が存在すると聞いている。
強度は、流石に解らなかった。
しかし、のっぺら坊にとっては些細な事だった。
この殺し屋の任務は混乱。
要はクインケ帝国内を滅茶苦茶にすれば良い
だけの事。
皇帝を殺せなくとも別に良い。
その時は民衆や周りに向けて無差別に
発砲するつもりでいた。
ゴトンッ!
機銃のセットが終了した後で別の木箱を開ける。
中身は大量のプラスチック爆弾と信管。
それと起爆装置。
それを建物の隅々にセットする。
ふふっ、どうせ撃ちまくれば帝国の軍人やら
憲兵が嗅ぎ付けてくるわよね。
そしたら建物事吹っ飛ばす。
名無しの話だと既に大通りの建物やクインケ神を
奉る教会など様々な場所にも設置してあり
工作員の連中にも通達済よ。
全員、青い顔していたけどねぇー。
のっぺら坊は全ての爆薬をセットし終えると
憲兵の服装に着替え移動を開始する。
丁度3軒先に都合の良い建物があるのよね。
確か敬虔なクインケ教の使徒の家。
その家の扉にはクインケ教のシンボルマークが
飾ってある。
コンッ…コンッ…
「はぁーい」
扉をノックすると40代前半の女性が
扉を開ける。
「ごめん下さい。私、第77憲兵団の
イグニスと申します。
本日の生誕祭で憲兵の配置場所を御宅の
二階から確認したいのですが宜しいですか?」
ニコッと歯を見せ笑うイグニスに化けた
のっぺら坊。
「あらっ!生誕祭の?お疲れ様です。
どうぞ、お上がり下さいな」
パタンッと扉が閉まる。
「この暑い中、大変ね」
「いやぁ~、職務ですから」
フードからサイレンサー付きの拳銃を取り出し
後ろを向いている女性の頭に向ける。
カシュ!
「べっ!?」
奇妙な声を出して女性が倒れる。
のっぺら坊は、そのままリビングへ。
「おーい、誰だっtあぼっ!!」
カシュ!カシュ!と椅子に座っていた小太りの
男の首と頭を撃ち抜く。
丁度、朝食の時間だったらしくテーブルの
上にはパンとチーズ、燻製肉と赤ワインが
置かれていた。
そう言えば朝食を食べて無かったわね。
のっぺら坊は、そのまま椅子に座ると
手を合わせパンを横に切って中にチーズと
燻製肉を挟み口に運ぶ。
うん!チーズの塩気と燻製肉が良く合う。
美味しいわね。
「ママー?御飯出来たー?」
階段を下りてくる音が聞こえる。
そうよね。もう一人いるわよね。
だって朝食が3人分ですもの。
「ママー?……ッッえ!?」
リビングに現れたのは18歳ぐらいの女性だった。
「こんにちは。朝食御馳走になってるよ」
「ど…どちら様………ですか…?」
自分の見知らぬ男がリビングで朝食を取っているのを
見て女性は一歩下げり在り来たりな発言をする。
「一緒に食べない?美味しいよ」
「いやっ…え…その……ヒィ!?」
あら、如何やらパパを見付けたみたいね。
「だれkッッ!?」 カシュ!カシュ!
頭に2発の銃弾を受けた女性は何度かビクッビクッと
痙攣した後に動かなくなった。
「本当に美味しいわね。これ」
のっぺら坊はペロッと3人前の朝食を食べ
女性の死体を足で退けて2階に上がる。
窓を開けると太陽の光が部屋を明るくする。
良い天気ねぇ。
朝日を浴びながらのっぺら坊はカバンから
機銃を操作する装置を取り出し起動させる。
ブゥン…とカメラが起動し映像が映し出された。
これで準備が出来た。
後は花火を上げるだけぇ。
射撃スイッチのカバーを上に上げた
史上最悪の殺し屋は煙草に火を着け
眼を細めるのであった。




