閑話 「殺し屋」
「ノーリス、久しぶりに飲まないか?」
廊下を歩いていると仕事終わりの友人で
あろう男が声を掛けてきた。
「すまない。今日は少し体調が悪くてな。
また今度誘ってくれると嬉しい」
当たり障りのない言葉で断りを入れる。
「なら、仕方ないな。奥さんのカミラにも
宜しく言っといてくれ」
そう言うと男は去っていった。
さて、勘の良い皆さんなら大体解ってますかね。
どうも。名無しの権兵衛です。
只今、絶賛クインケ帝国に潜入中です。
今は、ノーリスと言う男性に化けています。
髪は金髪で中々のイケメンさんですよ。
因みに猫ちゃんの獣人みたいですね。
うふふ。可愛いじゃないですか。
まぁ、当の本人はとっくに死んでますけど。
ではでは、家に帰りますか……おっと、
帰る家が解りませんね。
ふむ。こーゆう場合は。
名無しの権兵衛は、零斗達が転移して戻った城から
城下町にローブを纏い歩き出す。
へぇ、戦争が長く続いていると聞きましたが
それなりに街は活気がありますね。
並んでいる食品は少し少なめな感じですが
比較的まともな感じです。
名無しの権兵衛は眼だけ動かして辺りを
物色していく。
おっと、中々良い所がありましたね。
名無しが眼を付けた場所は少し路地に入った
薄暗い場所にある小さな民家だった。
コンッ、コンッ。
「…あんだよ?」
ノックをすると眼の下に隈を作った男が片手に
酒を持った状態で出て来た。
「スイマセン。道を聞きたいんですか。
ノーリスと言う方の家は御存知ですか?」
「あぁん?知る訳ねぇだろ!馬鹿かテメェは!」
「あっはっはっ!ですよね!」
ボシュ!ボシュ!!
ガタンッ!ドサッ!
名無しは笑顔のまま酔った男の心臓に銃弾を
撃ち込む。
銃を撃った音なんて殆どしない。
サイレント・ピストルと呼ばれる銃で銃身に
サイレンサーが内蔵されている殺し専用の武器だ。
因みにロシア製。
「さてと…」
名無しは、土足で小汚い家に上がり辺りを
確認していく。
「あんた~?今の音なんだったの?」
カチャ
驚いた。あんな酔っ払いにも奥様が居るなんて。
俺は気付いていない奥様の後頭部に銃を構える。
しかし、無言で家に上がり込むのは非常識だろう。
ふむ。
「奥様」
「えっ!?アンタ、だっっ」
ボシュ!
眼と鼻から流血して状態で倒れ込む奥様を
覗き込む。
「お邪魔します。何日か家借りますね」
名無しは、奥様と酔っ払いの死体を部屋に
引き摺り並べた後にポラロイドカメラを
バックから取り出し顔写真を何枚か撮っていく。
酔っ払いの顔を剥がさないといけないですからね。
細かい皺や眉毛の生え際とかも細かく写真で確認
しないとですし必要ならラテックス樹脂で顔の
パーツを形成したり修復したりしないと駄目ですからね。
今回は一応酔っ払いだけ剥がすつもりだったんで
奥様は頭を吹っ飛ばしました。
夜にでも、床下に埋めましょうか。
「ふぅ」
名無しは椅子に腰掛け自身が化けている
ノーリスの顔を剥がし始める。
ベリッ…ミチッ、パキッゴキンッ
ぺチャ…と何とも嫌な音を出しながらテーブルに
ノーリスの顔を置き、バックから様々な道具を
取り出していく。
医療用メスや鋏、薬品を数個、キャンプ様に
使用するガス缶など次々に取り出し準備する。
本当なら此処まで準備しなくても顔を剥ぐだけなら
メス一本で余裕なんですけどね。
私ぐらいに慣れると数十秒あれば綺麗に
剥げるんですよ。
只、今回は、しっかり処理しときたいですからね。
そうすれば、長く使用出来ますし、
顔は何枚あっても困りませんから。
あっはっはっ、それに趣味も兼ね備えてるんでね。
では、剥がす作業に入りますか。
◇ ◇ ◇
カランッ…
血がこびり付いたメスを消毒液が入った
入れ物に入れる。
よし。完成ですねぇ、さっそく被りますか。
名無しは毛髪付きの生皮を被り微調整
していく。
ふむ。中々良い出来です。
色合いも質感も素晴らしい。
まぁ生きていた奴の生皮剥がして製作してるんで
当然ちゃー当然ですかね。
そんで服も着替えて……出来るだけ見窄らしく…。
うん。良いですね。
最後に、ズレない様に皮膚を縫い付けて、
縫い目を特殊メイクで隠せば別人の完成~。
ふふっ、それでは外に出て散歩がてら敵情視察でも
しましょうか。
バベルには、この国を滅茶苦茶にしろって言われて
ますからねぇ。
どうしようかなぁ。
騎士でも殺しまくろうかな?
それとも無差別に殺す?
ひひっ、悩みますねぇ。久しぶりに自由に殺れるんです。
楽しまないと駄目ですよね。
名無しは、不敵な笑みを浮かべながら
歩き始めた。
飲料水は当然、井戸ですか。
なら、井戸水に毒物でも混入しましょか。
大混乱になるでしょうねぇ。
共用の井戸が、いくつか有りますし、
その井戸に毒が入れられれば混乱し騎士や兵士達が
大勢動くだろう。
それを見計らって騎士どもを無差別に殺していきましょう。
序でに、騎士を尋問し位の高い連中も聞き出して
消しましょうか。
念の為、いくつか顔や部品も調達しとかないと
いけませんね。いやぁ、楽しみだ。
「見つけたぞ!!」
「てめぇ!ランゲ!何処ほっつき歩いてやがった!」
5人組の獣人達が名無しを取り囲む。
「てめぇ、借金も返さねぇでフラフラしやがって!
今日こそ金貨5枚利子付きで返してもらうぜ!」
あぁ、あの男ランゲって言うのか。
名前を聞く前に殺しちまったからな。
でも名前を聞けて良かった。
「へ…へへ…旦那方、ちょいと気分転換って奴で…。
それに…その…あと一日待ってくれませんか?
どうか、おねげぇします!」
あの男の見た目と昼間っから飲んだくれて
借金するような奴なんて、こんな感じの態度でしょ。
「毎度、毎度同じ事言いやがって!
もう許さねぇ!ガラ攫って痛めつけてやる!
連れて行け!!」
両脇をがっしり掴まれ連れていかれる名無し。
あらら、連れて行かれる感じですね。
どんどん人気が無くなっているし。
よし!もう少し人の目が無くなったら殺そ。
「へへっ、兄貴、こいつ随分大人しくなりましたぜ」
「ふん。諦めたんじゃねぇのか?
おい、聞いてるか?じっくり痛めつけてやるからな!」
頃合だ。
プッッ!!
一人の男が俺の顔を覗き込んだ瞬間、
尖らせた歯を一本舌で引き抜き男の眼目掛けて
勢い良く飛ばす。
「ぎゃああああ!!眼がぁぁ!」
「あっ、兄貴!?」
尖らせた歯は男の眼球に命中し絶叫を上げながら
のたうち回っている。
部下達は何が起こったのか理解出来ず名無しの
拘束していた腕から手を離す。
シャキッ!キンッッ!!
名無しは懐から2本の刃物を取り出し
素早く両隣に居た2人の男達の動脈と気道を
切り裂いた。
「おっっ!?…ゲッ!?」
「ヒュー!ゲポッ!」
あーと二人ですねぇ。
「て、てめぇ!トチ狂いやがって!」
「や、殺れ!ぶっ殺せ!!」
無傷の男が刃渡り40cm程の刃物を取り出す。
と、それを確認した瞬間に名無しが一瞬で間合いを
詰めて相手の刃物を自分が持っている武器で
絡めとり刀身を破壊。
それを見て放心した男の顎下に刃物を突き刺す。
ドシャリと糸が切れた操り人形の様に
男が倒れ、それを見ていた兄貴分の男が
青褪めた顔で名無しを見上げている。
「な、なな、何て事しやっ…しやがった!
そ、それに、何だよ!?その変な武器は!?」
「面白い武器でしょう。
まほろし十手と言う武器で相手の鎮圧や
暗殺なんかにも使用出来る物でね。
突き、斬り、薙ぎ、受け、搦め、
様々な用途に使用出来るので気に入ってます」
説明を受けていた男はドンドン顔が険しく
なっていく。
武器の性能を聞いたからでは無い。
先程まで話していたランゲの声では無いからだ。
「だ……誰だ…てめぇ」
「さぁ、誰でしょう。ですが、間違い無く貴方の
知っているランゲさん?では無いですね。
所で、貴方お名前は?」
「ふざけっっ!ぐぎゃあああぁ!!?」
名無しは先程、歯が突き刺さった相手の眼に
十手の鋭利な先端を突き刺した。
グリュ
「ひやああああ!?や、やめてくれぇ!!
頼む!許してくれええぇぇ!」
「お名前は?アジトは何処です?」
「カンダル!名前は、カンダルだ!!
ア、アジトは、この先に行って突き当たりを
右に曲がると石造りのアジトがある!!」
「ブラボー!」
ズシュ!と更に奥に捩じ込むと男は痙攣し始める。
それを無視して何事も無かったかの様に先程
聞いたアジトに歩を進める。
すると、そこには2人組の柄の悪いゴロツキが
入口の前で立っていた。
「あん?何だ、あいつ」
「確か…うちで金を借りてるランゲとか言う
チンピラじゃねぇか?
おう!金を返しに来たのか?」
「………」
ボシュ!ボシュ!!
名無しは無言で2人の頭を撃ち抜いた。
そこに躊躇など一切存在せず、息を吸うかの如く
相手を殺していく。
木の扉……気配がしますね。
此処辺りかな?
ボシュ!ボシュ!!
名無しは扉越しで2発撃ち込むと扉の向こうで
何かが倒れる音がした。
それを確認し扉を開け普通に侵入する。
「な、何だ!?テメッッ!?」 ボシュ!
「んあ?どうしっっ」 ボシュ!
部屋に居た獣人を殺すと2階から声が聞こえる。
「おい!何だ、今の音は!?」
「カチコミか!?」
名無しは天井を見上げながら首を少し傾げ、
空になったマガジンを取り外し、ロングマガジンを
装填し単発から連射に切り替えると天井に
向けて乱射した。
ゴトンッ!ガタンッ!ドサッ!
天井に無数の穴が空くとパラパラと破片と
一緒に血が流れ落ちてくる。
次は……っと。
名無しが廊下に出て歩いていると不意に立ち止まる。
曲がり角に一人か。
名無しは曲がり角付近の部屋に入り近くにあった
コップを角に投げる。
「うおおおおおおりゃああああ!」
その音に反応して大柄の獣人が斧を振りかぶりながら
飛び出してきた。
その男の後ろに音も無く忍び寄り脊髄に
銃弾を撃ち込み射殺する。
コッ…コッ…と最後に残った部屋の扉を
開けると中年の男と、その後ろに震えている
可愛らしい女の子が居た。
「だ、誰だ!?貴様!」
男は小さな短剣を抜くと切っ先を名無しに向ける。
「そうですね。まぁ……殺し屋です」
「殺し屋!?誰の差し金だ!?何で、俺を!?」
「内緒です。それに貴方だけを殺す様に依頼
された訳じゃないんですよ」
名無しの言葉に困惑する。
「依頼者にね、この国を滅茶苦茶にしろって
言われているんです。なので、この国に
住んでる連中が全員殺しの対象なんです。
今回は、たまたま貴方達に眼が行ったんで
殺してるだけですね」
そう言うと拳銃を男の両足に発砲する。
「ぐあああああああああああああ!!?」
「パパァ!!」
男は、何故足がいきなり血を吹いたのか解らず
苦悶の表情で叫び声を上げる。
そんな状態にも関わらず名無しは顔色一つ変えずに
銃口を男の頭に合わせる。
「やめてぇ!パパをいじめないで!」
「頼む!娘…娘の命だけは助けてくれ!
娘は、まだ子共なんだ!お願いだ!」
お互いに庇い合う光景を眼にし名無しは
銃口を外す。
「私は何で、この仕事をしてると思いますか?」
「……か…金…の為だろう?」
「趣味です」
ボシュ!ボシュ!ボシュ!ボシュ!……ボシュ!
ゴロリと転がる父娘の血塗れの死体を
眺めていると、名無しの腹がグゥ~と鳴る。
腹減りましたねぇ。
市場で飯でも買って帰りますか。
何事も無かったかの様に建物から出て市場に
向かう名無しの権兵衛。
この男にとって殺しとは趣味。
ただの日常での一コマでしか無いのだ。
朝起きる、ご飯を食べる、仕事する、寝る。
この中に殺すと言う作業が入るだけで
息を吸う事と同程度でしかない。
殺しに対し罪悪感も後悔も一切無い。
ボス、ガストラ、京香も殺しに対し躊躇は
しないが名無しやのっぺら坊とは根底が少し違う。
ボス達は元は軍人。
誰かを守る為に軍人になり殺して来た。
しかし、殺し屋は違う。
誰かを守る為では無く欲を満たす為だけに
殺すのだ。
普段は、変態で、おちゃらけている名無しも
のっぺら坊も蓋を開ければ冷徹。
血も涙も無い殺し屋達だ。
クインケ帝国の民達は知らない。
途方もない程の凶暴性を持ち殺しで欲を満たす
怪物が2人も潜入している事を。
これから始まる恐怖の生活を………。




