閑話「災い」
「こっっの!大馬鹿野郎がぁぁぁ!」
廊下にも聞こえる程の怒鳴り声で
大司教に対し声を上げるロバート。
彼の顔は怒りで真っ赤になっている。
先程まで、真っ青だった顔色が嘘の様だ。
「お、お前っ!!この糞デブがぁ!
何て!何て事しやがったんだ!!
終わりだ!もう、お終いだ!!
何で、こんな馬鹿の所に召喚なんて
訳分からん理由で呼ばれたんだ……。
くそ…どうすりゃいいんだ…
大体、何で異世界まで来て【デスグラシア】
のメンバーが居るんだよ……
うぅ……何とか、何とかしないと…」
もう全員がポカーンである。
ロバートは、真っ赤になって大司教に
怒鳴ったかと思えば、又しても顔を
真っ青にしてポロポロと涙まで流す
始末である。
勇者達もクインケ帝国の重鎮達も
訳が解らないといった顔だ。
この男…ラド・バベルを知っているのか?
しかし、ロバートと名乗る、こいつが、
この世界に召喚されたのは2日前。
本来なら絶対に知らない筈。
俺達でも、この世界で最近知った男なのに、
ロバートの怯え様は、昔からバベルを
知っているかの様な振る舞いだ。
「ま、全く!召喚されし者が情けない!
それでも、貴方は勇者なのですか!?
しかも、神に使える私に対しデブなどと!
不敬で罰しますよ!!」
普段から厭らしい笑みのウェルダン大司教が
真っ赤な顔をしている。
が、今は、それどころでは無い。
俺は、ウェルダン大司教を制し、落ち着いた声で
ロバートに話し掛ける。
「ロバートさんは、ラド・バベルを
知っているのか?」
「………あぁ、資料で見た事がある」
ロバートは、力無く返答する。
資料?ますます解らないな。
そもそも、この男は俺達が居た世界で
何をやっていた人なんだ?
「ロバートさん、まず貴方は何者だ?
何で、ラド・バベルの事を知ってる?
あの男は、俺達が居た世界で有名なのか?」
「…煙草……吸って良いか?
後、水を1杯くれ…喉がカラカラなんだ」
少し落ち着いた様なので水を渡す。
ロバートは、一気に水を飲み干すと
煙草に火を着けて大きく吸い込んだ後に
吐き出した。
「本来なら、守秘義務で喋れないが…
状況が最悪だ。
それに、異世界だからな。まぁ、いいか」
そして、ロバートは衝撃的な言葉を告げる。
「俺は、中央情報局……CIAに勤めてた」
「「CIA!?」」
ロバートの言葉に反応したカツヤとノボル。
麗奈もレンも驚いている。
「デュフ!や、やっぱり映画みたいな事を
やったりす、するの!?
盗聴や、場合によっては、あ、暗殺とか!?」
ノボルは、映画好きでミリオタだからな。
やっぱり気になるんだろうが、今は話の
腰を折らないで欲しい。
「部署によるな。ただ、俺は、
ケース・オフィサーの下っ端だ。
戦地や現場の情報収集が主だよ。
それを上に提供並びに補佐する。
荒事は、別部門だからな」
なる程。情報局に属してるのか。
そんな男が、ラド・バベルを知っている。
それだけでも、バベルが一般人じゃない事を
証明しているな。
「バベルを知ったのは8年前。
この時、俺の上司は法ギリギリの
作戦を指揮していてな…。
更に上の上司の命令を無視して
ある男の捕縛及び殺害を踏み切った。
それが、ラド・バベルだ」
ロバートは、煙草の灰を灰皿に落とす。
「本来なら、俺みたいな下っ端に機密レベルの
情報は見れないんだが、上司が無理矢理
許可を取ったんだ。
まぁ、実際は許可なんて取ってなかったがな。
それでも、心躍ったよ。
ラド・バベルは機密5のファイルに保管されて
いた。
どんな奴なのかと期待したね。
けど、実際確認したら遠目に撮られた
写真とデスグラシアと言う単語だけ。
名前、年齢、国籍一切不明。
後は全部、塗り潰されてたな」
「そんな事が有るんですか?」
麗奈が疑問をぶつける。
「さてね。俺達の世界じゃ何が常識で
何が非常識なのか曖昧だ。
そんな事もあるかも知れない。
只、俺の上司は気に入らなかった様で、
非合法な組織やら何やらにまで
情報提供を迫ってね。
けど、駄目だった。国外の情報局
なんかにも提供を求めたけど、
全然出てこない。
しかし、何とか、護衛達の情報だけは
手に入れたんだ。
因みに、こっちに来ている護衛は
知っているか?」
「うむ!確か、ポス・ホバックと
ガストラ・ラベラ、それから、
剣崎京香と言う奴等だったな!」
カツヤから出た名前を聞いてロバートは
項垂れる。
「……最悪なメンバーだな…。
全員、筋金入りの傭兵達だ。
CIAも過去に何度か仕事を頼んだ事が
ある連中で元パラベラムのメンバーだ」
「パラベラム?」
「世界各国の戦争を仕切ってる戦争屋だよ」
中々、現実離れしている話だな。
本当に映画の様だ。
「パラベラムは、常に戦争の裏側に居る。
歴史は古いらしく、今まで起きた戦争
全てに関わっていると言われている
巨大な組織だ。
当然、属している隊員は精鋭。
中でも、今上げたメンバーは
パラベラムの中でも相当危険な任務を
こなし生き残ってる猛者達だ」
……地球での戦争を生き延びてる兵士か。
相当、厄介だな。
こちらの戦争とは訳が違う。
はっきり言ってチートを持っていたと
しても生き残る可能性は低いだろう。
「はん!それで?作戦は?
バベルが今、こーして居るって事は、
失敗したんだろう?要点を言えよ」
レンが、髪を弄りながら急かす。
「…失敗も何も開始すらされなかった」
「はっ!?何で!?」
「作戦を開始する前に上司が死んだからさ。
心筋梗塞でな。
他の中心メンバーも全員、死んだ。
事故死、病死、自殺。
御蔭で作戦は中止。部署も閉鎖だ」
ロバートの言葉を聞いて全員が絶句
する中、ウェルダン大司教に噛み付いた
軍属の様な出で立ちの男が声を発する。
「消された様だな。それ程、
危険な男なのだろう。
そのラド・バベルと言う男は」
「まぁ、そうだな……余りにも不可解な死
だしね。
で、その後、何故か俺は部長の下に
異動。多分、監視目的だろう。
でも、どうしても納得出来なくてよ、
覚悟決めてラド・バベルの事を
聞いてみたんだ」
「デュフ…危険じゃ?」
「危険だな。実際に何人も死んでる。
けど、部長に絶対に他言しない!
もし、他言したら消されても良い!って
必死に説得したさ。
そしたら、少しだけ話してくれた」
内容は、こんな感じだったとの事。
ラド・バベルは、何処の誰だか
解らない。
只、【デスグラシア】と呼ばれる結社の
1人で世界に多大な影響を及ぼす力を
持っている。
他のメンバーは、パラベラムのトップ。
後のメンバーは知らないが、
他にも居るだろう。
政財界、金融、司法、軍事、裏社会。
ほぼ全ての中枢に存在し表に出せない
情報を管理している。
法の外に存在する人間の1人だと。
彼等は、全て知ってる。
今、こーして話して居る事もバレて
いるだろう。
多分、俺は只では済まん。
お前も覚悟しておけ。
そう言って話は終わったらしい。
「その会話の一週間後に、
部長は……………はぁ……川で浮かんでた。
検死は自殺。2日で捜査打切りだ。
俺は、理由無く左遷。
妻と子供が強盗に襲われ重症を負うも
何故か犯人は捕まらず迷宮入り。
監視カメラが、そこら中にあるのにだ!
その後、入院先で妻と子供が2回
死にかけた。
これに関しては捜査すらされなかったよ」
これは、間違いなく脅しだろうな…。
何処に居ても命を奪えると言う脅しだ。
「正直、堪えたね…自分が死ぬのは良い。
けど、あんな会話で此処までされるとは
思わなかった。詰めが甘かったぜ…」
これは、いよいよ拙いな。
その程度の会話で人が死んで、国家権力が
全く機能してない。
それだけの事が平然と出来る人間に
対し敵対行動を取ってしまったのだ。
「お前等…【デスグラシア】の意味解るか?」
「確か、スペイン語で【災い】ですね」
「へぇ、秀才だな。その通り。
ラド・バベルは触れてはならない災いだ。
それだけの力を持った人間なんだよ。
どうだ?俺が、絶望してる理由が
解ったか?間抜け共」
「は、はんっ!信じられないね!
そんな組織今まで聞いた事も無いし
メディアにも取り上げられて無い
じゃないか!?」
「当たり前だ。メディアも傀儡にされてる。
良いか?餓鬼。
世の中には、表に出ない情報や組織なんて
腐る程、存在してんだ。
俺は、そーゆう世界で働いてた。
社会も知らない間抜けが知った様な
口をきくんじゃねぇよ」
ロバートに、叱責されるとレンは
押し黙る。
丁度、その時だった。
「し、失礼致します……アトランティスにて
布教活動をしていた者達が帰還致しました」
法衣に身を包んだ男の獣人が会議室に入ってくる。
「君、まだ会議中ですよ。
報告は後にしなさい」
「も…申し訳ありません!ですが、ラド・バベルなる
人物から勇者様や皆様に品物が有るとの事でしたので」
ラド・バベルと言う名が出た瞬間、場の空気が
緊張する。
「通しなさい」
大司教が指示を出すと男が下がり同時に
女性3人と男性2人が入った来た。
そして、その5人を見た我々は絶句する。
「お…お前達……」
「えへぇ…えひゃひゃ…くひひ、大司教たまぁ…
あひゃ……いひひ、美味しい…美味しい…けひ」
普段、クインケ教が諸外国などに布教活動する時は
見目麗しい者達を送り込む。
そちらの方が受けも良いし甘いルックスで
騙しやすい。
この手法は、俺が大司教に教えた事だ。
なのにだ。
今、俺達の目の前に居る者達は全員、目の焦点が
定まらず口を半開きにさせ涎がダラダラと流れている。
アトランティスに行く前は綺麗な毛並みだったであろう
それは今では殆ど抜け落ち見る影も無い。
「おい!レイト、あいつが持っている物を見ろ!」
レンの言葉を聞いて目線を向ける。
「あれは……DVDプレーヤー?」
何で、この世界に、そんな物がある?
向こうの連中で俺達が居た世界の品物を出せる
チート持ちが居るのか?
もし、居るなら何とか引き込めないものか…。
思考を巡らせているとDVDプレーヤーがテーブルに
置かれ召喚者以外の者達が奇怪な物を見る様な眼で
見つめる。
「レイト殿、これは何ですかな?」
「これは、写石の動画バージョンだと思ってくれ。
専用の機材で対象物を写し保存。その後に再生
出来る便利な道具だ。……んっ?DVDが入ってるな」
「うむ!何が録画されているか楽しみだな!」
「変な物が映って無ければ良いのですが…」
「デュフ……楽しみ」
「レイト!さっさと映せ!ラド・バベルが俺達宛に
寄越したDVDだ。きっと何かある筈だ!」
「やれやれ、落ち着けよ。今から再生するから」
全員が固唾を飲んで見守る中、
俺は再生ボタンを押してプレーヤーを起動させる。
『ムゴオオオオオォォォォォオオオオ!!』
『ギャアアアアアアアッッ!!ヤベデェ!!
タベサセナイデェェ!!!!』
画面が映った瞬間に響き渡る尋常では無い
叫び声。
『ほぉら。美味しいですよね?圧力鍋で
じっくり煮込んだ獣の腕ですよ。
固かった肉も、こんなに柔らかに~』
『コガッ!?オエエッ!!ゴボボッ!』
『じゃあ貴方は、こちらだよー。
頭を綺麗に開いた後にオーブンで焼いた
脳味噌焼き~。色んな味付けをしてあるから
きっと美味しいわよ~』
『ヒイィィィィィィ!!』
な………何だ…これは…。
何だ、これは!!!
『クインケ教の馬鹿共と勇者諸君。
しっかり届いてるか?見えてるか?
初めまして。ラド・バベルだ。
本日は、お日柄も良く……なんて冗談は
置いておこう。
君達は映像を見て何を思っているかは知らないし
興味も無い。
只、何故こうなっているのかだけは
簡潔に答えよう。
これは、報復だ。
商品の金を踏み倒し、俺の部下達に手を出した。
それだけでも万死に値するのに俺達に対し
クインケ帝国の御膝元に来いなんて吐かしやがった。
俺達にとっては完全に敵対行動だ。
特に、ウェルダン大司教と部下達を襲った連中は
必ず殺す。何処に居ても殺す。誰と居ても殺す。
親も殺す。兄弟も殺す。妻も殺す。子共も殺す。
眼の前で全員、殺す。皆殺しだ。
ウェルダン大司教と、その部下共。
見てるか?
お前達の親族郎党全員料理して食わせてやる。
そしたら是非、聞こせてくれ。
息子、娘、妻は………美味かったか?とな』
『『ぎゃははははははははははははは!!』』
『たしゅけてぇ!!助けてえぇぇぇ!!神様!神様!
たしゅけて!助けて!たしゅけて!助けてぇぇぇ!』
髪の毛を鷲掴みにされ泣きながらカメラに向かって
懇願する信徒達。
その横でゲラゲラと笑いながらチェーンソウを
唸らせている。
ブツンッ……。
そして映像が終わった瞬間。
「…おぶっ…!!うっぷっ!」
胃酸と食べ物が胃から逆流し吐きそうになるのを
必死に口を抑えて我慢する。
他の物達も全員蹲って何とか堪えている状態だが
ノボルはゲーゲー吐いているし麗奈とウェルダン
大司教は気絶。
クインケ帝国で戦い、それなりに修羅場を潜り
力と経験を身に付けている者達でも相当衝撃
だったのだ。
ロバートから話しを少し聞いていたが
此処までとは思わなかったよ。
チートが有ろうが無かろうが関係ない。
奴は危険だ。危険過ぎる。
根底が狂っている最悪の快楽殺人者だ。
どうする?此処で対処を間違えると更に悪化する
可能性がある。慎重に行動しなければ……。
レイトは冷静さを取り戻し考えに耽るのであった。




