バベルの世界「凶暴」
~ジーンside~
ダガールを庇う様に立つ一人の
少年と美女。
少年は頭に2本の角を生やし皮膚の
一部が鱗で覆われている。
この世界では龍人族と言われている種だ。
もう一人の女性は顔が整っている美女。
しかし、眼は爬虫類の様な眼をしており
下半身が蛇になっている。
ナーガ族と言われている。
ジーンとミュー。
ダガールの部下でファルシア大国軍の
隊長達だ。
その隊長達の眼の前に居る異形の人間。
大国で最も凶悪な犯罪組織トップの
ラド・バベルと言う人間の側近。
剣崎 京香。
こいつ等が関わってきた犯罪は
数え切れない程だ。
しかも、その殆どが余りにも凄惨で
記録に残す事自体、憚られるぐらいにな。
そんな最悪の犯罪集団が次に標的に
したのは、この国。
ファルシア大国だ。
御蔭で、何処も畏も戦いばかりだぜ。
「アンタ達…確か武闘会でチラッと見たわねぇ」
ゴキンッと首を鳴らす京香。
「ジーンって者だ。てめぇ…剣崎だな?」
「初めまして、ジーン君。えぇ、私は
剣崎 京香。宜しく。
で?アンタ達は何しに来たの?
その、死にかけを助けに来たのかしら?」
京香の言葉で、ミューに介抱されている
ダガールを見る。
あのダガールが此処まで滅茶苦茶に
されるなんてな…。
正直、信じられねぇけど実際に
見ちまってるから信じるしかねぇか。
そんで…この女…。
やべぇってのは見れば解る。
武闘会で見た時は、多少、腕が立つぐらいにしか
思ってなかったんだけど、こうして戦場で対峙
したら別人だ。
薄ら笑いを浮かべているが隙は無く相手の
言動を常に監視しているし、直ぐにでも
攻撃出来る様な態勢だ。
何より、この女から発せられる凄みが
全然違う。
戦場を経験しているダガールやミューとは
全く違う。
まるで、凶暴を具現化した様な感じだ。
これが戦場を幾度も経験した兵士か…。
「ダガールは俺の上司だ。助けるのは
当然だろうが!」
歯を剥き出しにしながら吠えるジーン。
「ジー…ン!ゲホッ…逃げろ!
儂に構うな!!ゴホッ!ミューと一緒に…」
「逃げねぇ!!」
ダガールが何とか説得しようとするが
言葉を遮ってジーンが叫ぶ。
「俺は、龍人として誇りが有る!
恩人であるアンタを見捨てて逃げる
なんて事しねぇ!
敵が誰であれ龍人の俺は戦う!!」
ジーンの言葉に強い意思が見える。
その背中は凛々しく戦場で自分を助けてくれた
戦友達の姿が重なる。
「ダガール…ジーンに何を言っても
無駄ですよ。
私達は覚悟を持って、この戦場に
立っているのですから」
ダガールに応急処置を施した後に
ミューが三叉に分かれた槍を構える。
「………そうか…」
その一言だけ言うと顔を伏せた。
表情は見えない。
見えないが、地面にポタポタと雫が
落ちていた。
「俺達と戦え!剣崎!」
ナックルガードを着けた拳を握り締め
臨戦態勢に入る。
「ふふ……、舐めやがって!」
ズラァァ。
京香が腰の後ろに装備していた武器を
取り出す。
何だ…あの武器?
刃物なのは確かだが形が見た事無い程
歪な形状だ。
鎌の様に見えるけど形状が違う…。
今まで見た事無い武器だ。
ジーンが見た事無いのは当然だろう。
そもそも、京香が居た世界でも中々
見る事の無い形状だ。
この武器を言葉で説明するのは中々難しいが、
トンファーと言う武器をご存知だろうか?
沖縄に伝わる古武術に使用される
打突武器兼防具である。
50センチメートルの長さの棒の片方の端近くに、
握りになるよう垂直に短い棒が付けられている。
握り部分を持った状態では、自分の腕から肘を
覆うようにして構え、空手の要領で相手の攻撃を受けたり、
そのまま突き出したり、または攻撃を受けたまま
空いてる手や蹴りを繰り出して攻撃する。
それが、トンファーだ。
しかし、京香の武器は違う。
50センチメートルの長さの棒…では無く、
腕から肘を覆うように日本刀の様な
刃物が伸び、長い部分の切先からは
鎌の様に湾曲しているのだ。
鎌と日本刀とトンファーが融合した様な
複合刀。
骸流暗道で使用する京香の愛刀。
【阿刃】と【吽刃】
それが、歪な刀の名である。
「えげつねぇ形状の刃物だな…」
「気を付けなさい。ジーン。
あの者は見た事の無い武器を多数使用
するとの事です。
油断は禁物ですよ!」
へっ!油断なんてする訳ねぇだろ。
あのダガールを瀕死にまで追い込む様な
化物だぞ。最初っから全力だよ!!
ドンッと言う音と砂埃が舞うと共に
一直線に京香に向かうジーン。
その後を、音も無く向かうミュー。
動のジーン。静のミュー。
二人のコンビは驚く程、息が合っている。
「おらぁ!!」
ガキキンッ!!ガキキキキッ!!
拳から肘まで覆われて居る金属製の
武具を着けたジーンが拳を何度も
打ち込む。
その速さたるや常人では見えない程だ。
が、その拳を薄ら笑いを受けながら
全て受けきる京香。
ちっ!マジかよ!?こいつ!
俺の拳を全部受けきってやがる!
しかも何だよ、この武器!!
防御しつつ攻撃も出来んのか!
京香は、ジーンの攻撃を受けながら
肘と腰を流れる様に動かし鎌状の
切っ先で攻撃を入れる。
「こんな事も出来るわよ!」
そう言うと京香は攻撃してくるジーンの
武具に付いている金具を鎌状の刃で、
引っ掛け前方にバランスを崩す。
同時に、京香はジーンの真横に体勢を
変えると、まるで蹴躓いたかの様な
格好になるジーン。
「やべっ!!?」
慌てたジーンが態勢を立て直そうと
する。しかし、京香は既に命を刈り取る
体勢に入っていた。
喉元へのカチ上げ。
まるで、下から迫り来るギロチンの様に
鎌状の刃物が一気に振り上げられる。
ガッキンッ!!
その攻撃を止めたのは、ミューだった。
丁度、刃物と首の間に槍の柄を入れて
ギリギリの所で止めた……と思った。
京香は止められた事など関係無いとばかりに
振り上げるとミューの槍の柄がジーンの首に
減り込む。
そんなギリギリの状態で京香の刃を
受け止めているが、この武器の
恐ろしさは、こういった状況で発揮する。
肘と肩の駆動部を更に上げる。
そうすると受け止めていた刃が少しズレて
鎌状の切っ先がジーンの首に刺さるのだ。
その瞬間、一気に下に引く。
「いっつ!?」
痛みを感じ直ぐに京香から離れるジーン。
「ジーン!?大丈夫ですか!?」
「大丈夫だ!!助かったぜ!」
くっっそ、やばかった!?
ミューが居なかったら胴体と泣き別れ
するところだったぜ!
動脈が通っている首の部分を
抑えている手から血が流れてくる。
くそっ!しかもミューの槍事、攻撃して
来やがって。
剣、短剣とも槍とも違う武器だから
攻撃が読めねぇ!!
防御してると思ったら鎌状の切っ先が
何処からともなく飛んできやがる!!
「やるじゃーん!初見なら絶対に
死ぬ攻撃なのにぃ。アハハ」
身体と腕をぶらんぶらんと
揺らし脱力している京香。
この世界の剣技とは余りに違う京香の
殺人術だ。
「阿刃と吽刃の攻撃は解りづらいでしょ?
じゃあ、今度は私から行くね」
ニコリと微笑むと京香の太腿が
膨らみ履いているズボンが今にも
張り裂けそうになる。
ドンッと音がすると地面が抉れ一気に
ジーンの懐に入る。
「ぐっ!本当に人間か!?てめぇぇぇ!!」
ドガギギギギギンッ!!ドガギギギギギンッ!!
ジーンと京香の間合いでの攻防は
凄まじかった。
あの空間に入った瞬間にバラバラに
されるであろう斬撃は既に眼で
追える速度では無い。
しかも、それだけでは無い。
京香は、その斬撃を常に動きながら
しているのだ。
まるで呼吸すらしていないのでは?
と疑いたくなる程、攻撃の手と動作を
速度を落とす事無く行っている。
「加勢します!!」
そこにミューが高速で槍を繰り出す。
二対一…。
卑怯では無い。
此処はルール無用な戦場なのだから。
ミューが加わり攻撃の手が緩まると
踏んでいたジーンだったが、その考えは
甘かった。
更に攻撃が加速したのだ。
冗談じゃねぇぇ!!
なんつー攻撃の速さなんだよ!
こんなの捌ききれねぇ!!
くそっ!!息が…続かね!
既に10分以上、京香の斬撃を受けている
ミューとジーンの息は上がっていた。
眼の前の視界が白く霞み光が点滅する。
俗に言う酸欠だ。
普段の二人なら10分程度動き回った所で
息が上がる事など無い。
だが、京香の攻撃は二人の身体能力を
上回る速度で攻撃しているのだ。
一切休息せずに一撃一撃がトロールや
オーガの全力の様な攻撃がとんでもない
速度で降りかかる。
ハッ、ヒュッ!ハァ…ガッ!
駄目だ!呼吸がまともに出来無くなってきた…。
眼が霞む…攻撃を受け続けている腕も足も
骨にヒビが何箇所も入ってる…。
ミューも、もう限界だ…。
ジーンもミューも既に血だらけだった。
辛うじて致命傷を避けているだけだが、
出血量がマズイ状況だ。
くそっ…くそっ!
何で、こいつは動き続けられんだ!?
しかも、まだ速度が上がっ……!!
ガキンッ!!
二人共意識が朦朧とした瞬間、ジーンの腕と
ミューの槍を京香が弾く。
「アッハ!終演だね!」
右肘を振り上げ、左肘を振り下げる。
丁度、ジーンの脇腹とミューの首筋に。
その光景は、まるで獲物を見つけた
百足が大顎で噛み付く様に…。
駄目だ…死んだ……。
そう思い瞼を強く瞑る。
「……ガッハッ!!」
何だ…?痛みを感じない…?
俺は、もう死んだのか?
恐る恐るジーンは眼を開ける。
「…あ……ああぁ…」
「…そ、んな…」
ジーンとミューが悲痛の声を上げる。
「若い芽は摘ません…ゲホッ!」
「「ダガーーール!!?」」
ジーンとミューの前にはダガールが居た。
京香の凶刃を身体に受け止めて…。
「ふんっ、無駄な事を。
引き抜いてバラバラに……あれっ?」
ダガールの身体に突き刺さった刃を
抜こうとする京香の顔が曇る。
「ふふっ、ゲッホ!手負いの…獣が
一番、危険と…ゴホッ…教わらなかったか?」
ダガールは命と引き換えに全身全霊の
力を自らの身体に込める。
あの、京香の怪力ですら引き抜けぬ程に。
「アッハ!馬鹿ね!そんな事したって
刃物を手放せば問題なッ!?」
ガシッ!
ダガールが京香の両腕を掴む。
「逃がさぬ!貴様は私と一緒に死ぬのだ!」
ダガールが、そう言うと身体が青白く
光始める。
「ダガール!?何する気だ!!
死ぬって何だよ!?おい!」
何言ってんだよ!
死ぬなんて言わないでくれ!
狼狽するジーンにダガールは言葉を発する。
「ジーン…ミュー……。
最後の命令だ…この場を離れろ。
私は、この化物と共に…自爆する」
「「!!?」」
「はぁ!?自爆って何よ!」
自爆と言う言葉にジーンとミューが驚愕し、
京香の顔に焦りが見える。
「私の…身体には爆裂魔法の術式が
彫ってある…ふふ、命が尽きそうに
なった時に発動する様にね…。
もう止められない…ははは」
そんな…そんな!そんな!!
嫌だ!やめてくれ!
「嫌だ!ダガール!止めてくれ!!
死なないでくれ!お願いだ!!
アンタが死んだら俺達は、どうしたら
良いんだよ!?
ダカール……嫌だ…死なないで…」
ガクッと膝を落としジーンの瞳から
大粒の涙が零れ落ちる。
ミューは、眉をしかめ必死に涙を堪える。
そんな2人にダガールは優しく声を
掛ける。
「私は…妻も子も居ない…天涯孤独の身だった。
……だが…お前達は息子と娘の様に
思っていたぞ…。
行け!この国の未来を、お前達が
繋ぐのだ!!」
その言葉に、ミューの涙腺が決壊し、
涙を拭いながらジーンを抱き抱え走る。
「ミュー!?止めろ!離せえぇ!!
ダガールが!ダガールがあぁぁぁぁ!!
嫌だあぁ!!親父!!
親父いいぃぃぃぃい!!」
「ッッ!お父さん!お父さん!!」
徐々にジーンとミューの声が遠のいていく。
その光景を満足そうに見るダガール。
「ふっざけんじゃねぇ!!何、満足
した様な顔してんだ!?死に損ないがぁ!」
ドゴンッとダガールの身体に強烈な
膝蹴りを入れると更に刃が喰い込む。
「無駄…だ。もう痛みも感じぬ…。
共に逝こうぞ…」
「そんな、デートの誘いお断り
なんですけどおぉぉぉぉぉぉ!!!」
ダガールの身体が眩く光る。
「バベル!ごめーーーん!!
私、死んだかもぉぉ!
あっははははははははははははは!!」
ドオォォォォォォォォォォン!!!
ミューに担がれ遠く離れた場所に鳴り響く
爆発音と爆炎が上がる。
それを、見たジーンは咆哮を上げるのであった。




