閑話 「住民の最後」
イス区域の、ある場所に人間が
一人取り残されている。
その光景を確認したゴロツキ達は、
口元を緩ませ眼光鋭く人間を
睨みつける。
俺も、その一人だ。
くっくっくっ。今日はツイてる!
自然に、ボロボロの短剣を握り締める
手も力が入るってもんだ。
当然だぜ!なんたって今、俺達の
目の前に居る人間は賞金首だからな。
懸賞金額8000枚!しかも、
銅貨や銀貨じゃねぇぜ!金貨8000枚よ!
人間の名は、ラド・バベル。
アアル区域とシボラ区域の支配者だ。
人間が高額賞金首ってのも可笑しな話だが、
こいつ等は例外だ。
アアル区域とシボラ区域の支配者達を
殺害し国の騎士団や兵士達相手に
大暴れしている話題の超危険人物だからな。
特に、こいつの下に付いている連中が
マジでヤバい。
まず、魔物だ。
従える事自体、難しい魔物をゴロゴロ
部下にしてやがる。
コブリンやバブーンが主力でよ。
最初に聞いた時は、ゴブリンかよって
笑ったもんだが実際見た時は腰が
抜けそうになったぜ。
筋肉隆々で眼光鋭くてな。
来ている服も見た事無ぇ感じで
武器も綺麗に手入れされたんだぜ。
オーガか何かの類いじゃねぇかって
思ったよ。
他にも、ジャン・フォレスト・キャットって
言う化猫やらスライムまで居るらしい。
全く魔物の巣窟だぜ。
それだけでもヤバいのに、
暗殺者まで囲ってやがる。
山猫って言われているプロの暗殺一味
なんだけどよ。
そこのトップクラスの暗殺者を仲間に
してるみてぇなんだよ。
俺は、見た事無ぇんだが、これまた
とんでもなく美人って噂だぜ。
へっへっへっ、一度でも良いから拝んで
みてぇもんだ。
こんだけ揃ってたら裏社会でも中々
良い所まで行けると思うぜ。
けど、こんな猛者達より危険視されているのが
まさかの人間ってのが笑えるな。
ボス・剣崎・ガストラ。
聞く奴が聞いたらビビって小便漏らす程の
危険人物。
あの魔物や暗殺者達の上司が、こいつ等だ。
人間がだぜ?
俺達の世界で底辺中の底辺って言われている
奴等が化物を従えてるんだ。
性格は、冷酷非道残虐無比。
相手が泣こうが喚こうがお構いなしだ。
その癖、訳解らん魔道具まで使用して
戦闘は超一流ときたもんだから質が悪い。
最近じゃあ、勇者一行を襲って仲間を
一人殺したらしい。
そんな、とんでもねぇ連中の親玉が
ラド・バベルって奴だ。
そいつが一人、イス区域に置き去りに
されてんだから笑っちまうよ!
何で一人かって?
はっはっはっ!護衛の人間共が逃げちまったからさ。
全く笑っちまうよな。
大将残して全力で逃げるんだから
拍子抜けも良い所だ。
大方、俺達にビビって逃げたんだろうよ。
これじゃあ、今まで聞いた話もホラ話かも
しれねぇな。
まぁ、ラッキーって事だ。
護衛が居ないバベルなんて怖くも何とも無ぇ。
どうせ、雑魚だろ?
いやぁ~、楽しみだぜ!
金貨8000枚だぜ!?
ここら辺に居る連中と山分けに
なると思うが、それでも金貨100枚ぐれぇは
貰えると思う。
スラムで金貨100枚なんて大金持ちだ!
何年も遊んで暮らせるぜ。
くぅ~!金貨貰ったら、どうすっかなぁ。
先ずは、やっぱ女だな!
娼館貸し切って何人も女侍らしてよ~。
美味い飯や酒をたらふく食ってやるぜ!
そんで、部屋も引っ越して武器も新調してよ。
へへっ、夢が広がるなぁ。
「ギャハハハハ!」
おっと!他の連中質も俺と同じ事でも
考えてるのかねぇ?
確かに、笑っちまうよな!ははっ。
金貨が手に入った時の事を考えつつ
どうやってバベルを殺すか考えていると
不意にバベルが言葉を発する。
【そうだ…笑え】
「ギャハハハハ!」
「アハハハハハ!」
「ヒャハハハハ!?」
ん?ん!?何だ?わ、笑いが止まらねぇぞ!?
いや、確かに笑える状況かも
しれねぇけど、何か変じゃねぇか?
バベルが声を発した瞬間、先程までの
笑い声がより一層大きくなる。
しかし、笑っている者達全員が
異変に気付いていた。
笑いが止まらない。
口を閉じようとしても塞いでも漏れ出す
笑い声。
明らかに変だ。
皆、顔は笑っているのに狼狽えている。
駄目だ!止まらねぇ!何で!?
どうなってんだよ!?くそ!大声で
笑ってるから息がしずらい!?
喉が痛ぇ!口が裂けて血が出てきやがった!?
バベルが居る現場は異常な雰囲気に
飲まれていた。
全員がゲラゲラと涙を浮かべながら
笑っている。
男、女、スラムの住人も平民街の者達も
今、この場に居る者、全てが笑っているのだ。
ただ一人…バベルを除いて。
いつも薄気味悪い笑みを浮かべている
バベルが一切笑っていないのだ。
さっきまで…ついさっきまでは満面の
笑みだった男がだ。
それに気付きバベルの方に目線を
向けた住人達は一様に戦慄する。
眉間にシワを寄せ眼付きは更に鋭く
額にはうっすら血管が浮き出ていた。
歯を食いしばり葉巻は今にもちぎれそうだ。
その顔は例え威厳がある王族であろうと
平伏してしまうんじゃないかと思う程
恐ろしい顔付きだった。
やべぇ…やべぇ、やべぇ!!
どうする!?どうしよう!?
身体の震えが止まらねぇよ!!
手に力が入らねぇ!食った物を吐きそうだ!
お…俺…もしかして、とんでもねぇ奴を
怒らせちまったんじゃねぇか?
で、でもよ…普通此処まで切れるか?
殺されたのはバベルの下っ端じゃねぇの!?
支配者のバベルが何で、こんな事で
ブチ切れんだよ!?
スラムじゃ殺しなんて日常の世界だぜ!?
そ、それに実際、殺したのは俺達じゃねぇ!
気付いたら死んでたんだ!
俺達は無関係じゃねぇか!?
確かに、彼等は今回の殺しは無関係だ。
しかし彼等は大きな勘違いをしている。
バベルは自分の物を奪う奴は許さない。
歯向かう者、侮辱する者達を許さない。
それが例え、顔も知らない様な部下で
あろうと殺されればバベルの逆鱗に触れるのだ。
彼等は殺していない。
しかし、バベルの部下だった男の亡骸を
見て笑ったのだ。これは侮辱だ。
彼等は、触れてはならない逆鱗に
触れてしまったのだ。
【笑いながら…地獄を楽しめ。…ゴミ屑共が】
地の底から響き渡る様な声。
周りが大声で笑っているにも関わらず
その声は、まるで耳元で言われている様に
ハッキリと聞こえた。
そして、世界は一変する。
ズズッ…ズズズッ…。
二チャ…二チャ…二チャ…。
クチャ…クチャクチャ…クチャ…。
何とも言えない嫌な音が周りに
聞こえ始めると、ソレは姿を表した。
バベルの周りから得体の知れない者達が
這い出てくるのだ。
何体も何十体も気味の悪い動きをしながら
地面から出てくる者達。
その者達の姿は異様としか言えなかった。
全身が漆黒の様に真っ黒。
大きさは3mも有る者から1m前後。
全身に眼がいくつも見開いており
腕が複数ある者、足が複数ある者、頭が
複数ある者と異型としか言えない者達。
異型の者達は、口を大きく開けて舌を
不規則に動かし涎がボトボトと地面に
落とす。
肉が腐った様な匂いと血生臭さが
周りに充満し、この世のものとは
思えない不快な匂いが住民達の鼻を
刺激した。
えへ…えへへ…。
お、俺…夢でも見てんのかな…?
化物が…化け物達が俺達の目の前に居る。
魔物でも無い。見た事の無い化け物…だ。
人間やら魔物やらを何体もゴチャ混ぜに
したような真っ黒な化け物…へへへっ…。
その余りにも異様な光景を呆然と
見ていると一人の男が剣を振り回しながら
その化物に突っ込んでいく。
多分、ヤケになっているのだろう。
いや、こんな状況で正気を保てる奴なんて
絶対に居る筈が無い。
突っ込んだ男は、泣き笑いながら
化け物に剣を振るう。
しかし、当たらない。正確には当たっても
まるで空を斬っているかの様に
摺り抜けているのだ。
そんな男に化け物は何個も有る眼球で
見つめた後に、長い腕で男の両手、両足を
掴み捕縛する。
ギョロ、ギョロと不規則に目玉が動くと
ゴキャ…と言う音と共に化物の腹が
割れて大きな口が出現した。
口の中には更に何個も口が存在し
何百本もの歯がガチン!ガチン!と
音を鳴らす。
そして………。
ボリンッ…。
固い食べ物を食べた様な音が響き、
男は両手と両足だけを残し消えていた。
ボリリッ…ゴキッ!バリッ…ゴリッ。
耳障りな音が響く。
あぁ…あぁぁ…駄目だ。もう、駄目だ。
此処は、地獄なんだ…。
悪い事を一杯したから俺は地獄に
落ちたんだ。
地獄だから、こんな化け物が居るんだ。
俺は、もう正気じゃなかった。
周りからは絶叫の様な笑い声が聞こえ
骨が砕かれていく音。
肉が引き裂かれる音。
何かを咀嚼する音が聞こえてくる。
逃げようなんて思わない。
いや、逃げれない。
俺の足には地面から這い出している
無数の黒い手が絡みついているんだ。
神様……。
生まれてから一度も祈った事の無い
俺が笑いながら絞り出した言葉。
周りには既に化け物達が俺を取り囲み
口を開けたり閉じたりしながら
音を鳴らしている。
その化け物から少し離れた場所から
バベルが俺を見ている。
本当に楽しそうな顔をしながら。
【此処に神なんざ居ねぇよ】
バベルが無慈悲に発すると周りに居る
化け物達も大声で、居ない!居ない!居ない!と
男の声、女の声、老人の声、子供の声で
叫び続ける。
違った…俺は間違ってたんだ…。
こいつは、人間じゃなかったんだ。
人間の皮を被った化け物だったんだ。
ははっ…そりゃあ、こんな化け物を
護衛してたら逃げたくもなるよな…。
ごめんな…。
俺が間違ってたよ…。
だから…だからよぉ……。
「…た、すけ…て…」
その言葉が、彼が発した最後の言葉だった。




