バベルの世界「入口」
バベルが武装ヘリで城を襲撃してから
あっという間に2日が経ちアテゴレ地区と
パーガトリーに続く道の境界線に一人の獣人と
2匹の魔物が立っていた。
「そろそろ…だな」
「そうでやんすね」
「ガル様、何か有りましたら全力で御守り致しますので
ご安心下さい」
今、この場に立っている者達はガル・閻魔・山王のみ。
それ以外は誰も居ない。
アテゴレ地区の住人達から見たら、この先は化物達が
蠢く死の土地。地獄の入口だ。
アテゴレ地区で暴力を生業として来た者達でさえ居ないのだ。
そんな地獄に好き好んで近づく者など居る筈が無い。
だが、今日は違った。
ガルの目の先には、その地獄に近づいてくる一団が
姿を見せる。
その一団は、ガル達の姿を確認すると地獄の手前で
停車し一段と煌びやかな馬車から一人の男性が降りて、
それに続くような形で騎士達が男性の周りを護衛する。
「お待ちしておりました。国王陛下。
私、本日パーガトリー主、ラド・バベルの元まで
ご案内致します。ガル・フェルナンデスと申します」
降りてきた男性はファルシア大国国王だ。
2日間と言う短い期間で一つの橋を集中補修し
何とか馬車が一台ずつ通れる様になった為、バベルとの
約束を果たすべく来訪したのだ。
そんな国王にガルは右手を胸に当て頭を下げる。
「我が主、剣崎様よりガル様の護衛を任されて
おります。ジェネラルゴブリンの閻魔と申します」
「我が主、剣崎様よりガル様の護衛をしている
バブーンの山王でやんす」
ガルが頭を下げた後に、護衛役の閻魔と山王が
頭を下げた事により一団がザワめく。
「…魔物が、喋っている…」
「本当に、魔物を使役しているのか…」
当然の反応だ。
本来、魔物は喋らない。喋るとしたら高位の魔物だけだ。
危険度Aクラスのバブーンですら本来、言葉を真似るだけで
会話など到底出来ないとされている。
だが、閻魔も山王も流暢に喋り動作も流れる様に完璧だった。
それだけで、目の前に居る魔物が高位な存在だと解る。
「しかし、国王陛下。本日は随分と団体でお越しに
なられたのですね」
ザワめきを無視して国王に直言するガル。
「儂は、一人で良いと言ったんだがの。護衛達が
良しとしかったのじゃ。駄目じゃったか?」
ガルの目を真っ直ぐ見つめる国王は威厳に満ちており
流石、一国の主と言わざる得ない風格があった。
「いえ、特に問題は有りませんが無用な混乱を避ける為に
人数を絞った方が宜しいかと思います。
此処は、地獄の入口。待っている者達は地獄の住人
なのですから」
封建制に近いファルシア大国で国王に直言だけで無く
指摘までする行為には理由があった。
人数が多すぎるのだ。
ガルが見ている範囲でも100人を超える護衛。
その後ろには、更に300人以上の兵士や騎士達が
列を成している。勿論、騎士達の隊長等も居る。
まるで敵地に乗り込もうとしている軍隊だ。
普通に考えれば暴動の一つや二つ起こりそうなものだが、
バベルの指示により「無事に通せ」と言われている為、
アテゴレ地区の住人達は静観しているだけだった。
「では、何人なら良い?」
「……50名程度なら」
これは、ガルの優しさだ。
人数が多ければ多い程、馬鹿な考えや行動をする者達が
出てくる。
もし…万が一そんな事になればバベルは絶対に許さない。
そもそも、バベルの事を知っているガルにしてみれば
2度目のチャンスが有る事事態稀なのだ。
そのチャンスを潰す程の馬鹿なら全滅しても
仕方無いかも知れないが、此処はガルの故郷。
屍が積み上がった国など見たくは無い。
国王程では無いかも知れないがガルの決死の思いだ。
「貴様!ふざけているのか!!陛下に対し直言だけでも
死罪に値すると言うのに、その様な無礼な事を!!」
「しかも陛下自ら足を運んだと言うのに出迎えも無く
言うに事欠いて護衛を減らせだと!?
我々を侮辱するのも大概にしろ!!」
異議申し立てをしたのは、若い近衛騎士の2人だ。
そして、その2人の言葉が周りに伝染したのか、
はたまた人数が多い事からの余裕なのか次々に
捲し立てる様に声を発する。
だが…その者達はガルの言葉で沈静化した。
「なら、戦争かよ?」
その言葉に、先程まで騒がしかった場が静まり返る。
相手は何も言わない。いや、言えない。
もし此処で受けて立つなんて事を言えば国王の顔に
泥を塗るだけで無く本格的な戦争になるからだ。
たかが、若い騎士達の戯言だと思うかもしれないが
バベルと言う男は本気で受け取るだろう。
「あんた等も充分身に染みて来た筈だぜ?バベルが
どんな人間かってな!良いか!俺はフザケてもいねぇし
馬鹿にしてる訳でもねぇ!!
俺は俺なりに国を思って言ってるんだ!
なのに、テメェ等は、まだそんな事言ってんのかよ!
いい加減気付けよ!!どんな立場に居るか!
どんな状況なのか!お前達の言動一つで家族も
恋人も友人も死ぬかもしれねぇんだ!!!
バベル達は、それだけの事が出来るんだよ!!」
「ガル様の言う通りです。本来50人と言う人数でも
かなり寛大な心で許可をしています。ですが、
それに対し不服ならお帰り頂いて結構」
「バベル様には、指示に従わない場合は、
どう対処しても良いと言われてるでやんす。
どーゆう意味か解ってるでやんすよね?」
此処まで言われた若い近衛は顔を青くし俯いてしまった。
「……この者達を外せ」
国王の一言で遂には膝から崩れ落ち他の騎士に
連れ去られてしまった。
「少し人数を絞るので時間を貰って良いか?」
「…お待ちしています」
◇
◇◇
◇◇◇
多少時間は掛かったが無事人数が決まり馬車が
動き始める。
はぁぁ~…マジで、どうなる事かと思ったぜ。
ったく!あんな馬鹿連れてくんじゃねぇよ!!
まぁ、今のメンツで馬鹿やる奴は居ないと思うけどよ。
そう思いながらチラッと選ばれた一団に眼を向ける。
リヒト団長、レスタ副団長と各騎士の隊長達。
それに精鋭の騎士達だろう。さっきの若い騎士達とは
顔付きも雰囲気も違うな。
後は、この国の兵士達か。
全員、屈強な体格をして大剣を背中に担いでいる。
まぁ、国王の護衛に選ばれるぐらいだから
相当強そうだ。
と言っても俺の隣を歩いている閻魔と山王の
方が数倍強いと思うけどな。
パーガトリーに向かう最中にゴブリンの
検問所が見えて来ると、そこに詰めている
本日の責任者が俺達に敬礼をし国王達が居る
一団に近づいていく。
此処では、正規に招かれても一人一人写石で
顔写真を撮り名前を記入しなければいけない。
防犯上、顔パスなんて出来ないのだ。
一団のメンバーは、顔を顰めながら渋々記入していた。
無事、検問所で一人一人の記入が終了すると
更に気を引き締めなければならない。
なにせ、此処から先は地雷源なんだから。
なので、国王には悪いが馬車を降りるように指示を出す。
「国王陛下。此処からは徒歩で無ければ進めません。
それと、我々が歩く道を必ず歩いて下さい。
これは、絶対です」
「ふむ?徒歩は構わんが、自由に歩けんのか?」
疑問に持つのは当然だろうな。
なにせ、地雷なんて普通は存在しないんだから。
リヒトや騎士団の連中は何かに気付いたのか、
顔が険しくなっていく。
一応、どーゆう危険があるか解らせる必要が
あるだろう。
ガルは、拳大の石を拾うと辺りをキョロキョロ
見渡し、ある場所に石を投げる。
ドゴーーーーーンッッ!!!
ガルが石を投げ地面に当たった瞬間、爆発が起こり
地面が抉られている。
何が起こったのか理解出来ずに驚愕の表情をする
国王と護衛達。
「な、なんじゃ!?一体、何が起こった!!」
「地面が急に爆発した!?」
「爆裂魔法!?いや、でも術式も詠唱も無かったぞ!?」
急に爆発して混乱するのは解るが余り道から
外れるなよ。マジで踏んじまうぞ。
「お分かり頂けましたか?この辺り一面に爆発物が
埋められているんです。迂闊に別の場所を歩くと
バラバラになるんで絶対に我々の指示に逆らわないで
下さい」
ガルの説明で全員の顔が真っ青になっていく。
そりゃ、そうだよなー。何処に有るか解らないのに
いきなり爆発するなんて知らない奴が聞いたら
背筋が凍るだろうよ。
説明をしながら地雷源を歩いていき……遂に
パーガトリーの入口に到着した。
「この門を潜ればバベル達が待っています。
有意義な時間をお過ごし下さい」
皮肉っぽく国王一団に言葉を掛けると、ゆっくりと
門が開いていく。
さぁ、地獄の蓋が開いたぞ。




