バベルの世界「戦場」
現在、ファルシア大国王都「フンケルン・ヴォルフ城」
では京香達の破壊工作により混乱の渦に陥っていた。
「一体全体どうなっている!?」
「火を!?いや救助を急げ!!」
「武器庫が燃えてるぞ!他もだ!!」
様々な場所で怒号と指示が飛び全員が馬車馬の如く
動いている。
そんな光景を眼を見開きながら城のバルコニーから
見ている男が居た。
「なんという……」
元々、病に犯され顔色は良くないが今日は一段と悪い。
しかし、国王なら当然だろう。
何故なら自分の庭とも言っていいフンケルン・ヴォルフ城の
敷地が今では地獄の様な有様なのだから。
顔色どころか今すぐ倒れてもおかしくない状況だ。
「一体…何が…い、いや!そんな事より皆の身が
心配じゃ!儂も…」
そう呟いた瞬間、扉が勢い良く開けられケイト王女と
数人のメイド達が入って来た。
「お父様!!ご無事ですか!?」
「おお!ケイトよ。儂は無事じゃ。皆も無事か!?」
抱き着いて来たケイトの頭に優しく手を乗せながら
メイド達にも目配せで安否を気遣う。
国王の気遣いに年配だが背筋がピンッと伸びている
メイド長と思われる女性が無事の報告を告げ深々と
頭を下げる。
「そうか!うむ!では、各軍の代表者と各騎士の隊長達を
儂の部屋に通せ。それと大臣や貴族の代表者も忘れるな。
ただ、今は一刻も早く傷ついた者達の救助が先じゃ!!」
国王の言葉を聞いたメイド長以外の者達が直様部屋から
出て行く。
そして、メイド長が国王の身支度の為残り準備している。
「お父様……」
「大丈夫じゃ……ケイトよ、大丈夫じゃ」
自身の父親の服を強く握り締め不安な顔をしている
ケイトを抱き寄せ小さく呟く国王であった。
◇
◇◇
◇◇◇
そして、懸命な消火活動と救助活動は朝まで続き
何とか事態は終息した。……が、被害は甚大だった。
国王は直ぐに現場を確認し言葉を失った。
焼け落ちた兵舎や食料庫、崩れ落ちた橋、
運び出される真っ黒になった死体、所狭しと治療を
待っている兵士や騎士達。
昨日までは、皆、闘志に燃え勇敢な顔立ちだった者達が
今では見る影も無くなっていた。
なんと言う……なんと言う事じゃ…未来明るい若者達が
この様な……。
頭を抱えている国王の元に更なる追い打ちの報告が
入ってくる。
死者は現在までに1517名。時間が経つにつれ
更に増えるとの事。
その他に負傷者1198名、兵舎13棟と武器庫10棟、
食料庫8棟が焼け落ち物資などを運び込む為の橋が
全て破壊され孤立状態と報告を受ける。
大広間で報告を受けた国王や代表者達は全員
青ざめていた。しかし、追い打ちは止まらない。
「…特に、その…東塔を警備していた者達は
全員衣服を脱がされ身体に刃物で文字を
刻まれ……あの…警備隊の者達は……
木や建物に吊るされて…おりました…」
その言葉を聞き、勢いよく立ち上がり声を荒げる
セイント王子。
「一体、どーなっているんだ!!誰が、この様な
非道な事を!!」
「…例の人間達でしょうな」
セイント王子に小さく答える初老の男性。
見た目は50代前半だが実際は400年以上生き
数多の戦場を駆け抜けた男。
服を着ているにも関わらず筋肉の盛り上がりが
一目で解る屈強な身体に、ひと睨みされただけで
逃げ出してしまいそうな鋭い眼光。
白髪の頭から伸びる2本の角。
一昔前に武闘会無敗として恐れられた男。
そして現在のファルシア大国軍団長の
【豪鬼のダガール】である。
「人間!?何を言っている!たった4人の人間と
知能の低い魔物共の寄せ集めが惨事を引き起こしたと
言うのか!?ダガールよ!!」
「セイント様は、刻まれた文字を御覧になりましたか?」
セイントの剣幕にも全く臆する事無く淡々と
喋るダガール。
「兵士達の身体には、こう刻まれていました。
【お前達の国の兵士は何人国の為に死ねる?
我々は、個人の為に死ねる兵士が大勢居る。
1人が殺されれば100人殺す。
100人殺されれば国を滅ぼす。
我々の仲間を牢獄に繋いだ罪は重い】……と」
ダガールから放たれた言葉を聞き、最後の文面で
ハッと気付くセイント。
「ま…まさか、あの獣人のゴロツキ1人の為に
これだけの事を引き起こしたと言うのか!?
馬鹿げている!!たった一匹のスラムの餓鬼だぞ!?」
「確かに、理解しがたいと思うのも無理は有りません。
ですが兵士達は仲間意識が強い者達。
戦場を経験し仲間を失っている兵士なら尚更です。
だからこそ、たった1人でも仲間を救う為なら
戦う。………それが兵士です」
たった一人の為に大国に……か。
儂の行った行動は間違っていたのかもしれんな…。
それに…国の為に何人死ねると来たか…重い言葉だ。
ふぅぅぅ…と深い溜息を吐き今後の対策を考える。
「一先ず、橋の復興を早急にせねばならん。
幸い、食料庫もいくつか無事。井戸の水もある。
ギリギリ皆が餓える事も無いじゃろう」
国王が、そう指示を出すと部屋に居る者達は
多少安堵したかの様な顔になる。
1人の男を除いて。
「…妙ですな」
「何が妙なのだ?ダガール軍団長よ」
ダガールの言葉に全員が振り向く。
「陛下。これだけの事態を引き起こした人間が
食料庫や井戸を破壊し損ねるなど考えられません。
一度、残った食料や水を調べるべきです」
その言葉に安堵の表情をしていた者達に緊張が走る。
うむ。確かダガールは元傭兵として戦争を
幾度も経験して来た猛者じゃ。
警戒するのは最もじゃろうな。
しかし…そこまで警戒する必要があるのじゃろうか?
いや……じゃが万が一と言う事があるのう。
「よかろう!直ぐに調べる様に手配する。
安全が確認出来るまで誰も口にするで無いぞ!」
国王の言葉を聞き全員が頷く。
しかし、遅かった。遅すぎたのだ。
それは、近衛隊からの報告だった。
「陛下!会議中失礼致します!たった今入った
報告によりますと炊き出しを口にした者達が
次々に血を吐き倒れたとの事です!!」
「何じゃと!!?」
「遅かったか!!」
報告を聞いた国王達は近衛隊の制止を無視して
足早に現場に向かう。
◇◇◇
現場に着いた国王は眼を見開いた。
様々な場所で兵士達が嘔吐や痙攣を引き起こし
苦しんでいるのだ。
その中には、既に息を引き取っている者達まで居た。
調査の結果、使用された食材は破壊されなかった
食料庫の物だったらしく残っていた食料庫の食材も
正体不明の強力な毒物が検出された。ただし、
井戸の水からは何も検出されなかった為、
苦しんでいる者達や働いている兵士達に
振舞われている。
更なる悲劇になるとも知らずに…。
因みに、京香達が使用した毒物は天然毒で
暗殺にも使用されるリシン。
極めて毒性が強くトウゴマの一種から
抽出する事が出来、500マイクログラムで死に至らしめる。
他にもシアン化ナトリウムやヒ素などの毒物を
使用している為、全員の症状が異なるのだ。
こういった数種類の毒物を使用する事は暗殺などに
用いられ戦争中では混乱と恐怖心を煽る為に
良く使用される技法である。
それと、井戸の水では何も無しと判断されているが
残念ながらバベル達は、そんな生易しい人間達では
無い。
井戸に入れられた物は、バクテリアだ。
しかも毒素を出し発熱・悪寒・嘔吐・下痢を引き起こす。
バベル達の住んでいる世界では一般的に食中毒と言う
症状を引き起こすアレだ。
ガル達が住んでいる異世界では基本的に飲料水は
煮沸してから飲むのが一般的なので熱に強い
バクテリアを使用している。
そもそも、バクテリアや微生物の意義を唱えても
この世界の者達は理解が出来ないだろう。
封建制に近い、この世界では毒には警戒するが、
バクテリアや微生物など警戒しないし判断など不可能。
知らないのだから当然である。
そして、知らないからこそ…苦しんで苦しんで
苦しみ抜いて死んで行くだろう。
地獄は始まったばかりである。




