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回顧録

作者: 千月華音



 瑚太朗はベッドの上に置かれている青いレジャーシートのような束を見つめた。

 正確には寝ている自分の身体の上に置かれているのだが。

「……なんだこれは」

 手を伸ばそうとして、ふと、とまった。

 そもそも誰がこんなものを置いたのだろう。

 ここは自分の部屋で、窓には鍵がかかっていて、そして。

「誰もいないはずだが」

 直前の記憶では、丘の上の少女に無残に首ちょんぱされたはずである。

 そして考えうる限り、ここには自分と彼女しかいないはず。

 つまりこれはあの少女が置いたものだというのか。

「…………」

 違う気がする。

 あそこから動かない。

 ここには来ない。そう規定されている。根拠はないが確信する。

 では、これは一体?

 青いブルーシートがいくつも束になっている。

 見た目は、少女が座りこんでいる下にあるものと材質は似ている。

 あれと同じもので構成されたものなのだろうか。

 触っても大丈夫だろうか、と思ったが、触らないとなんなのかわからない。

 手に取ってみた。

「……っ」

 一瞬、眩暈。

 ぐらり、と世界が反転する。

 だが焦点が徐々に合わさるかのように平衡感覚が戻ってきた。

 やっぱりこれは、少女が見ているものと同じ性質のもののようだ。

 だけど今、手に取った瞬間、自分用にカスタマイズされた。

 という気がする。

 なんでこんなことがわかるのか自分でもわからないが、わかるとしかいいようがない。

 もう見ても大丈夫なような気がしたので、手に取ってじっと見つめた。

「……なにもない」

 何も書かれてないし、何も見えない。

 何枚も青いブルーシートが重なっているだけ。

 ぱらぱらとめくり、やはり何もないのを確認する。

 なんなんだこれは。

 そう思った途端、一番上の表紙にぼんやりと文字が見えてきた。

 いや、浮かんできた。

 あぶりだしのような感じ。

 それも英文字で。

「……読めねえ」

 これは英語か?

 いや、なんかこれ……見たことあるようなないような。

 ラテン語?

 そんな気がする。

「こんなもん読めるかっ!」

 叫んだ途端、今度は文字がぐにゃりと変化した。

 なんだかブルーシートが「馬鹿な貴様のために変換してやる」とでもいってるかのように。

 日本語になった。

「あのさあ……」

 といっても漢字ばかり。

 これは漢語だろうか。確か江戸時代とかその前とかに使われていた。

 ブルーシートに馬鹿にされているような気がしてくる。

「できれば現代文でお願いします」

 漢語が少しずつ羅列されていったが、閲覧者の要望に渋々答えるかのように、また文字が変化した。

 今度こそようやく読める文字になった。


【天王寺瑚太朗へのアンケート】


「はい?」

 文字は少しずつ浮かびあがってくる。そして一文を読むとまた浮かぶ仕様らしい。

 どうやら前の文字は消えずにそのまま残っている。

 瑚太朗はわけがわからないまま読み進めた。


 ※このアンケートは回答することが義務づけられています。

 ※回答を拒否することは認められません。

 ※すみやかに正直に回答してください。

 ※全問回答すること。

 ※回答しないと殺す。


「こええええっっ!!」

 だんだん脅迫文になってくる。

 恐怖で身が竦み、ベッドから飛び降りて姿勢を正し、机に向かった。

 書くもん書くもんはないか、と机の周りを見渡していたが、


 ※当該アンケートは回答者の音声により記録されます。

 ※設問内容により回答時間が決まっています。

 ※なるべく時間内に回答してください。

 ※制限時間を大幅に過ぎた場合、回答者を殺します。


「ひえええええっっ!!」

 なんだかわからないが、答えないと殺される仕様らしい。

 こんなアンケートがどうしていきなり降って湧いたのか。

 涙目になりつつも、瑚太朗はこくこくこく、と何度も頷いた。


【質問1】(制限時間10秒)

 貴方のお名前をお答えください。


「え?」

 こんな質問でいいのか?

 そもそも最初の一文ですでに自分の名前が書かれているが。

「て、天王寺瑚太朗です」

 とりあえず10秒以内に答えた。


【質問2】(制限時間15秒)

 貴方は男性ですか?


「そうです」

 15秒もいらんだろ、と思いつつ答える。


【質問3】(制限時間20秒)

 貴方の幼馴染の名前をフルネームでお答えください。


「……神戸小鳥」

 なんでこんな質問が20秒もかかるのだろう。


【質問4】(制限時間5分)

 貴方が一番親しいと思われる友人の名前を一人お答えください。


 親しい友人?

 5分かかる、ってことは、考えたほうがいいってことか。

 ……うーん。

 記憶を辿ってみるが、オカ研メンバーは友人というより仲間だ。

 あるいは一人一人が大切な恋人でもあり、妻でもある。

 親しい友人という括りではない。

 とすると、やはり一人しか思い浮かばない。

「吉野晴彦」

 ここまで1分くらいしか悩まなかった。

 ついでに、質問が浮かぶと同時に右上の隅に数字がカウントされていく。

 答えた瞬間にカウントはとまるので、自分がどれくらいの時間で答えたのかはわかる。


【質問5】(制限時間10分)

 貴方は千里朱音のおっぱいを揉みたいと本気で思っていましたか?


「はい?」

 なんなんだこの質問は。

 しかも10分って。考える時間長すぎる。

 このことを知ってるのはオカ研メンバーくらいなのだが。

 質問内容があまりにも明け透けというか……。

 迷っていると補足が追加された。


 ※当該質問は貴方の記憶の整合性を確認するためのものです。

 ※当時の貴方の心境を思い出せる限り正直にお答えください。


「さいですか」

 意図は掴めないが、この殺人アンケートは天王寺瑚太朗という人物の情報を探っている。

 この夜の世界に出現した自分を怪しんでのものだろうか。

 それなら包み隠さず答える必要があるだろう。

(俺だって、なんでここに現れたのか知りたいわけだし)

 しばし悩んだすえに答えた。

「本気で揉みたいと思ったからそう言った。なんでと言われても困るけど、そこにおっぱいがあったから、としか言いようがないな」

 あのときはあくまで朱音のおっぱいしか目に映ってなかった。

 まだ千里朱音という女がどんな人物か何も知らなかったが、それは見事なおっぱいだと思ったから。

 

【質問6】(制限時間10分)

 貴方が結婚した相手で、かつてのオカ研メンバーのうち、最も好きなのは誰ですか?


「……こ、これ、答えないとダメ?」

 また補足が追加されないだろうかと期待すると、やがて呪いフォントのような文字が追加された。


 ※回答しないと殺します。


「ですよねー。ちくしょおおおおおっ!!!! わかった答えるよ、考えさせて!」

 とはいえ10分しかない。

 正確にはあと9分20秒。

 どうするどうする。

 結婚した相手。

 静流を除いた4人ってことか。

 小鳥。

 とても幸せな人生だった。穏やかに暮らした。子宝にも恵まれた。

 ちはや。

 とても刺激的な毎日だった。いつ手料理で殺されるかひやひやした。でも相思相愛だった。

 ルチア。

 とても官能的な日々だった。いろんなプレイをした。開発しまくった。開発もされた。

 朱音。

 生きるのに必死だった。なんとかして生きてもらおうと頑張った。でも無理だった。

 ――この中から選べって?

 無理だ。みんな好きだ。

 静流だって結婚はできなかったけれど大切で愛してた。一緒に生きたかった。

 なんでみんなのこと覚えているんだろう。

 これが一人だけだったら、その一人だけでも十分なのに。

 いかん。選ばないと殺される。

 どうにかして誰が一番好きなのか考えないと。

 誰……誰が一番好きか……誰、が……。


 ※あと40秒。


「容赦ねえな!」

 泣き声で叫び、ぎゅっと目を瞑って集中して考える。

 やがて目を開けると、覚悟を決めて答えた。

「俺が最も好きなのは」

 もう殺される覚悟はできてた。

「全員!」

 処刑されるのを待つ。

 だが数秒経っても執行されなかった。

 やがて文字が浮かんだ。


 ※理由をお答えください。


「ああ、答えてやるよ。結婚した4人も、してない1人も、あと世田谷区在住OL浜田みち子さんも、俺は好きだ。なぜか俺には多数の女性と結婚した記憶がある。もちろん結婚できたのは一人だけだけど、その一人がたくさんいる。矛盾してるけど仕方ないだろ、覚えてるんだもん。そのとき好きだった女が一番好きなんだ。だからそれは全員なんだよ、悪いか?!」

 自分でも何を言ってるのかわからないが、本音だった。

 殺すなら早くしろ、と目を瞑る。

 だが手に持つブルーシートがぽわっと光るのを感じ、浮かびあがる文字を見つめた。


 ※設問には正直に回答するようにと最初に警告しました。

 ※貴方の回答がそれに該当すると判断します。

 ※以後の設問も同様にご回答ください。


「まだ続くわけぇ?」

 もう泣きたくなった。

 だけどとりあえず嘘は言ってないことが伝わったようだ。

 仕方ない。

 いずれ終わると信じて、今みたいに正直に答えよう。


【質問7】(制限時間5分)

 鳳ちはやについてお尋ねします。

 彼女にプロポーズした夜、ぶっちゃけ死亡フラグたってましたが、それでも結婚できると信じましたか?


「……ホントに誰からきいたの、これ」

 神の視点すぎる。

 まるでゲームのプレイヤーが俺のこと見てて質問してるような気がする。

 とにかく5分しかない。

 ちはやにプロポーズ……したな。直球で。

 あれは朱音のところに行く前で、ぎるが消えた直後で、なんか勢いというかノリで求婚した。

「結婚してくれ、とは言ったけど、あれは俺なりの覚悟というか、ちはやを何が何でも守るという決意表明みたいなもんだ。結婚そのものについては深く考えてなかった。いや多少は考えたけど。それよりちはやにオッケーもらえたことのほうが嬉しくて、死亡フラグとかどうでもよかった」

 これも本音だ。

 まあ実際結婚できたのはだいぶ後だけど。


【質問8】(制限時間20分)

 貴方の寝室に何度か鍵が侵入しましたが、なぜあそこまで怯えていたのですか?


「なぜって……」

 怖かったから、としか言いようがない。

 誰だって正体不明のものに襲われたら怯えて当然だろう。

 腕を何度も噛まれたし、匂いも嗅がれたし、今思うとあちこち触られていたような気もする。

 小鳥の話によると、鍵は俺の腕に移植されたリボンを辿って付け狙っていたらしい。

 あのリボンは確か、パワースポットの源のようなものだっけ。

 大地の生命力そのもので、俺の怪我はその生命力によって繋ぎとめられていた。

 鍵は返してもらいたくて痴漢していたのか?

 いや痴女か。……どうでもいい。

 だけど本当にあれは勘弁してほしかった。

 電気が消えたり、ドアが開かなかったり、部屋中に足跡つけたり。

 あの頃の俺は何も知らない一般人だよ。

 一般人は鍵の姿が見えたりしないな。

 でも俺、見えてた。

 いや見えてたというより、見えるときがあった。

 能力が不安定なときとか。とくに上書き直後。鍵の姿をはっきり視認した。

 鍵は認識攪乱能力を持っているのに。

 そういえば丘の上にいる少女の姿。

 あれも鍵と同じだ。

 見えてるよな、普通に。

 見えてるけど、別に不思議とも思わない。なんだか当たり前のような気がして。

 なんで俺のこと殺すんだろう。

 敵だと思われているのなら、少し寂しい。

 邪魔だと思われているのなら、なお虚しい。

 今はあの少女のこと、怖いとはこれっぽっちも思わないけど。

 確かに鍵が俺の部屋に来ていた頃は、式神を貰うまでは、怖くて堪らなかった。

 それって、つまり……。

「鍵が滅びをもたらす存在だということを、本能的に知ってたんだと思う」

 ふいに出た言葉が、驚くほど的を得ていた。

「俺にはいくつかの記憶で、実際に鍵がもたらす救済を目の当たりにした。そのとき根源的な恐怖や畏怖といった強い感情があったように思う。記憶の中の俺がそれを知っていたはずがないけど、恐怖感は残っていた。しかもあの時の鍵は、ほとんど幽霊か怪奇現象のように来るもんだから、怖いなんてもんじゃなかった」

 たぶん、これが正解。

 こうして考えてみると、あの頃の自分がどういう状態だったのか、客観的に見つめることができる。


 ※最終質問です。これは制限時間がありません。お疲れ様でした。


「ん?」

 今までとは違う文章になり、急に和やかな感じになった。

 時間がないというのは有難いけど、また厄介な質問になりそうで怖い。


【最後の質問です】(時間無制限)

 この世界に来たことを、後悔していますか?


「…………」

 なんだろう。

 改めてきかれると、本当に……なんなんだろう。

 後悔もなにも、まだなにもわからない。

 なぜ自分がここにいるのか。どうしてここに来たのか。

 わかっているのは、来なければいけなかったということ。

 何故かはわからない。だけど自分はここに来なければならなかった。

 みんなの記憶があるのも、そのためで。

 俺はたくさんの記憶がある。

 本当にたくさんの記憶が。

 多種多様な人生があった。

 そのどれもが後悔の連続だった。

 やり直したいと何度も思った。

 やり直せるはずだと心に誓った。

 ……それはいつだろう。

 わからないけれど、俺の人生はどれもこれも、薄っぺらで。

 何かに一生懸命になってるとき、充実しているのだと錯覚して。

 誰かを必死で守れば、きっと満ち足りるのだと信じて。

 でも、――どれも届かなかった。

 だって後悔しているから。

 俺は自分の人生をすべて悔やんでいる。

 変われなかった。

 どこかの誰かになれなかった。

 俺の本質は何も変わっていない。

 天王寺瑚太朗はこんなちっぽけな人間に過ぎなかった。

「後悔してるよ」

 こんな世界に来ても、何も変われていない自分に。

 何かの役目があって来たのだろうけど。

 そんな役目なんていらない。

 俺はそんな大層な人間じゃない。

「ここは静かで、暗いけれど、暖かい場所だ。穏やかで落ち着く。だけど俺、寂しいんだ。寂しくてたまらない」

 ずずっ、と涙声で言った。

「みんなに会いたい。一人はいやだ。俺をもとの世界に戻してくれ。戻せるなら戻してくれよ。頼む」


 ※当該回答にはお答えすることはできません。

 ※ご回答、ありがとうございました。


「なんだよ、それだけかよ! こっちは命がけで回答しただろ! ちょっとは教えろよ!」


 ※これから先の答えは自分で見つけなさい。

 ※貴方自身の問題です。

 ※このアンケートが貴方の答えの一助となることを祈ります。


「なんだよ、それ……」

 泣きべそでブルーシートを握りしめる。

 どこの誰がこれを書いてるんだ。

 わからないけど、なんだか励まされているような気がしないでもない。

「……別に感謝なんてしてねえぞ」

 まるで吉野みたいな口調になってると自覚しつつ、瑚太朗は丘へと向かった。

 またあの少女に話しかけるために。



ゲームのプレイヤーとはもちろん筆者のことです。

瑚太朗に質問してみたくて書いてみました。

他にも何項目かあったけど、面倒だったので省きました。

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