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お正月企画 短編 『あのピンクの傘』

発煙筒と聞くと、三億円事件しか思い浮かばなかった私の末路です。

 


 ある雨の降る午後の事だった。冷たい雫が涙となって地上に恵みを与え、また渋滞さえも与えていた。私はふと、渋滞の真っ只中にある車の運転席から外を見る。灰色の空の下に色とりどりの花が咲いていた。すぐ近くを通りかかった、黄色いレインコートを身に纏った小さな少女は、ピンク色の傘が守っていた。大きな水溜りに飛び込み、辺りに水が飛び散っていた。少女はそれを見て、人生の生きがいかとも思えるほど、明るい笑顔を見せていた。少女は私を見て、大きく手を振ってきていた。

 しばらくは、この悲しいグレーの女性は泣き続けるだろう。

 すると、後ろで不機嫌そうに貧乏ゆすりを続ける男がぼやいてきた。


「おい運転手、まだつかないのか?」

「渋滞中です」


 私の上司だが、いつも私をこき下ろす。嫌われるのも無理はない。

 今日この車には、200万円という大金が詰め込まれている。今向かっているのは、私の会社の取引先だった。この大金は契約金で、何やら現金でないと信用ができないとの事らしい。


「渋滞中でも、俺なら抜けだせるが」

「なら代わりますか?」


 私は運転手ではない。特に際立った運転技術もないけど、運転させられるのは別に構わない。しかし、免許証も取っていない上司につべこべ言われる筋合いはない。

 私はため息をつきつつも、遠回りにはなるが丁度空いている裏道を見つけ、そこに車に入れた。静かな住宅地で、人も車もあまり見かけなかった。後20分で取引先の会社につかなければならないが、この調子なら余裕で間に合うだろう。

 しばらく走っていると、隣に公園のある信号が赤になったので、急停車をした。上司はまたもや不機嫌そうな声を上げる。


「誰もいないんだから、早く行け」

「…ダメ、ですよ。信号無視は」

「上司命令だ。早く行け」


 それでも私は車を動かさなかった。ハンドルを強く握ったまま、私は黙っていた。遂には上司は怒鳴り始めた。しかし、その罵声はある笑い声によってかき消された。

 その光は、公園の方からだった。そこではすぐ近くで高校生くらいのヤンキー達が、木の下で長細い発煙筒に火をつけ、何本もそこら中に投げて遊んでいる。その煙のせいで、車の視界が消えてしまった。前が見えなかった。

 このままでは、青信号になっても前に進んだら危ない。私は注意しようと車を出ようとしたが、上司が大声で止めた。


「おい! 面倒事には巻き込まれるな! 無駄だ、バカめ」

「でも…」

「早く発車すれば良いだろ」


 上司は私の気苦労も知らずに、ただ淡々と文句を並べているだけだった。私も堪忍袋の緒が切れ、怒鳴り返そうとした。その時だった。


「お兄ちゃん達、メー!」


 甲高い幼児の声が聞こえた。あまり見えない視界の中で、私と上司は車の中から声の持ち主を捜した。


「お煙で前が見えない! 危ない! メー!」


 バシャッという何かをかける音が聞こえて、ヤンキー達の罵声が響いてきた。水の上を弾くパチャパチャという軽い音が、私の耳に飛び込んできた。

 徐々に煙が晴れ、信号が青になっているのが見えた。上司が「早く出せ」というと、私は車をゆっくりと発進させた。

 バックミラーに映っていたのは、あのピンク色の傘の少女だった。

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