9話・幸平の狙い
「どういうことだ。旦那。あの男は何者だ? 話が違うじゃねぇか。計画が変わったなら言ってくれねぇと。みんな怪我して気が立ってる」
「平次。そう怒るなよ。わたしだってやり切れないさ。何者か分からない男に邪魔されて。あの男のせいで計画が頓挫した」
「金は払ってもらえるんでしょうね?」
茶屋の一室で行燈の明かりが揺れた。座敷の障子の向こう側では、ゆったりとした広瀬川の流れが望める。広瀬川の川岸に位置するこの茶屋は老舗で、主に訳ありの男女が人の目を忍んで密会する場所として一部の者に知られている。夜の闇で黒い川面が、茶屋の看板の明かりで、きらきらと輝いていた。
それを座敷の縁台に腰掛けて望んでいた若い藩士は、待ち合わせの時間に顔を出した馴染みの町人に開口一番になじられて気分を害していたが、それを口にすることなく平次が望むものを懐紙に包んで出す。その行動がこういった男を黙らせるのに、一番効果的なことを、付き合いが深い藩士はよく分かっていた。
「これでいいだろ?」
「さすがは幸平さま。よくお分かりで。おお。小判? いいんですかい?」
「それは怪我した奴らへのお詫びだ。美味いもんでも食わせてやってくれ」
平次は幸平から懐紙に包んだ金貨を受け取り、ほくほく顔をほころばせた。普段庶民が使うお金は、寛永通宝と呼ばれる銭貨が当たり前で、金の小判など庶民には見慣れないものだった。小判一枚で一年分の米が購入できる。大金をもらって平次は気分よくなったらしい。
「旦那。すいませんねぇ。まいど。またひっかけたい娘がありましたら、ご贔屓に。じゃ、あっしはこれで」
平次は愛想笑いを浮かべて退出した。幸平は平次が襖を閉めると、そろそろあの男とも手を切る頃合いだな。などと、考えていた。
本当なら今頃うまくいって佐保の心をつかんでいたはずが、見知らぬ男に活躍の場をもっていかれてしまった。
幸平は今まで、平次たちと組んでお金のありそうなお店の娘や、武家の娘を篭絡する為に彼らに悪者を演じてもらい、その手から自分が彼女らを助けだす芝居をしてきた。それによって彼女らに感謝され好感をもたれる為である。悪漢から助けだした自分が甘い言葉をかければ、大抵の女性は言いなりになるという自負もあった。
しかし、いつまでもこんなことを続けているわけにはいかない。
佐保と一緒になる為には、品行方正の佐保の父の将信に、気に入られる必要がある。
(奴らとは完全に縁を切らねば)
幸平の脳裏に愛らしい佐保の顔が浮かんだ。父親は仙台藩藩士のなかでも門閥に入り末席とはいえ、藩主とは遠縁にあたる。一藩士には手の届かないお姫さまだ。
はじめは単なるカモと思い佐保に近付いたが、彼女が自分に向けてくる好意にほだされたのもある。真っ直ぐな気性ですれていない、彼女の明るさに心惹かれた。佐保を自分のものにしたい。どんな手を使っても。
幸平は目の前の杯をぐいっとあおった。




