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おぼろ城主と猫の恋  作者: 朝比奈 呈
思い思われ?
8/48

8話・ご利益

 すると自分に近付いて来た男達が、目元を押えてしゃがみこむ。どこからか幾つも石のつぶてが飛んできて、男達の目に当たったようだ。

「痛っ!」

「痛ててて…」

「何しやがるっ」

「さっ。わたしが相手の目をひきつけている間にお逃げ下さい」

 ふいに佐保の目前に黒装束の男が現れて彼女の手を引いた。全身黒ずくめの男は忍びの者と思われた。

「ありがとう。でもまだお萩が‥」

「あのお方は大丈夫です。さっ、お早く」

「そんな。お萩を置いては…」

 佐保を自分の背に(かくま)い、男は辺りを取り囲む男達と静かに対峙した。一揆即発の状態にひょうひょうとした物言いが割り込んだ。

「無粋なやつらだな。雅なお囃子(はやし)に耳を傾けようとする気持ちはないのか?」

 憤る男達の後方から声がかかった。風にのって確かにお囃子の音が聞こえてくる。方角的にいって、おそらく八幡神社の縁日のお囃子だろう。男たちは声のほうへ目をやって瞠目した。

 暗闇から白い狐の顔が浮かび上がり、こちらへと向かってきた。

「いっ…!」 

 お萩を捕まえていた男は、いきなり飛んできた扇子に小刀を持つ手をはじかれ、小刀を取り落した。その隙にお萩は佐保のもとへと駆け出す。

「佐保さま~」

「お萩」

 お萩を手放した男は口惜しそうに歯噛みした。

「なっ、なんだぁ? てめぇたちは仲間か?」

「一体何者だ?」

「お面なんか被りやがってご大層(たいそう)な身なりだが傾奇者(かぶきもん)か?」

「俺か? 俺は八幡神社裏の弁天稲荷の使いの者。恋する娘の危機に参上した」

 驚く男達を尻目に、白い狐面を被った男は、胸の前で両手をまげて狐の前足を真似ると、ケーンと一声鳴いてみせた。

「馬鹿にしてるのか?」

 狐面の正体に心辺りがある佐保とお萩は唖然とし、周囲の男たちは気色ばむ。

 確かに彼の派手な格好はその辺の若者よりも、かぶいている。傾奇者(かぶきもの)扱いされた伊波は、さっき佐保に見せていた軟派な雰囲気とは違って、別人のように落ち着きはらっていた。男達は相手の、妙にどうどうとした態度に警戒を強める。

 おもむろに伊波は腰の長い刀を抜いて、鞘ごと肩にのせ両手をかけると、あたりを面白そうにゆっくりと見渡した。

「か弱い女性を大勢で襲うたぁ、卑怯なやつらめ」

「なんだとっ」

 取り囲む男達がこの常識から外れたような傾ぶいた者に魅せられ、この者の一挙一同を、見守っていた。だが、襲撃者のひとりが役目を思い出したようにそろりと動き出すと、残りの襲撃者たちもつられたように伊波に切りかかる。

 しゅるるるるるるん。と、風を切る音がして、襲撃者が倒れたのは一瞬のこと。

 若者が長い刀を振るうと、その刀の先で打ち据えられた襲撃者が、ばったばったと転がっていく。

 まるで槍のように突きつけられて、狙いの相手の側まで近づけないどころか、間合いもうまく取れず相手に振り回される。下手に近付けばムチのようにしなった長剣に、叩き付けられ自分が傷つくだけ。そのことに気がついた襲撃者たちは、互いに目配せる。

 そこへ佐保の名を呼んで駆け馳せた者がいた。

「佐保さまっ!」

幸平ゆきひらさま?」

「ご無事ですか? お怪我はありませんか?」

 脅えているお萩と佐保の前に飛び出してきた幸平は、刀を構えて彼女たちを男達の前から庇おうとする。

「これは一体何事ですか?」

「よくはわからないの。縁日でからまれてしまって…」

 助太刀が一人増えて分が悪いと思ったのか、お萩を捕まえようとした男が顔を引きつらせて叫んだ。

「引き上げだっ。止めだ。止めだ~」

 彼らが去った後、佐保とお萩の他に幸平が残された。周りは再び何事もなかったように、静寂に包まれた。

「あれ。佐保さま。あの方がいらっしゃいません」

「あら。ほんと」

 お萩に言われて辺りを見渡せば、伊波と自分たちを助けてくれた、黒装束の男がいない。夜陰にまぎれて姿を消したようだ。

「佐保さま。何事もなくてよかったです」

「ありがとう。幸平さま。どうしてこちらへ?」

「佐保さまのお姿が夕刻になっても見あたらないので、侍女の方に訊ねたら縁日に出かけられているということでしたので、心配になって出迎えに来たのです」

「まぁ。さっそくご利益が…!」

「ご利益とは?」

「お萩っ」

 興奮したお萩がうっかり口を滑らす。幸平に訊ねられ、それ以上余計なことを言われてはたまらないと、佐保は彼女を軽く睨んだ。お萩は佐保の耳元で囁く。

「幸平さまが助けに来てくれてよかったですね」

 自分の横を歩く幸平と目があって、佐保は頬を赤らめた。幸平は佐保よりもひと回り年上の二十六歳。背丈は高く、少し垂れ目のまなじりに涙ほくろがあって、見目麗しい顔に色気が宿る。物腰も優しいので、彼に恋焦がれる女性も少なくはなかった。

 幸平は半年前に佐保の父のもとを訪ねて仕官した若者だ。いままで仕えてきた主が病死し、跡継ぎがなくお家断絶の憂き目にあい、佐保の亡き母親の乳母を彼の母親がしていた縁で、仕官先に佐保の父、将信を頼ったのだった。

 徳川四代将軍のもと、世の中は太平の世の中となってきていたが、戦国時代と違って封建社会となった今は、幕府が各大名家を従えている状態なので、政府から見て藩主の行動に問題ありと判断された場合は、お家取り潰しも珍しくなく、また跡継ぎがいない場合も廃藩に追いこまれた。その場合、所有地などは将軍家直轄領になるが、藩士達はお役目御免で失業となり、新しい就職先を求めるしかない。士官先を求めて他藩を訪れる藩士は珍しくもなかった。

 幸平は自分の母親が佐保の母の乳母をしていたので、佐保とはすぐに打ち解けた。片倉家の養女だった、亡き母の思い出話を聞きたいと、佐保から話かけた結果だ。幼い頃に母を亡くした佐保にしてみれば、恋しい母のことを、どんな形でもいいから知りたかったのもある。そのおかげで好感を抱いている幸平と親しくなれたのだから、運命の出会いともいえるものではないかと信じていた。


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