7話・絶対絶命
広瀬川にかかる広瀬大橋を渡れば、侍屋敷が立ち並ぶ通りに出る。お萩と他愛無い話をしながら、自分の住む屋敷へと向っていた佐保は、しばらくして妙なことに気が付いた。
神社を出るとき、自分たちと一緒に数人の男たちが境内を出てきたが、彼らは佐保たちと同じ方向に向かっているらしく、一向に曲がる様子がない。この先は侍屋敷が続く通りだ。どう見ても町人のいかにも怪しげな人相の彼らが、立ち寄れそうな場所はない。彼らはどうやら自分たちをつけているように感じる。
「お萩。振り返らないで聞いて」
「はい?」
「さきほどから、どうも何者かに、後をつけられているようなの」
「そんな。確かですか?」
「ええ。たぶん。さっきのスリの男の仲間かもしれない。広瀬橋を渡っても後をつけてきてるわ」
佐保は小声でお萩に囁いた。お萩を自分の左側へと寄せて歩く。万が一、相手が切りかかってきたら、お萩を庇い、利き手の右手がすぐ懐剣を抜けるように、との配慮だ。
「急ぎましょう」
自分でお萩に言いながら佐保は緊張した。何者かわからないが見えない敵が、こちらを見張っているのが背後から感じられる。背中に嫌な汗が噴出し、気持ちが焦り、足の歩みが自然と早くなる。
「大丈夫ですか? 佐保さま」
佐保に守られているはずのお萩が、彼女を気遣う。
「大丈夫。お屋敷までもうじきだわ」
この竹垣を越えてしまえば‥‥と、言いかけた佐保は目を見張った。足が止まる。自分たちを立ち塞ぐように、すでに七、八人の、町人の男たちが待っていた。賭場にでも出入りしていそうな、ガラの悪い男たちばかりである。
「先回りしていたというの?」
佐保はひとり呟いた。あまりにも用意がいいような気がする。佐保の手元で頼りなく回っていた風車が、彼女の手から滑り落ちた。
『あそこでたむろっているのはあんたの知り合いかい?』
派手な格好の、伊波の言葉が思い出された。彼が言いたかったのはこのことだったのだ。不審な男たちが佐保の後をつけていると、忠告しようとしてくれていたのに違いなかった。
「なんてこと‥‥!」
「佐保さま。お逃げ下さい…」
「お萩。駄目よ。危ないっ」
「…‥!」
何も打つ手がない佐保が唇をかみ締めていると、横にいたお萩が懐剣を抜いて、男たちに切りかかった。その隙に佐保を逃がそうという魂胆が、男たちにも丸見えだ。佐保の静止をふり切って男たちの輪に向かっていったお萩は、あっさりとそのなかの一人に捕まった。
「あなたたちは何者なの? 目的は何? その子の手を放して頂戴」
「まったく威勢のいい娘さんだ。女にしておくのがもったいないぜ」
「あなたは…! さっきのスリね? どうしてわたくしたちを狙うの? 先ほどの腹いせかしら?」
お萩を捕らえたひとりの男が前に進み出て佐保は目を見張った。境内でお萩の懐から巾着をかすめた男だ。仲間たちを引き連れてきたのはこの男なのだろう。佐保の発言に不愉快な様子を見せると、お萩の頬に短刀をあてがった。
「滅多なことは口にしないほうがいいぜ。おれは気が短いんだ。この可愛いねぇちゃんの顔に傷なんかつけたくないだろう?」
「ひぃい…」
お萩が震え上がる。佐保は唇を噛んだ。
「こっちはあんたが大人しくいうこと聞いてくれればいいんだ。そしたらこいつは傷つけたりしない。返してやる」
佐保は男が、お萩をこいつ呼ばわりしたことに苛立ちを感じたが、落ち着き払って言った。
「要求はなに?」
「いやあ。あんた。察しがよくて助かるぜ。あんた水沢の姫さんなんだってな。あんたにはなんの恨みもないが、あるひとから頼まれてな」
「あるひと?」
「おっとその先は言えねぇ」
「佐保さま。わたしのことはいいです。逃げて」
「お萩っ」
「止めて。彼女の手を放して。あなた方はわたくしに用があるのでしょう? 彼女を助けてくださるなら何でもします」
「へぇ。なんでもするねぇ」
「いけません。佐保さま。わたしのことは構わないで下さい。逃げて」
「麗しい主従愛じゃねぇか。妙な動きはとるなよ。そしたらこいつがどうなるかわからないからな。おい、その姫さん捕まえろ」
お萩を人質に捕られ身動きとれない佐保は、打つ手なしで相手に言われるままに自分の身を相手に任せようとしていた。