6話・恋する娘と稲荷の使い
八幡神社の裏手の、うっそうと生い茂った竹やぶのなかに、朱色の鳥居が見える。
稲荷神社。恋する娘たちには弁天稲荷と呼ばれている、このお稲荷様で願をかけお祈りすると、必ず思う男性と結ばれるという。
サッ‥サッサ…サッササ…‥
黄昏時。
風で竹の葉が擦れ合い、軽やかな音を立てていた。
「お萩はお願いしたの?」
「はい。先ほど済ませました」
先ほどというのは佐保と離れてからのことだろう。
「ずるい」
「佐保さまが余所見なんかして、わたしからはなれなければ、一緒に願掛け出来ましたのに」
「…わたくしが悪うございました」
お萩に痛いところをつかれて、佐保は反論するのも馬鹿らしいと、用意してきた半紙を稲荷の鳥居脇にある竹にしっかり結びつけ、本堂の前で手を合わせた。半紙には好きな男性の名前が書いてある。
「どうぞお願いします。何とぞ幸平さまと想いが通じますように」
佐保は鳥居の周りをくるくると三度回った。恋する娘たちが願掛けの為に行なう行動だそうだ。半信半疑ながらも、皆がやっていると聞けばやらない手はない。
最後にふかぶかと頭を下げたらお終いだ。
「良かったですね。佐保さま。これできっと幸平さまに想いが届きますよ。ここのご利益はすごいらしいです。効き目は九分九厘らしいですよ。外れても一分らしいですから。うっふっふ。明日から楽しみですね~」
「お萩ったら。さっ、帰りましょ」
冷やかすように駆け寄ってきたお萩の一言で、一瞬、恋慕う幸平の顔を思い浮かべ、佐保は恥かしくなった。これ以上からかわれるのはたまらないと、踵を返すと、後ろからお萩の笑いをこられる声がしたが、気にしないふりをして佐保は足をはやめた。
二人の後を追うように、笹の葉がざわめく。帰りを促してでもいるかのように。
サッサッサ…と、葉が擦れるのに逆らって一つの黒い影が飛んできた。
ズッ…ザザザザ‥‥
佐保たちが去ったのを確認して、竹林から白い狐面の男が姿を現した。狐面の男は鳥居の脇の竹に結ばれたばかりの半紙に気がつくと、目を通し握りつぶした。狐面の男の前に影が飛び出し跪く。狐面の男の前に跪いたのは黒装束の男。狐面の男を主と仰いでいる様子で動きに隙がないことや、風のように身軽な動きは忍びの者を思わせた。
「伊波さま。もしや?」
「ああ。まただ。最近多いな」
「若い娘たちの間で、願掛けが流行っているそうですよ。もっともご利益が高いそうです」
苦々しい顔つきの主人の手許を見て、黒装束の男は注意した。主人は半紙を握り潰したままだ。
「乙女の願いを踏みにじると、罰があたりますよ」
「放っておけ」
「そんな訳にはいきますまい。あなたさまは仮にもお稲荷さまの、お使いの者なのですから」
伊波は弁天稲荷のお堂の戸を開けて、中に置いてあった文に目を止めると、すぐに顔をあげ、黒装束の男に指示を出した。
「征四郎、お前。今来た姫さんを見たな?」
「はっ。水沢の姫君とお見受けしましたが?」
「急ぎ姫の後を追ってくれるか?」
「はっ」
征四郎は一礼をして飛び退った。伊波は何か思案していたが、何かに煽られるように征四郎の後を追い、走り出した。