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おぼろ城主と猫の恋  作者: 朝比奈 呈
嵐の前の静けさ
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13話・父との再会



 綱宗と初子は大井屋敷へと身柄を移された。綱宗は冤罪であるのにも拘らず、逼塞という罪状にある為に一室に押し込められて暮らし始めた。

 同じ屋根の下、固く閉ざされた離れ部屋の前に見張りの者が置かれ、いくら妻の初子といえど、綱宗に会わせてもらう事は叶わなかった。初子に出来た事と言えば、自ら作った食事を見張り番に託すことぐらいで、部屋に籠もる綱宗の身を心配しながら、引き離されてしまった我が子のことを思い続けた。

 そんなある日のこと、思わぬ人が訪ねて来た。



「初子さま。初めてお目にかかります」

「水沢さま……!」



 父だった。今一番に会いたい人がそこにいた。数年ぶりの再会。父の頭には白いものがちらつき始め、目尻の皺が会えなかった日々を深く記すかのように刻み込まれていた。それでも穏やかな瞳は変わらずそこにあって初子を見つめ返してきた。

 この屋敷の見張りの者がいなければ感情のままに抱き縋っていたというのに、一線を引かねばならない己の立場が恨めしかった。このまま見知らぬ振りをしなくてはならないのかと。

 うな垂れる初子に、水沢将信は正座をしたままにじり寄り「大丈夫だ」と、小声で囁いてきた。その優しい声に促がされるように顔をあげれば、膝を突き合わせた形となり、肩を抱きしめられていた。



「今まで頑張ったな。辛かっただろう?」

「お父さま……」

「今、見張りに立つ者は梅どのと、景長どのの息のかかった者だ」



 その一言で初子の中で留めていた思いが決壊した。



「お父さま。お会いしたかった」

「元気でいてくれてよかった」



 父子は抱擁しあった。初子は部屋の外を気にせず、父に甘えておいおい泣いた。



「済まなかった。何の助けにもなれなくて」

「仕方ない事ですから」



 初子が泣き止むと、落ち着いたのを見透かしたように父が謝ってきた。父の立場では、伊達宗勝に対し物申すことすら難しいのは初子にも分かっていた。逆に宗勝を下手に刺激して何かあっては心配でならない。

 相手は幕府の大物と結びついているだけに横暴になってきているらしかった。

綱宗は逼塞となっても初子の方までそれを求められている訳ではなかったので、誰か供を連れてなら外を出歩く事も、誰かと手紙のやり取りをするのも許されてはいた。でも、その行き先や、手紙の内容を改められるので、相手に迷惑がかかってはいけないと思うと、気軽に訪ねていく事は気が引けたし、下手なことは書けないので諦めていた。


 この屋敷に来てから初子は、誰かと連絡を取るのは止めていたのだ。時折、景長が見張り番の様子を見に来ているていで、初子に亀千代の様子を教えてくれることだけが楽しみだった。

綱宗は表向き、孤立無援状態で、仙台藩の中でも主だった家臣たちの名を連ねた書状を幕府にあげられて、藩主たる資格なしと見切りを付けられたことで断罪された身となっていた。その中には景長の名前もあった。彼は一応、宗勝に組みするような姿勢を見せて相手の動向を伺っているようだったが。


 なかには藩主に同情的な藩士もいたが表立ってそれを非難することはしなかった。伊達宗勝は幼い世継ぎである亀千代の正式な後見人として名乗りを上げ、仙台藩を牛耳っていたので皆が逆らえずにいたのだ。


 大井屋敷に移ってからそれとなく、宗勝の評判の悪さは聞くが、藩主の座を追われた綱宗はもちろんのこと、その夫人である初子にも何も出来ない状態でもどかしいばかりだった。



「国許の皆は元気ですか?」

「ああ。元気にしている。何も心配はいらないよ。それよりそなたは痩せたようだな。食事だけはしっかり取りなさい。いつ何時、何か起こってもすぐに体が動けるように」

「お父さま。これ以上、わたくし達の身に何か起こり用がありまして?」

「そなたの悪いところはすぐに油断するところだな」



 もともと仲がよかった父子だけに、以前の気安い仲に戻っていた。泣いた事ですっきりしたのと、父に会い、気が大きくなった事で初子は鬱憤を吐き出した。



「お父さま。なんですの? あのスケベ爺。やる事がえげつないですわ。綱宗さまを冤罪でこの屋敷に閉じこめるなんて。罰が当たればいいのに」

「こらこら。誰が聞いているか分からないのに。スケベ爺とはあの宗勝さまのことかな? もう二度とそんなことを言ってはいけないよ」

「分かっています。今、外にいるのがおばばさまや景長さまの手の者だと知ったので言ったまでですわ。他の見張り番の時には言いません」



 初子は、次期藩主さまお目見えの花見の会の時に、宗勝にされたことを忘れてはいなかった。その宗勝にこのような境遇に追いやられ、いつの日か仕返ししてやりたいものだと思ってさえいた。



「そなたの気の強さは分かってはいるが、自棄を起こしてはいけないよ。亀千代さまのことを思って耐えるんだ」

「お父さま」

「こちらに来て一度だけ亀千代さまに会わせていただいた。なかなか利発そうなお子だった。さすがはそなたと綱宗さまの子だ」

「亀千代は泣いていませんでしたか?」


「亀千代さまの養育は実は景長に一任されている。乳母も真田縁の者を手配して付かせている」

「景長さまが養育係りに?」

「あの子は賢い子だ。本能で敵と味方を見極めているのかも知れない。宗勝どのや原田宗輔のことは嫌って姿を見るだけで大泣きするから、子供の扱い方をしらない両名は嫌気がさして、亀千代ぎみが懐いている景長に幼い藩主さまの機嫌取りは丸投げしたのだよ」

「あの方達は亀千代の後見人という立場で、仙台藩を好き勝手したいだけですものね」



 久しぶりに本音を曝け出す事ができて初子はすっきりしたような気がした。父は言った。



「亀千代さまのことは心配いらない。我々がついている。それよりも気がかりなのは綱宗さまのことだ。今後、険しい立場になると思われるからな。そなたがお側にいて支えて差し上げなさい」

「分かっております。わたくしは何があろうとあのお方の妻ですから」

「それでこそ私の娘だ」

「お父さま」

「そなたが三沢初子と名乗ろうと、梅さまも私も影ながら見守っている。元気でいなさい」

「はい」



 初子は自分一人ではないのだと心強く感じた。


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