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おぼろ城主と猫の恋  作者: 朝比奈 呈
嵐の前の静けさ
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12話・嵐


 初子の不安が的中したように数ヵ月後、親子三人の平和な生活は突然終わりを告げた。その日、いつものように朝、江戸城へ伺候する為に着替えをしていた綱宗を手伝っていた初子は、屋敷の外が騒がしいことに気が付いた。

どうも外から「通せ」「いや、通さぬ」と、何者かが門番と声を荒げて揉めている様子だ。



「何事でしょうか?」

「珍しいな。あのように門番が声を荒げることなどないのに」



 袴の帯を締めた綱宗が様子を見て来ようと、襖を開けようとしたら勝手に襖が開いた。そこには数名の男達を率いた一人の男が立っていた。


「あなたは征……!」


 男を見て初子は絶句した。征四郎であった男はかなり顔付きが変わっていた。やつれた顔に目だけがぎょろぎょろと動き、蛇のように陰険なものを感じた。そこには以前のような爽やかな笑みを浮かべた好青年の姿はなかった。



「わたくしは原田宗輔。この件につきまして綱宗公の後見役の伊達宗勝さまより一任されております。この度、綱宗公は幕府より逼塞(ひっそく)を命じられました。大人しく従って頂きましょうか」

「無礼な……! 先触れもなく訪れておきながら逼塞だなどと。まるで罪人であるかのように。綱宗さまがどのような罪を犯したと言うのです?」



 初子は彼に苛立ちを覚えた。何の罪も犯していない綱宗に、縄をかけると言う宗輔の発言に納得がいかなかった。



「綱宗さまには放蕩癖があり、先代の忠宗公も藩の行く末を憂いておられた。その為、後見役として伊達宗勝さまを置かれていたが、その宗勝さまが何度もお諌めしようにも綱宗さまは聞き入れては下さらなかったばかりか、藩政には関心がなく、廓通いで悪評を高められた。そのような藩主に仙台藩を治める能力はないと判断されるのも当然の事でありましょう」

「綱宗さまはそのような御方ではありません。あなたがたが勝手に悪評を高め、綱宗さまを孤立させようとしているのではないですか」


「相変わらずですね。あなたは実に甘いお方だ。あなたの気性はまっすぐでぶれない。でも、この世の中ではそれではまかり通りませんよ」

「だからといって何の罪もない御方を冤罪にしようとは……。恥を知りなさい」



 初子は悔しかった。綱宗は何もしていない。明らかに無罪だ。その彼に冤罪をかけようとしているのだ。卑劣な宗輔達のやり方に怒りを覚えた。

 この場に考勝院さまさえいてくれたなら。と、思わずには居られなかった。彼らは先代藩主夫婦が亡くなったことで綱宗を擁護する者がいなくなるのを待ち、行動に出たように思われてならなかった。



────なんて厭らしい男。



 宗輔を睨みつけると、嘲笑を含んだような顔を向けられた。


「分かった。従う。その代わり亀千代や初子には手を出さないでくれ」


 黙って聞いていた綱宗が大人しく従おうとするのを見て、初子は袖を引いた。



「綱宗さま。いけません」

「初子。いいんだ。いつかはこうなると思っていた」


 相手の言いなりになっては、向こうの望むままではないか。と、言おうとした初子の手に綱宗の手が重なる。



「ここで私が逆らえば亀千代の命が危ない」

「亀千代」



 そこで息子を思い出したように初子が反応すると、奥の座敷から火がついたように大声で泣く我が子の声がした。



「こちらにおられました。宗輔さま」

「ご苦労。お世継ぎさまはわたくしが預かろう。あなたがた御夫婦にはこの屋敷から出て行って頂く」

 大泣きしている亀千代を配下の者から受け取った宗輔は、亀千代を見せ付けるように初子と向き合った。亀千代は母恋しさに泣いて暴れたが宗輔は平然としていた。


「亀千代。亀千代を返して」

「かかさまぁ──」


「それはできない相談ですね。亀千代さまは大事なお世継ぎさまです。あなたがた御夫婦に任せていては、愚暗な御方となりかねませんから」

「かーか──」

「亀千代っ」

「藩主夫妻を連れて行きなさい」



 初子は亀千代と引き離されるように、綱宗共々部屋から追い出された。部屋から出て初子は、屋敷内が宗輔の配下の者たちにすでに取り押さえられていたことに気が付いた。

 侍女らは一つの場所に集められて数名の藩士らに刀を向けられて震え上がり、庭先ではこの屋敷の藩士達が主を守る為に宗輔の手下と揉み合い、切り付けられたらしく血まみれで倒れていた。門番も門柱に切られた背を預けぐったりとしている。


 つい、先ほどまでは、皆が明るく笑いに満ちていた仙台屋敷は、それは遠く昔の出来事だったかのように悲壮な場へと変わり果てていた。


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