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おぼろ城主と猫の恋  作者: 朝比奈 呈
嵐の前の静けさ
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11話・ととさまより私を選ばれますか?


「景長。待たせたな」

「えっ? 綱宗さま」

「お久しぶりにございます。綱宗さま」



 しばらくして綱宗が人払いを命じた部屋に入ってきた。しかも亀千代を抱いて。亀千代は寝起きなのか大人しく綱宗の腕に抱かれていた。

 ここに来て初子は、片倉景長は綱宗の留守を狙って訪問したのではなく、綱宗に呼び出されたのだと理解した。


「これはこれは若君さまにございますか?」


 景長は綱宗の腕の中の幼子に目尻を留める。



「嫡男の亀千代だ。末永く頼むぞ」

「はは」



 まさかこの時は、綱宗よりも亀千代との主従関係が長くなるとは思ってもいなかったであろう景長は頭を下げた。


「たのむの」


 綱宗の腕の中で愛らしい声が上がる。父の真似をして言ったらしい。幼い主に景長は笑った。



「初子さまに顔立ちの似た賢いお子ですな」

「私の子でもあるぞ」



 やけくそ気味に綱宗が言い放つ。いつも家綱に言われているだけあって受け流すかに思われたのに、少し大人げない態度で初子は笑ってしまった。



「昨年の重長の葬儀には出ることも叶わず申し訳なかったな」

「いえ。いた仕方ない事でございましたから」



 祖父の名前を出されて初子は寡黙な曲がったことの嫌いだった生前の祖父の姿を思い浮かべた。



「祖父からは佐保のこと、殿のことを聞かされております。このことは誰にも口外するではないぞと念を押され、お二方を頼むと言い残して亡くなりました」


 祖父は亡くなる前に、初子の素性や、綱宗の影武者を演じ続ける伊波の秘密を打ち明けたらしかった。

綱宗は申し訳なさそうに詫びた。



「私の一存で初子をそなた達、家族から引き離すことになってしまった。悪かった」

「佐保がいなくなって後に死んだ事にされた時に、なぜ梅さまや水沢さまも何か事情を知っていそうなのに話してくれぬのかと訝りました。でも、祖父が今わの際に話してくれた事で真相を知り、この件の裏には将軍さまも係わっているのでは口を閉ざすしかなかったのだと理解しております」


「すまなかった」

「殿、これ以上は謝らないで下さい。少しはあてにしてくれても良かったのにと、親族として淋しい気持ちにさせられただけですから。あなたさまが悩まれた事は想像がつきます。でも、初子さまが幸せそうで良かった」



 景長は綱宗と初子の顔を見てから亀千代にと目を移した。


「初子さまが悲壮な顔をしていたのなら、監禁などされていたのなら──と、心配になりましたが、そうではなかったようで。もしも、そうなら感情のままに殿を殴っていたかも知れません」


 大事にしてくれているのですね。と、景長は目尻を下げた。そこへふいの幼児の声があがった。



「だあっこ(抱っこ)」

「亀千代?」



 抱っこしているではないか? と、不信に思う若き父親の腕の中から、景長へと亀千代は手を伸ばしていた。


「ととさまより私を選ばれますか?」


 景長はふふと笑って幼児を受け止める。父親とそう変わりのない身長差で、目線の高さが変わったわけでもないのに、きゃっきゃっ。と、亀千代ははしゃぐ。


「景長なら信用して預けられるかな」


 温かな目で彼らを見つめていた綱宗の口から思わずと言ったように漏れた言葉に、初子は嫌な予感を覚えた。



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