表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おぼろ城主と猫の恋  作者: 朝比奈 呈
嵐の前の静けさ
43/48

9話・かけがえの無いもの


「あれは仙台藩の忍びでした。仙台藩からの密偵として私の命で江戸に赴く事も度々ありました」

「だからか。やっこさん。なかなか仙台藩に行ったきりで、姫さんのことものらりくらりと交わしやがって」

「その征四郎がもしかして伊達宗勝と繫がっていると言いたいのか?」



 征四郎がもともと仙台藩の忍びと聞いて倫は納得したが、家綱は話の流れで気が付いたようだった。家綱の発言で倫は目を見開く。



「あいつが首謀者? いつの間に一関殿と?」

「お二人は原田宗輔という者をご存知ですか?」

「原田宗輔? 誰だそれは?」

「何者なのです?その者は?」



 二人とも聞いたことがないと言い、綱宗に説明を求めた。



「原田宗輔とは、政宗公の孫かもしれないと噂のある人物です。家綱さまは太閤秀吉さまと伊達政宗公が囲碁の勝負で一人の美女をかけた話はご存知ですか?」

「さあ、聞いたような、聞いた事がないような──? それで政宗公は勝ったのか?」

「勝つには勝ちましたが、その時、政宗公は体調が不調だった為に、代理で指した者がいたのです。それが茂庭綱元です」

「へえ。恐らくその茂庭なんとかが勝って美女を手にしたのだろう? それを面白くなく思った政宗公と諍いになった?」


「その通りです。結局、その美女は一旦、政宗公に献上されて息子を産んだ後に、娘を産みました。原田宗輔はその娘の息子なのですよ」

「その娘が原田家に嫁ぎ生まれたのが原田宗輔。ひょっとしてその者が綱宗どのを害そうとしているのか? 先ほど征四郎の話が出たが、まさか征四郎がその原田宗輔だったなんていうつもりじゃあるまいな?」



 家綱が確認するように言ってくる。綱宗は、さすが家綱公と舌を巻きたくなった。話をみなまで言わなくともこの方は理解しておられる。



「そのまさかですよ。私も欺かれました。征四郎はもともと俺が拾った者だったんです。記憶を失っていた彼は、何かの衝撃で失っていた記憶を取り戻し、今復讐をしようとしているのですよ」

「……!」

「彼は自分の境遇を嘆き、私に恨みを抱いていたようですから」






「綱宗さま」

「ん……」

「こうしているとなんだか懐かしいですね」


 縁側で初子の膝を枕に綱宗が寝転ぶ。婚約していた時によく綱宗に膝枕をせがまれたと思い出し、初子はくすりと笑った。

 その手を綱宗は己の胸元に引き寄せた。



「なあ、お初」

「なんでしょう? 綱宗さま」

「俺がもし、藩主でなくなったらどうする?」



 それは藩主になる前から彼が懸念していたことだったし、最近の不穏な噂を耳にしていた初子は、いよいよ来るときが来たと思った。綱宗は当主となることを望んでいたわけでもなく、出来れば避けていたように感じられていた。

 二人が出会った頃は、先代の藩主夫人であった考勝院さまが妊娠されていたこともあり、男児が生まれることを望んでいた。


 例え、自分が藩主となってもたとしてもそれは一時的なもので、その子が成長したなら譲り渡すくらいの気でいたことを良く知っている。

 何の因果なのか、彼の願いは叶わずこうして三代目藩主となってしまった。亀千代も生まれ、自然の流れでいけば彼の未来は安泰のように思えるのに揺らいでいる。彼の叔父である伊達宗勝が、あることないこと、さも事実のように語るからだ。


 綱宗と交流のある近所の江戸屋敷に住む他藩の藩主達はそんな事は無いと信じてくれているが、宗勝と大老の酒井忠清が親しい間柄というのもあり、幕府には睨まれた状態らしい。

 初子は、そのような話を親しくしている藩主夫人らから聞かされて歯がゆく思うと同時に、彼を擁護するくらいの力がない事を嘆いていた。

 彼は非情に優秀なのだ。己の立場を知り、異母兄弟であった兄、綱宗を演じきるくらいに。



────あなたはいつまで綱宗さまになっているおつもりですか?



 初子は堪らなかった。彼は自身の幸せを未だに掴めていない様な気がして。この綱渡り状態の暮らしからさっさと解放して差し上げたい。

 自分自身の幸せを望んでもいいじゃありませんか? こちらを見上げる男にそう言ってあげたくなった。


「わたくしは側室を罷免されるのでしょうね。どういたしましょうか? 佐保だった頃ならこれ幸いと、水沢家に婿に来ればいいと言っていたでしょうが、今となっては無理でしょうね。綱宗さまは手先が器用そうですから傘張り職人でもなさいますか? その隣でわたくしと亀千代は糊でも作りましょうか?」


 貴方さまが浪人になってもついていきますよ。と、返事した初子の手を綱宗は弄びながら言った。



「親子三人で傘作りか。貧乏長屋で傘張り職人一家の道もありかもな」

「それでなければお蕎麦屋さんとか、お団子屋さんとか? 風車もいいですね」

「風車か……。懐かしいな。八幡神社の縁日できみと出会ったのだったな」

「よく覚えていらっしゃいますね」

「そりゃあ、二人の出会いはそこだったからな。きみは真っ直ぐな目をしていた。今もそれは変わらない」



 あり難いと思っているよ。との綱宗の呟きに初子は被せた。



「でもあの時よりわたくしは大分変わりました。貪欲になっておりましてよ。こうみえても結構欲深いのです」

「貪欲? きみがかい?」

「信じられません? わたくしはあなたさまも、亀千代もどちらも大事でどちらも失えないと思っていますの。その為なら何でもしますわ」

「そうか。俺も同じ思いだ」


 初子は夫の頬にそっと手を添えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ