8話・裏で糸を引く者
江戸城の老中に呼び出されていた綱宗は、長い説教から解き放たれてやれやれと天井を仰いだ。叔父がここまで仕掛けてくるとは。
────あの御方は暇なのだろうか?
老中は綱宗の言い分など聞かずに、「小石川の普請工事の帰りに吉原に言っているそうだが」と、切り出した。
それは藩主として如何な態度なものかと言って綱宗を責めた。綱宗としては、宗輔からそれは叔父の伊達宗勝の仕業だと聞かされている。
それを説明しようにも、老中が「これは伊達宗勝さまからの陳情書だ」と、一通の手紙を差し出して来た。叔父の宗勝は用意のいい事で、その書状には綱宗の素行が悪く困っている。いくら叔父である自分が注意しようと、本人が聞き入れてくれない。そちらの方から注意をして頂けないだろうかと書かれていた。
老中は宗勝の言い分を一方的に信じ込んでいた。大老の酒井忠清は伊達宗勝と懇意にしていると聞くから、何か言い含められているのかも知れないが。
反論するのも馬鹿らしく、綱宗は厳重注意された呈でその場を凌いだ。老中から解放されてさっさと屋敷に帰ろうと思っていると、小声で前方から呼ばれた気がした。
廊下の向こう側に立つ家綱がこそこそと手招きしてくる。
「綱宗どの」
「……!」
家綱へと足を向けると、彼は脇の通路へと身を隠した。その後を追うと、ある小部屋に引き込まれる。
「綱宗さま。お待ちしておりました」
「倫」
部屋の中には家綱と倫がいた。
「結構、こってり絞られたみたいだな」
「まったく身に覚えのない事ですよ」
家綱がその事についてはどうかしてくれると言っていたではないかと軽く睨み付けると、家綱は「悪い。悪い」と、悪びれずに言う。
「綱宗さま。申し訳ありません。悪手になってしまいました。すでに向こう側には、何者かの手によって用意周到な罠が張り巡らされておりまして────」
「私の不評は回復することはなさそうですね」
「綱宗どの」
倫は何とか立ち回ろうとしたのだろうが、相手の方が上手だったということだろう。済まなさそうな倫に、綱宗はここ数日考えていたことを口にした。
「向こうは私を排斥に来るでしょうね。叔父は私に対する対抗馬を用意したようですよ」
「相手に心当たりがあるようだな? 綱宗どの」
家綱の問いに綱宗は頷いた。
「家綱さま。あの叔父の事です。きっと私が藩主になる前からこのことは画策していたに違いありません」
「前仙台藩主の忠宗どのは毅然とされていたお方だったから、宗勝どのの付け入る隙がなかったということか?」「亡き父上はその辺も考えて私の側に誠実で忠義者の水沢を置いたと思いますが、そのことで叔父は揚げ足を取るような行動に出てきたのでしょう」
「一関殿の狙いは何だ? 仙台藩主の座か? いくらそなたを廃しても、一関殿にその座が回ってくることはなかなか難しいだろう」
そなたには世継ぎもいることだし、他に兄弟もいる。直接、宗勝に藩主の座が回ることはないように思うが? と、家綱は言った。
「いえ、叔父にとって今が好機なのですよ。若い藩主として私が藩の統制が取れていない、藩主としての能力が疑われると非難してその座を追えば、幼い亀千代が藩主となる。叔父はその後見人として、仙台藩を独占しようとしているのに違いありません」
「そこまで宗勝どのは考えていたというのか? 怖いお方だ」
「いえ。家綱さま。叔父は初めそこまでは考えていなかったように思います。私のような若造に仙台藩が納めきれるものかと馬鹿にしていただけのようでしたから」
「では宗勝どのは、誰かに唆されたと?」
「私はそう考えています。大老酒井忠清どのに近付き、彼と閨閥で結びついたのもその者の勧めでしょう」
綱宗の言葉に、家綱はそう言えばと言った。
「酒井忠清の確か妻と、宗勝の子の宗興の妻は姉妹だと聞いたな。偶然にしては出来過ぎているか」
唸る家綱をそのままに、綱宗は話題でも変えるように言った。
「そういえば倫どのは、征四郎といつ出会いましたか? あいつとは仲間で初子の事を探らせる為に潜り込ませた密偵と窺っていますが、それに相違ないですよね?」
「征四郎? ああ。あいつとは数年前に江戸で出会った。当時抜け忍で仕事に困っていると言っていたから、丁度、仙台藩を探らせる者を検討していたのもあって、その仕事を与えた」
急に話を振られ、なぜここで行方不明の征四郎の話が出て来るのかと訝りながらも倫は答えた。




